武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

1話 白羽の居ない日々Ⅵ

 図書が、リビングで特番を見ていた。
 空腹で、二階の部屋から降りてきたところだった。何やら興味深く感じ、総一郎は吸い寄せられる。画面外のリポーターは、やせぎすで目つきの鋭い男性をインタビューしているらしかった。右上には、『亜人による凶悪犯罪を追う!』とテロップが出ている。
「これは?」
「ん? ああ、北米一番のホットスポットアーカムで、取材をやろうってんだとよ」
「……ホットスポットっていうのは、何? 皮肉として?」
「もちろん。総一郎が来るちょっと前までひどかったんだぜ? 今は鳴りを潜めてるけど、昔の惨状を知ってる奴は、どいつもこいつもいつまで続くかって思ってるくらいだ」
 テレビに映るその人物は、刑事であるらしかった。隣に、見るからにロボットな存在が付き従っている。しかし、総一郎は街中でこんなものを見た事が無いのだ。図書に問うと、こんな返答がくる。
「アレはあの刑事さん特注のそれだよ。あの刑事さん自体結構有名な人でな。リッジウェイ警部、で検索したら、滅茶苦茶出てくるぞ。主に亜人犯罪の取り締まりで」
「……差別者ってこと?」
「んー、グレーだな。亜人犯罪対策課のリーダーなんだってよ。その為にシルバーバレット社と専属契約してるくらいだ」
「シルバーバレット社?」
「魔法の防御を貫通する銃弾を作ってる会社。日本人が来て、すぐにその協力を取り付けて、初めて銃弾による亜人殺しを成し遂げた世界唯一の会社だ。かなりきな臭いんだけどな」
 ああ、と納得する。昔、本で読んだ。特殊銃、と言う奴だ。
「……殺伐としてるね」
「そりゃ、ここはアーカムだからな」
 図書はそう言ってからからと笑った。この手のジョークは、あまり好きではない。顔をしかめると、「あー、すまん」と気まずげに図書は謝る。手を振って、「いいよ」と告げた。
 テレビは何やら青シートの敷かれた場所を映していた。そこには、ぶちまけられたような血痕と、証拠品らしい鉄製のカードを調べる調査官が居た。「またか」と図書は言うが、そこにはあまり嫌悪の色が無い。「何が?」と尋ねる。すると少し面白がった風に、彼は言った。
「ARFだよ」
「え?」
 図書はテレビに指を差した。画面には、そのカードに対する細かな注釈がされ始めていた。表面には、小洒落た狼の紋様と『Wolf Man』の文字。裏には、ただ大きく『ARF』とだけ書かれている。
「……何? アレ」
「秘密結社ARF。昔JVAが潰した『怪物たちの宴』っていう亜人だけの犯罪組織の残党の集まりっていう噂だ。亜人差別者に絞って闇討ちするって所だけが違うんだが」
「あれ、略称ってことね。元の名前は?」
「Rが革命(Revolution)の頭文字だってのだけは分かってるんだが、それ以外はまだ喧々諤々だな。ちなみにARF、マニアの間ではかなり人気があるんだぜ。アメコミのヴィランっぼくてさ」
「へ、へぇ……」
 図書がちょっと目を輝かせ始めたので軽く引く総一郎。しかしそれに気付かない彼は、「ちょっと待ってろ」と言い残して早足に階上へ登って行ってしまう。
「……出かけよ」
 興味のない事を話されても互いに嫌な思いをするだけだ。その様に考え、総一郎は素早く身支度を整え外出する。
 玄関を開け放つ。今は、少し夏染みた気温だ。晴れの日だと、それが際立って感じられる。
 当てもなく、歩き出した。空を見上げる。青と白、半々に分かたれている。歩を進ませていると、いつの間にかスラムの入り口近くに居ることに気付く。ミヤさんの店に行く機会が多いから、癖になったのか。
 それならば、とそのまま進む。本屋の場所を把握しに歩き回っても良かったが、今日は学校が終わってしばらく経っている。すぐにでも日は落ちるだろう。
 そこで、ふと、見覚えのある人物に出会った。
「ん」
「おっと、すまん」
 きっかけは、同じ道を通ろうとしてぶつかった事だった。スラムに入る、狭い道である。
「……あれ、何処かであった顔だな」
 少年は、少々不愛想にそう言った。総一郎は、その言葉に眉を顰めて言う。
「あれ、俺もしかして今ナンパされ」「てない」
 中々いいツッコミの持ち主らしい。ちょっと感心する。
 しかし、確かに見た事のある顔である。美丈夫、という言葉が似合う少年。身長は、ソウイチロウより十センチほど大きい程度か。日本では理想とされる背丈と言えるだろう。ふむ、と顎に手を当てる。
「……奇遇なことに、俺にも何となく引っかかるところがあるよ、君。何処であったと思う?」
「んー。あっ、思い出した。お前、確かイッちゃんとか呼ばれてたやつだろ。Jと一緒に居た奴だ」
「ん? J……。あー!」
 総一郎も、ピンと来た。彼は、Jと口論していた人物だ。確か、日本人をアパルトヘイトしろとかほざいていた輩である。
「あの、Mr.極論か」
「ちょっと待て今なんか変なあだ名付けられた」
「気のせい気のせい」
「……気のせいならいいが」
 こいつチョロイな。
 しかし、少し興味のある相手でもあった。「今、忙しい?」と聞く。首を振られたから、「近くに行きつけの店があるんだ。そこで少し話さないか」と尋ねる。すると彼は訝しむように口元に指を持っていった。
「……もしかして、オレナンパされて」「ない」
 前言撤回。彼、かなりやり手だ。
 にやりと笑われて、こちらもくつくつと笑った。共に歩き出す。「そういえば」と尋ねる。
「君、ヴィーの元彼なんだっけ」
 エルヴィーラ・ムーン。通称ヴィー。赤くウェーブした髪を持つ少女。どこか魔性を感じさせる少女でもあった。天性の女らしさという物を纏っていると気づいたのは最近だ。
「ああ、振られたがな」
「あっ、そっか。ごめん、聞いちゃって」
「いや、別にいい。オレはモテるから、すぐに後釜は見つかった」
「思いのほかクソ野郎だった」
「お前も思いのほか口が悪いな」
 互いにびっくり。目を丸くして見つめ合う。何見つめ合ってんだ気持ち悪い、と目を逸らす。再び進む。
「……というか、気のせいか? 何故か、真っ直ぐオレの家へ向かっているような気がするんだが」
「気のせいだと思うけど……。だってただの食堂だし」
「食堂?」
「あ、着いた。ミヤさーん。夕食前に暇つぶしに来ましたー」
「はーい。あ、総一郎じゃないのいらっしゃ、何処ほっつき歩いてやがったこのバカ息子!」
「えっ!?」
 あまりの気迫に、総一郎は飛び退く。だが、その以上に機敏に反応する人物がいた。言わずもがな、同行していた彼である。少年はダッシュで逃げ出そうとし、しかし謎の跳躍を見せつけたミヤさんに捕獲される。
「クソッ、クソッ! 嵌めやがったな、イッちゃん! どうせオレを引っかけるようミヤに言われてたんだろう!」
「い、いや、全然そんな事はないけど……。というか、君が噂のバカ息子だったのか。えっと……。ごめん、ファミリーネーム忘れた」
「アバークロンビーだ!」
「長いよそれ。下の名前で呼ぶから教えてくれない?」
「誰が教えるか馴れ馴れしい! ミヤの手先なんかにそんなもの教えるか!」
「君だってイッちゃんとか馴れ馴れしく呼んでるでしょ……」
 それだけ腹に据えかねたらしい。しかし彼は抵抗も出来ずに「覚えてろよぉぉぉオオ……」呻きながら襟首を持たれずるずると厨房の奥に引きずられていく。ひとまず総一郎は、カウンターに腰掛けた。
「よっ、イッちゃん。奇遇だな」
「あれ、Jじゃないか。それに愛さんも。ここ、よく来るの?」
「ああ、安いし美味いし、おれの家も近いしな。よく来るのさ」
「私も、付き合いで来て、美味しかったものですから~」
 言いながら謎の泡立つ液体を掲げる二人。総一郎は見て見ぬふり。Jは何となく納得できるが、愛見はメガネをかけた優等生らしい雰囲気が、もはや完全に外見だけだという事が分かってきた。ギャップの所為でJより残念かもしれない。当の本人は「美味し~」などと言って焼き鳥をほおばっているが。
 すると、再び店の扉があいた。厨房の奥から、小さな悲鳴を押しつぶして「いらっしゃーい!」とのミヤさんの声が響いてくる。
「ミヤさーん! 店の前でうろうろしてた子連れて来たわよー!」
「あれ、ヴィーじゃないか」
「あ、イッちゃん。それに……あらかたいつものメンバー揃ってるわね。で、この子で完成っと」
「あわ、あわわっ」
 ヴィーに投げ出された少女は、少女ではなかった。愛らしい所作、外見。とっさに女性であると認識した自分を殴りたい。
「あ、イッちゃん! それにみんなモ。どうしたノ? コレ、何かの集まり?」
 案の定仙文である。丸く大きな目で、きょろきょろと周囲を窺っている。「偶然だよ」と肩を竦めた。「こんな事ってあるものなんだネェ……」と目を細める。相変わらず語尾のイントネーションがちょっとおかし可愛い。
 そのまま、仙文は総一郎の隣に腰掛けた。そして、「えへへ」と笑いかけてくる。ぐらっ、とよろけた。この子もある意味魔性かもしれない。
「あら? あらら? いつの間にか二人が物凄く仲よくなってないかしら?」
 にやにやと笑いながら、ヴィーはからかいつつ仙文を挟んで総一郎の反対に座った。そういえば全員の誤解を解いてなかったな、と目を抑える。そこで、仙文が机を強くたたいた。自然と、そこに注目がいく。
「う、あ、あの、ネ。ミ、みんなに言っておきたいことがあるんダ」
「え、な、何だよ。改まって」とJは少々戸惑い気味に答える。
 彼女、じゃない。彼は、大きく息を吸って、早口に言った。
「なぁなぁで馴染んできちゃったかラ、今、自己紹介するネ。ぼくの名前ハ、湯 仙文。年は十六歳、乙女座。趣味は散歩、仙術。性別は――男でス!」
 空気が、凍った。
 救えないのが、空気の凍り方が衝撃の事実の宣告にするものでなく、寒い冗談のそれだったことだ。何を言っているんだ? と各々反応する。本人はその反応は涙目でプルプル仕出し、その様が悲しくて、総一郎だけが口を引き結んでいる。
 自然と、妙な反応をする総一郎に視線が向かった。「え……?」と愛見が声を漏らす。総一郎はあまりに痛まれなくて目を伏せた。「えっ、えっ」とヴィーが困惑する。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。イッちゃん。……マジ、なのか?」
 静かに、頷く。Jは、ゆっくりと総一郎越しに仙文を見つめる。涙目で見つめ返し、激しく頷く彼じ、彼。
「か」と言って、Jは崩れ落ちた。カウンターに手を突き、ブルブルと震え、声を絞り出す。
「可愛いと、思ってたのに……ッ!」
「イッちゃぁぁぁぁぁああああああああああああああああん――――!」
「おいJお前もう表出ろ。いい加減痛い目見させてやる」
「しかもイッちゃんごとキレた!」
「こんな荒っぽい言葉遣いをする総一郎君初めて見ました!」
 項垂れるJ、とうとう泣きだし抱き着いてくる仙文、軽くキレる総一郎、ひな壇芸人のように驚くヴィー、驚愕のあまり『イッちゃん』というあだ名すら忘れてしまう愛見。ただひたすらに、状況が渾沌と化していく。
 そんな所に、救世主が現れた。
「はいはい。店の中で暴れるんじゃないわよガキんちょども。これ奢ってあげるから静かになさい」
 出されるのは大量のポテトフライである。そういえば前回もこうだった。やはり安価なのだろう。しかし、嬉しい事には嬉しい。
『……すいませんでした……』
「分かればよろしい」
 全員で謝ると、満足そうに笑うミヤさん。「ほら、ドラ息子! ちゃっちゃか給仕なさい! アンタが働けば働くだけ店が回る、お金が入る、アンタの夕食が豪華になる。この方程式を忘れるな!」とアバ何とかに活を入れる。この名前本当に覚えにくい。
「で!」と仕切りなおしてヴィーは仙文に詳細を聞き出し始める。詳細も何も先ほどの言葉で終わりなのだが、気持ちが分からないわけでもない。彼女ならぬ彼は助け舟を求めるようにこちらに視線を送ってくるが、親指を立てて逃げ出すことにした。何をどう受け応えようと納得できるものと出来ないものがある。効果のない不毛な事は、仙文の為でも面倒だ。
「イッちゃーん!」
「仙文、ガンバ」
「イッちゃーん!?」
 カウンター席から離れ、ミヤさんが寛ぐ机に移動した。「いいんですか?」と聞くと、「偶の機会くらい休ませてよ。あー、でも久々! ありがとうね、総一郎」と微笑みかけられる。
「ほらー! ところどころ手を抜くんじゃないわよ! アンタはここで働いている時点でここの店員であり、給料も貰う立場なんだからね! 金貰うんだからきびきび働く!」
「チッ、分かったよ……。そんで、時給は?」
「……六、いや五ドル」
「ふざけろ死ね、下げんな」
「アンタが愛想振りまいてきりきりやってりゃ十ドルにまで上がるのになー! 勤勉じゃないから上げられないなー!」
「クッソ! やればいいんだろ、やれば!」
 言われてキビキビ掃除をする少年。総一郎は、「案外甘いですね」と言った。
「こういうのって、普通お金出さない物なんじゃないですか?」
「いやぁ、息子と言えどただ働きは酷でしょ。家事手伝いの領域内でもないんだし。こいつ甘ったれちゃんだから、飴が無いと動かないし」
「十分働いてんだろうがよ、夜には!」
「あんなんアンタの趣味じゃない! 舐めたこと言ってんじゃないわよタコ助!」
 口論が面白い親子である。外見的には兄妹の癖に。
「そういえば、彼、下の名前って何ですか? 上の名前がどうしても覚えられなくって」
「え? あー、長いわよね、アバークロンビー。かといって下の名前もそう憶えやすいわけじゃないんだけど」
「言わんでいい! 言うな!」
「口止め料に十ドル札をお支払いください」
「畜生!」
 地味に高い。
「で、あいつの名前はね――」
 ミヤさんは、仕切りなおす。肩を竦めて、大したことでもない風に言う。実際に、彼女にとっても、そして少年自身にとっても、そこまで大した意味合いはなかったはずだった。
 ――だが、総一郎にとってのみ、その名はあまりに因縁深い名前だった。

「グレゴリー、っていうのよ。グレゴリー・アバークロンビー」
 吹いた。

「ぷっ、あ、あははははははははは! ぐれ、ぐれごっ、くは。あははははははは!」
「え……? 何……?」
 呆気にとられるミヤさん。その背後で、かの美丈夫は不機嫌そうにこちらに近づいてきた。「オレの名前の何が可笑しいんだ? なぁ?」と睨み付けてくる。いつの間にか、カウンター席の面々もこちらに視線を送っていた。Jが、心配そうに総一郎を見た後、グレゴリーを睨み付ける。『加勢しようか?』と問うているらしい。
 少年は、首を振った。「い、いや、ぷふっ、違う。君には何の過失もないよ」と肩を振るわせつつ、グレゴリーを諌める。そして、頷きつつ言った。少々の脚色を交えて。
「ただ、君の名前と昔の近所の犬の名前が、一緒だっただけだから」
 グレゴリー以外の全員が吹いた。
「犬っ、犬っ……!」
「あっははははははは! こりゃあいい! 天下のアバークロンビー様が! 犬と同じ名前だってよ! あっはははははははははは!」
「ひーっ、ひーっ、お腹痛い……! でも、良かったー……! 私、気づかない間に犬と付き合ってたのね! ちゃんと振って良かったー!」
 Jとヴィーのフルボッコだ。恥辱のために、グレゴリーの顔が真っ赤に染まる。キッ、とこちらを睨み付けてきた。
「イッちゃん。オレは、お前が大嫌いになったぜ……!」
「その割に呼び方親しすぎない?」
「畜生名前教えやがれ!」
 捕まえようと伸ばされる手を避け、総一郎はひらりと席を立つ。そのまま、店の中を逃げ回った。一般客はすでにおらず、顔見知り全員がその様を指さし笑っている。
 そうやって、しばらく鬼ごっこをしていた。その時、急に我に返った。それはある意味、血の気が引いたとさえ表現できた。
「ご、ごめん。家に何も言わずに出てきちゃってさ。夕食は家で食べることになってるんだ。じゃあ、今日は帰るよ。みんな、また明日」
「あっ、コラテメェ! せめて名前だけでも言ってけ!」
「ソウイチロウ、適当に短く略しちゃってよ。長いでしょ、これ。――じゃ」
 軽く手を振って、総一郎は店を出た。最初駆け足になって、しかし走る意味もないのだと気づいて歩を緩め、しかし結局、走り出した。
 途中で、止まる。少し前、強姦魔を『消した』場所。肌が、粟立つ。再び、走り出した。全速力。堪らなく、急かすものが総一郎の頭の中に居た。そのまま、スラムを数時間走り回った。
 その後、汗だくになって帰宅した。「ただいま……」と途端に活力を失って、のたくさと家に上がった。日本人の家でも、急ピッチで作られたこの日本人住宅街は靴を脱ぐ造りになっていない。
「おう、お帰り。お前話の途中でどっか行きやがって。飯は準備できてるけど、食うか?」
「そうだ、総一郎が早く帰ってこないから、私はお腹がすいたぞ。どうしてくれる」
「あ、うん……。頂くよ」
「……何だか、元気ねぇなぁ」
 不安げな表情で、図書が総一郎の顔を覗き込んでくる。一瞬、隠そうとした。だが、首を振る。彼の目を、しっかり見た。そして、問う。
「夕食終わったら、ちょっと相談事があるんだ。乗ってくれる?」


 総一郎が話したのは、白羽のことだった。誰もその身を案じない、なのに多くの人間から慕われている、そんな彼女の事。
 総一郎だけが、取り残されたように焦燥に駆られている。一時は、忘れられた。しかし、ふと我に返って、焦り出す。そして何もできない自分に打ちひしがれるのだ。
 図書は、そんな総一郎の様子を見て、「こりゃ、何とかしてやらねぇとな」とため息を吐いた。捜索の手伝いをしてくれるのかと聞けば、違う。届け出を出していて見つからない以上、自分が動いても何にもならないから、と言っていた。
「見たところ、お前は何かしらしたいんだろ? じゃあ、そこから解消させなきゃならないと思ったんだ。白羽を見つけられればそれが一番だろうが、それが出来りゃこんなに悩まなくて済むってもんだよな、総一郎」
 だからよ、と彼は言う。
「白羽の部屋、漁って良いぜ。つーか、白羽自身許可は出してたんだよなぁ。ほれ、あんにゃろうの置手紙だ」
 渡された封筒入りの紙。総一郎は、それをその場で開けなかった。
 目を閉じ、そして開く。ここは、白羽の部屋だった。
「……」
 彼女の匂いなど、全くしない。ただ、年月を置いた埃の臭い。しかしそれでもマシな方だ。図書が、定期的に床掃除程度はしているらしい。
 総一郎は、ベッドに腰掛ける。舞う、埃。手紙を、開いた。そこに書かれているのは、ごく簡単な事だ。
『総ちゃんへ。この手紙を読んでいるという事は、私はすでにその場から居ないでしょう。ってこれじゃあ私死んでるみたいじゃんアホか。 生きてます。絶対、生きてますから心配無用です。でも、心配性な総ちゃんの事だから、必要以上に考え過ぎちゃうかもしません。だから、ヒントを置いておきます。そこから私にまでたどり着けたら大金星』
 下に記されたのは、たった一つの物事だ。総一郎は、その場所へ赴く。
『クローゼットの最下』
 掴み、開いた。
 そして、眉根を寄せる。
「……これは、木、か?」
 手に取って、持ち上げる。木の塊。だが、触れて気付くものがあった。乾いた声で、笑う。
「これ、桃の木だ……」
 はは、と笑う。ハハハ、と笑った。声は何処までも高くなっていく。そして、総一郎は決めた。
「白ねえ、俺、何があっても君を見つけるから」
 寂しい。総一郎は左目からのみ透明な涙を流す。懐かしくて、本当に寂しいのだ。
「白ねえ。君に会えれば、きっと俺は」
 それ以上は、口をつぐむ。総一郎は、孤独だ。表面上の友人たちは居る。だが、それでも総一郎は孤独の中にあった。
 修羅。右目を瞑る。

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