太陽を守った化物

日向 葵

第一話~適合率~

 グランツ研究所。
 そこは、危険種と呼ばれる生物から人々を守るため、サデス・ノワール公爵によって建てられた施設である。
 物語の中でしか出てこない魔物と差し支えない凶悪な進化を遂げた生物たち。その猛威は多くの農村や小さな町を壊滅に追いやってきた。被害をできるだけ多く減らすためには、その危険な生物たちについて知る必要がある。そう言ったサデス公爵は、研究員を集め、マレリア王国初の生物学研究所を作った。それがグランツ研究所である。
 表向きは民のためと謳っているが、内情は全く違う。危険生物や伝承でのみ知られている生物の遺骸を人体に埋め込んで、人工的な化物を作り出す研究をしていた。
 従順なる最強の部隊、それを我が物にするため、研究員は日々研究に没頭した。

 従順な兵を作るためにはどのようにすればいいのか。そんなのは簡単なこと。小さな子供を集め、教育という名の洗脳をしていけばいい。
 そのために、研究所には沢山の子供たちが集められた。人体実験のモルモットとして。
 それはこの少女も例外ではない。

 母親に売られてしまった少女は、白衣の男に連れられて地下にある研究室に入った。
 中には何人かの研究員がせわしなく働いている。そのうちの一人、台の上の何かをぐちゃぐちゃといじくっている男に声をかけた。

「新しい子供を連れてきた。検査を頼む」

「ん、お前か。どれどれ、今回はかなりやせ細っているな。これではすぐに移植手術などできやしないではないか」

「この際仕方がない。だけど、今回はかなりいいのも持ってきた」

「それがか?」

「お前が作った適合率の簡易検査キッド。あれを使ったところ、この娘はかなり高い値を出した」

「ほうほう、それはなかなかだな。なんの生物との適合率が高いかまでは分からないが、第一種危険種レベルならサデス様もさぞお喜びになるだろう」

 男は少女に近寄ってきた。そして、赤く染まった手で少女の腕を掴む。
 なんでこんなに赤い手をしているのか、最初はよくわからなかった。だけど、少女は見てしまう。台の上にあったそれを。

 赤く血塗られたそれには、血が抜けてしまったかのような真っ白な肌をしており、腕をだらりとたらしていた。目があったであろう部分には大きな空洞ができている。まるで自分でかきむしったかのような傷まである。たれた腕の下には奇妙な球体まで転がっていた。歳は少女と同じぐらい。一体何をしたらこうなってしまうのか。常人なら恐怖で震えるだろう。

 だけど少女は怖がるような素振りを見せなかった。ただ納得した。人の悪意が入り混じる街を抜け出した先も地獄であったから。もう全てを諦めてしまったかのように、素直に男についていく。

「お前、あれを見ただろう。それでこの態度、度胸があるな」

「……そんなものはないよ。すべて諦めてしまったから。もう好きにすればいい」

「たははは、じゃあそうさせてもらうさ。ちなみに、あれは俺がやったんじゃない。あいつが自分でやったのさ。埋め込んだ物に適合できなかったやつの末路。さて、お前はどっちになるのやら」

「どっちでもいい。生きていても、死んでいても何も変わらないんだから」

「ははははは、お前みたいな愉快なやつ、初めてだよ」

 研究員の男は豪快に笑った。少女はうるさいとでもいうかのように顔を顰める。
 男が少女を椅子に座らせると、電極のようなものを体に付け、注射を打った。
 少し痛かったのか、少女は顔を歪ませる。
 男は少女を座らせたまま、机の上にあるモニターを眺めた。
 少女に打った薬により、生体電気の変化が生まれる。その変化が危険種のものに近いほど適合率が高いとされている。
 危険種は多種多様に存在するため、男は画面と次々に切り替えていった。
 なかなかに高い適合率だったのか、男は口笛を吹き、ご機嫌になる。

「どれどれ、なかなかいい感じじゃないか。どれも適合率が70%を超えている。これはかなり期……待……はぁ! おい、これを見ろ!」

「なんだよ、大声なんか出して」

「いいから早くしろ」

 白衣の男は言われたとおりにモニターを眺め、驚愕した。

「……適合率99.9%だと。しかもあの聖遺物か。これはかなりのものじゃないか!」

「だろ。早くサデス様に報告して実験を……」

「いや待て。サデス様に報告するのはいいが、実験は行わない」

「なぜだ! こんな高い適合率を持ったものを使えば絶対に成功するはずだ。手柄をみすみす逃すなんて絶対にしないぜ」

「そう慌てるな。さっきも言っただろう。ろくに食べ物も与えられず、こんなにもやせ細っているではないか。まず実験に耐えられん。この適合率で失敗してみろ。サデス様に首を切られるぞ」

「た、たしかに。とりあえず俺は報告してくる。お前はその子を施設・・に運んでおけ」

「わかった」

 白衣の男は少女に「行くぞ」と短く行って、扉に向かう。少女はその後ろを何も言わずについていく。まるで忠実な犬のように。
 地下研究室を出て、階段を登っていく。研究所を出た隣には、小さた建物があった。
 白衣の男に連れられて、少女はその中に入っていく。
 中は外見からは考えられないほどの広さがあり、白衣の男は自慢げに「すごいだろう」というのだが、少女が驚いた様子はない。

「ここは集められた子供たちを世話するための施設だ。実験用のモルモットだとしても、ちゃんと世話をしなければ使い物にならないからな。お前も今日からここで過ごしてもらう。衣食住はこっちですべて用意するから安心しろ。ここの決まりは施設長にでもきくんだな」

「うん、わかった。それよりなんでここはこんなに広いの?」

「さっきは驚かなかった癖に。研究の成果だよ。個体数が少ないんだけど、空間を歪める力を持った危険種が存在するんだ。そいつの力を解明して生まれた技術を用いて作ったんだ」

「そう、すごいのね」

「はぁ、もう少し可愛げがあったら良かったんだけどな。とりあえずついてこい。施設長室に案内する。あの人はきっとそこにいるはずだ」

「……うん」

 白衣の男と少女は施設の中を歩いていく。外から人が来るのがそんなに珍しいのか、その場にいた子供たちの視線が集中した。だけど、誰ひとりとして声をかけてくるものはいない。きっと白衣の男がいるからだろうと少女は思った。
 施設の奥に進むと、ドアの隙間から小さな光と狂ったような叫び声が聞こえてきた。

「かききくけこここかけかいきしえかぁぁぁぁぁあ」

 声を気にすることもなく、白衣の男と少女が部屋の中に入ると、小さな少年が白目を向いて転げまわっている。一体何をされたらこうなるのか、体の一部が猫科の猛獣のように変質している。まるで、人間である少年の存在を猛獣が奪い取っているかのようだ。

「施設長、あなたまたやったんですか。こいつらは俺たちのモルモットですよ」

「ええ、存じていますよ。でも少しぐらいいいじゃないですか。私だって研究員の端くれ、子守が仕事だと物足りないんですよ」

「ほんと勘弁してくださいよ。怒られるのは俺たちなんですから。それで、これは一体何をしたんですか」

「この子は第三種危険生物の適合者でしてね。内に宿る獣とのシンクロ率を強制的に高める薬を使ったんです。さらに強力な力を使えるようになるはずだったんですが、どうやら獣の意識が完全に消滅していなかったようで、混ざってしまったんですよ」

「完全に失敗作じゃないですか。無駄に廃人にしてくれちゃって」

「ははは、研究に犠牲は必要でしょうに。これでまた、薬が改良できます。それで、この子は新しいモルモットですか」

「そうですよ。ただし、扱いには気をつけてくださいね。なんとあの碑文に書かれていた、太陽を守った白き獣の聖遺物との適合率が99.9%なんですよ。サデス様には報告済みなので、絶対に殺さないでくださいね」

「なんと、あの聖遺物の……。これは楽しみですね。この細さだと、まずは体つくりから始めませんと。そこのお嬢さん」

「……なに?」

「あなたはこれからここで生活してもらいます。そのためには名前が必要でして。あなたはこれから百十八番と名乗ってください」

「うん、わかったわ」

 百十八番は小さく頷いた。今までもらったことのない名前というプレゼントに、ちょっと嬉しく思った。

「番号が名前では不服かもしれませんが。なぁに、実験が成功すればちゃんとした名前が与えられます。サデス様のために、頑張りなさい」

「できるだけ頑張ってみるわ」

「では、俺はこいつを届けたんで、あとは任せますよ」

 そう言い残して、白衣の男は立ち去った。残されたのは施設長は百十八番の頭をそっと撫でた。くすぐったい感触に嫌そうにしながらも、受け入れているのは百十八番が今まで愛情というもの貰えなかったからだろう。

「では、ここの施設について説明しますから、そこの椅子に座ってください」

 言われた通り、百十八番は椅子に座った。

(なんか、思っていたよりも暖かい場所だな~)

 そんなことを思いながら、百十八番は施設長のお話を真剣に聞く振りをするのだった。

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