不運なモブと無敵のヒロイン
16.肉壁とお姫様
木で木を叩く鈍くも軽い音が断続的に響く。
エルフの里を出て、彷徨いの森を抜けて3日。予定ではあと5日程度でギフティアに着く頃合いだ。
その途中、野営の度にレオはアーサーから剣技を指導してもらっていた。その様子を座って見守るティナが隣のユキに対して感想をこぼす。
「レオって、あまり剣は得意じゃない感じね」
「まぁ元々、私達のいたところって実践的に剣を扱うようなことなかったから」
「平和なところなのね、ユキとレオの故郷って」
「そう……ね」
平和。間違いなく平和だったろう。たいていの人は食べ物に困らず、命の危険を感じることもなく生活をできていたはずだろうから、この世界に比べれば間違いなく平和と言える場所だった。
「ユキは戦えるの?」
ユキに問いかけるティナに悪意はない。嫌味でも何でもなく、ただ純粋な質問だ。その質問に、ユキは首を横に振って答える。
「ううん。運動はできるつもりだし、体力にもまぁまぁ自信はあるけど、戦ったことはないわ。戦力にならなくてごめんなさい」
「気にしないで。それに別にいいと思うわよ? ユキ姫の騎士様がああやって頑張っているんだから」
「姫なんてやめてよ、でも、そうね……騎士ではないけど、ただの肉壁のままでいるより、モブオには戦える肉壁になってもらわないと」
「聞こえてんぞ! なんだ戦える肉壁って! お前も座って見てないで一緒にやれ!」
アーサーに剣の振り方を手取り足取り教えて貰いながら、レオはユキへ苦情を叫び、ユキも負けじと応酬する。
「ふざけないで! あんた私を守るって言ったじゃない! 男なら最後まで貫きなさい!」
全く互いを気遣う素振りのない2人のオープンな関係にティナは頰を緩める。そんな2人を見て、余計なお節介と思いながらも、やって損はないだろうとユキに手を伸ばす。
「ユキ、手の平を上にしてこっちに出してくれる?」
「え?」
「いいからいいから」
言われるがままにティナに向けてユキは手の平を差し出すと、ティナはユキの手に自身の手を合わせ、何かを口早に呟いた。ユキは合わせられた手が温かくなるのを感じ、ほのかに光を発していることに気が付いた。ティナが魔法で何かをしていることだけは理解できた。するとティナが不意に驚嘆の声を上げ、美しい顔をユキに向ける。
「え?!……ユキ、あなた、何か魔法使える?」
「え? 使えないよ?」
「ユキの魔力量、とてつもない量よ……これ、私よりもあると思う。これで何も使えないなんてもったいないわ」
「そ、そんなこと言われても、自分の魔力すら感じられないのに、そんな私に魔法使える?」
「ユキ、基本的には戦えないのよね?」
「う、うん」
「戦いは、レオに任せるのよね?」
「そ、そのつもり」
ユキがそう言うと、ティナは悪戯な笑みを浮かべた。
「じゃあ、あの肉壁様が壊れた時に治してあげる治癒魔法だけ、覚えてみない?」
「ティナ! 聞こえてる! お前までなんつー事を! 様つければいいってもんじゃねーぞ!」
「アハハッ! ごめんごめん! ほらレオ! 集中しなきゃダメよ! アーサーも! 厳しくしないとレオ強くならないわよ!」
「はいレオ集中。僕まで注意されるのは不本意なんだけど」
「はいはいサーセン、お師匠様」
アーサーの指導が再開したその一方で、新たな師弟関係が生まれようとしていた。
「……私に、できる?」
「やる気があるなら、できるまで教えてあげるわ」
「わかった。お願いします」
「よろしい」
ユキの申し出に、ティナは嬉しそうに頰を緩める。すると早速、ティナは嬉々とした表情で魔法講座を始めた。
「じゃあまず、魔力とはなんぞやってところからね。わかる?」
「魔法を使うために必要な力でしょ?」
「うん、そうね。でも、それだけじゃないの。この世界にある全てのものには魔力がある。私達にももちろんあるわけだけど、草木にも魔力はあるの。個々の魔力量は異なるけど、それがこの世界の理。ただし、それはありのままの存在であることが前提よ」
「ありのままの存在?」
「そう。人工物、例えば木を伐採して作った建物とかには魔力は宿らないの」
「ただの石の建物だったら?」
「元の形を保って造っていればあり得るわね。例えば掘削して出来た洞窟とか。でもそれは建物とは言えないわよね」
「そうね……」
「話を戻すけど、人工物、加工物の場合は魔力を付与することはできても、作ったものに自動的に魔力が発生することはないの」
「――」
「次に、魔法の使用方法だけど、簡単に言うと2パターン。自分の魔力で魔法を使うか、周囲に在るものの魔力を使うかの2パターン。それで自分の魔力で魔法を使う場合に問題になるのが魔力量になるんだけど……」
どんどん細かい話になっていくのを背中越しに聞いていたレオは、そこで聞くことを諦めた。ユキがどんな顔をしながら聞いているのか見てみたくもあったが、目の前のアーサーが『しゅ・う・ちゅ・う』と小声で呟いている。これ以上赤髪のイケメン師匠を怒らせるわけにもいかないため、レオはレオで自身のやれることに注力しようと心に決めた。
エルフの里を出て、彷徨いの森を抜けて3日。予定ではあと5日程度でギフティアに着く頃合いだ。
その途中、野営の度にレオはアーサーから剣技を指導してもらっていた。その様子を座って見守るティナが隣のユキに対して感想をこぼす。
「レオって、あまり剣は得意じゃない感じね」
「まぁ元々、私達のいたところって実践的に剣を扱うようなことなかったから」
「平和なところなのね、ユキとレオの故郷って」
「そう……ね」
平和。間違いなく平和だったろう。たいていの人は食べ物に困らず、命の危険を感じることもなく生活をできていたはずだろうから、この世界に比べれば間違いなく平和と言える場所だった。
「ユキは戦えるの?」
ユキに問いかけるティナに悪意はない。嫌味でも何でもなく、ただ純粋な質問だ。その質問に、ユキは首を横に振って答える。
「ううん。運動はできるつもりだし、体力にもまぁまぁ自信はあるけど、戦ったことはないわ。戦力にならなくてごめんなさい」
「気にしないで。それに別にいいと思うわよ? ユキ姫の騎士様がああやって頑張っているんだから」
「姫なんてやめてよ、でも、そうね……騎士ではないけど、ただの肉壁のままでいるより、モブオには戦える肉壁になってもらわないと」
「聞こえてんぞ! なんだ戦える肉壁って! お前も座って見てないで一緒にやれ!」
アーサーに剣の振り方を手取り足取り教えて貰いながら、レオはユキへ苦情を叫び、ユキも負けじと応酬する。
「ふざけないで! あんた私を守るって言ったじゃない! 男なら最後まで貫きなさい!」
全く互いを気遣う素振りのない2人のオープンな関係にティナは頰を緩める。そんな2人を見て、余計なお節介と思いながらも、やって損はないだろうとユキに手を伸ばす。
「ユキ、手の平を上にしてこっちに出してくれる?」
「え?」
「いいからいいから」
言われるがままにティナに向けてユキは手の平を差し出すと、ティナはユキの手に自身の手を合わせ、何かを口早に呟いた。ユキは合わせられた手が温かくなるのを感じ、ほのかに光を発していることに気が付いた。ティナが魔法で何かをしていることだけは理解できた。するとティナが不意に驚嘆の声を上げ、美しい顔をユキに向ける。
「え?!……ユキ、あなた、何か魔法使える?」
「え? 使えないよ?」
「ユキの魔力量、とてつもない量よ……これ、私よりもあると思う。これで何も使えないなんてもったいないわ」
「そ、そんなこと言われても、自分の魔力すら感じられないのに、そんな私に魔法使える?」
「ユキ、基本的には戦えないのよね?」
「う、うん」
「戦いは、レオに任せるのよね?」
「そ、そのつもり」
ユキがそう言うと、ティナは悪戯な笑みを浮かべた。
「じゃあ、あの肉壁様が壊れた時に治してあげる治癒魔法だけ、覚えてみない?」
「ティナ! 聞こえてる! お前までなんつー事を! 様つければいいってもんじゃねーぞ!」
「アハハッ! ごめんごめん! ほらレオ! 集中しなきゃダメよ! アーサーも! 厳しくしないとレオ強くならないわよ!」
「はいレオ集中。僕まで注意されるのは不本意なんだけど」
「はいはいサーセン、お師匠様」
アーサーの指導が再開したその一方で、新たな師弟関係が生まれようとしていた。
「……私に、できる?」
「やる気があるなら、できるまで教えてあげるわ」
「わかった。お願いします」
「よろしい」
ユキの申し出に、ティナは嬉しそうに頰を緩める。すると早速、ティナは嬉々とした表情で魔法講座を始めた。
「じゃあまず、魔力とはなんぞやってところからね。わかる?」
「魔法を使うために必要な力でしょ?」
「うん、そうね。でも、それだけじゃないの。この世界にある全てのものには魔力がある。私達にももちろんあるわけだけど、草木にも魔力はあるの。個々の魔力量は異なるけど、それがこの世界の理。ただし、それはありのままの存在であることが前提よ」
「ありのままの存在?」
「そう。人工物、例えば木を伐採して作った建物とかには魔力は宿らないの」
「ただの石の建物だったら?」
「元の形を保って造っていればあり得るわね。例えば掘削して出来た洞窟とか。でもそれは建物とは言えないわよね」
「そうね……」
「話を戻すけど、人工物、加工物の場合は魔力を付与することはできても、作ったものに自動的に魔力が発生することはないの」
「――」
「次に、魔法の使用方法だけど、簡単に言うと2パターン。自分の魔力で魔法を使うか、周囲に在るものの魔力を使うかの2パターン。それで自分の魔力で魔法を使う場合に問題になるのが魔力量になるんだけど……」
どんどん細かい話になっていくのを背中越しに聞いていたレオは、そこで聞くことを諦めた。ユキがどんな顔をしながら聞いているのか見てみたくもあったが、目の前のアーサーが『しゅ・う・ちゅ・う』と小声で呟いている。これ以上赤髪のイケメン師匠を怒らせるわけにもいかないため、レオはレオで自身のやれることに注力しようと心に決めた。
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