武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

3話 少年たちの寸暇(3)

 ソウイチロウを探すにあたって、二人は修練場に足を運んだ。彼は一人で食事をとるとき一番早い時間帯か、一番遅い時間帯を選ぶ。何故かと問えば、お互いの為だと返された。それに納得せざるを得なかった自分が、何故だかさびしかった。
 そこには、石柱に向かうソウイチロウの姿があった。右手に木刀を固定しているのはいつも通りだが、今日は聖神法の練習らしい。杖を構えて石柱を睨んでいる。
「入れ違いになっていたみたいだね」
「まぁ、一人針のむしろで食事するのも嫌だろうからな」
 ファーガスが言うと、ベルは少し目を伏せる。そうこうしていると、ソウイチロウは息を吸い込んだ。恐らく、祝詞の詠唱だ。
「『神よ! 我が障害に崩壊を』」
 唱えると、杖先に黄土色の光が灯った。杖を振り、飛んで行く。そして石柱にぶつかった。石の一部が欠ける。
 それだけだった。
「……やっぱり、本当に聖神法下手なんだな、ソウイチロウ」
「人には一つ二つの不得手があって然るべきなんだよファーガス……」
 何だか遠い目をしていた。
 もういいや、と彼は、雑な手つきで木刀を振るった。何の変哲もない動作である。だが、先ほどからは考えられない程に容易く、石柱は崩れ落ちた。それこそ、粉になってしまったのではないかと疑うほどだ。
 こちらを向いて、尋ねてくる。
「昼ご飯?」
「おう」
「分かった、行くよ。今日はベルも一緒なの?」
「ああ、うん。ちょっとご相伴にあずかろうと思って」
「あはは。随分と大げさな言い方をするね。……でも、いいの? 君、確か結構いい身分じゃなかったっけ。……そんな人が、僕と一緒にご飯を食べててさ」
 ファーガスは、その言葉に動揺を隠せなかった。先ほどに言われたばかりの言葉は、鋭く少年の胸に突き刺さった。
 だが、ベルは「大丈夫だよ」と妖精のように微笑する。
「ファーガスっていう私の騎士が、守ってくれるから」
 言いながら、少女はあまりにも自然に少年の腕を取った。ファーガスはそれに体が跳ねるほど驚くが、ベルはそんな事を気にもしない。ただ当惑気味なファーガスの目に、明るく咎める様な器用な視線を返すだけだ。
「やっぱり、覚えてない」
「はい?」
「いいよ、別に。期待してなかったから、怒ってない」
 言いつつも頬を膨らませるベルに、更に訳が分からず慌てるファーガス。ソウイチロウは「なるほど」と言いつつ拳で口元を隠し、くつくつと笑った。
「本当、お似合いのカップルだ」
 ハッとして、二人は慌ただしく互いの手を放した。そのまま、ひとまず食堂へ向かう。
 歩いている間、ちらと見るとベルは眉を顰めていた。視線がソウイチロウの右手の木刀に向かっているのが分かったから、「護身用だ」と伝える。すぐにでも、その意味を実感するだろう。
 ソウイチロウが食堂に入った瞬間、その場の雰囲気が色濃く変わった。よくもこれだけの状況で耐えられるものだと、ファーガスは顔を顰めた。初めて体験したベルに至っては、顔を青ざめさせている。
「ごめんね、ベル。ファーガスも、いつもありがとう」
 寂しげに笑って、ソウイチロウは言った。「開いてる場所は無いかな」と探していると、何かを見つけたのか彼は驚きに声を上げた。ファーガス達も視線を向ければ、ハワードとローラが並んで食事をとっている。
「おう、遅ぇぞお前ら」
「……」
 ローラはしばし無言だったが、ファーガスの姿を見つけて「あ」と声を上げた。
「こっちです。こっち」
 手招きの様が妙に可愛いものだから、何だか困ってしまう。そこに三人が寄っていくと彼女はベルの姿を見つけて「どうも、ベル」と軽く会釈し、最後にソウイチロウの姿を発見し硬直した。
「……お邪魔するね。シルヴェスターさん」
 ソウイチロウも、あまり打ち解けた様子はない。面識はあっても、と言う奴だろう。一番距離感が難しい間柄だ。
「えっと、ああ、ファーガスと仲がいいんでしたっけ……」
 呟くようにして、ローラは気まずげにソウイチロウから視線を逸らした。思わず、こっちも気まずくなってしまう。
「全員揃ったな。じゃあ、いきなりだが本題に入るぜ」
 気まずくないのは空気の読めないハワードだけだろう。
 軽く奴の言葉に相槌を打ちつつ、給仕に幾つかメニューを注文する
「再来週、聖神法やその活用法の熟練度を測るクラス混合の試験がある。ルールは、簡単に言っちまえばサバイバル戦だ。それぞれ四、五人程度のパーティを組んで、死なない程度に敵チームを撃破していく。採点に関わるのは、まず撃破数、防衛数、後は、その手際だな。泥沼戦だと撃破数が多くても評価されない、みたいな感じだ。範囲はエリア1~3。エリアの進み具合でグループ分けされるって寸法だから、敵はそこそこの水準を保ってるだろうな」
「質問、いいかな?」
「おう、ブシガイト。どうした?」
「それ、君たちの話だよね? 僕が聞いてていいの?」
 一瞬ハワードは訳が分からない、と言う顔をした。けれどすぐに理解して、こちらをものすごい形相で睨み付けてくる。
 まるでスズメバチを噛んだブルドックのような顔だ。それに、うっ、となってしまうファーガス、素直に謝る。
「……悪い、言ってなかった」
「同じくだ……」とベルが続く。
「……えっと、ここで私も初耳だと言ったら怒られるのでしょうか」とローラ。
「ハワードお前も言ってねぇじゃねぇか!」
 どうにも締まらない馬鹿野郎である。
 事情を伝えると、どちらも渋い表情をした。当然ではある。しかしローラは、不承不承ながらも頷いた。それに、ソウイチロウは驚く。
「えっと……いいの? 僕が入っても」
「同じクラスですから、貴方に組む相手が居ない事は知っています。そうしたら、仕方がないでしょう」
「でも、みんなの身の安全はどうなるんだ。僕はもう、そう簡単にやられるほど弱くないけれど、その所為で君たちに飛び火する可能性は高いよ」
「そこは別に問題じゃねぇ。オレは自分で身を守れるし、イングランド組の二人も気を付けてりゃあ大丈夫だ。強いて挙げるならスコットランドのシルヴェスターだが、別に仲がいい訳でもないんだろ? ならそのままで居れば気にすることは無いじゃねぇか。むしろ、お前が俺たちのチームに入る事で、クラス同士のいざこざも鎮火するんじゃねぇかなと、オレは踏んでる」
「……というと」
「喧嘩吹っかけてんのはアイルランドクラスだ。だからこそ、アイルランドクラスにブシガイトと仲のいい奴が居れば弱みが出来る。喧嘩も吹っかけにくくなるはずだ」
「一理はある……のか?」
「ま、それでも構わず喧嘩吹っかける気違いが少ない事を祈ろうぜ」
 ファーガスが小首を傾げながらも賛同すると、ハワードは軽薄に笑った。そうすると丁度料理が運ばれてきて、ひとまず食事を摂る事になった。


 その数日後の朝、早朝の修練から帰ってきたファーガスは、男子寮のリビングルームに置いてある巨大テレビに、何人もの騎士候補生が集まっているのを見つけた。
 何が流れているのかと気になって近づいてみると、何やらドラゴンについてのニュースがやっているらしい。
 ファーガスも、一応だが知っていた。ドラゴンの出現は七年周期で、大抵一匹がUK全土のどこかに出現する。年によっては二匹、運が悪ければ三匹現れることもあると聞いたが、今年はその中でも異常なのだと。
 七匹。
 一般市民には、三匹現れたと伝えるよう情報規制が敷かれている。だが、騎士職やその学徒には、寮内のテレビなどの特殊メディアによって真実が伝えられていた。
 今テレビに映る特殊情報は、一般のそれに比べて簡素なものだ。だが、そこで受ける衝撃は、普通の物より遥かに大きい。
「今、ドラゴンは五匹か……。でも、兵力の損害が大きいのだろう?」
「そうだな。具体的な情報はまだ集計中らしいが、結構酷いと聞いている」
 ファーガスは、世知辛い世の中だなぁと溜息をついた。ドラゴンなど、前世からしてみればあまりに夢のあるキーワードなのに、今の感覚で言えば追い払わなければいなくならない台風のようなものだ。
 欠伸をかみ殺しつつ食堂に向かって朝食を済ませた。そうしてみると時間は意外に切迫していて、少々小走りで一時限目の教室に向かう。
 間一髪で、たどり着いた。席は、最後尾を選んで座る。ベンの一件以来、クラスメイト達に信用がおけなくなったからだった。相手も今更横に座られれば閉口するだけだろう。
 すぐに来ると思われた教師の姿は、しかしなかなか現れなかった。何事かと考えていると、全く別の教官が来て、「今日は緊急の全校集会が行われることになった。急いで私についてくるよう」と言うが早いか、すぐに踵を返して教室を出て行ってしまう。その場にいた生徒は戸惑いつつも、急いで彼について行った。
 全校集会、とファーガスは眉根を寄せる。そんな事は、今まで一度もなかった。あってもクラス内で完結していた。そもそも、一クラスだけで普通の学校の生徒全員に匹敵するのだ。ファーガスなどの特待生以外からしてみれば、他クラスなど別の学校にも等しい。
 一体何が、と考えていると、広場に着いた。ただ、だだっ広い。こんな場所があったのかと、気付かなかった自分に愕然とする。
「皆さん、急に呼び出してしまってすいません。ともあれ、お早う御座います」
 学園長が、壇上に上がってよく通る声で言った。すると、少しざわつき始める。一番多いのは、「誰? もしかして学園長?」と言う声だ。学園長も知らない生徒たちに再び愕然。大丈夫かこいつら。
 そのように考えたが、学園長が続けた言葉で今回が普通の生徒たちに露出した初めての機会だったのだと知れて、納得したと同時に少々呆れた。どれだけ外回りが多かったのだろうか。
 話を聞いていると、ドラゴン討伐の手が足りないから、優秀な人材を引き抜きたいという話らしかった。呼ばれ始めたのを聞いていると、当然と言うか、ほとんど最高学年だった。自分たち一年が呼ばれることなどあるまいと考え、興味が失せて欠伸が再発する。 名誉なことらしいが、七年周期というと次現れる時ファーガスは騎士補佐、大学生だ。巡り合せが悪いなぁ、とか思い、今日の狩りはどうしようかと考え始める。
 その時、とある名が呼ばれた。ファーガスは耳を疑い、次の瞬間に起こった出来事に目を疑った。
「い、一年、ソウイチロウ・ブシガイト!」
 ざわめきがその場全体に広がり、スコットランドクラスの方で人垣が割れた。そこを、つまらなそうな表情で泰然と歩くソウイチロウ。
 その雰囲気は、どこか再会した時のそれに戻りつつあった。
 彼は三千人以上の敵意を向けられてなお、平気な顔で居た。カーシー先輩も途中で呼ばれていたが、そんな事は記憶には残らなかった。彼は騎士の称号を叙勲され、数日後には遠征に向かうのだという。
 ファーガスは、現実感のなさに呆然としていた。きっと特待生パーティのみんなも同じだろう。
 解散させられた後、ソウイチロウからすぐにタブレットで連絡が来た。山の入り口で集合しよう、とのことだ。行ってみると、少年が穏やかな笑顔で入り口の木に寄りかかっていた。他のみんなも揃っている。ファーガスは、黙したまま彼の言葉を待った。
「……いや~、びっくりだね」
「びっくりしたのはこっちだこの野郎!」
 食い気味に怒鳴り返すと、驚いたのか、一瞬彼は竦んでしまった。ファーガス、とベルに窘められる。
 という訳で、とソウイチロウは言った。
「何か来週には出発とか先方がほざいてるから、試験には参加できなくなっちゃったみたいだ。まず、そこを謝りたい」
「いや、そこはお前のせいじゃねぇんだから、謝るのは筋違いってもんだろうが」
 ハワードが言うと、少しきょとんとしてから、「ありがとう、ネル」と彼は返す。何だか知らないうちに仲良くなっているみたいで、ファーガスはあまり面白くなかった。
「で、何で選ばれたのか、心当たりはあるのか?」
「さぁ?」
「さぁ? って……」
 分からないのかよ。とぶっきら棒に言うと、ごめんと謝られた。そんな彼に、ローラが疑問を投げかける。
「……それじゃあ、何でここに来たんですか? メールで済ませても良かったのでは?」
「それは私も思ったよ。何でここに?」
 女性陣に言葉に、ああ、とソウイチロウは口元で弧を描いた。視線を山の中に向ける。
「山籠もりしたくらいだから、ここの地理には詳しいんだ。学期末試験は、君たちの場合第三エリアまででしょ? 亜人の群れの行動範囲とかいい感じの隠れ家とか覚えてるから、教えてあげようかと思って」
『おぉ!』
 ベルとハワードが、思わずと言った風に声を漏らした。それがハーモニーを奏でかけ、ハッとしてハワードはベルを睨んだ。ベルはどちらかと言うと怯えたというか、困っている反応を示す。
 相変わらず仲が悪い、とファーガスは思った。力関係は、どちらかと言うとハワードの方が強い。
「という訳だから、置き土産……っていうのかな。君たちに伝えるだけ伝えてから、僕は旅立とうと思う」
「でもさ、やっぱり変だよな。第一年騎士候補生のソウイチロウに騎士の称号を叙勲するなんて」
「そんな今更……」
 ソウイチロウは平気でからから笑うのだから、ファーガスでは手に負えない。
「十中八九っていうか、ほぼ間違いなく何かがあるとは思う。でも、決められたことだしね。仕方がないよ。それに、騎士に叙勲されたことを嬉しいんだ」
「騎士候補生にアレだけ迫害された君が?」
「まぁ、目的があるからね。自力でアメリカまで渡るのは流石に難しいし」
「ああ、シラハがいるもんな。あとハンニャ家」
「アメリカ?」
 ファーガスの相槌を無視して、ぴく、とハワードが反応を示した。それに気付いたソウイチロウが、「ん?」と聞き返す。
「ブシガイト、お前、アメリカに渡るのか?」
「うん。そのつもりだよ。まぁ、色々と課題は山積みだけれど」
「……それ、付いて行ってもいいか?」
 その一言に、ファーガスとベルの二人が噴き出した。「おい!」と奴に食って掛かる。
「お前ベルと許嫁なんじゃなかったのかよ! それを何だほっぽり出して、『アメリカ行くなら連れて行け』――だ!」
「んだよ。グリンダー、お前はクリスタベルが好きなんだろ? 良かったじゃねぇか、邪魔者が消えるぞ」
『なっ……!』
 同時に出た声が重なり、奇妙な唸りが出来た。それさえも恥ずかしく、二人は赤面する。 恥ずかし紛れに叫ぼうとすると、ソウイチロウに「はいはい」と遮られてしまった。
「これ以上ここで長話するのも何だから、早い内に山に登ろう」
 そのように纏められると、何も言えなくなってしまうのがファーガスだ。感情の発散すべき場所を失った少年は、ベルと共に赤く俯くことを強いられる事となった。
 して、山に登ってからであるが、ソウイチロウはとうとうと語り出す。
「まあ、ぶっちゃけるとこの学年に君たちの相手になるような相手は居ないよ。だから、僕が伝えるのは、はっきり言って保険程度のものでしかないと思う。むしろ試験が詰まらなくなっちゃうか心配なくらいだ」
「……そうなのか?」
「うん。まぁ、一部未知数が居るけどね。少なくとも、僕はこの学年の子たちが束になっても苦戦しなかったよ。シルヴェスターさんはちょっと分からないけど、他の三人は修練しているのをよく見るから分かる。まったく心配がないのがネルで、ファーガスはその次かな? ベルはベルで戦術のとりようによってはファーガスを上回る。又聞きで悪いんだけど、シルヴェスターさんも大仰な属性弾を連発できるらしいし相当強いんでしょ?」
 ま、言うまでもなく、一番強いのはアイルランドの寮長さんだったけど。と彼は振り向きざまに笑った。そして、立ち止まる。第三エリアを囲むフェンスが、あと十数ヤード先にある。
「じゃあ、ここから少し逸れて、魔獣の近寄らない安全地帯を教えるよ。その大半は何度か寝床にしてるから、長時間でも辛くはないはず」
 何だかプロだなぁ……と思ってしまうファーガスを、一体誰が責められようか。その後、逆に魔獣が集まりやすい場所や、地形的に天然の罠になっている局地的な陽樹林、果てはゴブリン、オークの群れの行動パターンなどを数日かけて教えてくれ、ソウイチロウを送り出すことになった。
 送別の時の様子は、あえて語るまい。ただ一つ分かったとすれば、自分が思いの他、涙脆いという事くらいか。ハワードもいつの間にかソウイチロウと随分仲良くなったようで、「アメリカ行くときは教えろよな!」と叫んでいた事に、不可思議な親近感を覚えてしまった。
 ベルも寂しそうだったが、ローラは一人ぎこちなさげに手を振っているだけだった。最後までソウイチロウと親しくはなれなかったが、人と人との間には相性と言う物がある。無理強いしてもどうにもならない物だ。
 見送り中、他の生徒に向けられる嫌悪の視線は、他の三人はともかく、ファーガスは気にしなかった。大抵が数個上の学年だし、いざとなった時はワイルドウッドと言う先生を訪ねればいいとソウイチロウから聞いていたからだ。
 学園内ではあまり権力がないそうだが、政府とのパイプがあるから命の保証はしてくれるという。大人の世界も一枚岩ではないのだと、ソウイチロウに言われた。受け売りだけどと、彼は笑っていた。
 見送りが終わって、充血した目を少し拭いながら、ファーガスは深いため息を吐いた。彼は騎士学園で、男友達が少ないのだ。ソウイチロウとここまで仲良くなったのは、それも手伝っていたと言える。
 その為見送った翌日、暗い気持ちでイングランドクラスの食堂へ向かうと、ベルが何も言わずに隣に座ってくれたのが嬉しく、ファーガスはふっと上を向いた。昨日からずっと、涙腺が緩い。
「本当、仲がいいんだね。ソウと」
 ベルは、言いながら笑っていた。ファーガスは照れくさく「いいんだよ、故郷の友達とも泣いて分かれてきたんだから」と墓穴を掘った。
「そっか、ファーガスは情が厚いんだ」
 好意的な解釈にまたもや目がうるうるしたが、流石に午後にもなると治っていた。来週には学年末試験である。さぁ、と気合を入れた。修練場で石柱に向かう。いつものそれより、硬度の高いそれだ。
 そんな折、声を掛けられた。
「君、ファーガス・グリンダー君かい?」
 振り向くと、イングランドクラスの教師が立っていた。ユージーン・デューク先生だ。紳士然として、生徒からも人気の高い先生である。ファーガス個人としては、各スキルの具体的な使い方などを教えてくれるので、面白い授業をする先生だという印象だった。
「はい」
 戸惑いながら答えると、「そうかい」と穏和に返される。
「石柱の色がかなり進んでいるね。素晴らしい事だ。これからも精進しなさい。楽しみにしているよ」
「はいっ」
 少々照れくさく、それを跳ねのけるように元気に答えた。彼はその返答に満足したのか、踵を返してイングランドクラスへ帰って行ってしまう。それをしばし見つめてから、気合を入れて石柱に向かい直った。

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