武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

3話 少年たちの寸暇(4)

 山。木々の中、四人で息を潜めていた。周囲では少年少女の声が聞こえる。全て、自分達の姿を見たかと言う問いかけだった。『あいつらを見たか』『いいや、そっちは』『こっちもだ。引き続き――』ああ、嫌になる。
「まさか、全パーティがまずオレ達を狙いに来るとはな」
 舌打ちにするハワードに、ファーガスは同意せざるを得ない。実力差の為――もあっただろう。しかし本命は十中八九、ソウイチロウと仲良くしていた弊害だ。
「ブシガイトへの恨み言を言っていた者が、確かにいたからね。……しかし、彼はそこまで嫌われるようなことをしたのかな? それとも、嫌っていない私たちがおかしいのか……」
「いいえ、ベル。恐らくですが、彼等は嫌いになる理由しかないのです。ブシガイト君は気の許せる相手以外に対して、とても疎外的で厳しい態度を取りましたから」
「ったく、それでオレ達が割食ってりゃ世話ねぇよな」
「おい、ハワード!」
「冗談だ。というか、嫌いってだけでここまではしねぇだろ。多分先輩方の圧力がかかってる。要は見せしめだな」
 再度の舌打ち。ハワードは、そのまま目を瞑ってしまった。考え込んでいるらしい。
 ファーガスも、ひとまず敵がここから離れるまでじっとして居ようと決めた。むっつりと黙り込む。そうしていると、自然に思考が始まった。
 さぁ、ここを、どうやって乗り切ろうか。


 繰り返すが、この試験はサバイバル戦である。つまりは制限時間を決め、いかに生き残るか。いかに敵を無力化するか。この二つの資質と成果を注目される形式となっている。
 行動範囲は、ファーガスたちの場合エリア3だ。また極力死傷者を出さない配慮として、必要以上に強い聖神法の使用は禁止され、衝撃吸収に有能な、身動きのとりやすい皮鎧が渡されていた。
 あとの事は、ほぼ完全に自由とされている。朝の五時に開始され、深夜二時に終了だ。食事や睡眠時間を狙うのは、定石の一つであると小耳にはさんだ。
 その為ファーガスは、昨晩九時に寝付く健康児っぷりを発揮したわけだが、目覚めたのが四時で、二度寝した結果いつもより眠くなってしまうという大失敗を犯した。
「お前バカだろ」
 ハワードの談である。
 しかし十分もすれば緊張で眼をさまし、朝食を早い内に詰め込みながら作戦を立てることになった。
「方針はとりあえず、攻めの姿勢でいいのか? ベル」
「うん、それでいいと思う。ハワードが一番に攻め入り、ファーガスが二撃目を担う。私とローラは遠巻きに援護射撃のつもりだ。ソウに太鼓判を押されたくらいだし、余計な心配をする必要はないはず」
「作戦を立てる時は過ぎるほどに慎重で、行動をするときは大胆に、と言いますしね」
「で? クリスタベル。お前は作戦を慎重に考えたか?」
 ローラの相槌に乗っかって、ハワードがにやりと嫌味を言った。
「……分かった、考え直そう」
「おいハワード、変な茶々入れんな」
 対するベルが、ハワードに弱すぎる。
 ため息を吐きながら、杖に触れて簡易的な索敵を行った。何も反応はない。座りつつ、聖神法を解いた。彼らの居るあなぐらはソウイチロウから教えてもらった隠れ家の一つで、確かに過ごしやすかった。
「軽く索敵したけど、別に何も居ないぞ」
「そうですか。じゃあ、具体的な作戦を立てましょう。ブシガイト君の言っていた通り、山の上から攻めますか?」
「しばらくはそれで行こう。何か変化があったら、方向転換すればいいしね」
「そうだな。……で、ハワード、何やってんだ?」
「……グリンダー。お前はいっぺん、聖神法を最初からやり直した方がいい」
「はぁ?」
「囲まれてる。……数えるのも面倒くせぇくらいの人数にな」
 機嫌が悪そうに言うハワードに、ファーガスは顔を顰めた。念のためもう一度索敵を行うと、先ほどまで一つもなかった反応が、彼等の周りで無数に返ってきた。
「……何だ、これ。ついさっきは無かったぞ、こんなの!」
「しかも、これは全て人です。多くのパーティがこの周囲で、偶然急激に移動して交戦しだした……。あり得ないですね」
「交戦自体そもそもしていないからな。……ま、ブシガイトの事を考えれば、予想の範囲内だ。正直グリンダーのミスでなければ、数秒でここまで接近できる移動速度ってのが引っかかるが……」
 四人で、目配せし合った。移動か、身を潜めるか。この命題は、考えるまでもない。
「狙われてここに集まってんなら、じり貧どころじゃないだろ。全員、今すぐ逃げよう」
「ところで私、恐らく走ると息が切れて一人だけ捕まるのですが、おいて行かれるのでしょうか……」
「グリンダーしか居ないな。大人しく背負え」
「それが妥当だとは思ったが、お前に言われるとムカついて仕方がないな!」
「あ、何なら置いて行ってくれてもいいんですよ? 戦力が半分になるのは避けたいですし」
「ローラも平然とそんな事言うなよ!」
 背中は盾があるため、自然とお姫様抱っこになってしまう。ベルの視線が痛い。
 すいません、と謝るローラに、仕方ない事だとファーガスは返した。スコットランドクラスの生徒は、本来互いに開いた距離を生かして、まず籠城用の簡易要塞を作り上げる。彼らの授業が座学ばかりであるため、そうせざるを得ないのだ。
 そして、隙間などから聖神法を飛ばして戦う。スコットランドクラスのみ、第一、二年はこの方法を取るため、採点方法も多少異なった。この場合、見られるのは作り上げた要塞の強度や、命中率だろうか。
 その為、ローラはこの中で一番体力的に劣っていた。事前にその事を告げられていなければ、こうもすばやくは対応できなかったろう。
 それだけ、他クラス混合のパーティと言うのは特殊なのだ。
 体力的な浪費が少ないローラに、継続的な索敵を頼む。出来るだけ制度を上げるため、と目を瞑った彼女は、「あっちです」と人が居ないらしい方向を指差した。三人で駆けていく。
 木々の暗がり。日が、微かに差し込んでいた。「抜けました」とローラが言った。だが全員止まらず、ひた走っていく。
 息は切れなかった。今の所、まだ全員に余裕がある。「どうする?」とハワードに尋ねた。ハワードは少し黙っていたが、最後には意地悪く笑った。
「確か、この近くにゴブリンの群れが居たよな?」
「……お前、やっぱり性格悪いわ」
「はっ。褒め言葉だね」
 ローラに、敵の状況を訪ねた。ちらほら、気付き始めているという。ベルが「本当にやるんだ……」と顔を顰めた。奴らは一匹一匹が弱いが、数が多い。その上、こちらがやられた場合などは喰われる可能性がある。
「何だよ、ベル。文句があるなら言え」
「……ないよ。騎士候補生たちを、おびき寄せればいいんだろう?」
「ああ」
 ファーガスは、眉を顰める。ベルの、嫌がりながらも従順な態度。不自然で、気持ち悪いと思った。そして、その元凶であるハワードを、今更に嫌悪する気持ちが再出した。
 前々から思っていたが、何か裏がある。そう思っていると、ローラが目を開けていた。純粋な瞳がこちらを見つめていて、思わずどきりとしてしまう。
「どっ、どうしたんだローラ。索敵はもういいのか?」
「まだ続けてますよ。目を瞑って集中しなくても、何となく全体像がつかめてきたので」
 そうか、と何故か他の二人に聞こえないほど小さな声で返した。しばらく、そのまま無言で走った。木々が空を覆っているから、今の時刻は分からない。時計の携帯は、許可されていなかったのだ。
「……不自然ですよね。多くの事が」
 ぽつりと呟いたローラの言葉が、深く突き刺さった。自分が気にする事。自分が無視している事。それが、強く思い出される。
「何が、ズレているのでしょう。私には、みんなが隠し事をしている様に見えるのです。あの二人も、ブシガイト君も、彼を虐めていたあの三人も、……ファーガス、貴方も」
 思わず、手から力が抜けた。ローラが落ちかけるのを、慌てて支える。短い悲鳴を上げ、彼女はこちらに怯えた表情を向けた。「ごめん、わざとじゃないんだ」と謝る。
「だ、……大丈夫です。皆さん! ここでいったん止まって下さい。ゴブリンの群れが見つかりました」
 立ち止まると、ローラはファーガスから離れて少しの距離を歩いた。注意しながら近づくと、小さく切り立った崖の下にゴブリン達が生活していた。座って、何かを話し合っている。
「ここへ誘い込むのですよね?」
「ああ、そのつもりだ。追手は?」
「大体三十人くらいかと。……なるほど、先ほど私たちを囲っていた人数のだいたい半分です。先輩方の圧力とはどれだけ強力なのですか」
「知らん。グリンダー、クリスタベル。お前らは待機だ。ゴブリン共が変な動きを見せたら知らせろ。一旦オレだけで連中を引き付けてみる。……多分、八割はアイルランドクラスだろうしな。シルヴェスター、多分ならないだろうが、もし危ないと思ったら援護頼む」
 指示を出してから、すぐに奴はローラの手を引いて駆けて行った。「いつの間にかリーダー面しやがってあの野郎……」とぼやいていると、後ろでへたり込む気配を感じた。振り向く。ベルが、しゃがんで辛そうに息を吐いている。
「どうした、ベル。大丈夫か」
「う、うん……。少し、疲れて」
「疲れてって……。ちょっと走っただけだろ? まだまだ先は長いんだぞ」
「そうだね、うん。……そっちは大丈夫。こうやって、少しずつ休んでいれば、ある程度は回復できると思う」
 弱った笑みを見せられて、これは体の問題ではない、とファーガスは感づいた。しばらく間をおいて、彼女の様子を観察する。息は荒いが、息切れのそれとは違った。ベルはイングランドクラスの女子の中では一番体力がある。
 何故それほど疲れているのか。考えれば、何となく分かった。
「ハワードか?」
「っ」
 強張った表情が、ファーガスに向いた。次の瞬間にはしがみ付かれ、震えながら懇願される。
「お願いだ、ハワードには何も言わないでほしい。私は、あいつの中で空気のような存在でありたいんだ。強く意識されるなんて耐えられないよ……!」
「何だよ、どうしたんだよ? とりあえず、一旦落ち着いてくれ。……ベルがあのバカの前であんまりしゃべりたがらないのも、そういう事なのか?」
「……気付いてたんだ。隠せていたと、思ってたのに」
 力なく、彼女は俯いた。強く伸びてきた手は離れ、弱々しく震えている。一旦、移動させることにした。木陰で目立たず、ゴブリン達の様子が見やすい場所を探す。
 良い居所を見つけて、そこに腰を落ち着けた。宥めながら、静かな口調で問う。
「ベルもハワードも、何でそんなに仲が悪いんだよ? しかも、嫌いあう形が歪だ。俺は、ベルが奴を怖がっているようにさえ思う。……それも、まるで亜人みたいにだ」
 ファーガスの最後の一言に、彼女は過敏に反応した。「そこまで分かっているなら、もう話すことは無いよ」と身を竦ませて目を伏せる。
「……ハワードは、亜人だ。姿を巧妙に偽ってはいるが、私はそう確信してる」
 その言葉に、ファーガスは驚きを隠せない。
「一体全体、何でそうなる? あいつは、貴族だ。貴族の血統に、亜人の血は混ざらないはずだろ」
 貴族が亜人を憎んでいるから、と言う理由だけではない。どの世にも人と考えの違う狂人と言うのは存在するからだ。もっとも、ソウイチロウの両親を弾劾するのではない。これはUKの価値観である。
 貴族の血が亜人に混ざらない。それは、実験を経た結論だった。百年近く前に、戦力の増強として亜人の摩訶不思議な力に、貴族の聖神法を掛け合わせた全く新しい兵力の製作が試みられた。しかし、早期に潰えたのはこの原因があったからだ。
 教科書に載るほど、有名な事実である。
「それでもっ! ――……すまない。確かに、おかしなことを言ったね。そうだ、うん。……全て、私の思い違いだ」
 硬い喋り方をしている、とファーガスは悲しくなる。再び、彼女は心を閉ざそうとしていた。しかし、それでも信じられない。ハワードの馬鹿に、そこまでの業があるとは思えないのだ。
 ともあれ、ひとまず彼女の言い分を聞かないと始まらない。ファーガスは、自分の感情を極力抑えて聞き出す。
「分かった、ベル。一旦、ハワードは亜人だって仮定しよう。それで、何でその事に気が付いたんだ?」
「ハワードは亜人じゃないよ」
「仮定だって言ってるだろ?」
 緊張を和らげるため、微笑して肩を竦めた。それに彼女はしばし目を瞠ってから、力なく微笑み返す。そして、思い出しながら、ゆっくりと語りだした。
「……君と会わなかった三年間の間に、私とハワードは初めて出会った。その時は何も思わなかったよ。何も話さなかったし。許嫁の話も、元々なかった。考えても見れば、イングランドとアイルランドの貴族が許嫁なんて奇妙な話だろう?」
「――まぁ、そうだな」
 まだ、硬い。ファーガスは、こっそり拳を握りしめる。
「実際、会った理由も偶々個人的に親同士の中が良かっただけらしくて、ハワードも最初、親に無理やり連れて来られたと聞いているよ。でもその翌年、ハワードの父親が死んだとかで、父ではなく奴の兄が訪ねてきた。……多分、その時だったと思う。話が持ち上がったのは」
 相槌を打ちながら、空を見上げた。日が高くに上っている。ここまで早く、時間が過ぎていたのか。だが、雲色が怪しい。雨が降らなければよいのだが。
「何でそんな話が持ち上がったのかも分からなかったし、何でそんな提案を父が呑んだのかも分からなかった。彼らが返ってからすぐに言われたんだよ。父に『ハワード家のナイオネル君と結婚しなさい』って」
「……どうにもきな臭い話だけど、それがどうして亜人に繋がるんだ?」
「……扉の隙間から、チラって見たんだよ。笑みが似ていたんだ、凄く。その所為で、私はあいつに近づかれると、身動きが取れなくなる」
 君のお蔭で、前よりはマシになったけどね。とベルは笑った。ファーガスは、無言のままでいた。彼女は、二度、ファーガスに視線を向けて逸らすのを繰り返し、唾を飲み下して、言葉を絞り出した。
「……私の父に向かって笑いながら話すハワードの笑みが、オーガそっくりだった。多分、あいつなんだ。あいつが、父にその話を持ちかけ、説得した!」
 ファーガスは、その言葉に絶句せざるを得なかった。中の悪い二人を見ている限り、到底信じられる話ではない。だが、ベルの表情は至って真剣で、更にいえば、彼女がこんな冗談をいう訳が無かった。
「……でも、何で。あいつ、ソウイチロウにアメリカに連れてけとか言ってただろ?」
「分からない、分からないんだ。だから、怖いし気持ち悪い。――でも、話を上げたのが奴の兄でない事は分かってる。だって、全然その話声が聞こえなかった。ずっと、父とハワードの声が居間の中で木霊していた! ……私は、一体どうすればいいんだ? このまま、あの得体の知れないハワードと、大人しく結婚するしかないの?」
 唇を戦慄かせながら、ベルはぎこちなくファーガスの服の裾を握った。けれど、その手は躊躇っている。握り返さねば、彼女はその手を放してしまう。
 ファーガスは、思い余ってベルの事を抱きしめていた。彼女の体は、思ったよりも華奢だった。体付きの問題ではないだろう。彼女が、それ程弱っているという事だ。
 彼女にとって今日は、亜人と一日中一緒に過ごす日であるという事だった。遠くからの狙撃なら大丈夫になったベルでも、手を伸ばせば届く距離にそれが居れば身が竦んでしまう。実際にハワードが亜人かどうかは置いておこう。だが、この状況は間違いなく大きなストレスになっていたはずだ。
「ファーガス、嫌だよ……。亜人と結婚なんてしたくない。私は、私は……っ!」
「おらボケ共が! こっちだこっち、何だよ見失ってんじゃねぇぞこのボンクラ! 悔しかったらオレをリンチにしてみやがれ!」
「クソが! 殺してやる! みんな、あいつを取り囲むんだ! 仲間が居てもどうせ数人だから、策なんて気にしなくていい!」
 罵声に次ぐ怒声が、身を隠す二人の体を硬直させた。慌ててゴブリン達の様子を確認する。動きは無い。念話が来た。
『グリンダー、クリスタベル! ゴブリン共の塩梅はどうだ』
『……問題ない、そのまま突っ込め』
『了解、シルヴェスターはそのまま二人と合流して、クリスタベルと共に引き続き援護だ。グリンダーは、気を見て乱闘に参戦しろ!』
 念話が切れ、沈黙が訪れた。怒涛の状況変化にいつしか抱擁は崩れ去り、寂しげに佇むベルの姿が在った。
「……ベル」
「いいんだ、ファーガス。それよりも、今はこの作戦が上手くいくように立ち回らないと」
 自分に言い聞かせるように、彼女は笑った。先ほどまでの弱った雰囲気は消えている。だが、隠している、と言う風にも取れた。
 そこに小走りのローラが来て、うやむやになった。ハワードはゴブリンの群れに突っ込み、追ってきた半分以上を落とすことに成功した。崖がいいブラインドになったのだ。
 ゴブリンは慌てながらもそれぞれに武器を取り出して、騎士候補生たちに襲い掛かった。ハワードは極力その数を減らさないよう、追手の騎士候補生から遠く離れつつ、ゴブリンの攻撃を受け流す。
 対して、追手であった彼らはゴブリンに防戦一方だ。けが人が出始めると、援護のため次から次へと崖下に降っていく。ソウイチロウの言うとおりだ、とファーガスは思った。彼らはこの程度でも、かなり苦戦している。
 しばらくすると、ゴブリンは全滅し、息絶え絶えなかつての追手たち、そしてほぼ無傷のハワードが残された。渋面ながら、ファーガスも崖から飛び降りる。
「じゃあ、弱ってるところ悪いが二回戦と行かせてもらおうじゃねぇか。ひー、ふー、みー……数は大体四分の一程度にまでなったか。成果は上々だな」
「クソッ、こんな卑怯な手を使って、良いと思っているのか! 先生に言えば、お前らの点数なんてすぐに吹き飛ぶぞ!」
「おやおや。ここに一人、ルールを正確に認識してない甘々のお坊ちゃんがあるようだな。この罠が『反則だ』なんて注意、一度でもされたか? しかもこの、亜人共がうじゃうじゃ湧く場所でやってんだぜ? 想定の範囲内だろうが。もっとも、第一年でやる奴はオレくらいの者だろうが」
「……挑発もいい加減にしたらどうだよ、ハワード。さっさと気絶させて他に行こう。更に追手が来ないとは思わないぜ、俺は」
「それもそうか。じゃあ、行くぞ虫けらども!」
 ハワードは、雄叫びと共に駆け出した。その先の事は、語るまでもないだろう。


 日が、少しずつ赤くなっていた。
 あれ以来、大規模な襲撃には遭わなかった。小規模なものは、やったりやられたりしたが、結局は勝てた。
 戦果は、イングランドクラスの生徒を三十、アイルランドクラスが五十、スコットランドクラスは、四。一つの砦を崩したが、それ以外は既に崩されていたか、見つけられなかった。
 索敵もほとんど引っかからなくなって、手持無沙汰で居た。そこに、鳥型の聖獣が飛んできた。足に機械を付けている。羽ばたきながら、空中で止まった。機械が作動し、立体映像が映し出される。
「現時刻を以て全パーティの交戦は不可能と判断し、これにて学年末試験を終了する。それぞれの班は聖獣の放つサークルにのって、移動するように」
 詳細は後日、と言い残して、眼前に魔方陣が広がった。きょとんと全員で目を合わせるが、疲れもあり、言葉も交わさずそれぞれサークルに吸い込まれていった。
 その後、教師たちに誘導され部屋に戻った時にはもうクタクタで、さっとシャワーを浴びたらすぐにベッドに横になってしまった。
 タブレットにメールが届いていた事には、しばらくの間気付かなかった。
 試験が終わり、試験休みで結果発表も行われずに数日が経った頃、不意に暇になってタブレットからメールを開いた。ファーガスは、昔からあまり携帯を見ない性質である。自分から誰かにメールなどを送った時は返信を待つべく手元に置いたりするが、通知が来ていても面倒で開かない時がままある。
 届いているメールは、五件。かつての友人からの近況報告の三通に腹を抱えて笑い、ベルから届いた『お疲れ様』にほっこりし、最後の一通に手が止まった。
 ソウイチロウからのメールだ。それだけなら、別になんてことは無かった。だが、題名に付けられた『ごめん』の字が、ファーガスを硬直させた。
 不安に思いながら、開封する。
『ファーガスへ。そちらは今、試験が終わるか否かってところかな。どう? 多分、君たちの事だから優勝してもおかしくない戦果だと思う。
 僕は今、ドラゴンと戦う騎士団の人の中に混じってるよ。でも、色々とおかしい事があるんだ。僕はこっちでは、あまり虐められずに済んでいる。そこは安心してほしい。むしろ、思いのほか好待遇で戸惑っているくらいだ。それが違和感の理由でもあるのだけれど。
 何かが食い違ってる。最近は、僕だけが被害者じゃないんだって、そんな事を考えるようになった。
 行動しなくちゃならないって、そう感じた。だから、ごめん。先に謝っておくよ。
 僕は、イギリスに現存する全てのドラゴンを殺そうと思う。詳しい理由は、言えば君の方が危険になる可能性があるから、言わない。
 だけど、気を付けてくれ。何かが、後ろに居る。その事は、忘れないでほしい。

 PS,この文章は残っていると危険だから、君が読み終わったら自動で消える様に細工をした。元気でね、ファーガス』
 読み終わった瞬間、強烈な静電気にタブレットをとり落としてしまった。あまりの痛みとショックにしばらく動けず、十秒近く経ってから我に返った。
 拾うと、気付かぬ間に待ち受け画面に戻っていた。受信メールの画面を開き、先ほどのメールを探した。
 しかし、無い。確かに消えている。
「……何だよ。何があったんだよ、ソウイチロウ!」
 背筋から立ち上る恐怖に、ファーガスは震えていた。他人に送ったメールを、自らの細工で消す。出来ない事は無いだろう。だが、ソウイチロウは携帯を持っていても、きっとパソコンを持っていなかったはずだった。その上、読み終わった直後なんて、ほぼ不可能だ。
 急いで、返信を書いた。祈るような気持ちで、送信した。
 一分もしない内に、そんなメールアドレスは存在しないという通知が来た。
 ファーガスに、それ以上出来る事は無かった。

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