不運なモブと無敵のヒロイン

T&T

22.獣人族の少女Ⅱ





 ミーシャの日課は夜の散歩だった。
 山の動物達も眠りについた静かな夜に、山を駆け回るのが好きだった。
 風を切る音だけが耳に残り、自分も風になったような気がするのが好きだった。

 今日もいつもと同じように、野山を駆けて風を感じる。
 ミーシャの集落では速さが強さの象徴だった。
 足の速さなら集落の中で負ける気はしない。

 自分が一番、速いのだ。
 自分が一番、風なのだ。

 スピードに酔いしれながら、いつもとは異なる散歩コースへと外れて、今日は別の場所を巡ってみる。
 すると野営をしている男達が見えた。
 最近、集落によく顔を出している冒険者達だ。集落の大人達と交流を深めており、ミーシャの母親であるルーシャとも懇意にしている。ミーシャも旅の話をしてもらったのを覚えていた。

 獣人族の中には人族を毛嫌いする者もいる。集落にもそういう者がいて、冒険者達の姿を見ては集落に入れるなと喚き立てている。
 ミーシャも小さい頃から「人族には近づくな」とか「人族が冒した悪逆非道」の昔話を聞かされてきた。
 しかし、実際に目にした人族の冒険者達は集落の大人達に友好的な感じからも決して昔話のような存在には思えなかった。
 そのため、好奇心旺盛な年頃のミーシャが遊び心で近づいてしまうのも無理はなかった。

(ふふふ……驚かしてやるんだな)

 獣人族は生まれながらにして狩人だ。
 気配を消して獲物に近づくのはある種本能でもあった。
 木の幹に身体を隠し、男達の声が聞こえるまでの距離で様子を窺う。いつもは4人一緒の男達は3人しかおらず、ミーシャは4人揃うまで驚かすのは待つことにする。

「なぁ、いつまでやるんだよこんなこと?」
「もう少しだ。集落の老害達の警戒がなくなればこっちのもんだ」
「それがいつまでだっての」
「若い奴らは大抵もう掌の上だろ? あいつらが上手く老害を説得してくれりゃすぐだよ」
「それまであんなおぞましい獣達に愛想振りまくとか鳥肌だぜ……」
「愛想振りまいて油断させるだけで大金が貰えるんだ。オスの獣人達を殺すのは俺らの仕事じゃねぇしな。安全で楽な仕事を取ってきた俺に感謝しろよな」

 盗み聞きするつもりはさらさらなかったミーシャだったが、近くで潜んでいれば自然と耳に入ってくる。いつも見ている彼らの様子ではないことは確かだった。
 油断させるとか、殺すとか、彼らは何を言っているのか。
 ミーシャの胸の内にざわざわと嫌な風が吹く。

『人族には近づくな』

 昔から言われ続けてきた言葉が脳裏をよぎる。
 自然と耳に入ってきた彼らの言葉に、いつしかミーシャは意識を集中していた。

「でもメスの獣人を捕まえるためにエラい時間かけるもんだな」
「売れねーオスを皆殺しにするためだ。生き残りがいれば、例え1人でも復讐に来る。怒れたオスの獣人族はやべーらしい」
「あんな汚ねぇメス達を買うためにそこまでする金持ちの考えはよくわかんねーな」
「まぁ確かにあのルーシャってメスは見た目悪かぁねぇかもな」
「はっ! てめーも好きモノじゃねぇか!」
「ちげーよ! 見た目だけの話だっつの! あんな奴ら触りたくもねーわ!」

 焚き火を囲んで下卑た笑いが響く。
 皆殺し、そして人身売買。それはミーシャが聞かされ続けきた『人族の悪逆非道』そのものだった。

(ウソ……なんだな? みんな、あんなに笑顔だったのに……ウソなんだな……)

 認めたくなかった。
 集落のみんなが彼らに向けていた笑顔は偽りのない本物だった。
 しかし、彼らが集落のみんなに向けていた笑顔は偽りだったのだ。
 自らの愛する母親の名前まで出され、蔑まれ貶められては、認めざるを得なかった。

(みんなに知らせないと――)

 来た道を戻ろうと後退あとずさりをした瞬間――

「ギニャッ!」

 ミーシャは横腹に衝撃を受けて吹き飛ぶと、彼らの前に姿を晒してしまう。
 衝撃が飛んで来た方を見れば、彼ら冒険者の最後の1人がメイスを手に持ち、そこにいた。

「何聞かれてんだよテメーら。今までの労力を無にする気か?」
「なっ?! こいつは!!」
「ちっ……ルーシャって奴の娘じゃねぇか」
「どうする?!」
「貴重なメスだが、殺るしかねぇだろ」
「その後はどう説明する?!」
「それは後で考えりゃいい」

 脇腹を押さえながら立ち上がり、そのまま走り出そうとするミーシャの足をメイスで殴る。
 獣人族は素早さに秀でた種族である。足を潰さなければ簡単に逃げられてしまう。
 ミーシャは反応の速さによってその直撃は避けられたが、腿を掠めたメイスはミーシャのスピードを減速させるには十分の傷を負わせた。

(アタシ達が間違ってた……人族は……危険なんだ!!)

 集落の年寄り達の言う事を聞いておけばよかったと後悔しながら全力で駆け出す。
 普段ならあっという間に撒けたであろう人族を、撒けずに付かず離れずの距離で逃げ回ることしか出来ずにいた。
 茂みに隠れながら撒こうとしていた矢先、不運にも目の前に新たな人族が現れた。

『人族には近づくな、人族は危険だ』

 ミーシャの頭の中は、もはや人族への不信感で一杯だった。
 人族はみんな、獣人族を蹂躙することしか考えていないのだ。

 幸い目の前の人族は1人。
 それならば、噛み殺して逃げるしかない。

「グル゛ル゛ルルァァァァァ!!」

 痛む脇腹と足など御構い無しに全力で飛び掛かり噛みついた。
 しかし、歯牙が肉を貫く感触はない。
 背後からは4人が迫る足音が聞こえる。

(仕留められなかった……アタシ終わっちゃうんだな。みんなのことも……助けられないんだな……ならせめて、目の前のこの男だけでもっ!!)

「グルルルルッ!!」
「だ……大丈夫だ……ミーシャ。絶対、絶対に俺達が守ってやるっ!!」

 何が起きたのだろう。
 自分は背後に迫る男達に斬りつけられるはずだった。
 しかし、自分は今、組み敷いたはずの男に逆に組み敷かれている。
 自分の名を呼んだ男が、自分の代わりに刃を受けている。
 男の血が、自分に滴り落ちて来る。

(守られている?)

「ガハッ……すまんミーシャ……お前の可愛い顔……汚しちまった……」

(どうしてアタシの名前を? どうして命を懸けてまで守ろうとするの?)

 人族は危険だと思い知ったばかりだった。
 しかし、目の前のこの黒髪の人族は、まさに今この瞬間、全身全霊でミーシャを守っている。

(この人族は……信じていい人族なんだな)

 人族に対して閉ざされたかけたミーシャの心は、黒髪の人族の命懸けの行動によって、また少しだけ開かれたのだった。



 ◇◇◇



「なるほど。っつーことは、お前の集落狙われてるってことじゃねーか!」
「そうなんだな」

 自分の集落が狙われているというのに、ミーシャは落ち着いている。

「そうなんだな……じゃねぇよ! お前らも! すぐにミーシャの集落行くぞ!」
「違うんだな、レオ。さっき、レオが寝ている間に、この人達が捕らえてくれた1人を問い詰めてたんだな。まだ時間は十分あるみたいだから、朝になってからで大丈夫なんだな」

 ミーシャが指差した先には、縄で縛り付けられた男が気を失っていた。

「他の奴らは?」
「レオが殺されそうだったんだ。手加減なんて出来なかったよ。ごめん」
「あそこで寝てるのは私が魔法で攻撃した奴よ。他の3人はアーサーが瞬殺したわ」
「アーサーらしからぬ激昂ぶりであれには私も驚いたわ」

 人が人を殺す場面を初めて見たからだろうか、それともその瞬間を思い出したからだろうか、気分が悪くなったようにユキは顔を蒼くする。
 この世界は命のやり取りが常に纏わりつく。
 レオはそれどころではなかったためその瞬間を見てはいない。
 例え生きるためとはいえ、動物を狩ることさえもはじめのうちは辛かったのを思い出す。
 人が死ぬ瞬間を見て、自分も平静を保っていられる自信はなかった。

 しかし、それはレオ達の勝手な都合である。この世界に生きるアーサー達にとって命のやり取りは日常のはずだ。であればその行為を恐怖することなどしてはいけない。
 しかもその行動は、レオを想ってくれた上の行動なのだから。

「謝らなくていいだろ? ありがとな、アーサー、ティナ」
「モブオの傷を治した私に御礼はないの?」
「あぁ。いつもありがとな、ユキ」
「やけに素直じゃない。気持ち悪い」
「なっ!!」

 素直になれば気持ち悪いと言われ、ツンケンすればそれはそれで叩かれる。
 どうしろと言うのか。
 この立場がずっと続くと思うと、レオは不貞腐れる以外のことができなかった。

「レオは気持ち悪くなんてないんだな。アタシを守ってくれた勇者様なんだなー」

 肩を落としたレオに抱き着き、ミーシャは円らな瞳をレオに向ける。
 無我夢中だったが、ミーシャを助けたことによってレオは肩身の狭かったパーティで絶大な支援者を得ることになった。

「ミーシャ……俺の味方はお前だけだぜっ」

 身体を預けて来る小柄で可愛らしい獣人族の少女を抱き止め、そのモフモフとした頭を優しく撫でるレオ。
 その手を満足そうに受け入れると、ミーシャは気になっていたであろう当然の疑問をレオにぶつける。

「アタシも聞いていい? 何で、レオはアタシの名前を知ってるんだな?」
「ミーシャも俺の名前呼んでるけど?」
「みんながレオレオ言ってるからアタシもレオって呼んでるだけなんだな?」
「そっか……そうだよな」

 レオはユキと顔を見合わせると、アーサーとティナに対して説明した内容と同じ内容をミーシャに説明するのだった。






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