太陽を守った化物

日向 葵

第七話~なんだかんだであったかい~

 ほろりと落ちるハクレイの涙。それにルーイエが激怒した!
 それはもう、荒ぶる鷹の如く触手を振り回しながらバッソたちを睨む。視線で人が殺せそうだ。
 ハクレイに近づいて、まるで守るかのように両腕を広げて前に立った。

「キャハハ、誰さ! こんなに白くて可愛いハクレイちゃんを泣かせた奴は! 誰であろうとぶっ殺してやんよ! あぁ!」

 ルーイエが大声で叫び、その場が静寂に包まれる。というか、呆れて誰も何も言わない。
 それすなわちーーお前が原因だ! ということだ。
 ハクレイなんかは、即座に逃げてパルミナの後ろでガクブルしているのだが、怒りで我を忘れているらしく、ルーイエはそれに気がつかない。
 呆れ果てたバッソは、「はぁ、クソッタレが……」とため息を吐き、ルーイエの後ろを指差した。

「バ、バッソ隊長……まさか! ハクレイちゃんを! このロリコン!」

「てめぇは何を言ってやがるんだ、桃色野郎! 後ろを見やがれ! 既にハクレイはいねぇんだよ!」

「は? 何を言って……って本当にいねぇ!」

 ルーイエは呆然と立ち尽くす。そして、ぐるりと回ってハクレイを探した。案の定、ハクレイはすぐに見つかる。
 ルーイエは再び、視線で人を殺せるような睨みをハクレイをかばっているパルミナに向けた。

「ひぃ!」

「ハクレイちゃんを返しやがれ!」

「私が奪ったんじゃないわよ! 大体、あんたが変態だからいけないんじゃないの!」

「な……んだと……」

 ルーイエはその場に項垂れる。その様子をパルミナの後ろからそっと顔を覗かせたハクレイが一言。

「変態、死ねばいいのに……」

「ぐはぁーー」

 ハクレイの心の奥から漏れ出した言葉に、ルーイエは撃沈した。死んだ魚のようなハイライトのない瞳になり、「はは……ははは……」と力なく笑った。

「はは、ルーイエの日頃の行いが悪いっすね」

「そうよね~。私みたいに~バッソ隊長を狙いつつも、ちょうどいい距離を取らないと~すぐに嫌われちゃうわね」

「くっそ~~~~、私はなんということを……」

 バッソの額に青筋が浮かぶ。この茶番にかなりイライラしていたようだが、そろそろ限界の様だ。
 机を叩き、怒鳴り散らすように叫んだ。

「お前ら! いい加減にしやがれぇ。俺たちはこれから仕事でリーナス領に向かうんだよ! ハクレイも、ルーイエはそんなことする奴じゃねぇ! こいつに無理やり襲う度胸があると思うか? あるなら言ってみやがれってんだ、クソったれ共が!」

 その言葉にみんなが「はっ!」とする。それはルーイエも例外じゃない。
 というか、ルーイエがするな! お前が原因でこうなっているのだろうとツッコミを入れるべきなんだろうが……。

「ハクレイ、いいか、よく聞け!」

「うん、何、バッソ隊長」

「ルーイエは、口ではあんなこと言ってるが、自分から襲う度胸はねぇ。適当な事を言いながらも、互いに了承してから行動に移すんだよ。パルミナだって襲われていないだろ。それに、こいつはなんだかんだでいいやつだ。パルミナだって妹みたいに扱われている」

「私はそんなにちっちゃかないわ!」

 パルミナが思わずツッコミを入れた!
 だが、バッソは無視する。ハクレイも聞こえていたはずなのだが、無視するようだ。
 それに、パルミナが襲われていないということが、ルーイエが無闇に襲わないということに対して高い説得力があった。
 ハクレイは「ふぅ」と安心したようで、ほっこりとした笑みを浮かべる。
 変態の暴走もといい、悪ふざけが終わり、リーナス領に向かうことにしたようだ。
 デルとグランディがいつでも出発できる様に準備しており、それぞれ指定の場所に座り込む。
 ルーイエは棺桶らしきところに入り、穴から触手がぬるりと現れる。そしてハクレイ、デル、グランディ、パルミナを固定した。
 パルミナは後部に取り付けられた鉄の筒に手を当てて待機。バッソは一番前で鉄車を引く準備をしていた!

「えっ? バッソ隊長がそこなの?」

「っち、そうだよクソッタレ。俺が鉄車を引いてリーナス領まで走るんだよ! んでもって、パルミナが爆発をうまく利用して、前に進むんだよ。わかったか!」

 ハクレイは思った。ダサい、実にダサい。だけど、こういった悪ふざけも楽しいとも思っていた。
 あの母といた場所では、生きるのに必死だった。立ち止まったら殺されるか、それ以上に悲惨な運命をたどるだろう掃き溜めのような場所。
 絶望しかないそんな場所で、どうして楽しいと感じられようか。
 フェルシオンもまともな場所かと聞かれたら、絶対に違うだろう。なにせ人殺しの仕事をしているのだ。リーナス領にだって、人を殺しに向かう。
 だけど、そんな碌でもない仕事をしているからこそ、仲間同士で手を取り合うようにしているのだ。少しでもあたたかさを感じられるように。
 ハクレイにはそう感じたようだが、他のメンバーがどう思っているのかはわからない。
 ハクレイは母親に売られたように、フェルシオンのメンバーもそれぞれの闇を抱えている。それが原因で壊れてしまうような関係かもしれないけど、ハクレイはーー。

(ここは……いいな)

 と、感じていた。もしかしたら、ハクレイが初めて知る家族のぬくもりなのかもしれない。

 鉄車が動き出す。最初こそ、ゆったりとした速さで進んでいた。のんびりと変わる景色を堪能していたのだが、突然変化が起きる。
 パルミナが爆発の力を使い、速度がどんどん上がっていく。馬が引っ張った馬車なんて目じゃないぐらいの高速だ。
 整備された道を走っているはずだが、国全体が交通関連にどこまでお金をかけていないようで、小石に引っかかり、鉄車が激しく揺れる。
 ガタン、ゴトンと揺れる中、ハクレイは口を抑えて気持ち悪そうにした。もはや限界が近い。それに気がついたグランディが、数時間もよく耐えたなと感心しながらバッソに声をかける。

「おーい、隊長! ハクレイがそろそろ限界っぽいっすよ」

「っち、しゃあねぇな。一旦休憩にすっぞ。パルミナ! ブレーキ!」

「はいよ!」

 そう言って、パルミナは手を上げて鉄車の爆発の力を使った。爆発の力は、後ろではなく前方向に放たれた。
 それにより、ゆったりと鉄車の速度が落ちていき、やがて止まった。
 ハクレイはルーイエの触手を引きちぎるかのようにどけて外に出た。道端に生えている木の近くに行き……吐いた。
 こればかりはどうしようもない。想像を遥かに超えた速度と揺れは、耐えようと思っても、すぐに耐えられるようになるわけじゃない。それでも、ハクレイがかなり我慢したおかげた、既に半分ぐらいは進んでいた。
 よくやったほうなので、吐いても誰も怒らなかった。

「ハクレイちゃ~ん。うっぷ、大丈夫? キャハ、キャハハハハァ……うっぷ」

 ハクレイと同じく顔を青くしたルーイエがそばに寄ってきた。かなり気持ち悪そうだ。目にハイライトはない。あんな速度で、しかも激しい揺れの中、棺桶のような場所に詰められていたルーイエ。それはそれは大変だっただろう。ハクレイが同情の眼差しを向ける。
 それに気がついたのか、頬を赤く染めてくねくねとし始めた。

「そ、そんなに見つめられたら照れるじゃねぇか」

 こいつはもうダメかもしれない。

 休憩を初めてから数十分後、再び鉄車に乗って爆走する。途中、危険種の群れに遭遇したが、その全てを轢き殺し、リーナス領にたどり着いた。
 だけど、領地に入っただけであり、領主の屋敷がある街、フェブラまではまだ距離がある。
 ここからは鉄車を道の外れに隠し、徒歩での移動となる。王都ならいざ知らず、サデスの実験などが知られていない領地で爆走すると仕事に支障が出るのだ。そんなのデメリットしかない。
 ハクレイは、徒歩での移動がまるでピクニックにきたみたいだなと思いつつも、これから行う仕事を思い出して、気を引き締めた。
 そして数時間後。
 無事にたどり着いたフェルシオンのメンバーは、フェブラの中に入っていくのだった。

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