太陽を守った化物

日向 葵

第二十六話~熊鍋を食べましょう~

 バッソが熊と激闘を繰り広げている頃、ハクレイたちはホクホク顔で帰宅していた。
 というのも、敵のアジトでボケ死んだ二頭の熊がベジタリアンで、臭みが少なかったからだ。

 こりゃ食べるしかないよねっ! と肉食系なハクレイがわめいたので仕方なく持ち帰ることにしたらしい。

 ということは、キッチリさばいて持って帰るのが普通なのだが、ハクレイはそのまま持って帰ると駄々こねた。
 しかも腐りやすい臓物を捨てず、そのまま持って帰るという。
 どれだけ肉に飢えているのやら。

 ハクレイは大満足の様子で、すごくいい笑顔をしていた。
 それとは違い、パルミナとルーイエはげんなりしていた。
 かなり疲れているらしく、頬あたりがげっそりしている。
 それもそのはずで、熊を食べようとしているハクレイとは違い、パルミナとルーイエはそこまで肉が大好きという訳ではない。
 まあ普通の人と同じぐらい食べるかな? といったところだ。
 笑顔で熊を二頭食べようなど言い出すのはハクレイぐらいだった。

「ハクレイ、本当にその肉を食べきるの?」

「大丈夫だよ、パルミナ。今日中に全部食べるから」

「キャハハハ、それなら私はハクレイちゃんを食べーー」

「死ね」

 ハクレイの強烈な一撃がルーイエの頬に当たる。四回転プールをした後に足をくじくように倒れた。
 下手すれば骨が折れるような出来事だったが、さすがルーイエ。嬉しそうな笑顔をしている。

 そんな感じに愉快な帰りを行ったハクレイたちは、お城についた早々鍋の準備を始めた。どうやら肉をすべて煮込むらしい。
 愉快な騒ぎ声が聞こえてきたからか、主であるマリアもやってきた。

「あらハクレイ、お帰りなさい。その熊はどうしたの」

「ボケ死にました。さすが芸人熊です」

「げ、芸人熊? そんな熊聞いたことないのだけど」

「私が命名しました。本当にボケ死んだので」

「そ、そう。ならいいわ」

 一体何がいいのやら。なんか適当に返事をするマリアをほっといて、ハクレイたちは自由に鍋の準備をする。
 主を置いてけぼりにする従者とはこれいかに。

 鍋の準備をしているところに怪しげな黒服が現れる。
 彼らは料理人。マリアの食事をたまに作っている料理長の直弟子たちだ。
 なぜ黒服を着ているのかといえば、そうすれば執事に見えるかな? ということらしい。
 頭が若干湧いている料理人たちは、ハクレイたちと一緒に料理を開始した。

「よし、まずは鍋にお湯を沸かして熊を突っ込むよ」

「ちょちょちょ、待ってください、なぜ熊をゆでるのですか。まだ捌いていないのに」

 ハクレイは全く捌いていないくまをそのまま突っ込もうとした。
 それを料理人の一人が焦って止める。

「え、だって毛を毟るんでしょ。鳥とかだと最初に頭を落として血抜きした後、熱湯に入れて羽を毟るよ」

「それは鳥の捌き方です。捌き方は捌く生き物によって変わりますよ。魚をさばくときに鱗をとるからって熱湯に入れないですよね」

「むむ、言われてみればそんな気がする。じゃあどうするの」

「まずは皮を剥ぐんです。足首に切れ目を入れて、腹に向けて皮だけ裂き、そこから皮を剥いでください」

「こ、こうかな?」

 不器用なハクレイは恐る恐るナイフを使って熊の皮を剥いでいく。
 そして見えてきたものにとても驚いった。

「ねぇ、これ……とっても白いんだけど! 白い肉が現れたんだけどっ!」

 熊の皮の下は真っ白だった。肉といえば赤いイメージがあるハクレイにはびっくり仰天の出来事だったらしい。
 白い肉、一体どんな味がするのやらと妄想を膨らませた。

「ああ、それは脂ですね。私も熊を捌く経験などないので知りませんでしたが、かなり脂があるようですね」

 その一言でハクレイはげんなりした。
 謎の白い肉にワクワクしてからその正体が脂だといわれてしまったのだ。
 人によっては残念に思うのだろう。ハクレイはチャレンジャーだった。謎肉を食べたいという思いが湧いてきたときにその正体を知れば残念に思うのも無理はない。

「まさか脂を謎の白い肉という人がいるなんて。ちょっと驚きだわ」

「パルミナうるさい。いいじゃない、ちょっと間違えるぐらい」

「それ、間違える要素あるのかしら?」

「ぐぬぬ、料理人さん、次はどうすればいいの?」

 ハクレイは反論できず、料理人に次の作業を聞いた。そんな光景を見ていたマリアは口元に手を当てて、クスクスと笑った。
 それに気が付いてしまったハクレイは若干顔を赤くさせる。どうやら恥ずかしかったらしい。

「頭と手足はいらないので切り落としてください。食べるというな別に取っておきますが、別に要らない部分なので最初に取り除きましょう」

「了解した。頭と手足はちゃんと食べるから取っておいてね。ていやー」

 楽し気に頭と手足を切り落としたハクレイは、切り口の断面の赤い肉を見るだけで口の中に唾液がたまっていくのを感じた。
 思ったよりも肉の色が赤く、臭みもないため実においしそうだ。
 手足と頭を切り落とした熊肉を中心から切っていきぱかっと開く。

「いやいやいや、脂多すぎっ!」

 切り込みを入れた熊肉の断面はほぼ脂だった。でも、その脂が逆においしそうに見えてきて、ついよだれをたらしてしまった。
 そんなハクレイを見た周りの者たちは「いやいやいや、それは無理だろう」とツッコミを入れる。
 さすがにあの量の脂を食べるのには躊躇するらしい。マリアも苦笑いの様子。
 ハクレイはどれだけ肉と脂に飢えているのやら。

「背骨に沿って肉をそぎ落としたら、余計な脂を切り取ってください」

「え、この脂は食べれないの?」

「別に食べれないことはないのですが、さすがにその量の脂を食べるのに周りの者が躊躇してしまい……。それにマリア様も熊料理には興味がある様子。なので余計な脂はそぎ落とします」

「そ、そんなーーーー」

 悲痛な叫びがとどろいた。どれだけ脂を食べたかったんだ、ハクレイよ。
 絶望した表情になり、若干瞳に涙をためるハクレイを、料理人はどうしたものかと困り果ててしまった。
 そんなハクレイの肩をポンっとたたく猛者がいた。
 そう、ルーイエである。

「脂肪が食べたいんだったら私のを食べーー」

「ガブっ」

「ぎゃああああああ、めちゃくちゃ痛いっ!」

 ネタを披露したかったのか、自分の胸をハクレイに押し付けて「お食べ」という馬鹿なルーイエ。その言葉に従ってハクレイは思いっきり噛みついた。それこそ、胸が噛み千切れると思えるぐらいに。
 その痛みにルーイエは泡を吹きながら体を痙攣させ始める。
 それでも恍惚とした表情を浮かべているあたり、さすがルーイエとしか言えない。

「別に今食べなくったっていいじゃない。脂は後で別の料理に使ってもらえば。出来るよね?」

 そう料理人に尋ねたパルミナ。料理人はコクリとうなずいた。

「熊油として活用しますので、あとで料理に使いましょう。また、熊油は万能薬としても有名らしいので、あとで薬師のほうに御裾分けに行きます」

 食べる以外に使用法があることに驚いたハクレイは「ほへぇ~」とだらしない声を漏らす。
 まあ、あとで食せるのなら別にいいやと、脂についてはあきらめたようだ。

 ハクレイは肉を解体していき、人が食べられそうな大きさに切っていく。
 それを料理人に渡すと、肉に塩コショウをまぶした。
 ニンニクとショウガと一緒に熊肉を炒めると、いい香りが漂ってきた。これだけでご飯が食べれるに違いない。

 大量の肉を料理人とハクレイが炒めている間に、パルミナたちは鍋の準備をする。

 鍋に水、キノコ、山菜、豆腐などのさまざまな食材を入れ、最後にハクレイたちが炒めていた熊肉を投入。
 味噌で味を調えながらぐつぐつと煮込んでいくと、熊鍋の完成だ。

 マリアですら、おいしそうなにおいに体をうずうずさせている。

「わっふー、すごいいい匂いっ!」

「幼女化したハクレイちゃんもかわいいねぇ!」

「ルーイエは死ねばいい。食わずに捨てるから」

「きゃふんっ!」

「それよりもハクレイ、これはもうできたのかしら。見ていたらおなかが空いてきたわ」

「マリア様、もう少し、もう少しです。料理人の人たちにおいしい時を見極めてもらいましょう」

「そうね、そうよねっ!」

 年相応の子供のように無邪気に喜ぶハクレイとマリアを見た周りの人たちは、その光景を穏やかな表情で見守った。若干一名、変態的な表情を浮かべていたが、まあいつものことだろう。

 出来上がった熊鍋は取り皿に移されて、皆に配られる。
 本来、王族であるマリアと一緒にハクレイたちが食事をするのは、問題があるのだが、「この熊鍋はみんなで食べたいの」とマリアが言ってきかなかったのでそうなってしまった。
 ハクレイ的には大好きな主との食事は大賛成だった。

 お皿が皆にいきわたったことを確認したマリアは、「じゃあ食べましょう、食材に感謝を込めて。いただきます」と言うと、ハクレイたちはその言葉に続いて熊鍋を食べ始めた。



 熊鍋パーティーは夜まで続いた。
 みんなでワイワイ楽しい時間を過ごしたハクレイは大変満足していた。
 ただ、その光景を忌々しそうに眺めている人物がいるなど、知る由もなかった。

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