太陽を守った化物

日向 葵

第十一話~死を振りまく黒龍~

 フェブラから少し離れた場所に廃墟となった砦があった。金色の勇者の物語の発端となった、太陽帝国の時代からあるとされるその場所には蔦が蔓延っており、いかにも出そうな雰囲気がある。というか、人魂のような火が浮かんでいた。
 あちこちにはアンデットが彷徨っていて、動物の死骸を貪っていた。

 そんな不穏な空気が漂っている中に4人の影がある。もちろんハクレイたちだ。

 彼女らは死龍会のリーダーであるニーズを囲うように立ちふさがる。

「んで、私になんの用かな? かな~。ちなみに、俺の正体を知ったからには生きて帰れると思うなよ?」

 一人称が私から俺に変わった瞬間に放たれた殺気に、周りにいた動物たちは逃げ、アンデットは昇天した。人魂は消え去り、あたりを月明かりが照らす。

「それはちょっと困るぜ、キャハ。殺す殺されるよりも、もっと楽しいことをーー」

「ルーイエ、黙る」

「ごめんね、うちのバカが騒いで。ちょっとお願いがあって呼んだのよ」

「お願い?、はは、何言っちゃってんの雑魚どもが。話なんて聞くわけないじゃない。ああ、あそこは結構楽しかったんだけどな。滅ぼさないと……」

「ニーズ! お願い、話を……聞いてくれるわけ無いわね。だったら……力尽くで言い聞かせる」

 パルミナの合図でハクレイとルーイエが戦闘態勢に入る。正直、暗殺が主な仕事であるため正面からの戦闘が苦手だ。それに、相手は死龍会と呼ばれる、この世界でも最悪な組織のリーダー。暗殺が困難だから話し合いという手段に出たはずなのに、やはりというべきか。結果的には戦うしかないということだ。

「はあ……だけど、本当に残念だ。雑魚とはいえ、こんな若い小娘どもが戦うって……世の中ひどいよね。えい」

 腕を大きく振った。ただそれだけの行為。
 ーーそのはずなのに。

「ーーっぁ、腕がぁぁぁぁぁ」

 ルーイエの腕が吹き飛んだ。
 大量の血を流しながら後ろに下がるルーイエ。触手の力によって、流れる血を抑える。
 ハクレイとパルミナは今の出来事に反応することができず、ただ呆然とするしかなかった。
 この少女はデタラメ過ぎた。実力があまりにも違いすぎたのだ。
 だが、所詮は人間。隙を付けばもしかしたら勝てるかもしれない。そう思ったからだろうか。パルミナが爆発によって地面を弾け飛ばす。
 舞い上がった土煙によって、ニーズの視界を塞ぐ。ハクレイはそのスキにニーズの後ろに回り込んで、懐に隠し持っていたナイフを取り出した。死角からの一撃。それがニーズを貫くはずだった。
 だけど、ナイフが刺さらなかった。防いだとか、かわしたのではなく、刺さらなかったのだ。

「そんなおもちゃじゃ俺は貫けない。俺のような存在には通じないよ」

「っく」

「遅いんだよ!」

 刺さらなかったことに戸惑っていてスキが出来た。ニーズによる爪の攻撃。遅めに気がついたハクレイはかわそうとするが、避けきれない。ハクレイの肩が爪によって裂けた。白き獣の力を埋め込まれて、絶対的な防御力を持つハクレイに傷をつけたのだ。

「ーーがぁ、な、なんで?」

「なんで? なんでってなんなのさ? まさか攻撃を喰らわないとでも思った? 思った? はははは、じゃあ死んで……いや、ハクレイちゃんだけお持ち帰りしようかな? というわけで、あっちはいらないよ」

 パルミナに近づくニーズ。その爪を持ってして、切り裂こうとした。それに気がついたルーイエがパルミナにぶつかって吹き飛ばす。振りかぶったニーズの攻撃はそのままルーイエに向けられて振り落とされた。

「っくっそがあああああ」

 触手を上手く使い、なんとか致命傷を避けようとする。そのおかげか、即死は免れたものの、足を切断された。きっと日頃の行いが悪いんだろう。ルーイエだけぼろぼろだ。

「あらら、殺したと思ったのに、ほんと、この体だと戦いにくいよ。未だに慣れねぇ。まあいいや。こいつはいつでもいつでも殺せるし。とりあえずこっちかな」

 呻くルーイエを蹴っ飛ばして、倒れているパルミナに近づいた。
 そして体制が立て直せないパルミナの首を絞めながら持ち上げる。
 苦しそうに「ぐぇ」と呻く。それをニーズはたのしそうにニタニタと見つめていた。

「ああ、誰かが死ぬ瞬間は楽しいね。ほら、もっと苦しんでよ、はは、はははっはは」

「く、狂って……る」

「何を今更そんな事。この世界そのものが狂っているんだよ。まあ、ゴミ虫が知る由もないがな。ほら、徐々に締めていくぞ~」

「……ぁ、っ」

 ニーズは宣言どおり、首に力を込めて頚動脈を絞めていく。それはパルミナの脳への血流が完全に止まってしまう行為だ。このままではパルミナが死んでしまう。いや、それだけじゃない。腕と足を失っているルーイエも、パルミナの次に殺されてしまうだろう。
 そんな未来はハクレイが望むものではない。
 始めてあったかいと思える場所を見つけられた。始めて友と呼べるものが出来た。
 それがまた、理不尽な暴力によって奪われようとしている。この世界は腐っている。
 強者は奪い、弱者は奪われるのが世界の理であるように、力によって大切なものはいとも容易く奪われてしまうのだ。

 ーー嫌だ、絶対に嫌だぁ。

 ハクレイはニーズに向かって走り出す。傷ついて血を垂れ流しながらも、それでも大切な人を守るために。武器が効かないとわかっている。白き獣の力を貫くほどの驚異だということもハクレイには分かっている。死ぬかもしれない。それでも、ニーズに立ち向かわずにはいられなかった。

「やめろおおおおおおおおおおお」

「はは、無駄だって。俺に攻撃はきかーー」

 ニーズに飛びついたハクレイは首筋を思い切り噛んだ。ただ、獣が獲物を咬み殺すという本能に従って。ハクレイの歯がニーズの首筋の肉を裂き、夥しい血が噴き出した。

「ガァ……な…………な!」

 腕の力を緩めてパルミナを落とした。パルミナは咳き込んで倒れる。締められていた時間が短かったため、青くなっていた顔が徐々に色を取り戻す。ぐったりとしてはいるが、呼吸はしていた。

 絶対に貫けないと思っていたニーズは、自分の傷口に戸惑うばかりだった。ハクレイは、パルミナとルーイエの前に立って、ニーズを威嚇する。そして目の前の光景に絶望した。
 本来なら絶対にありえない。人間どころか、この世界の多くの生物にはできないこと。
 傷口が、いとも容易くなくなったのだ。

 急速に回復するような危険種でも埋め込まれていなければ不可能なその現象に、ハクレイたちはようやく理解した。デタラメな力を持った人間なんかじゃない。目の前にいるニーズという少女は、元々人ではなかったのだ。
 危険種を埋め込む実験はグランツ研究所でしか行われていない。だったら考えられるのは一つしかない。

 人のように知恵を持った、人型の危険種。それ以外に考えられなかった。
 暴虐の限りを尽くせるほどの力を持った、黒装束に身を包む少女はまさに『死を振りまく黒龍』と呼ぶにふさわしい存在だ。
 三人は全滅を覚悟した。触れてはいけなかった。そう思わせるほど圧倒的な力を持つ少女。だけど、その少女が襲いかかってくることはなかった。
 ただ呆然としながらハクレイを見つめる。

「……おまえ……………本物……なのか?」

「お前は何を言っている」

「本物の……フェリアなのか……」

 その名前を聞いたとたん、ハクレイの内に眠る白き獣の意思が騒めく。まるで、死に別れた友と再開できたかのような、喜びの感情が騒めく。それを押しとどめて、ハクレイは自分の名を叫んだ。

「違う、私はフェリアなんかじゃない! 私はハクレイだ!」

 それを聞いて、一瞬キョトンとしたニーズだったが、そのあと楽しそうに笑いだした。

「あはははははは。そりゃそうだ。おまえはあいつじゃないわな。でも、やっぱりそっくりだ。そして、この俺を傷つけた。この事実は変わらねぇ。俺を傷つけられるのは、俺と同等の存在だけだ。この世界には七体しかいない。その中で唯一の友だったんだ、フェリアはさ。
 ああ、ようやく出会えた。あいつの意思を継ぐ者に。なんて素晴らしい日なんだ!」

 そう言って、ニーズは高らかに笑った。それはもう、嬉しそうに笑ったのだ。

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