不運なモブと無敵のヒロイン

T&T

15.脱・彷徨いの森

「それにしても、残念だったな」

「結界のことかい? 最終的には、あれでよかったと思っているよ。エルフの里に入る前にレオにカッコつけたこと言ってしまったけど、ティナの提案がきっと一番いい形だと思う」

 ティナが『彷徨いの森を出る』と教えてくれたタイミングで、レオはアーサーに慰めの言葉を掛ける。目標を達成できなかった赤髪の青年の心の傷に塩を塗ることのないよう時間を置いたレオのちょっとした配慮は、アーサーのその様子から特段必要なかったものだと感じられた。
 彷徨いの森。この森には結界が張ってある。人族を行方不明にする森。そして行方不明になった人族は、エルフ族に殺されているという古くからの言い伝え。その言い伝えは今や上辺だけのものであり、実際のところは迷い込んだ人族は森を出ることができる。森に入る直前1週間の記憶を失うことを代償としてだが。記憶を失わずに森を出る方法は2つ。人族以外の種族と共に森を出るか、森の結界自体を解除するかだ。レオ達は今、ティナと共にこの森を出ようとしているため、記憶を失う心配はなかったが、アーサーの目標はこの森の結界の解除であった。
 ティナがダリア達の居住権を獲得した翌日、アーサーは改めて長老達と話し、森の結界の解除を申し出たが、想いは熱くとも何の実績もないアーサーの言葉を信じて結界を解除することは長老達にはできなかった。リスクが大きすぎたのだ。彼らの知る時代からすれば、人族は変わっていることは間違いないが、それを知らない彼らを動かすには、突然現れた人族の言葉だけで無理だった。しかし、そこでフォローしたのがティナだ。

『私が次にこの里に帰ってくる時は、世界が変わった時よ。だから、その時は結界を解除してよね』

 そのティナの言葉に『あり得ない』とか『楽しみにしている』とか長老達の声も賛否両論であったが、最終的にはティナのその提案を受け入れる形となった。世界を変えた時、再びレオ達は全員、この里に戻ってくることになる。その他の仲間達と共に。そしてそれをしてようやく、アーサーという赤髪の青年の夢は、エルフ族に認められるのだ。

「嫁にもらうことを認めてもらうために世界を変える。お前も大変な道を歩むもんだな」

「ちょっと、いや、だいぶ話が歪んでいるけど、レオもその道を共に歩むんだよ?」

「あぁ、わかっている」

「ほらほら、話してないで、私に掴まって。記憶なくなってもいいならそのままでいいけど?」

 ティナがアーサーとレオを振り返り呼びかける。その言葉に恐ろしさを感じたレオは狼狽しながら問いただす。

「え?! ティナがいれば記憶なくならねぇんじゃねぇの?!」

「一緒にいるだけじゃ無理よ。触れてないと記憶消えるわよ。ほら、どこでもいいから掴まって。私がいいって言うまで、手を離しちゃダメよ」

「モブオ、変なところ掴んだら許さないわよ」

「わかってるよ。お二人はもうだいぶ仲がよろしいようで何よりで」

 見ればティナとユキは手を繋いでいる。その様子を見て、アーサーもレオもティナに駆け寄る。レオは、ティナの後ろから肩に手を置く。女性の身体に触れることに恥ずかしさがあろうとも今回ばかりは触れないと記憶が飛ぶ。恥ずかしさなど二の次なのだが、肩に触れるのが精一杯の行動だった。しかし、アーサーは躊躇うことなくティナの空いていた左手を握った。

「え?!」

「あ、こっちの手、何か使ったりするのかい?」

「い、いえ、使わないわ。大丈夫よ」

 ティナは明らかに動揺しており、頬に薄く紅が差していた。アーサーもティナを意識しているはずなのだが、どうやら下心も何もなく、純粋に他の理由がある場合、アーサーは特段ティナに触れることを意識するということがないようだった。

「羨ましいなお前のその極端な性格」

「ん? 何がだい?」

「なんでもねぇよ、独り言だ」

「は、はい、じゃあみんないいかしら? これから私が言うまで、手を離しちゃダメだからね」

 そしてレオ達は無事、彷徨いの森を出た。ティナの『もういいわよ』という言葉が聞こえるまでにやたら時間がかかった気がしたが、レオは気にしないことにする。
 この2人がこれからどのような経験をして、その距離を近づけていくのか。そんなことを思い、2人の幸せを願いながらもその一方でユキを心配する。ユキもアーサーに対しての憧れがあったのではないかと。それとも仲間として幸せを願える立場なのだろうかと。この性悪な高飛車姫の恋心が傷つこうがそれは全くもってレオにとっては関係ないのだが、その可愛らしい顔が涙に濡れてしまう場面は、できれば見たくはないと思うのだった。





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