呪印が二人を別つまで(仮)

T&T

2.賊殺しの大剣使い

 闇の中、月明かりに照らされた一人の男が静寂包む山中を歩く。
 外套を羽織り、その背には大剣。外套が風に翻るとそこには大剣に見合う筋骨隆々の巨躯があった。
 男は休むことなく、その巨躯を一歩、また一歩、着実に前に進める。男の目は獲物を狩るかのように鋭く尖り、じっと先を見据えていた。

 山の麓の村で入手した情報によれば、この先には賊のアジトがあるはずだった。賊はたったの5人。しかし、村は賊の言いなりとなっていた。

 突如現れた5人の賊。村に過大な要求をしてきた賊を捕らえようと村の若い男衆が総出で立ち向かったが、その想い虚しく大半が殺された。

 立ち向かった男衆は50人程。しかし、5人の賊によって8割が帰らぬ人となる。残りの2割も五体満足で戻ってくるなどできず、四肢のどこかしらを切断されていた。その惨劇を受け、村は賊に隷属することを余儀なくされた。

 そして月に二度、食糧を年若い女10人に運ばせる。その女達が村に帰ってくるのは、決まって2日後の朝だった。その2日間は女達にとっては地獄の2日間となる。気が触れて自ら命を絶った女も少なくなかった。村のためとは言え、生き残るためとは言え、賊に弄ばれる日々は若い女の心をいとも容易く砕いたのだ。

 大剣を背負った男が現れたのは、村から活力が奪われ惰性で生きることを受け入れつつある時だった。旅の途中にたまたま通りがかった村。しかしそこで繰り広げられていた悲劇を耳にし、男の目には暗い炎が宿る。男もまた、家族を賊に嬲り殺された過去があった。

「俺が勝手にやることだ。あんたらの村は俺がこれからやることとは無関係だ、安心しろ」

 男は村長を説得し、賊のアジトの場所を聞き出すと、村を訪れた足を休めることなくそのままアジトへ向かったのだった。

 そして今、男の目の前には丸太で組まれた二階建ての家屋があった。小屋と呼ぶには大きく、屋敷と呼ぶには小さいものだが、5人の賊が生活するには十分の大きさと思われた。

 入り口付近には篝火が立っているものの見張りはいない。家屋の中からは下卑た笑い声が聞こえてくる。
 男は家屋の扉の前に立つと、背中の大剣を握る。そして大きく振りかぶると、渾身の力を込めて扉へと振り下ろした。

 響く轟音。そして丸太が折れていく音が続く。
 男の大剣の一振りは暴風を巻き起こし、家屋を半壊させていた。

 50人の若い村人達を一蹴した賊だ。こんなことで死ぬことはなく、家屋からは即座に影が5つ飛び出してきた。

「おいおい、お前一人か?」

 賊の一人が家屋の扉があったところで仁王立ちしている男の姿を認めると、呆れたように呟いた。
 男は返答の代わりに、外套を脱ぎ捨てる。簡素な鎧から覗く四肢には、いくつもの深い傷痕があった。

「アイツらが用心棒でも雇ったのか……ってのはねぇか」

「ねぇな、アイツらはもう死人同然だぜ? ろくに意志のねぇ俺らのオモチャさっ! ハッ!」

「じゃあコイツは何だよ」

「知るかっつーの、ただの死にたがりのアホじゃねぇの?」

 賊達は家屋を半壊させた男を脅威とみなす様子もなく、各々の武器をその手で転がしながら軽口を叩いている。
 賊の武器は斧槍に長剣、短剣、メイスにナイフとよくある武器ではあったが全員異なる武器の一団は珍しかった。しかし、全員異なる武器ということは戦闘における役割もわかりやすい。

「で、お前は何なんだよ。俺らの大事なアジトを壊してくれちゃってよぉ。あ〜あ、これ、どうしてくれんだよ、これじゃもう住めねーじゃねぇかよ」

 斧槍が家屋に近づき、様子を確かめている。家屋に近いということは、男にも近いということだ。斧槍は全く、男を脅威と見ていなかった。

「いっそのこと、俺ら村に住むか、もう男達は全員殺して俺らのハーレムにしちまうのが一番楽じゃねーか? ギャハハ」

 長剣が肩に剣を軽く弾ませながら下卑た声を響かせる。
 男はこれ以上、賊のくだらないやり取りを聞くことができなかった。クズであることが自分の目で、耳で確認できた。目の前にいる5人の賊達は、男にとって完全なる抹殺対象となった。

 男が大剣を斧槍に向かって振りかぶると、斧槍が漸く男の方へと向き直る。重装備である斧槍を軽々と片手で扱う賊は、自分に振り下ろされる大剣を自信満々に軽く受け止め――られなかった。

 斧槍は真っ二つになり、斧槍の男もまた、大剣によって頭から真っ二つに両断された。鮮血が迸り、返り血を浴びた男は残りの4人に殺気を向ける。

「バカじゃねぇのあいつ、油断しすぎ」

 両断された斧槍の体が地面に倒れると同時に長剣と短剣が男に駆ける。男は大剣を大剣と思えぬ程のスピードで横に薙ぐと、長剣は屈んでそれを躱し、短剣は跳躍して躱した。

「がふっ?!」

 懐疑に包まれた声が長剣と短剣の背後で響く。その声に長剣が気を取られ、一瞬だけ背後に視線を送ると、まるで斬撃が飛んだかのようにメイスの胴が切断されていた。長剣は事態の把握に思考を回すことも考えたが、目の前の男の命を刈り取ることを優先した。しかしその一瞬の逡巡が命取りとなる。次の瞬間には、長剣の頭は男に蹴り上げられ脳漿を宙空にぶちまけた。

 その脳漿を浴びながら、跳躍して大剣を躱した短剣がその勢いのまま男に剣を振り下ろす。短剣にはメイスの懐疑に包まれた声の原因がわかっていた。跳躍して躱そうとした大剣はその男の手を離れ、メイスの方へと投げられたのだ。

 暗闇の中、大剣が豪速で飛んでくるなど思いもしなかったメイスは、一瞬のうちにその身を分断されたのだった。しかしそれはつまり、今、短剣の目の前にいる男の手には何も握られていないということ。

 3人の仲間を一瞬で殺された短剣の手にも力が込もる。短剣はそれを防ごうとする男の腕に突き刺さった。
 しかし、男は動じない。突き刺さった剣をそのままに、もう一方の腕で短剣の頭を掴む。

「あがっ! ががががっ! た、たすけ――」

 その醜い断末魔の叫びは一瞬で事切れた。短剣の頭は、男によって握り潰されたのだ。

「ひっひぃっ――!」

 残されたナイフは流石に戦意を喪失していた。人とは思えない程の怪力による容赦のない殺し方。その姿はまるで狂戦士(バーサーカー)だ。

「た、助けてくれっ! 俺はこいつらに脅されていただけだ! 村の男達を殺したのも、女達を呼び寄せたのも全部こいつらが主導だ!」

 ナイフのその明らかな嘘に、男の殺意は一層膨れ上がる。

「……俺の妻と娘を嬲り殺した奴らも、きっと同じことを言うんだろうな。『俺じゃない』と。真実だとしても、悪逆非道を止めることなく流され、他者の尊厳を奪う。その愚行を、『俺は悪くない』と言い張るか」

 腰を抜かして立ち上がれないナイフを見下ろし、男は腕に刺さったままの短剣を引き抜く。その燃え滾る視線を受けたナイフはあまりの恐ろしさと威圧感に泡を吹いて気を失った。

 それでも男は容赦なく白目をむくナイフの四肢を踏み折ると、ナイフを担ぎ上げ、自身の腕の手当てもしないまま来た道を戻り、山を下りていった。



 ◇◇◇



「そして、ワシらは救われたんじゃよ」

「その男の名は?」

 村長は首を横に振る。

「賊の最後の1人をワシに届けると『俺の仕業と公言して構わないから好きに殺せ』と言うだけで、そのまま行ってしまわれた。賊に対して異常なまでの執着を持っておられたのは確かじゃった」

「賊殺しの大剣使いで間違いなさそうだな」

「あのお方を裁かれるのか? それだけはお許しを、麗しき女騎士様。あのお方はワシらの英雄なんじゃ」

「だってよ、麗しき女騎士様っ。どうすんだ?」

 ミリアの隣で踏ん反り返り、頭の後ろで腕を組むロック。ミリアが『女騎士』と呼ばれたことが面白かったようだ。軽薄な顔が一層軽薄に緩んでいる。

「安心してくれ、村長。騎士に見えるかもしれんが、私はこの国の騎士ではない。ただの冒険者だ。だから貴殿達の英雄を裁く資格も捕らえる資格もない」

 ミリアのその言葉に、村長は安堵の表情を浮かべる。

「ただ、確かにこの国は貴殿達の英雄を捕まえようとしているらしい。賊を裁くのは国の役割だ。その役割を横取りし、国のメンツを潰している賊殺しの大剣使いを捕まえようとしているのだろうな。公には依頼元は隠されているが、冒険者ギルドに来ている情報収集の依頼は恐らく国からのものだろう」

「そんなっ! じゃあ今の話を――」

「せぬよ。貴殿達が英雄と呼ぶのだ。それに話を聞いたところによれば、歪んではいても心根が悪いやつではないのだろうと思う」

「か、かたじけない」

「いいのかよ~ミリア。私刑も、私刑隠匿も違法だろ?」

「お前の口から法を気にする発言が出るとはな」

「俺様は気にしねぇって。死ぬべきクソが死んだだけだ。誰が殺したとかは関係ねぇ。ただ、お堅いミリア様がそれで思い悩んだりしねぇかなっていう心優しい配慮ってやつだよ」

「法で守り切れないものがあるのは事実だ。それにこの村は、法の恩恵を受けているとも思えない。村が苦しんでいた状況を確認もせず助けもせず、だが国の法は守れと? 私はそこまで出来ていない」

「ひゅぅ〜! ちょっと、いや、すんげぇ見直した、いや、惚れ直しちゃったかも」

「お前にそんなことを言われても何も嬉しくはない」

「へぇへぇ、相変わらず俺にはドライだねぇ。だが依頼未達成だと報酬ねぇぞ? いいのかよ」

「大切なものが何かを見誤ってまで、金を受け取るつもりはない」

「せっかくイイもん食えると思ったのになぁ。まぁいいけどよ。ミリア様のその貴い格好良さで腹を満たしてやることにするぜ」

「それならお前は常に満腹だな」

「言ってろ、ナルシスト」

 席を立ち、村長の家を後にするミリアとロック。記憶を失った二人の冒険者が拠り所にするものは、直面する物事に対して湧き起こる感情、つまりその胸の心底に宿る信念のみ。湧き起こる想いに突き動かされた行動が、過去を知らぬ自身にとっての正解であることを信じるしかないのだ。

 そして二人はまた、村を救った一人の戦士に少なからず敬意を抱きながら、自分達の記憶を探す旅路へと赴くのだった。




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