私、いらない子ですか。だったら死んでもいいですか。

日向 葵

第三十話~異常な光景5~

「ねぇ、お姉ちゃん? どうしたお~」

 ……なんだろう、この少年を見ていると、すごい罪悪感を感じる。
 てか、誰も思わねぇだろ! ウマシカが馬鹿だって。
 食べたら馬鹿になる実? 誰得だよ! ふざけんな!
 でも、効果はきっと一時的な……

【システムメッセージ:お久しぶりです。ちなみに、ウマシカの実の効果は永遠です】

 あ、ホント久しぶりだね……って永遠! そんな情報知りたくなかった!
 もうすげぇ罪悪感が半端無さ過ぎるんですけど! 私、どうすればいい?

「責任とってこの子を引き取るしかないのかな」

 不意につぶやいてしまった。その言葉を言ったあとで、私はとても後悔した。

「小雪お姉ちゃん…………」

「ひぃ!」

 アンリが夜よりも深い漆黒の、闇よりもなお暗き暗黒の様な、異様な瞳で私をじっと見つめてきた。
 怖い、怖すぎる!
 やばいやばいやばい。選択を間違えた。これ、背中から刺されるルートか、最悪、この少年が翌日死体で発見されるルートだ。
 ……私が刺されるのはまだいい。だって死なないもん。だけど、この少年を死なせてしまったら後味悪すぎんだろ。

「ねぇ君?」

「ん~? なに、お姉ちゃん」

「今日はもう遅いから、今日はゆっくり休もうか」

「うん、一緒に寝る!」

「「ダメ!」」

 私とアンリが同時に少年を怒鳴りつけてしまった。
 いきなりのことに驚いた少年は、瞳を潤ませて、ビクビクと震えている。どっかのCMで見たチワワ見てぇだな、おい。
 可愛すぎて、こっちが悪いことしているみたいじゃないか。
 でも、私は耐えなければならない。
 だって、この子がアンリの手で死んじゃうかもしれないからさ。

「君は別の部屋で寝れるよね。私たちと一緒に寝るのは何かとまずいのよ」

「なんで? なんで!」

 少年は、子供特有のなんでなんで攻撃をしてきた。でも大丈夫。私はちゃんと回答を用意しているからね。私偉い!

「それはね。私たちが女の子で、君が男の子だから。君がまだ幼いと言っても、君と私たちは会ったばっかりだからさ。世間の目が厳しいの。私がショタコンの変態だと噂されるかどうかがかかってんのよ!」

 最後のは私の心の叫びだ! ショタコンなんて思われたくねぇ!
 まぁ、一緒に寝たところで、この町に普通の人間がいるわけないので、問題ないんだがな。
 だって、ニートリッヒで生きている人間なんてもういないだろうし。そう考えると、ちょと悲しい。るーるーるー。
 けど、そのことをあえて言わない。
 ウマシカの実を食べて馬鹿になった少年が、この町の事情を知るはずないし、今の話で納得して別の部屋に行ってくれるだろう。

「なら問題ないお? 僕、女の子だから」

「…………ぇ」

 お、女だとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
 全然そんなふうに見えないんですけど!
 どっからどう見ても男だろう。しかも一人称が僕……いや、そういう女の子もいるよね。それによくよく考えたら、ちょっとだけ声が高い。子供だから声変わりしてないんだろうなーぐらいにしか考えてなかった。
 え、じゃあ本当に……。
 で、でもこれならアンリも許してくれるんじゃないかな。
 私はそっと、アンリに視線を向ける。

「ひぃ!」

 アンリの瞳は、絶望に飲み込まれたような、地獄の底が写っているかのような危ない感じだった。それに、少年だと思っていた時より殺気がやばい。なんでぇ!

「小雪お姉ちゃん……この子、女の子なんですって」

「う、うん、そうだね」

「小雪お姉ちゃんは私以外に浮気しないよね?」

「う、うん…………ってちょっと待て、なんで私がアンリと付き合ってることになってんの! 私たち、女の子同士だよ。私にそんな趣味はーー」

「え、なに?」

「ーーーーいえ、なんでもありません」

 アンリの目がマジでやばい。本当にやばいよ。
 私の信条は、困っている人に手を差し伸べて助けてあげる事なんだけど……今回はダメかもしれない。
 いや、別の部屋に寝かせて上げて、私がアンリとイチャイチャしながら寝れば何とかなるかもしれない。てかそれしか方法はない!

「ねぇ君……えっと、名前は……」

「僕はね、クラヌって言うの。クラヌ・ディルバリア・ハムバット。お姉ちゃんは?」

「えっと、私が西条小雪で、こっちが……」

「アンリエッタ・フォン・エムリアよ。この国の第二王女なの。そして小雪お姉ちゃんの妹! だから邪魔しないで!」

 アンリはクラヌに怒鳴り散らすが、クラヌは別のところに反応した。

「わー第二王女なんだ。僕と一緒だね!」

 おい、今コイツなんて言った? 僕と一緒だねって、どういうこと!
 えっと、クラヌの名前は、クラヌ・ディバリア・ハムバットだから……えーっと…………あ。
 ああああああああああああああああ!

 コイツ、ハムバット帝国の第二皇女だ!
 ハムバット帝国って言えば、魔族の国。そしてその国のリーダーはもちろん魔王だ。
 ということはだよ。コイツ魔王の娘じゃん!
 なんでこんなところにいるんだよ! 意味分かんねぇよ!

「ねえ、お姉ちゃん。大丈夫?」

 クラヌはあざとい角度で私を見つめ、心配している風な言葉を言う。
 馬鹿じゃなかったら、きっとうざってぇって思うんだろうなーと思ったけど、ウマシカの実で馬鹿になっているから、なんとも言えん。
 まじかー。魔王の娘かー。いろいろと困るなー。いや、別に人間も魔族も対して変わらないし、勇者じゃなくなった今となっては、助けを求められたら手を差し伸べるつもりだよ。
 だけど、今回のはかなりまずい。
 何がまずいって……。
 第二皇女を馬鹿にしちまったことだよ! これ、バレたらマジでやべぇよ。私ひとりでハムバット帝国にいる魔族全員と戦う羽目になるんじゃねぇ?
 まあ、死ねない私が勝つだろうけどさ。それでもさぁ! いろいろとやべえだろ。
 なんか、いろいろ、いろいろって言いすぎて、何がなんだかわからなくなってきたよ! どうすりゃいいんだこれ……誰か助けて…………。

 私が頭を抱えて座り込み、うめき声をあげながら悩んでいると、クラヌがポンと肩を叩いてきた。

「……ふ」

 いきなりされたドヤ顔に、ちょっとだけイラっとした。コイツ、馬鹿になったんじゃないの。なんか急にウザくなったような気がする。

「僕はアンリと同じ第二皇女。だから、君の妹になるんだよね」

「いやいや、まてまて、どうしてそんな考えになった! 馬鹿かてめぇ!」

「ふぇ?」

 あざとい角度で首をかしげたクラヌに、ちょっとだけドキッとした。
 ……コイツ、狙ってやってんじゃねぇだろうな。
 ああ、だんだん私の女らしさが欠如していく様な……そんなものは元々なかった様な……。あれ、目から汗が……。

 でも、クラヌの相手をしていると、どういうわけか、調子が崩れていくような気がしるんだよな。なんで?

「お姉ちゃん! ぎゅーってして!」

 あ、わかった。庇護欲だ。こう、親心的な? 守ってあげたい感じがすごいの。
 ああ、男が女に貢ぐのって、こういう理由なのね。分かりたくなかった。
 私は、クラヌに言われるがまま、ギュッと抱きしめそうになるが、背筋がゾクゾクするような、危ない殺気を感じて踏みとどまる。

「ねぇクラヌ。君は別の部屋だよね。ほら、私が連れて行ってあげるから、ね?」

「ちょっとアンリ! それは私が!」

「小雪お姉ちゃんは黙ってて!」

「は、はい!」

 私は何も言い返せなかった。あれか、恋する乙女は最強的なやつか……。
 ごめんクラヌ。私に君は救えない。死なないようにそっと魔法をかけてあげるけど、それが限界なんだ。大丈夫、死にはしない。ただ、心まではどうなるかわからない。
 だから、本当にごめん。マジでごめん。
 私は、心の中で何回も謝った。

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