ウィッチ&タフネス

一森 一輝

 夜が明け、テレパスを再びつなげてみると、蝙蝠は全滅していることが分かった。
「嘘! あれでも一応A級冒険者のパーティを一つ二つ全滅させられるだけの力があるのよ!?」
 リリスが叫んだのは、紫の暗がりの中だった。煉獄の深き森の奥に佇む魔女の工房。ベッド周りは全てピンクや紫で統一され、そこから五歩も歩くと研究室に早変わりする。正直生活する部屋としてはあり得ない作りだったが、寝る以外の時間帯では食事などのそれこれを除いてすべて研究に費やすリリスとしては、なかなかに使いやすい部屋だった。
 言うまでもなく設計、建築を担当したのはリリスである。そうでなければこんな変態部屋が実現されるわけがない。
「落ち着きなさい、冷静になるのよリリス……。まずは一つ一つ、状況を確認していきましょう」
 胸に手を当て息を吐き、リリスはベッドから離れ、自著の魔物図鑑をぱらぱらとめくり始めた。
 昨晩放った蝙蝠は、ダブリング・ヴァンパイアバットという、とある迷宮の奥深くに生息する吸血蝙蝠型の魔獣である。一匹一匹は弱いが、ともかく数が多い。そして、時間経過とともに倍加していくのである。分裂に必要な時間は二秒。一匹でも生き残れば良いので、かなり倒し切るのが難しい魔物だ。
 特に、今回の場合は狭苦しい迷宮でなく、一国全体に分布させている。そんな千匹以上の小さな蝙蝠が一晩で全滅するなど、ほとんど考えられない異常事態なのだ。
 それ以上に、リリスはアレに吸血の許可を出していなかった。ならば、そもそもからして狩られる理由がないのである。
「……グラントにこんな細かいことは出来なかったはず。となると、ギガントサンドワーム狙いのS級冒険者、ってところかしら……」
 であれば、グラントの補助という立ち位置に収まるはずだ。リリスはふむ、と考える。
 ダブリング・ヴァンパイアバットの脅威を知るだけの経験があり、その全てを補足したうえで一晩中に全滅させる冒険者。いや、あの魔物は自らの分身が殺されれば、そのことにすぐに気が付き補充する。ならば、国中の蝙蝠を一度に殺した可能性が示唆される。
 グラントのような剣一辺倒だったり、それ以外の近接武器だったりを使用する冒険者はあり得ない。弓でも、ほとんど不可能だろう。ならば、必然的に上がるのは魔法使いだ。神の加護を受け、その力によって魔女と同等の力を得る者たち。
「……ムカつくわね」
 リリスは呟いた。そして一人、フンと鼻を鳴らしてから、しばらくして「ああそうだ」とにやりと笑う。
 その笑みには性格の悪さがにじみ出ていたのだった。






 一方その頃、グラントは騎士団長によって謝罪を受けたのち、一宿一飯の謝礼を受け取っていた。
 食事。
 食事である。
 燃費が悪い癖になかなか食事にありつけない系勇者であるところのグラントは、ここぞとばかりに飯をかっ食らった。この砂漠の国でも特に大きな食堂、つまり昨日リリスが葡萄酒を飲んでいた酒場にて、スープを三十二皿、細長いパンにこのあたりでも育てられる家畜の肉の燻製や塩漬けの野菜をふんだんに挟んだものを十八個、そして蒸留酒を五本空けたところで、ようやく満足そうに頷いた。
「やはり、空腹は最高のスパイスということだな。非常に美味であった。感謝する騎士団長殿」
「あ、ああ、満足してくれて何よりだ。私の財布はすっからかんになったが、満足してくれたなら何よりだ……」
「これで五日はもつ」
「食いだめも兼ねていたのか……」
 部下が大ポカをやらかしたため、グラントが無茶ぶりをしても怒るに怒れない状況にある騎士団長。責任を取る、いい上司である。だがちゃんと処刑処刑言っていた屑門兵も付き合わせている。報復を忘れない、いい性格である。
「……ま、まさか勇者様だったなんて……、ああ、くそ、母ちゃん、ううう……!」
 件の屑門兵は青い顔をして終始うつむいて何やらぶつぶつ言っている。権力を傘に着る分権力には弱かったらしい。
「時に、騎士団長、そして門兵」
「はぃいい! 分かりました! 分かりましたからどうか家族は!」
「お前の言い方だと勇者殿が悪役になるだろうが」
「ぐへっ」と騎士団長に殴られる門兵。
「詳しい話は改めてギルド長から聞く予定ではあるが、騎士団、騎士団? からの意見も聞いておきたい」
「……まぁ、国が小さい故、騎士団の規模も公国と比べたら豆粒のようなものかもしれないが……」
「うむ。で、どうなんだ?」
 流石無自覚に門兵を煽った挙句、牢にぶちまれるだけはある。気遣いのきの字もない。
「……。まぁ、そうだな。勇者殿はこの近辺のサンドワームと戦ったことは?」
 サンドワーム、という魔物は砂漠であればどこにでも生息する魔物だ。森ならスライム、平原ならゴブリン、砂漠ならサンドワーム、というくらいメジャーなモンスターである。
 姿としては牙と大きな口を備えた三十センチほどのミミズといった風情で、たいていは白い外皮を持ち、砂から飛び出すようにしてかみついてくる習性を持つ。だが、その直前に足元で音がし、見ればぼこぼこと砂が盛り上がるので、対処は難しくない。スライムがいけるならサンドワームもいける、というような初心者向きの相手でもあった。
 調理法でおすすめなのは、やはり炭火焼きだろう。グロテスクな外見とは異なり、砂の中の生物を見境なしに丸呑みするので、栄養価が高くスープの出汁にしてもいい。砂袋、という砂のみをためる内臓があり、調理の際はそれを取り除くだけのお手軽食材だ。食感としてはウナギに近く、安価であるため砂漠の民の常食として人気がある。外見さえ我慢すれば非常に優秀な食べ物なのだ。
 余談だが先ほどのグラントのスープの出汁がサンドワームだった。
「ふむ。サンドワーム、か。ここにたどり着くまで、随分とお世話になった。アレがいなければ飢えて倒れていたに違いない」
 地龍の後も数日歩き通す羽目になったグラント。二、三匹飛び出てきたサンドワームを素手で捕らえて食べ歩きしていた間は幸せだった。結局その後一匹も遭遇しないとは思わなかったのである。
「あ、ああ。……えっ、生で?」
「日光に当てていたらそれなりにイケた」
「団長、勇者様ってかなりの悪食」
「やめろ黙ってろ。と、ということは、見たことも倒したこともある、ということでいいのだな?」
「無論だ」
「ならば話は早い。勇者殿に討伐していただきたいのは、ギガントサンドワームという。簡単に言えば、貴殿が倒したサンドワームを巨大化させたようなものだ」
「……それだけならA級冒険者だけでも対処できたのではないか?」
「いいや、ギガントサンドワームは、とても賢く厄介な相手だ。あれはおそらく特別変異でもなんでもなく、単に育ちすぎたサンドワームということなんだろうな。だからなのか、人に狩られない術、いや、人をどうこうしてしまう術、というものを良く心得ている。一度冒険者を引き連れて討伐に向かったとき、驚いたよ。奴を単身で攻撃できるようなA級冒険者のみを狙って一息に丸呑みをして、そのまま居なくなってしまった」
「……うぁああ……」
「そこの門兵が頭を抱え込んでいるのは何故だ」
「その時失禁したことを思い出したんだろう」
 食堂でする話じゃない。
「そうか」とだけ言って、グラントは立ち上がった。その背中にはすでに大剣が戻っている。鞘はなく、変幻自在なこの剣は、戦闘時以外はただの鈍らに過ぎない切れ味しか持たないようになっているのだ。端的に言えば丸まっている。ちょっと撫で心地がいい。
「ギルドに行かれるのか」
「ああ、そうしようと考えている」
「では、失礼する。朝食は誠に美味であった。それと、門兵よ」
「はっ、はいぃぃぃぃいいい! 何なりとお申し付けください!」
「だんだん小間使いみたいになってるなお前」
「後学のために聞いておきたいのだが、私は新しい国に行くたび毎回お前のような門兵に牢に入れられてしまうのだ。どうやったらそれを避けられると思う?」
 グラントの真摯な視線に、門兵はハッとした。まるで冗談のような言葉だが、門兵は気づいたのである。その言葉が真実であると。帝国内でも有数の力を誇る勇者は、本気で問うているのだと。
 視線が集まる中、屑兵は、ごくりと唾を飲み下した。そして、重々しく答える。
「……服装は、ちゃんとした方がいいと思います」
「……服を、旅の途中でなくしてしまったら、どうする」
「……その時は、その大剣を見せれば、察してくれるんじゃないかと思います」
「……ありがとう。貴君のおかげで、私はこれからもやっていけそうだ」
「恐悦至極の限りです……」
 両社は固く握手を交わし、お互いに敬意を払いながら別れた。グラントがいなくなった後で、屑兵は言う。
「……あの人が死ぬときは、多分餓死ですね」
「奇遇だな、私もそう思う……」
 勇者とは自らよりも強き魔物に殺される宿命にある。その魔物を、新しき世代の強き勇者が倒し、時代は移り変わっていくのだ。だが、二人はその未来を見ることが出来なかった。ただその脳裏には、行倒れ白骨化する、大柄な骨が描かれていた……。





 しばし経って、グラントはようやくギルドへと辿り着いた。押戸を通り、中に入るとガランガランと音がする。中にいた冒険者たちはつい、とこちらに視線をやり、グラントの出で立ちを見てぎょっとしている。
 騎士団長の計らいで最低限の服装は整えたが、それでもグラントの冒険者でも少ないような筋骨隆々たる肉体と、背中のむき出しの大剣は目立って仕方がなかった。何せギルドに入る際、どちらも扉のふちにぶつけて、ガコガコッ、と音がしたほどである。結構強打したのでたぶん今痛いのを我慢している。
 そんなグラントがまっすぐカウンターに向かったものだから、多少の腕自慢程度は奇異の視線とともに道を開けてしまう。そして、グラントは受付嬢に向かって、一言告げた。
「ギルド長に会わせろ。第三公国から来た者だ」
「ッ、は、はい! 今すぐに!」
 グラントが珍しいことに勇者らしくキメ、受付嬢は飛び上がってカウンターの奥へと引っ込んでいく。これで、先ほどふちにぶつけた患部をこっそり撫でていなかったら完璧だった。非常に惜しい。
 ざわざわと周囲が何事か判別できずに近くの者と話し合っている。それから少しすると、奥からバタバタと音を立てて、初老の男性が駆けてきた。
「はぁ、はぁ、お待たせしました。どうぞこちらへ、二階へ案内します」
「うむ」
 鷹揚に頷いて、グラントはギルド長の後に続いた。
 ギルド長に案内され、二回の応接室に入った。大理石の長机を挟んで、それなりに上物のソファにグラントは腰かけた。その時バキッ、としてはならない音がするが、グラントがまったく気にした様子がないのでギルド長は幻聴だろうと納得して話を始める。
「第三公国の勇者、グラント様でございますね? 遠路はるばるありがとうございます。お噂はかねがね……」
「うむ。砂漠くんだりまで行けと言われた時には度肝を抜かされたが、なかなかいい旅だった。サンドワームがあれほど旨いとは思わなかったな。是非我が王にも献上させていただきたい」
「……ほぉ! そうですか、そうですか! いやぁ、こんな何もない砂漠に、突如として出来た迷宮を利用して国を作ろうなんて最初は無茶なことだと思っていたのですが、軌道に乗り始めて何年もたつと愛着も湧くものでして」
 観光できないと聞いていた割に食べ物が案外おいしかったと上機嫌なグラント。飢えるのはいつもの事なのでマイナスポイントになっていない。
「して、騎士団長から少し話を伺ったのだが、今回の討伐対象である魔物は『ギガントサンドワーム』という育ちすぎたサンドワームだと」
「はい」
「詳しい話を聞きたい。大きさや、何が厄介なのか。賢いと聞いたが、どの程度なのか」
「そうですね。大きさは、大型魔獣として考えると小型です。大体この辺りの民家一つと考えていただければよろしいでしょうか。それだけなら十分A級で何とかなるはずだったのですが、以前、問題になりはじめの時に騎士団とこちらから指定した冒険者を向かわせたところ……」
「ああ、その話は聞いている。狙いすませて丸呑みされた、ということだろう」
「はい。ギガントサンドワーム自体にはあまり攻撃手段がなく、基本的には丸呑みだけです。しかし、その丸呑みの仕方が多彩なんです。普通のサンドワームは、こう、地面の砂を吸い込み、音を立てながら向かってきますよね」
「ああ。だから楽なのだが」
「対して、ギガントサンドワームは音を立てません。ですから、奴らの初撃を躱し切るのは非常に難しいんです。そのうえ、一度でも丸呑みにされるとほとんど戻ってはこれません。また、囮に食料を用いても引っかかりませんし、たとえ姿を現しても地上でさえ奴を捕らえるのは難しい」
「というのは」
「跳ぶんです、ギガントサンドワームは。体躯をうねらせてちょっとした建物を飛び越えるほどに跳躍し、空中から人間を丸呑みにして砂をまき散らしながら姿を消してしまう」
「……ふむ」
 いくつかぶつかり方を考えて、さしたる問題は無かろうと判断する。グラントは「だが」とギルド長に問うた。
「そんなサンドワームが育つ理由が、私には分からない。そんな厄介な魔物が普通に育つならば、この一帯はすぐに滅んでしまうだろう。何か原因に関する情報はないか?」
「……実はですね、国主のご息女が魔物を育てるのが趣味という少々奇矯な人物でして……。その、サンドワームというのは食べれば食べただけ大きくなる魔物でもありますから、大体、牛ほどの大きさになった頃でしょうか……そろそろどうにかした方がいいと周囲に詰め寄られた結果、自然に帰してくると言って飛び出してしまい……」
「……その、ご息女とやらは」
「失踪なさいました」
「……」
「……」
「出現場所に心当りは」
 グラントは深く考えるのを止めたらしい。
「今は奴が壊滅させた村の後を根城にしています。そこはもともと足場が砂ではなかったのですが、ギガントサンドワームが植物の類をすべて丸呑みにしてしまったため、やはり砂地になってしまっています。名残としてはテントの鉄骨が僅かに残っている程度ですか。それを目印に進むとよろしいかと」
「案内は付けてくれるか?」
「ええ! 勿論。少々ツテがありまして、一人S級冒険者を呼び寄せています。グラント様が来た時に連絡を飛ばしたのですでにこちらに向かっているはずですが」
 その時、見計らったようにドアがノックされた。「噂をすれば。どうぞ」と一度グラントに笑いかけてから、扉の向こうに声をかける。
 ギィ、と蝶番を鳴かせて入ってきたのは、深くローブをかぶった人物だった。携えるは身長よりも高くごつごつとした杖。いや、その人物そのものの身長があまり高くないのだろう。しかしローブの闇から除く眼光はひどく鋭い。その人物は、人相を伺わせない声色で言った。
「リガーだ。お前がグラントか?」
「うむ。今回呼び寄せられた第三公国の勇者、グラントだ。……リガー、といったか。すまないが聞き覚えがない。私だけ一方的に知られているというのも不便な話だ。どうか自己紹介をしてはくれないか」
 リガーと名乗る人物は、しかしどういう訳かその要求を黙殺し、こちらに問うてくる。
「ダブリング・ヴァンパイアバットという魔物を知っているか?」
「……? いや、知らないが。それは一体どういう魔物なのだ」
「時間とともに数を増やしていく吸血蝙蝠だ。単体ではそこらの魔物にも劣るモンスターだが、その群れとなると大抵の人間には手に負えるものではない。しかも、首に取りつかれて血を吸われたとなれば、どんな手練れでも数秒で絶命するほどの勢いで血を吸う。最果ての迷宮にのみ生息するA級モンスターの一つだ。しかし、その中でしか発見されたことがないからA級にとどめられているが、迷宮外でも生息していたら間違いなくS級指定される、そういう厄介な存在だ」
「ほう」
 グラントは、詳しい説明に感心する。自分が討伐するとしたらどのようにすればいいかを考え苦戦していると、リガーは懐から小さな何かを取り出した。
 それは、ぐるぐるに魔法具で拘束された、牙の発達した――見覚えのある蝙蝠の姿だった。
「もう一度聞くぞ、魔女とつながりを持つといわれる、第三王国の勇者、『剛剣グラント』。お前は、この蝙蝠を知っているか? 全く、心当たりがないか?」
「……ふむ」
 グラントは、ゆったりとした所作で目を瞑った。疑われている、という事なのだろう。しかし、それにしても魔女と――リリスとつながりを持つ、と言われるのは気分がいい。少し上機嫌で、返答した。
「まず、偽りの言葉を口にしてしまった事をここに詫びよう、リガー。その魔物を、私は知っている」
「ならばッ」
 鋭く言葉で切り込んでくるリガー。だが、グラントは構わず続けた。
「昨日、牢にとらわれていた時に、私の空腹を僅かながらも紛らわせてくれた。思い出の一匹だ」
「……」
「……」
「……牢……?」
 グラントの意味不明さに困惑するリガー。哀れである。
 だがその正体をローブで深く隠す人物は、自身で何か結論付けたらしく、「フン」と鼻を鳴らしてくるりと背を向ける。
「ともあれ、もともとその風評からしてお前と組むことはあまり乗り気でなかったのだ。ギガントサンドワームは一人でやらせてもらう。お前はそのまま第三公国に帰るといい」
「なっ、リガーさん! あなたは何を勝手なことを!」
「文句があるのか? たかが一ギルド長ごときが」
「ぐっ……」
 S級冒険者は、それだけで属国と同等の軍事力を備えるとされている。それだけの能力がなければ、あまりに過酷なS級承認審査を乗り越えることは出来ないからだ。毎年凄腕と呼ばれるA級冒険者が挑み、そして命を落としている。
 そんな位置づけだから、ギルド内の権力でいえば辺境のギルド長などでは歯が立たないのだった。今いるS級冒険者は七人。それは帝国内の勇者の数――グラント含む十三人よりも少ない。
 強さ如何は別として、勇者よりも希少な存在なのだ。
 しかし、序列的に言えばやはり勇者の方が上。そのうえ帝国最強を争うグラントなのだから、リガーに向かう「まぁ、待て」の一言はすぐに飛び出た。
「貴君が私に神々への反逆の疑念を持っているのは分かった。しかし、それとこれとは話が別だ。それに、私には剣以外能がない。強いてあげれば碌に役にも立たない教養くらいのものだ。私がその魔物を利用して何か企てる、などということはあり得ない」
「魔物と相対したとき、お前の剣が自分に向かえば話は別だろう」
 そう自らの首に親指を突き立てるリガー。グラントがリガーに襲い掛かる可能性を危惧しているらしい。しばし黙って、グラントは腕を組む。
「……その発想はなかった」
 惨敗だった。
「ふん。まぁいずれにせよ、これほど頭の回らない者が役に立つとも思えん。帝国最強などという噂もいい加減なものだな。よって、自分はここでお暇させてもらう。ギガントサンドワームの魔核は全て頂いていくからな」
 言うだけ言ってくるりとローブを翻し、部屋を出て行ってしまうリガー。ギルド長は止めようとするが、バチッ、と電気染みた音がして、触れることもかなわない。
 そうして、その場には二人だけが残された。悔しそうな表情で、ギルド長が絞り出すように口にする。
「すいません……グラント様。どうにもすることが出来ず……」
「……いや、案ずるなギルド長。私はまだ、何ら困ってはいない」
 口端を持ち上げ、逞しい微笑を彼に向けるグラント。「ですが!」と声を上げるギルド長に、むくりと立ち上がって手をかざし、その先の言葉を制した。ついでにソファがとうとう寿命を迎えた。
「もともとギガントサンドワームなど私一人で十分だ。リガーには道案内さえしてもらえばいい。ならば、協力的、非協力的であるかなどというのは些末なことだ」
「では、どうなさるおつもりで……?」
「尾行する」
 単純明快である。
「ではな」と言い残し、部屋を出る。新しい街に訪れる度に捕まっている人物とは思えないくらいに男前だった。新しい街に訪れる度に捕まっているのに。

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