武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

6話 1/0≒∞ クルーシュチャ方程式の真偽 (5)

「おはよう、総一郎! 良い朝だね」
 ナイが、元気よく総一郎を揺り動かした。少し唸りながら、総一郎は目を覚ます。
「……ふぁああ。おはよう、ナイ。随分と早くに起きたね」
「違うよ、総一郎君が遅いの。もう、九時だよ?」
「え?」
 常に四時には起きる総一郎である。五時間も遅くに起きるなんてこと、普通ならあり得なかった。しかし差し出された時計は、しっかと九時より先に短針を向けている。念のため太陽の位置を仰ぐが、少なくとも日が昇って数時間は経っているようだった。
「そこまで僕の事信じられない……?」
「いや、そういう訳じゃないけど」
 もぅ、と言いながら、ナイは総一郎に背後から抱きついてきた。総一郎はその隙を見て、逆に彼女を抱きしめる。すると、キスをされた。
 口を、離した。僅かに、心臓が動悸している。唇を舐めると、甘い、と思った。
「総一郎君。ボクをからかおうったって、無駄だよ?」
「からかうつもりなんてなかったんだけどね。でも、昨日の君は面白かった」
「やっぱり、からかっているじゃないか」
 そこまで言って、総一郎はふと既視感に動きを止めた。「どうしたの?」と聞かれる。
「あ、いや。……昨日、だっけ? この街に着いたのは」
「うん。そうだけど……っていうか、君自身が今言っていたじゃないか」
 ナイの訝しげな言葉に、総一郎は「そうだね。ごめん、何でもない」と笑って取り繕った。
 二人は物資を買いに街に出た。一度部屋へ戻り、「じゃあ」とナイは切り出す。
「今日は、ここから十数キロ離れた場所に在る森に行こう。そこには、確か騎士たちも居たはずだよ」
「どんなドラゴンなの?」
「小柄で、サイみたいなドラゴンだよ。凄くすばしっこくて、その所為で討伐が難航しているんだ」
 発見が困難なタイプらしい。総一郎は成程と相槌を打つ。
 ホテルのフロントでチェックアウトを済ませ、総一郎はナイを抱えて人目のつかない場所で飛びあがった。いつもの通りに飛んで行く。そして、森が見えてきた。
 騎士団の野営地は、例の如くテントが乱立していた。森の中からは、のろしが上がっている。
「あそこに、ドラゴンが居るのか」
 総一郎は呟き、空中を滑った。軽い具合に地面に降り立つ。木々は多く、特有な爽やかな匂いが香った。
「やっぱりこういう自然って好きだなぁ……」
「総一郎君って田舎育ちだもんね」
「別に都会に劣等感は抱いてないけどね。あつかわ村って多少歩くけど、最寄りの都市は県の中でも都心部だったし」
 ナイは、微笑ましそうに少年を見つめた。総一郎はと言えば、構わず音魔法でドラゴンの位置を割り出し始めている。案の定近くに居たドラゴンは、どうやら発見した騎士たちを即刻倒し終わったようだった。どうやら中々に強いらしい。
「……というか、よく騎士団はすでに二匹もドラゴンを殺せたよね」
「最初はそれで終わりだと思って、一匹に相当な戦力をつぎ込んでたからね。士気も君が居たとこよりは全然高かったし。一匹目を倒したところに、丁度もう一匹が来たんだよ。隊列も整ってなくて、みんな必死だったけど、幸運なことに努力は報われた。弱かったんだね。でも、一息ついて帰ろうって所に、さらなる五匹。やる気も何もないさ」
「それでは、戦力も分散されていただろうしね」
 可哀想な話だった。尚更、騎士団が今でも聖神法にしがみ付いている理由が分からない。亜人に対する偏見を消さなければドラゴンをまともに倒せないのに、その為に何人も死者が出るから、偏見は強まるばかりだ。
 総一郎は姿と音を消して、件のドラゴンに近づいた。だが、その時ドラゴンは妙な動きをした。跳び跳ねる様に周囲を確認し、逃げるように駆けだしたのだ。
 総一郎は油断もあって、見失ってしまった。きょとんと眼を見開いている。
「……何でばれたんだろ」
「んー、気配じゃない? かなり無造作に近づいてたし。あのドラゴンは、多分総一郎君の初戦のそれより頭がいいね。竜神ちゃんと比べたらわからないけど」
 再度音魔法で探ってみるが、分かる範囲には居なかった。念のため聖神法で重ねてみるものの、何かが引っ掛かるという事もない。
 騎士団の服を引っ張り出して、何食わぬ顔で野営地に紛れ込んだ。数人に精神魔法をかければ、心配事は無くなる。
 のろしが上がったら、その場所へ飛んで行こう。これからは、そのように決めた。自分で血眼になって探すなど、効率の悪い話である。それなら本を読んでいた方が有意義だ。
 そのように考えていたのだが、生憎と来た時に運が良かっただけで、のろしは数日に一回、上がるか上がらないかだった。しかも、総一郎がどれだけ急いでも、あのサイの様なドラゴンは逃げ去った後だ。
 どのようにして捕まえてやろう、と総一郎は渋面で居る。今の所策は無く、難しい話だった。
 森に目を向ける。樹海と言うほどではない。しかし黙りこくるその佇まいは、自分の知らない真実の深淵を感じさせる。
 総一郎の記憶に僅かに残る、あの異形。それは果たして夢なのか、それとも今が夢なのか。少年は知らない。あの後何があったのか。今何が起こっているのか。
 それからしばらくして雪が、降り始めた。
 総一郎は、空を仰いでいた。曇天は薄く、複雑にうねっている。ナイが、横に立っていた。「どうしたの?」と尋ねられ、ぽつりと呟くように返す。
「イギリスの雪ってさ、何か綺麗な気がするね」
「そう?」
「うん。日本の雪は、ちょっと積もりすぎる気がする。イギリスは、あんまりだね。そういう、慎ましやかなのがいいのかな」
 うん、そうだね。とナイは穏やかに相槌を打った。言いながら、彼女は肩を寄せてくる。抱き寄せ、髪を梳いた。
「ちなみにだけどね、総一郎君。昔は、イギリスには全然雪が降らなかったんだよ?」
 自分たちのテントへ歩き出すと、ナイは豆知識を披露し始めた。
「へぇ、そうなんだ」
「うん。でも、今はイギリスの場所が多少ずれたからね。日本より寒めの四季が出来たし、ほぼ毎年雪も降るようになった。君の言った通り、量は少ないけどね」
「……そんな簡単に島って動くものなの?」
「地形を変えるレベルの亜人が偶に現れるご時世だからね……」
 遠い目をするナイ。何か嫌な経験でもあったのだろうか。
 そっか、と彼女の頭を撫でて、総一郎は歩を進めた。途中、ドラゴンが出没する森に目を向ける。
 この森は、呪われている。そうとしか思えない程に、連日死者が出ていた。
 そこで悠然とたたずむドラゴンもまた、正気を失って暴れ出した一匹なのだろう。だが、総一郎には関係ない。思い入れがある相手という訳でもないのだ。死者が出ている以上、殺すしかない。
 しかし、稀に考えることがある。総一郎は、全ての龍を殺し終えたら、その後どうするのだろう。
 騎士学園に戻るのか、それともアメリカへ密入国を試みるか。どちらも、選び難い選択肢である。とはいえ、それ以外の当ても、目的もない。
「総一郎君? 体冷やしちゃうよ?」
「……ああ、そうだね。早く戻ろう」
 夕方。夜の入り口で、急激に冷え込む時間帯。総一郎は、ナイの手を繋いだ。この体温だけは本物であってほしい。そう願ってしまうのは、甘えだろうか。


 ドラゴンを追い込む作戦会議中、総一郎は光魔法で隠しながら本を読んでいた。
 けれど、完全に聞く気がない訳ではない。音魔法を使って、録音しているのである。というのも、会議は遅々として進まないからだ。後になってからテントで早送りしつつ聞くつもりでいる。
 少し前まで第一候補として君臨していたのは、森が邪魔で討伐できないのだから、伐採してしまおうという案だった。それに反対している騎士もおらず、軍隊は騎士団が行えばそれに追従するのみである。ドラゴン退治に関しては、騎士は特権と言っていいほどの権力を握っているから、たとえ政府が反対しようと強行することも可能だった。
 今は、誰もその事を口にしない。作戦が決行された日、いつもの何十倍もの死者が出た。ドラゴンではない。その時騎士団は、初めて森の木は魔獣の一種で、伐採されそうになると毒ガスを噴出する事を知った。
 ガスマスクを取り寄せ再度挑戦した時は、枝が手の様に動いて応戦してきた。ガスマスクは激しい運動には向かない。そちらは死者こそ少なかったが、近寄ることも難しかった。
 軍隊が、遠距離からの火炎放射を行ったこともあった。だが、奴らは火によって燃えなかった。新種の亜人らしく、現在分かっているのは攻撃しなければ反応しない事、攻撃した場合毒ガスを噴出する事、それが効かない場合には直接応戦し始める事、炎が効かない事の四つだけだった。
 その上、スコットランド出身の騎士は、この野営地には少なかったのだ。彼らが多ければ、まだじわじわと攻めることも出来た。呼び寄せることも出来ない。ここは攻略の重要性が一番低く、人員配備がどの討伐隊よりもおざなりだった。
 それ故、木に手を出すのは止めようという話になった。総一郎は、騎士団さえいなければやりようはあるのに、ともどかしく思う。騎士団の目と、件のドラゴンの実力が未知数なため、強引なやり方はしばらく出来ないのだ。
「では、貴方達は一体どうなさる御つもりですか! 具体的な案をお示しください!」
「そんなものは決まっている! ドラゴンめを追い詰め、これを討伐するのだ! 貴様の様に、弱腰になるつもりはない!」
「しかし、あの森にはこちらから攻撃しない限り応戦しない亜人がほとんどです! あのドラゴンでさえそうだ! 竦んで手を出せなかった騎士が助かっている事例がある! それに対して、貴方の考えは単純すぎるのです! あといくらの無駄な犠牲を払えば気が済むのですか!」
「無駄な犠牲!? 貴様そこに直れ! 騎士に無駄な犠牲などない。それを侮辱するならば、その首を切り落としてくれる!」
 大人げない争いだと無関心に呆れつつ、総一郎はページをめくった。若い騎士と、老騎士との口論である。どちらも一定以上の人望があるらしく、意見は真っ二つに割れていると言っていい。
 総一郎は、若い騎士の撤退論に賛成だった。その方がやり易い。いずれ件のドラゴンはさらに狂暴化して、今度こそ罪なき人を殺しだすのだから、早いところ『ゴ判断』を下して撤退してもらいたいものだ。
 こんな事が、だいたい一週間近く続いている。市街地へ行けば平和な物だというのに、騎士の野営地へ来ればここまで浮世離れする。まるで別世界か、もしくはタイムスリップしてしまったような気分だ。
 ナイはと言えば、彼女も彼女なりの無関心さで、総一郎の膝の上に座っていた。手元で動かしているのは昔懐かしのルービックキューブだろうか。しかも5×5×5面である。ちょうど少年が覗き込んだ時に完成させて、ナイは一人満足げなため息を吐いた。密かに感嘆するも、彼女は再び崩しだしてしまう。
「ぁああぁぁぁ……」
「えっ、何? どうしたの?」
 思わずその勿体無さに、声を漏らしてしまう総一郎である。もちろん音魔法での防音は欠かさない。その辺りは抜け目なかった。
「……やる?」
「いや、僕が出来るの三面までだから」
「あるよ?」
「あ、じゃあ貸してもらえる?」
 本はひとまず巾着袋に入れて、受け取った四角い手触りを懐かしく思う総一郎である。三百年以上経てども、変わらない物はあるのだと嬉しくなってしまう。他には笑点とかゲームセンターとか。
 崩し、揃えはじめる。総一郎は前世、一時期手慰みに嵌ったくらいだから、最高記録はだいたい三分を切るかどうかという感じだ。今はさらに久しぶりだったから、ゆっくりと進めた。すっかり彼は熱中してしまい、一度揃えきる時には会議はもう解散の号令を掛けられていた。
「君、何をそこで放心している。早く出て、自分のテントへ戻りなさい」
 ある年配の騎士に素直な返事をし、しばらくしてから子ども扱いをされたことに気が付いた。ナイの、微笑ましい赤ん坊を見るような目が総一郎を包んでいる。何だかいたたまれず、隙を見てナイにキスをした。
 虚を突かれた彼女は目を白黒させ、総一郎はにやにやと逃げ出す。捕まえられるついでに抱きしめられ、彼女の人肌を感じた。
 精神魔法を使って細工し、テントは総一郎とナイの二人きりだった。
 ナイは、他にもスペースがあるというのに、総一郎の付近を好んだ。背後から抱き付いたり、その膝元に座ったり。それが総一郎には可愛らしくて、つい甘やかしてしまう。
 寒いと、人肌が恋しいというのもあるのかもしれない。ナイの首に手をやって、くすぐったがらせながらそんな事を考えた。
「総一郎君。ドラゴン、どうしよっか。」
「そうだね、ナイ。やっぱり騎士団が邪魔だな。どうやってどかそうか」
「うーん。殺してもいいんならやり様はあるんだけどねー」
「それじゃあ本末転倒だよ」
「でも、君はいつか虐められていたでしょ? 復讐したいとか思わないの?」
「僕が恨んでいるのは、厳密には騎士候補生じゃなくて、亜人嫌悪を教え込むこの国の教育だよ。そもそも、僕の事を虐めた相手の顔なんて、ほとんど覚えちゃいないしね」
「そう?」
「うん」
 嘘だった。筆頭として思い出されるのは、ギルの事だ。それに続いて、ヒューゴ、ホリス。だが、彼等はもはや、脅威とは到底呼べない。唯一きな臭いのは、総一郎を蔑視しないと推測される、騎士の中の不確定勢力だけだ。しかし、その存在も確信が持てずにいる。
 何を恐れているのだろう、と過去の自分を嗤った。だからこそ、なおさらに疑問が大きくなる。総一郎は、騎士から離れてしばらく生活していた。そのお蔭で、彼を毒していた雰囲気が拭われ、不可解な点が数多く浮き彫りになったのだ。
 恐らくだが、ドラゴンを皆殺しにした後、総一郎は手持無沙汰の為に騎士学園に戻るだろう。ホームステイ先だったフォーブス家に帰るという選択肢は、今もない。顔を合わせるのが怖いとは、流石にもう思わなくなったが、不思議な恐怖があり、躊躇ってしまう。
 それはきっと、彼等にも危険が及ぶのではと言う危惧なのだろう。何による危険かは、総一郎の中でも判然としない。連想するのはファーガスである。彼と通信する手段は、とっくに失ってしまった。元気でやっていればいいのだが。
「総一郎君? どうしたの、急に黙り込んで」
「ん。……ちょっと考え事。駄目だね。温いと、思考があっちへ行ったりこっちへ行ったりして落ち着かないや」
 ――少し、夜食をくすねるついでに頭を冷やしてくるよ。そのように告げて、総一郎は一人でテントから抜け出した。すでに時間は深夜である。見付かっても面倒だから、光魔法で姿を消した。
 夜の見回りとして、警戒している騎士は多い。軍隊の人間も行っているが、騎士のモチベーションの高さには及ばないだろう。騎士たちの夜回りは、志願制である。それでもなお順番は順繰りになるのだから、日本の感覚を持つ総一郎からしてみれば、ちょっと引いてしまう。
 そんな人間が、少人数とはいえウロウロしている訳だから、ほぼ間違いなくばれないとはいえ気分のいいものではなかった。万一油断して彼らとぶつかったりした日には、いきなり斬りつけられても文句は言えない。
 用心しながら、こそこそと進んだ。冷たい、と思った。雪が顔に当たる。明日は積もるのだろうと思わせられる降り方だ。
 足跡が着いてしまうほど降るより先に、テントへ戻らねばならない。総一郎は、ちょっと駆け足になった。途中騎士のライトに照らされぎょっとしたが、見える訳はないのだと思い直して再び走り出した。
 食料は、全て倉庫に保管されている。鍵があり、無駄にハイテクなそれだった。カードキーである。不釣り合いだなぁ、と総一郎、渋い顔をする。想像していたのは南京錠だったのだ。三百年経ってそれである訳が無いのだが。我ながら阿保である。
「カードキーって何を合わせればいいんだっけ?」
 電磁波的なそれだろうかと雷魔法を微妙に調節していると、しばらくしてから唐突に電子音がし、鍵が開いた。ろくな専門知識を持たずにやって開いてしまうとは、それでいいのか騎士団。
 忍び込むと、倉庫の中はさらに寒かった。食料を保存しているのだから、当然と言えば当然だ。何か無いかと探していると、祝杯用と記された箱を見つけた。迷わず覗き込む総一郎だったが、中身が酒だけでがっかりした。前世は下戸だったのもあって、ちょっと敬遠気味である。
 しかし、ある程度探せば大量のスコーンだったりプティングだったりが出土する。少年はその内の二つをくすね、他にもあるかな、と再度探し出した。
 その時、背後からドアの軋む音が聞こえた。
「誰かいるのか?」
 見回りの騎士だろう、と総一郎は苦い顔をした。見付からないとはいえ、少々バツの悪い気分にさせられてしまう。
 ライトに照らされ、眩しい思いをした。とはいえ、不快なだけだ。目暗ましにはならない。ところで強い光に不快な感情を抱くとすれば、亡き母は後光差す神様に謁見する際、どのように感じていたのだろうか。
 光魔法のお蔭で、そんなとりとめのない事を考えるだけの余裕が総一郎には有った。光魔法は小さいころから慣れ親しんだ属性魔法の為、一切その効力に疑問を抱いていなかった。
 だから、こちらにライトを差し向けた騎士と目が合った時、総一郎は酷く狼狽した。
「……え?」
 声はもちろん隠している。姿も、同じはずなのだ。だが、彼には見えている。見えていなければ、目など合わない。
 何故、と総一郎は冷や汗をかいた。彼は無機質な視線を総一郎に向き合わせている。逸らすことは出来なかった。惑い、彼の殺害を半ば覚悟した。だがその瞬間、ふい、とその騎士はそっぽを向いて、このように言った。
「……気のせいか」
 総一郎は、ぽかんとした。その隙を突くように、彼は倉庫を出ていく。
「……気のせい……?」
 今の言葉には、魔力があった。偶然。ただ偶然、彼と総一郎の目が『合ったような』錯覚を抱いた。そのような解釈は、少年に深い安堵をもたらす効果があった。
 まるで、微弱な精神魔法にも似た効果。
 しばらく硬直していたが、堰を切ったように肌が粟立った。息を呑み、我に返る。消音の効果は切れかかっていたが、持続させるための呪文すら唱えずに倉庫の中から飛び出した。
 探る。聖神法による索敵。風、音魔法のそれすら重ね、無理をして精神魔法を方々に飛ばしさえしたが、何かが引っ掛かる事は無かった。先ほどの騎士は、忽然と消えてしまっていた。それが、総一郎には信じられない。
 ――ただの違和感や、偶然ではありえないはずだった。
 諦めきれず、他の騎士を用心しながらも夜通し探した。ナイは途中で心配したのか出てきて、目が覚めるガムを街に行って買ってきてくれた。そこまでさせる程の気迫だったのかと自覚させられ、冷静になった。
 その夜、ナイを抱きしめて寝た。温もりに、総一郎を震えずに眠ることが出来た。
 確実にいるのだ、と思った。何者かが。得体の知れない、何を望んでいるのかも分からない、何者かが。

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