呪印が二人を別つまで(仮)
1.記憶を失くした冒険者
「あ゛ぁ~あちぃ!」
「言うな、余計に暑くなる」
手のひらでパタパタと自らを扇ぐ、相棒と認めたくない相棒の発言を冷たくあしらうと、彼女もまた、自身の手で額を流れ落ちる汗をぬぐう。
「無理だろぉ! あちぃものはあちぃ!」
この国の気候は年中こんな調子だ。 彼らを刺す陽射しとその暑すぎる気候はこの国を旅するものにとっては脅威だった。 外套を羽織っていなければ身に着けている鎧は熱を帯びて着ていられなかったはずだ。
「何で平気な顔できんだよミリアは。そんな我慢せずに脱いだっていいんだぜ?」
ミリアと呼ばれた彼女は、相棒を一瞥すると嘲笑うように口を開いた。
「お前とは鍛え方が違うのだよロック」
「へぇへぇ脆弱惰弱ですみませんでしたー。でもお前も汗かいてんじゃん、このカッコつけめ。なんならその汗をペロペロしても」
「うるさい」
平静を装うミリアの強がりはいつものことであり、ロックはいつもと変わらずその強がりを指摘してミリアの機嫌を損ねる。むしろミリアの機嫌を損ねたのは強がりの指摘というよりもロックのその軽薄さの方が強い。
「はぁ……何故私がこんな奴と旅をしなければならないのだ……神よ、私が何をしたというのか……」
「神に祈っちゃうくらい俺のこと嫌いってか? いーねー! そんなお前が俺にコロッといっちゃう未来を想像するとそそられちゃうねー!」
その発言にミリアの視線は一層冷たくなる。
「あっ、その冷たい視線! いただきました! はい、ペロリ!」
「頼むからその口を開くな……」
舌を出しておどけるロックに、ミリアは今日も頭を痛めるのであった。 この2人の出会いは、2人にとって全く不可解な事故のようなものだった。
◇◇◇
ある朝、ミリアが目覚めると、ミリアとロックは同じベッドの上におり、その身には互いに何も纏っていなかった。
「おはよう、仔猫ちゃん」
目覚めたミリアを半身を起こして見下ろし、軽薄な口調で話すロック。その状況にミリアの目の色が変わる。
「ま、待てよ仔猫ちゃん。俺も起きたばかりだ、ま、まだ何もしてねーよ?」
しかしミリアは『まだ』と言う言葉を黒と判断し、寝起き渾身の右ストレートをロックの顔にお見舞いしたのである。
ミリアにボコボコにされたロックもまた、今の状況が理解できておらず狼狽していた。結局、2人それぞれの主張が一致したことと言えば、ミリアもロックも、何も覚えていないということだった。
目覚めた場所がどこなのかも。
目の前の人物が誰なのかも。
互いの手の甲に刻印されている不可思議な紋様も。
自分自身の歴史でさえも。
覚えていたのは自分の名前と、この世界を生きていくために必要な最低限の常識、ただそれだけだった。
何もわからぬミリアからすれば目の前の見知らぬ男が自分を襲おうとしていたように見え、何もわからぬロックからすれば見た目だけは麗しい女がいきなり殴りかかってきたのだ。
2人とってこれを事故と言えず、何と言えよう。
しかし互いに記憶がない状況が判明したところで、ミリアの中でのロックの印象は変わらなかった――軽薄でいやらしい男。 そしてロックの中でのミリアの印象は大きく変わった――その麗しさとは裏腹の凶暴な女。
それが、2人の初めての出会いである。
◇◇◇
そんな互いの印象が良くない二人が今もこうして共にいる理由が、二人を縛る呪いであった。
離れられないのである。
互いが一定の距離以上離れようとすると、手の甲の紋様が怪しげな紫光を放ち明滅する。脳内には痛みと共に危険を促す信号が放たれ、2人は結局共にいることを選択した。
「この呪印さえなければ……」
自身の手の甲を見つめ、ミリアは恨めしい想いで呟く。
「んなこと言ったってしょーがねーじゃん?どうせ離れられないんだから、楽しくやろうぜ。昼も夜もな」
「だから黙れこの年中発情期がっ」
「別に俺は夜の営みなんて言ったつもりはありませんけど?ミリアさん、欲求不満でございますか?」
その言葉にミリアはいよいよ腰に携えた剣を抜く。
「すまん! 冗談だよ冗談! 早まるな!」
「ん? 何がだ? 私は剣を抜いてみただけだが? 何を勘違いしたのか、ロックは相当なビビりなのだな」
そういって仕返しとばかりに嘲笑するミリア。
ロックは溜め息をついて両手を上げて降参のポーズ。
「悪かったよ……ったく、負けん気の強ぇ女は嫌いじゃねぇけど、お前はもうちょっとおしとやかなになった方がイイ女になるよ」
「お前にイイ女などと思われるのは御免だがな」
「あらヒドイ。せっかくお前好きだよアピールしたのに」
「そんな軽薄な言葉になびく女がいると思うか?いや、いない、断じていない」
「そこまで否定せんでも……」
2人はそう言うと心なしか互いに笑みを浮かべているように見える。
出会いは最悪だったにも関わらず、旅するうちになんだかんだで縮まっていく距離。
2人は記憶を取り戻すことができるのか。
そして記憶を取り戻した時、2人はどうなってしまうのか。
これは記憶をなくした2人の冒険者の、旅の記録の1ページ。
「言うな、余計に暑くなる」
手のひらでパタパタと自らを扇ぐ、相棒と認めたくない相棒の発言を冷たくあしらうと、彼女もまた、自身の手で額を流れ落ちる汗をぬぐう。
「無理だろぉ! あちぃものはあちぃ!」
この国の気候は年中こんな調子だ。 彼らを刺す陽射しとその暑すぎる気候はこの国を旅するものにとっては脅威だった。 外套を羽織っていなければ身に着けている鎧は熱を帯びて着ていられなかったはずだ。
「何で平気な顔できんだよミリアは。そんな我慢せずに脱いだっていいんだぜ?」
ミリアと呼ばれた彼女は、相棒を一瞥すると嘲笑うように口を開いた。
「お前とは鍛え方が違うのだよロック」
「へぇへぇ脆弱惰弱ですみませんでしたー。でもお前も汗かいてんじゃん、このカッコつけめ。なんならその汗をペロペロしても」
「うるさい」
平静を装うミリアの強がりはいつものことであり、ロックはいつもと変わらずその強がりを指摘してミリアの機嫌を損ねる。むしろミリアの機嫌を損ねたのは強がりの指摘というよりもロックのその軽薄さの方が強い。
「はぁ……何故私がこんな奴と旅をしなければならないのだ……神よ、私が何をしたというのか……」
「神に祈っちゃうくらい俺のこと嫌いってか? いーねー! そんなお前が俺にコロッといっちゃう未来を想像するとそそられちゃうねー!」
その発言にミリアの視線は一層冷たくなる。
「あっ、その冷たい視線! いただきました! はい、ペロリ!」
「頼むからその口を開くな……」
舌を出しておどけるロックに、ミリアは今日も頭を痛めるのであった。 この2人の出会いは、2人にとって全く不可解な事故のようなものだった。
◇◇◇
ある朝、ミリアが目覚めると、ミリアとロックは同じベッドの上におり、その身には互いに何も纏っていなかった。
「おはよう、仔猫ちゃん」
目覚めたミリアを半身を起こして見下ろし、軽薄な口調で話すロック。その状況にミリアの目の色が変わる。
「ま、待てよ仔猫ちゃん。俺も起きたばかりだ、ま、まだ何もしてねーよ?」
しかしミリアは『まだ』と言う言葉を黒と判断し、寝起き渾身の右ストレートをロックの顔にお見舞いしたのである。
ミリアにボコボコにされたロックもまた、今の状況が理解できておらず狼狽していた。結局、2人それぞれの主張が一致したことと言えば、ミリアもロックも、何も覚えていないということだった。
目覚めた場所がどこなのかも。
目の前の人物が誰なのかも。
互いの手の甲に刻印されている不可思議な紋様も。
自分自身の歴史でさえも。
覚えていたのは自分の名前と、この世界を生きていくために必要な最低限の常識、ただそれだけだった。
何もわからぬミリアからすれば目の前の見知らぬ男が自分を襲おうとしていたように見え、何もわからぬロックからすれば見た目だけは麗しい女がいきなり殴りかかってきたのだ。
2人とってこれを事故と言えず、何と言えよう。
しかし互いに記憶がない状況が判明したところで、ミリアの中でのロックの印象は変わらなかった――軽薄でいやらしい男。 そしてロックの中でのミリアの印象は大きく変わった――その麗しさとは裏腹の凶暴な女。
それが、2人の初めての出会いである。
◇◇◇
そんな互いの印象が良くない二人が今もこうして共にいる理由が、二人を縛る呪いであった。
離れられないのである。
互いが一定の距離以上離れようとすると、手の甲の紋様が怪しげな紫光を放ち明滅する。脳内には痛みと共に危険を促す信号が放たれ、2人は結局共にいることを選択した。
「この呪印さえなければ……」
自身の手の甲を見つめ、ミリアは恨めしい想いで呟く。
「んなこと言ったってしょーがねーじゃん?どうせ離れられないんだから、楽しくやろうぜ。昼も夜もな」
「だから黙れこの年中発情期がっ」
「別に俺は夜の営みなんて言ったつもりはありませんけど?ミリアさん、欲求不満でございますか?」
その言葉にミリアはいよいよ腰に携えた剣を抜く。
「すまん! 冗談だよ冗談! 早まるな!」
「ん? 何がだ? 私は剣を抜いてみただけだが? 何を勘違いしたのか、ロックは相当なビビりなのだな」
そういって仕返しとばかりに嘲笑するミリア。
ロックは溜め息をついて両手を上げて降参のポーズ。
「悪かったよ……ったく、負けん気の強ぇ女は嫌いじゃねぇけど、お前はもうちょっとおしとやかなになった方がイイ女になるよ」
「お前にイイ女などと思われるのは御免だがな」
「あらヒドイ。せっかくお前好きだよアピールしたのに」
「そんな軽薄な言葉になびく女がいると思うか?いや、いない、断じていない」
「そこまで否定せんでも……」
2人はそう言うと心なしか互いに笑みを浮かべているように見える。
出会いは最悪だったにも関わらず、旅するうちになんだかんだで縮まっていく距離。
2人は記憶を取り戻すことができるのか。
そして記憶を取り戻した時、2人はどうなってしまうのか。
これは記憶をなくした2人の冒険者の、旅の記録の1ページ。
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