不運なモブと無敵のヒロイン
17.水場の応酬
「よう、大丈夫か?」
「こっちのセリフよ、アーサーにだいぶしごかれていたみたいだけど」
アーサーとの訓練も終わり、自由の身になったレオは水場に水を汲みにきたところ、ユキが水場の岩に腰掛けて水面をジッと眺めている場面に出くわした。ティナの魔法講座に疲れたのだろうと気遣って声をかけたレオだったが、余計なことだったと思い知る。
「まぁな。明日、筋肉痛だろうな」
「だらしないわね」
「お疲れ様くらい言えないのかね」
「ご苦労さん」
「そこもやっぱり上からなんだな。まぁ今更だから気にしねぇけど」
「言ってる時点で気にしてるってわからないなら、まだまだね」
(……本当かわいくねーなコイツ)
しかし言っていることは正しい。だから尚更気に障るのだ。木桶に水を汲みながら、岩に腰掛け足をぶらぶらしているユキを見つめる。風になびく絹のように滑らかな黒髪は思わず触れたくなる美しさであり、透き通るような白い肌は、ここ数日の野宿でも荒れた様子は一切ない。ユキは可愛くないのだが、外見だけは間違いなく可愛いのだ。
「何でお前を守るとか言っちゃったんかね俺は」
「自分の発言に責任が取れないなんてますます救えないわ」
「あぁもう疲れる! 先戻るぞ」
「あ、待ちなさいよ、私も戻るわ」
「結局ここで何してたんだよお前はーー」
岩から飛び降り、地面に着地しようとすると同時、水場から明らかにユキを狙った何かが飛び出した。
「ユキッ!!」
木桶を放り投げ、ユキの身体を引き寄せ、レオは自らの身体と場所を入れ替える。目一杯力を込めた腕は、そのままユキをレオの背後へと放り投げる形になり、ユキは無様に大地に転がった。
「ちょ、何する――」
顔を上げて振り返ったユキの目には、コモドオオトカゲのような巨大なトカゲがレオに襲いかかる姿が映っていた。
レオがユキを左手で思い切り後方に投げたとすれば、その巨大トカゲのジャンピングアタックを防ぐのはレオの右手だ。
流石にレオもそう何度も右手に傷を負うわけにもいかない。最初の一撃で右手をむざむざと噛ませたりはしなかった。巨大トカゲの喉元に右手を当てると相撲でいう喉輪のように頭を仰け反らせる。しかし、飛び出してきたその巨体を支えることができるわけもなく、その巨体に押し潰され、地面に背中を強打する。
「がっ」
しかし、背中に走るその痛みはレオがこの世界に来てから味わった痛みに比べればたかが知れている。腕を切断される痛みや粉砕される痛みに比べれば――
「大したこたぁねぇ!!」
身体を左右に回転させ、巨大トカゲにマウントを取る。そして腰に携えた短剣を右手で引き抜くと、柔らかそうなその喉元に突き刺した。
巨大トカゲの喉元が裂け、鮮血が噴き出す。苦しみに悶えていた巨大トカゲも、すぐにその動きを止めた。
「はぁ……はぁ……やった……のか」
傍で腰を抜かし、座り込みながらこちらを見つめているユキの無事を確認し、返り血に真っ赤に染まる自らの身体にどこも異常がないことを確認する。どちらも無事であることを確認すると、レオの胸には達成感が湧き起こった。この世界に来てからの、レオの初勝利であった。
立ち上がり、ドヤ顔で今回無事に守りきった右手を、未だ驚愕の顔で腰を抜かしているユキに向かって差し伸べようとすると、レオの天地がひっくり返り、地面に頭を強打する。
「なっ?!」
――バキッ――
地面に引っ張られるようにレオの顔面は大地に擦り付けられ、続いて身体が回転する。そして――
――ブチブチ――
嫌な音が耳に、そして全身に響き渡ると同時に、思い出したくもないあの灼熱の感覚が蘇る。
「ぐあ゛ぁ゛ぁ゛っ゛!!!!!」
「レオッ!!」
――バツンッ――
ユキは見ていた。レオが差し出そうとした右手に、背後から噛み付く巨大トカゲを。レオが倒したものとは別のトカゲが背後から現れたのだ。その巨大トカゲはレオの手に噛み付くと、体を回転させながらレオの身体を地面へと巻き込み倒した。その光景はユキにも見覚えがある。ワニが獲物を仕留める時の必殺技、デスロールそのものだった。
それでもユキは巨大トカゲが飛びついた瞬間、レオを引き寄せようと身体を動かそうとした。しかし、身体は言うことを聞かず、レオの叫び声でようやく目を覚ましたユキの身体は傍に転がるレオの短剣を手に取ると、巨大トカゲに向かって走る。しかしその刹那、右手を捻り切られたレオの鮮血が迸った。
「はや゛ぐ……逃げろ゛っ゛!」
痛みに悶えながらも、レオはユキに逃げるように促す。無傷であればレオもまだ戦えたが、この痛みでは最早まともに立ち上がれない。もうまともに戦えないということだ。
「な、なに言ってるのよ! わ、私が逃げたら、あんたが死ぬじゃない!!」
「い゛い゛がら゛!! い゛げっ゛!!!」
このままではユキも噛み千切られる可能性が高い。もう、あんな光景は目の前で見たくない。レオはその一心で叫び続けた。
「い゛げっ゛!!!」
しかし、その叫びも虚しく、ユキはその場を動こうとしない。
「……これでこの場から立ち去るなら、私はヒロイン失格よっ!」
震える声でそう叫ぶと、ユキは手に持った短剣を逆さに持ち替え、捩じ切ったレオの腕を食む巨大トカゲに振り下ろす。
レオの腕を食んでいた巨大トカゲに見事にそれは突き刺さる――ことはなく、短剣は地面へと突き刺さった。想定外の衝撃にユキは態勢を崩し、大地に手と膝をつく。そのすぐ脇で、巨大トカゲがレオの腕を吐き捨て、新たな獲物を見つめていた。
(やめろっ! やめろやめろやめろやめろっ!!)
巨大トカゲは見えていたのだ。レオの腕を食みながら見ていたのだ。近寄ってくる柔らかで美味そうな肉をその目に捉えていたのだ。
振り下ろされたユキの短剣をするりと躱し、巨大トカゲのすぐ目の前には、色白なユキの肌がそこにあった。
一瞬だ。レオが左手を伸ばしても届かない。
巨大トカゲの顎はユキの喉をとらえた。その体はすぐにデスロールを始めるための回転を始めるだろう。
「う゛ぁ゛ぉ゛ぉ゛!!!」
目の前にこれから広がるであろう凄惨な光景に、レオは言葉にならない叫び声を上げた。
そして再び、それは訪れる。
巨大トカゲが、光と共に弾け飛んだ。
その光景を見た瞬間、レオは再来の神の奇跡に安堵し、感謝する。これできっと、ユキの安全は確保されたはずだから。
レオの叫び声を聞きつけたのか、森からアーサーとティナが駆け付けてくるのも見える。そして奇跡の光と2人の姿に安堵したレオの意識は、灼熱の痛みに包まれながらも暗闇へと落ちていった。
「こっちのセリフよ、アーサーにだいぶしごかれていたみたいだけど」
アーサーとの訓練も終わり、自由の身になったレオは水場に水を汲みにきたところ、ユキが水場の岩に腰掛けて水面をジッと眺めている場面に出くわした。ティナの魔法講座に疲れたのだろうと気遣って声をかけたレオだったが、余計なことだったと思い知る。
「まぁな。明日、筋肉痛だろうな」
「だらしないわね」
「お疲れ様くらい言えないのかね」
「ご苦労さん」
「そこもやっぱり上からなんだな。まぁ今更だから気にしねぇけど」
「言ってる時点で気にしてるってわからないなら、まだまだね」
(……本当かわいくねーなコイツ)
しかし言っていることは正しい。だから尚更気に障るのだ。木桶に水を汲みながら、岩に腰掛け足をぶらぶらしているユキを見つめる。風になびく絹のように滑らかな黒髪は思わず触れたくなる美しさであり、透き通るような白い肌は、ここ数日の野宿でも荒れた様子は一切ない。ユキは可愛くないのだが、外見だけは間違いなく可愛いのだ。
「何でお前を守るとか言っちゃったんかね俺は」
「自分の発言に責任が取れないなんてますます救えないわ」
「あぁもう疲れる! 先戻るぞ」
「あ、待ちなさいよ、私も戻るわ」
「結局ここで何してたんだよお前はーー」
岩から飛び降り、地面に着地しようとすると同時、水場から明らかにユキを狙った何かが飛び出した。
「ユキッ!!」
木桶を放り投げ、ユキの身体を引き寄せ、レオは自らの身体と場所を入れ替える。目一杯力を込めた腕は、そのままユキをレオの背後へと放り投げる形になり、ユキは無様に大地に転がった。
「ちょ、何する――」
顔を上げて振り返ったユキの目には、コモドオオトカゲのような巨大なトカゲがレオに襲いかかる姿が映っていた。
レオがユキを左手で思い切り後方に投げたとすれば、その巨大トカゲのジャンピングアタックを防ぐのはレオの右手だ。
流石にレオもそう何度も右手に傷を負うわけにもいかない。最初の一撃で右手をむざむざと噛ませたりはしなかった。巨大トカゲの喉元に右手を当てると相撲でいう喉輪のように頭を仰け反らせる。しかし、飛び出してきたその巨体を支えることができるわけもなく、その巨体に押し潰され、地面に背中を強打する。
「がっ」
しかし、背中に走るその痛みはレオがこの世界に来てから味わった痛みに比べればたかが知れている。腕を切断される痛みや粉砕される痛みに比べれば――
「大したこたぁねぇ!!」
身体を左右に回転させ、巨大トカゲにマウントを取る。そして腰に携えた短剣を右手で引き抜くと、柔らかそうなその喉元に突き刺した。
巨大トカゲの喉元が裂け、鮮血が噴き出す。苦しみに悶えていた巨大トカゲも、すぐにその動きを止めた。
「はぁ……はぁ……やった……のか」
傍で腰を抜かし、座り込みながらこちらを見つめているユキの無事を確認し、返り血に真っ赤に染まる自らの身体にどこも異常がないことを確認する。どちらも無事であることを確認すると、レオの胸には達成感が湧き起こった。この世界に来てからの、レオの初勝利であった。
立ち上がり、ドヤ顔で今回無事に守りきった右手を、未だ驚愕の顔で腰を抜かしているユキに向かって差し伸べようとすると、レオの天地がひっくり返り、地面に頭を強打する。
「なっ?!」
――バキッ――
地面に引っ張られるようにレオの顔面は大地に擦り付けられ、続いて身体が回転する。そして――
――ブチブチ――
嫌な音が耳に、そして全身に響き渡ると同時に、思い出したくもないあの灼熱の感覚が蘇る。
「ぐあ゛ぁ゛ぁ゛っ゛!!!!!」
「レオッ!!」
――バツンッ――
ユキは見ていた。レオが差し出そうとした右手に、背後から噛み付く巨大トカゲを。レオが倒したものとは別のトカゲが背後から現れたのだ。その巨大トカゲはレオの手に噛み付くと、体を回転させながらレオの身体を地面へと巻き込み倒した。その光景はユキにも見覚えがある。ワニが獲物を仕留める時の必殺技、デスロールそのものだった。
それでもユキは巨大トカゲが飛びついた瞬間、レオを引き寄せようと身体を動かそうとした。しかし、身体は言うことを聞かず、レオの叫び声でようやく目を覚ましたユキの身体は傍に転がるレオの短剣を手に取ると、巨大トカゲに向かって走る。しかしその刹那、右手を捻り切られたレオの鮮血が迸った。
「はや゛ぐ……逃げろ゛っ゛!」
痛みに悶えながらも、レオはユキに逃げるように促す。無傷であればレオもまだ戦えたが、この痛みでは最早まともに立ち上がれない。もうまともに戦えないということだ。
「な、なに言ってるのよ! わ、私が逃げたら、あんたが死ぬじゃない!!」
「い゛い゛がら゛!! い゛げっ゛!!!」
このままではユキも噛み千切られる可能性が高い。もう、あんな光景は目の前で見たくない。レオはその一心で叫び続けた。
「い゛げっ゛!!!」
しかし、その叫びも虚しく、ユキはその場を動こうとしない。
「……これでこの場から立ち去るなら、私はヒロイン失格よっ!」
震える声でそう叫ぶと、ユキは手に持った短剣を逆さに持ち替え、捩じ切ったレオの腕を食む巨大トカゲに振り下ろす。
レオの腕を食んでいた巨大トカゲに見事にそれは突き刺さる――ことはなく、短剣は地面へと突き刺さった。想定外の衝撃にユキは態勢を崩し、大地に手と膝をつく。そのすぐ脇で、巨大トカゲがレオの腕を吐き捨て、新たな獲物を見つめていた。
(やめろっ! やめろやめろやめろやめろっ!!)
巨大トカゲは見えていたのだ。レオの腕を食みながら見ていたのだ。近寄ってくる柔らかで美味そうな肉をその目に捉えていたのだ。
振り下ろされたユキの短剣をするりと躱し、巨大トカゲのすぐ目の前には、色白なユキの肌がそこにあった。
一瞬だ。レオが左手を伸ばしても届かない。
巨大トカゲの顎はユキの喉をとらえた。その体はすぐにデスロールを始めるための回転を始めるだろう。
「う゛ぁ゛ぉ゛ぉ゛!!!」
目の前にこれから広がるであろう凄惨な光景に、レオは言葉にならない叫び声を上げた。
そして再び、それは訪れる。
巨大トカゲが、光と共に弾け飛んだ。
その光景を見た瞬間、レオは再来の神の奇跡に安堵し、感謝する。これできっと、ユキの安全は確保されたはずだから。
レオの叫び声を聞きつけたのか、森からアーサーとティナが駆け付けてくるのも見える。そして奇跡の光と2人の姿に安堵したレオの意識は、灼熱の痛みに包まれながらも暗闇へと落ちていった。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
15254
-
-
32
-
-
4405
-
-
2
-
-
93
-
-
107
-
-
1978
-
-
39
-
-
125
コメント