太陽を守った化物

日向 葵

第二十五話~熊狩り~

 ハクレイたちがマリアのために変質者を始末しているころ。
 バッソたちは、バネットの直属の部下である金髪金眼の騎士たちとともに、とある森に来ていた。

 妹のミーシャにあって、絶望を感じていたバッソはもういない。
 あるのは、元に戻れるかもしれないという希望に縋り付いている哀れな男。

 バッソの姿はあれから多少なりと変化していた。
 バネットに食わされた謎の肉。それを食すたびに体に変化が訪れていった。
 身体能力は上がり、夜目もきくようになった。
 肉を食えば食うほど、拳で大陸を割れるのではと思うほど、力が湧いてくる。

 変化はそれだけではない。見た目も徐々に変化していった。

 バッソの髪は金に染まり、瞳も金に変色した。まるで、自分が金色の勇者になっていくような、そんな錯覚さえ感じられるほどの変化だった。

 バッソは何の肉を食わされたのか気になりながらもそれを追求することはない。
 下手にバネットを刺激すれば、妹が元に戻らなくなる可能性も考えられるからだ。
 何よりも大切な家族を、このままにしては置けない。だからこそ今は忠実に、言われたままのことをし続ける。

 バッソたちに下された命令、それは熊狩りだった。

 この森は名もない森。人が入れないほど危険種にあふれており、開拓がほとんどされていない。
 時折不穏な声が聞こえてきて、入った人間は誰一人として戻ってこれなかったと言われている。
 近くの村の人々からは死の森なんて呼ばれていた。
 それでも森に入ろうとする人たちは後を絶たない。
 どんなに危険があろうとも、危険種の素材は金を生む。
 だからこそ屈強な戦士たちが、森に挑むのだ。
 だけどやはり誰も帰ってはこない。

 近くの村の人々から、森には熊神がいて森を守護しているという言い伝えすらある。
 その逆鱗に触れればたちまち切り裂かれて生きてはいけない。

 今回のバッソたちの任務はそんな熊を殺すことにあった。

 その熊の正体を、バネットは知っている。

 彼女の実家であるノワール家と王家にのみ伝えられているとある伝承。

 その伝承の一部は人々に『太陽を奪った白獣と金色の勇者』として伝えられているが、それがすべてではない。

 ほかの一部を知るものはいるが、全容を知っているのは王家とノワール家のみであるとまで言われている。その中に、神より世界に産み落とされた七体の獣に関するものがあった。

 世界をよくするために産み落とされ、その言いつけを守らなかった問題児。神によって罰せられ、今なお苦しんでいる、かつての人々に聖獣とあがめられた哀れな獣。

 そのうちの一体である、月を食らった熊がこの森にいるのだと、バネットは語った。

 バネットに言われた任務とは、この熊を討伐することにある。
 ただ、聖獣は同じ聖獣かその血を与えられ血族として迎えられたもの以外の者に傷つけられることはない。

 それはハクレイが傷つけられないという理由と同じだった。

 聖獣に血を分け与えられたものは、分け与えてくれた聖獣と同じ力を宿す。

 ハクレイの場合は、他の聖獣と血族によって殺されてしまった白獣の力を埋め込まれているため、全容ははっきりしていない。

 だが、その力すらも王家とノワール家に伝わる伝承には記されていた。

 その話は置いておくとして。

 今回討伐対象とされている熊、その名をムーンベア。白獣とは違い、月の守護者として神により産み落とされた獣の一体。

 しかし、熊は食欲旺盛でありとあらゆるものを食べていった。
 そして、守護するべきであった月すらも食べようとしたのだ。
 ゆえに、かの熊は月を食らった熊として一部の者に語り継がれている。

 ニーズヘックがその狂気を振りまくことができないように少女の姿に変えられたように、熊にも神から罰が与えられた。
 それはありとあらゆるものを食せなくなること。
 それによって飢えに苦しんだ熊は次第に狂暴化していき、最終的には眠りについた。

 聖獣は同じ聖獣かその血族以外に殺されることはない。
 寿命もなく、飢えでも絶対に死なないがゆえに聖獣といわれている。

 そんな化け物を人間が狩れるのだろうかとバッソは疑問に思うのだが、命令なのだから仕方がない。

 バッソは騎士たちとともに奥に進んでいく。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

「っふ、この森には大した危険種はいないな」

 襲い掛かってきた危険種を物言わぬ顔で切り伏せる騎士団長。
 その実力はバッソのそれを軽く凌駕しており、震えすら感じさせる。

「さて、この先にいる熊の討伐。きっと激しい戦いになるだろう。だが、我々は負けはしない。我々にはバネット様とこの血に流れる聖獣の力がある」

 この言葉を聞いたバッソは、今まで何を食わされていたのか理解した。理解してしまった。

 バッソは以前、白獣の聖遺物を奪うためにとある教団を壊滅させていた。その時に聖獣についての情報を得ている。

 その中に書かれていた金色に関する聖獣の内容。

 金色を纏う獅子

 しかし今はどうだっていい。バッソにとって今重要なことは妹を救うこと。
 バッソは邪念を振り払い、騎士団長の話を聞くことにした。

「この森にいる危険種は大したものはいない。しょせんは有象無象の獣に過ぎない。だが、この先にいる熊は違う。愚鈍なる神によって産み落とされた哀れで極めて強力な獣だ。きっと苦戦を強いられるであろう。だが、それでも勝利しなければならない。我らが主のためにその力を十分に振るえ。勝利は我らにある」

『おおおおおおおおおおおおっ!』

「さぁ、力を開放しろ。己が全力を尽くせ。勝利した暁には我らが主より恩賞が与えられるであろう。さぁ出陣だ」

 そして騎士団は進んでいく。森の奥に奥にと進んでいく。
 すると、大きな壁にぶち当たった。茶色い苔のようなものがびっしりと生えた不気味な壁。
 耳を澄ませると微かに鼓動している気がする。
 その壁は突如として動き出す。大地を揺らしその全貌を視認すると、バッソは恐怖心から体を震わせた。

 そびえたったのは巨大な熊だった。まるで巨大怪獣のような熊は涎をたらし、血走った目でこちらをにらみつける。

「アリどもがぁ、即刻この場から立ち去れ。俺は空腹で苛立ってんだよ。何百年何も食ってねぇと思ってやがる。早くここから出ていけっ」

 その叫び声だけで暴風が吹き荒れ、木々が倒れる。
 だが、騎士団の誰一人として怯えるようなものはいなかった。

「鈍重な熊の化け物、その命いただくぞ。我々の糧となるがいい」

「っち、その金色はあいつの血族か。鬱陶しい。まあいい。お前らを皆殺しにすれば平穏が訪れるんだからなぁ」

 熊はその巨体に似合わない速度で腕を振りかぶった。

 今ここに、神によって産み落とされた化け物と化け物の力を取り入れた人間との戦いが始まった。

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