武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

7話 修羅の腕(3)

 昼と夜が、五回ほど入れ替わっていた。
 黒い龍は、死ななかった。総一郎は獣の食い合いのさなか、三日で我を失い、四日目に魔力を使い果たし、五日目で打ち落とされた。
 ドラゴンにしがみついて戦っていたようだ、と推測できたのは、木刀で奴の腹を滅多刺しにした記憶が昼と夜の二種類あった事、また目覚めた時に自分が死んでいなかったからだ。
 ベッドの上。誰もいない。だが、見覚えがないわけではなかった。
「……ふりだし地点に戻ったわけだ」
 騎士学園。その、保健室に総一郎は寝かせられていた。
 はっきり言って、いい思い出はない。訓練中怪我をして、無理にここに連れて来られた時、保険医は良いように総一郎の傷口を弄るだけ弄って、「済まないね、私にはどうしようもない」と丸投げした。その表情は明確に飽きた事を示していた。結局総一郎は、その怪我を自力で直したのだ。
 憎たらしい記憶である。同時に、偶然でここに至るとは悪縁の深い事、と奇妙な親しみさえ覚える始末。
「……今からでも遅くないな」
 立ち上がる。今の自分に、恥も外聞もない。
 自分にもいくつか治療痕があったが、どうせ別の誰かがやってくれたことに違いない。ここには、ファーガスが居るのだ。彼に近しい誰かが、そうしてくれたに違いないのだ。
 そして、記憶の保険医とファーガスの間に懇意にしていたというような記憶もない。ほのめかしてきても、精神魔術で洗い出せば真実ははっきりする。
 だから、これは正当な行為だ。
 まず周囲を見回して、自分が着替えさせられていること、荷物と新品の服がすぐそこに置いてあることを知った。少し、笑みを零す。ファーガスは、本当にいい親友だ。彼と知り合い、仲良くなれたことが誇らしいほどに。
 魔力は全快していた。早速着替えて、光魔法で姿を消し、校内を練り歩いた。騎士候補生たちが多く、身を寄せ合って震えている光景が散見する。それでも気丈に振る舞う者。頭を抱えて恐怖に抗う者。堪えきれずすすり泣く者。呆然自失し、涙も流さずに動かない者。十人十色ともいえたが、共通点はある。全員、教室内に居て、それも廊下側の反対に固まっていることだ。
 総一郎は廊下に出て、窓の外に目をやった。納得するとともに、嘲笑う。黒い竜の姿が、ここからは見えるのだ。
「……自分よりも弱い者に強く出る。強い者には恐怖する」
 笑いが漏れた。すると、教室の方からどよめきが伝わってきた。総一郎は口をつぐむ。自分の存在が知れ渡っても、あまり益があるようには思えない。
「憂さ晴らしくらいにはなるだろうけど」
 罵倒を受けるのは嫌いだ。本音のそれを受けるのが好きな人間も、少ないだろう。
 廊下を素通りして、しばらく歩いていた。恐らく、職員室に居るはずだと思っていた。敵対感情の向かう先とはいえ、傷口を弄り倒して愉悦を覚える人間に、怪我人を率先して癒そうとする意志があるとは思えなかった。
 しかし、居ない。職員室に人が居ないわけではなかった。総一郎を率先して虐めていた太っちょのヘ……何たら先生も(名前を忘れた)頭を抱えながら「これは夢だ」を繰り返すという痴態を晒して椅子の上に蹲っていたが、ちらほらとここに居ない教員もいるらしい。ちなみにこの場の教員は全員へ何とか先生と同じ感じだった。総一郎は椅子の後ろからけりを食らわして、ダルマが椅子から転げ落ちたような彼が戸惑うのを見てひとしきり抱腹してから職員室を出た。
「……これだけ探しても見つからないとは、奇妙な」
 歩き続け、出た感想だった。ふと、右手の異形の事を気にしてみる。触れると、進行しているようだった。これはもう、手ではなく腕だなと笑ってみる。そして再び、表情をなくして歩き出す。
 すると、泣き声が聞こえてきた。しかし、総一郎は首を傾げる。ここは教室ではない。廊下の端。各階層を貫通する螺旋階段の入り口である。
 近寄ってみると、倒れ伏す女生徒と、探していた保険医を見つけた。彼は「何でこの子が……」と呟きながら泣いている。意外にも思った。本当なら、見つけた時点で、と考えて、総一郎はさらに疑問を抱く。はて、探し出して、自分はどうするつもりだったのかと。
「まぁ、いいか。少なくとも、今意地悪な気分な事に違いはない」
「ッ! ブ、ブシガイト……!?」
 魔法を消して声を出すと、彼は振り向いて滑稽なほどに震えだした。「どうも」と微笑を湛えて手を上げる。それを殴られると勘違いしたのか、竦み声をあげて両腕で顔を守っていた。
 総一郎は、それを見て嘆息する。
「別に、出会い頭に人を殺すような真似はしませんよ。そんな、野蛮な事。ところで……その子は?」
「えっ? あ、……!」
「なるほど、恋仲だったと。悪い先生ですね、あなたも」
「五月蝿いッ! お前に私たちの何が分かる!」
 精神魔法で概要だけ知って揶揄すると、驚くほどの威勢をもって抗弁される。総一郎は、それに純粋な驚きを覚えた。記憶の中の彼は、あまりに怠惰で根性のひねた人物だと思っていたのだが。
 総一郎は、少女に目を向けた。年は総一郎よりも数個上と言ったところ。高校二、三年生ほどだと推定した。そして、その命が今にも失われようとしている。服に滲んだ血。傷は小さいが、深いようだ。
「……よくそれで、一晩も持ちましたね。素晴らしい生命力かと。ただ、そろそろ峠ですね。いえ、壁と言った方がよろしいか」
「こ、この……ッ!」
 しかし、それ以上は言わず、彼は意気消沈して燻り出す。その震えは、自らに向ける怒りによるものだろう。そうでなければ、歯を食いしばったりはしない。そうして、地面に向かって無様に吠え始めるのだ。
「……そうだ。私には、この子を助ける術がない。見殺しにすることしか、出来ない! そもそも私は貴族ではない。必死に勉強して、高給取りの公務員にしては暇のとりやすいという素晴らしい環境のこの騎士学園に就職しただけの、ただの凡夫だ! 騎士たちでさえさじを投げたこの状況を、どうしろと言うんだ!」
「治して差し上げましょうか?」
 総一郎がこともなげに言うと、彼はあっけに取られて顔を上げた。涙も拭わず、気の抜けた姿をさらすものだ。
「いいですよ、別に。失われようとする命を助けるのは、当然の事ですから。多分黒いドラゴンであなた方二人は纏めて死ぬでしょうが、それでも一時は助けたいというのなら」
「あ、ああ。いずれ全部灰になると分かっていても、それでも……で、出来る、のか?」
「ええ、出来ます」
 微笑。彼は数瞬戸惑った後、総一郎にしがみついてきた。みっともない。と心中で嗤う。彼は涙を零しながら、「頼む。この子を助けてやってくれ!」と絶叫する。
 それを突き飛ばして、「分かりました。ではその代り、死んでください」と金属魔法で作り上げてナイフを、彼に手渡す。
「……えっ?」
「ですから、それで自分の頸動脈を掻き切ってくだされば、彼女を助けると提案しています。どうですかね? やります?」
「……」
 思えば名も知らぬ保険医は、総一郎の手渡したナイフを一身に見つめ、動かなくなる。と思えば総一郎に視線をやり、「何故……?」と力なく問うてくる。
「だって、ほら。先生、僕の傷口荒らすだけ荒らして放置したじゃないですか。痛かったんですよ? あれ」
「アレはッ! そうしなければ自分の首が危うかったからだ! 好き好んでそんな悪趣味な事をする輩がいるものか!」
「ありゃ。新事実」
「というか! それを言えばお前がこの子を助けられるという確証はない! お前が腹いせにここにやってきて、世迷言を並べていないと説明する根拠はあるのか!」
 人差し指を向けてきたので、総一郎はそれを掴んでへし折った。うめき声を上げる。そのまま十秒ほど放置した後、彼の指を生物魔術で治療した。
「割と、分かりやすい説明だったと思います」
「……」
 少年の行動に、とうとう彼は絶句した。まず自分の指を見て、次に彼女を数秒見つめて、最後に総一郎に視線を向けてくる。
「ぶ、ブシガイト。私が自殺しても、お前がこの子を助けないという可能性だって……」
「そこは、信用してもらわないと。別にこの場を立ち去っても、僕としては何も不利益がありませんし」
「……」
 再び、黙り込んだ。総一郎は、その場に居座り続ける。少女の傷を覆うガーゼは、血の池に浸したように赤々と染まっている。少量とはいえ、昨晩から血が止まっていないわけだ。
「で、どうするんですか」
「……」
 保険医は、不安そうな表情で震えるばかりだ。しかし、総一郎はその様は飽きるでも馬鹿にするでもなく見つめている。
 だが、焦れた。だから、こう言った。
「あと、十秒以内に決めてください。そうしないと自分の治療も間に合うようには思えないので。その間に決められなかったり、あるいは自分が大事と言う結論に落ち着いたら、その人は僕が殺します」
「……はっ?」
「はい、十ー、九ー」
 保険医は、そのカウントに分かりやすく狼狽した。だが、それがラスト五秒に差し掛かったところで一変した。震えは止まり、じっと彼は少女を見つめ続ける。それに、総一郎は眉を顰めた。彼は残り二秒で寂しそうに笑う。少年は嫌な予感を感じ取る。カウントがゼロになった。同時に保険医はナイフを首に突き刺す。
 血しぶき。総一郎は硬直する。ただし、一瞬だった。保険医の腕を蹴り飛ばし、無理やりナイフを抜き取り、生物魔術で強引に傷をふさいだ。
「えっ? 何をっ」
「うるさいバカか君は! 死ねと言われて死ぬようなあんぽんたんがどこに居る!」
「あ、あんぽん……?」
 総一郎はそのまま少女の治療にあたった。ナイの時の反省を生かして、血の生成方法も確保してあった。要は、骨髄があればいいのだ。まず内臓含めた傷を塞ぎ、少々DNAを貰い受けて、骨髄を作り出す。時魔法と更なる生物魔術の応用で血を吐き出させ、そのまま彼女の体に注入した。
「お、おい。そんな乱暴な治療方法で……」
「黙れ。善意かつ合意の上の治療だ。傷は残るよ。特に君のは。この子のそれは多分消える。女の子だし、その辺は気を遣った」
 頭痛が、していた。やることをすべて終えて、立ち上がり、壁に寄りかかりながら頭を抑えた。保険医は、不思議そうな顔をしている。だが急に少女の方に近寄って、その唇に耳を近づけた。安堵の息を漏らす。息が整ってきたのを、確認したようだ。
「……良かった。本当に、良かった……」
「……おめでとう」
 低い声で、不満げに総一郎は言う。頭痛が、一段と酷くなった。保険医は涙を流して少女の手を抱きしめている。しばらくするとこちらに視線をやって、言いにくそうに口を開いた。
「その……、ありがとう。そして、済まなかった。亜人だの何だの、とお前につらく当たってしまったことが、申し訳なくて仕方がない」
「だから、黙ってくれよ。頭痛がひどいんだ。……何だよ、これ。くそ……」
 片手で押さえていたのが、痛みのあまり両手に変わった。保険医の表情が、心配そうなものに変わる。それが、癪に障った。怒鳴りつける。
「もう、用事は済んだろうが。早くこの場からいなくなれ!」
「……。いや、一つだけ、質問させてくれ」
「何だよ」
 乱暴な口調で、総一郎は返す。痛みが、少年にそうさせている。
 保険医は、問うた。
「お前は、私に死ねと言ったり、本当にそうしようとしたら全力で止めたり、――結局、何がしたかったんだ?」
 時間が、静止した。動かなくなった。何も、考えられなくなった。頭痛も、その間だけは消えていた。
 けれど、時間がまた動き出した時、その痛みは一層ひどくなった。
「……分からない」
「何?」
「分からない。分からないんだ。君を探し始めたのだって、気まぐれで、何をしようと思って行動していた訳じゃなかった」
「……それで、何であんな質問を?」
「知らないよ。あえて言うなら、僕が君に抱いていた非人道的なイメージを覆されたのに腹が立って、意地悪でもしようとしたとか。そんな……。ああ、なるほど。性格悪いな、僕」
 ハハ、と笑う。頭痛が、少しマシになる。
「それで、何で私の事を助けたんだ」
「……うるさい。何でそんなに聞きたがりなんだ。少しは考えろ。僕は頭痛がひどくいから行くよ」
「待て。少しは考えろだと? そっくりそのままお前に返してやる。何故、お前は私を助けた?」
 総一郎は、苛立ち始める。僅かに目をやると、真っ直ぐに視線が向かってきた。急いで逸らす。何だ、この状況は。と訝り出す。
 すると、何故か自分が、酷く理不尽な目に遭っているような気がしてくるのだ。激情が、総一郎を駆り立てる。しかしそれは他人への攻撃につながるのではなく、地面に向かっての怒号と言う形で解消される。
「そ、そんな、そんなの分かるものか! 僕が、一体何人殺したと思っている? この学園ではたったの一人だけだ。だけどこのドラゴンの事で、何百人。いや、何千人も殺した! 初めから僕がドラゴンをさっさと一掃していれば死ななかった人間が、あまりにも多くいた! それはつまり、僕が殺したようなものじゃないか。少なくとも見殺しにはしている。それに、先日直接人を殺す羽目になった。いい人たちだった。なのに、全員、一人残らず。……何で、あの人たちが死ななければならなかった……? 分からない。分からないんだ。何で、あれだけ殺して、僕は、こんな所で……」
 少しずつ声から張りが失われていく。自分の行動に、理論性が見いだせなかった。自暴自棄に出た、と言う仮説を立てても、成り立たない。何故なら、総一郎は最初から、この少女を救わないつもりはなかったのだ。
 だとすれば、この保険医は? 殺したかもしれない。殺したとすれば、それはどんな状況なのか。想像もつかなかった。ただ、殺さなかった今があるだけで、それ以外の未来は否定されたという事なのだ。
「……おお、哀れなる救世主よ。今はただ、あなたを傀儡が如く扱う我らをお許しください」
「……は?」
 更に激しくなる頭痛に表情を歪めながら、妙なことを言った保険医に視線を向ける。しかし、彼はすでに姿を消していた。少女も、同様だ。
「畜生。訳が分からない。僕は何だ? 何がしたくて、こんな所に……」
 ぶつくさ呟きながら、総一郎は歩き出す。途中で空腹に気づき、持参していた菓子を食らった。微かに、甘みを感じた。それが酷く美味しく感じ――同時に、泣き出したいほどの孤独を感じさせられた。
「誰か。誰でもいい。誰か……」
 涙もなく嗚咽しながら、総一郎は夢遊病のように生気なく歩く。そして、その果てに学園の玄関口に戻っていることに気が付いた。
「――そういえば、ドラゴン、殺さないと」
 木刀を握る。そのまま、進む。
 その時、轟音が地面を揺るがした。
 総一郎は覚醒し、臨戦態勢に入って機敏に玄関から飛び出した。そこで、衝撃が少年を襲った。ドラゴンと、戦うものが居る。盾を構えて、彼はそこに立っていた。それを、黒きドラゴンが咆哮と共に腕を振るう。
 何が起こったのか、総一郎には理解できなかった。龍の腕が彼の盾に触れた瞬間、限界まで弾かれていた。腕は内側から裂けて、使えなくなっている。圧倒。口から出た奴の炎をそっくりそのまま跳ね返し、その後、剣で触れないまま八つ裂きにしていた。
 総一郎が何日も戦って勝てなかった相手を、赤子の手をひねるように殺してのけた人物。
 それがファーガスであったことが、総一郎を強く揺さぶった。
 薄く、震える。総一郎が純粋な恐怖に身を震わせたのは、父と真剣で向き合った時以来かもしれない。こんな凄まじい強さを持つ人間が居ていいのか。それで、この世界は成り立てるのか。
 しばらく硬直していると、何故かしゃくりあげる声が聞こえてくる。見れば、ファーガスは何故か蹲って、肩を震わせているではないか。総一郎には、理解できない。恐らく信頼できる仲間が居て、その上この様な比類なき強さを持つファーガスが泣いている理由が、皆目見当もつかなかった。
「……何を、泣いているんだ。ファーガス」
「え……」
 ファーガスが振り向く。そして、驚いたらしかった。何を驚くことがある。驚いたのはこっちだ。と言いたくなる。
「これは、君が?」
「……あ、ああ……」
「そっか」
 強いね、とだけ言った。白々しい、言葉だった。けれど、直接見ても信じられなかった。言葉にしてもらった今でも、まだ確信できない。
 自分が持っていない全ての物を、彼は持っている。
 そんな気持ちだった。自分は自分さえも分からないのに、と言う思いが、総一郎を不愛想にしている。自覚は、あるのだ。
 そのまま、通り過ぎようとした。このままだと、ファーガスに暴言を吐いてしまうと思った。それだけは、避けたかったのだ。親友だから。掛け替えのない、友達だから。
「そ、ソウイチロウ。お前、何処へ行くつもりだよ。お前の居場所は、ここだろ? 帰ってきたんだろ?」
 ファーガスの言葉。無視出来れば、どんなに良かっただろう。素早くここを離れられるよう、端的に答える。
「違うよ。僕は、ドラゴンを殺しに来ただけだ。その場所が、たまたまここだった」
「でも、居なくなる理由だって無いだろうが! なぁ、頼むからいてくれよ!」
「……ごめん。これから、最後の龍を殺しに行かなくちゃならないんだ」
「最後の龍? 何だよ、それ。じゃあお前は、ドラゴンを殺してきたっていうのかよ。そんな、ぼろぼろで、たった一人で……」
 ファーガスは、気付けば再び涙を流していた。総一郎は、尚更混乱させられる。分からないのだ。彼ほどの人が、何を嘆くというのか。
 思考の海に、総一郎は身を沈めて行く。ファーガスから些末なことを聞かれたが、ほとんど考えを経ずに答えた。その間、少年は思案する。何故と。ファーガスは、何を思って涙を流すのかと。
 その時、ふと、総一郎はファーガスが誰かに似ていると感じた。
 総一郎として生を受けるよりも、前。記憶が瞬く。真理へ、たどり着こうとする。
 直前で、彼自身が遮った。
「皆、何で自分が生まれてきたのかも分からないままに生きてんだ! 俺だってそうだ! でも、必死に頑張ってる」
 苛立ちが、総一郎を現実に引き戻した。どういう会話の果てにこうなったのかは、覚えていない。ただ、憎たらしい台詞だと感じた。だから素直に、それを指弾した。
「ファーガスは、一体何が言いたいんだ? そもそも、何で僕を呼び止める。友達だって言ったって、付き合いがそこまで深い訳じゃないだろう? 何でそこまで、必死に……」
「お前は、昔の俺に似てるんだよ!」
 遮るような言葉。だが、先ほどまでの総一郎の思索と縒り合わさった。霧のようだった『その人物』の影が、濃くなっていく。
 霧は雲になり。
「君に、僕みたいな時期があったとは思えないけれど」
 雲は嵐になった。
「あったんだよ! ずっとずっと昔に、あったんだ! 俺以外は知らないけど、あったんだよ……」
 そして、雷は落ちる。
「……話にならない。僕はもう行くよ」
 『彼』だと、直感した。前世、総一郎の前身であった若者を、無残に殺した少年。総一郎の中に、恐怖が満ちる。精一杯取り繕う一方で、父に対する物以上の混じり気ない畏怖がどよめき、渦巻く。
 足早に立ち去ろうとした総一郎の手を、ファーガスは掴んだ。少年は、反射的にその手を払う。すると、ファーガスは分かりやすく傷ついた。罪悪感が湧き、咄嗟に済まないと告げる。そのまま、取り繕ったようなことを言って、やはり立ち去ろうとしたのだ。
 だが、それでもファーガスは食らいついてくる。
「お前の右手、見たぞ」
「……は?」
 腑臓の、よじれるような感覚。怒りが、恐怖を一時流し出した。踵を返し、文句をつけてやる。そうしながらも、冷静な自我が止めろと叫んでいるのだ。だが、総一郎は言い切った。そして、彼の表情を見て、友情は終わったのだと知った。
 ――ああ。僕は、最低だ。
 魔法を使い、この場から離れようとした。だが、感情が荒れ狂って、上手くいかなかった。それでも、ファーガスはこちらに声をかけてくれる。総一郎のために必死になってくれる。誰よりも価値ある親友だった。もう、二度と手に入らないほどの絆だった。
「ソウイチロウ――――――――――――――――!」
 飛び上がりながら、絶叫を聞いていた。気づけば流せていた無色透明の涙は、次第に赤く染め直されていった。

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