不運なモブと無敵のヒロイン

T&T

12.エルフの里

 エルフの里は、思い描いていたものにほぼ近い景観をしていた。分厚く頑丈に編まれた木々の柵を抜けると、そこには森の中にも関わらず、それなりの広さを確保したスペースが所々に見られた。すでに日も暮れていたため、そのスペースには精霊と思われる青白い光が点々と舞っているだけだったが、明るい時間だったらきっとエルフの子供達が駆け回っていることだろう。エルフ族の家屋は、里の中にある大木の上にあるものが多く、大木の外周にはどういうわけか階段らしき段差もあった。

 集落に入る時、見張りの若いエルフとティナが話をしていたが、決して和気藹々には見えず、むしろ険悪寄りの雰囲気であった。当然だろう、レオ達はみな人族であり、加えて、里が追い出したらしいダリアとアリシアが戻ってきている。里からしてみればティナは余計なことをしている存在に他ならないのだ。それでも里の中に入ることができたのは、ティナがこの里の中でもそれなりの存在であることの証明だ。そうなると問題は、ティナの言う頑固者達だけだった。里に人族を招き入れたというその知らせは、夜にも関わらず見張りから即座に里中に知れ渡る。そしてティナを筆頭に、ダリア、アリシアも含め、レオ達はみな、長老の家へと足を運んだのだった。ちなみに、アリシアは長老の家の前で見張りと共にお留守番である。さすがに、どす黒いかもしれない大人の事情を聴かせるわけにはいかなかった。
 部屋に入ると里の重鎮と思われる者達が並んでおり、その真ん中に座していた長老と思わしきエルフが、その口を開く。

「ティナよ、何をしているのか、自分でわかっているのか?」

 落ち着いた口調でありながらも、そこには目の前の事象を許さないという圧力を感じる。長老、というと年老いたイメージがあるものだが、エルフの長老達、この里の最高意思決定機関であろうエルフ達の風貌は、みな、老人と呼ぶわけにはいかない風貌だった。確かにティナよりも年老いている印象は受けるが、それはその話しぶり、感情が出ない無表情ぶり、というところからの印象が強いかもしれない。

「何も間違ったことはしていないわ。出ていく必要のない親友を連れ戻した。そして、その親友を助けてくれた人族に御礼をするため、連れて来た。ただそれだけの話だわ」

 ティナは目の前に並ぶ5人の長老と思われるエルフ達にも臆することなく、堂々と自らの意思を語った。レオ達はまだ、自分達が発言する立場にない空気であることを感じ、黙って事の成り行きを見守っている。

「助けたというのは?」

「ダリア達はオークに襲われていた。私が追い付いた時には、ここにいる彼らが、ダリア達を助けた後だったわ。黒髪の彼は大怪我しちゃったけどね、私が追い付かなければ、あの傷は致命傷ではないけど、結構、大変だったと思うわ」

「ダリア」

「本当です。私達は、その旅の方々に確かに、この命を救われました」

 真実である。ティナもダリアも嘘をついていない。にも関わらず、長老達の視線は変わらず鋭く厳しい。それはレオ達が人族だからか、それとも、ダリア達の命が彼らにとって取るに足らないものでしかないということなのか。

「人族よ。何故、ダリア達を助けたのだ? オークとは言っても、決して侮れる相手ではない。自身の身を危険に晒してまで、どうして助けた?」

 長老の視線が、発言を許可すると言っている。であればこの問いに答えるのはもちろん、アーサーだった。

「何故……ですか。僕達には逆に、助けないという選択肢がありません。命に危険が迫っている状況を目にして、助けるのは自然なことだと思っています」

「それは人族の場合ではないか? ダリアがエルフ族と知って、後悔したのではないか?」

「後悔? 何故です?」

「人族は自分達以外の種族のことなど歯牙にもかけぬからの。助けるべきではなかったと思ったのではないか」

「以前に、人族と他種族に大きな争いがあったことも知っています。でも、だからと言ってダリアさんを救わない理由にはなりません。こう言うとお気を悪くされるかもしれませんが、僕はその争いの時には生まれていません。沢山の命が失われたことは想像できます。しかし、この目で見ていないのです。でも、ダリアさんは僕の目の前でその身に危険が迫っていた。自分の目で見ていない過去に失われた多くの命よりも、僕は目の前にいる人の命を大事にしたい」

「ほら、私の言った通りでしょ。人族の世代はとっくに変わっているのよ」

「そんなことわかっておる、ティナは少し黙っておれ」

 口を挟んだティナを諫め、長老は再び、アーサーに対して言葉を紡ぐ。

「過去は不要と申すか?」

「いえ、そうは思いません。過去を反省し、未来により良く繋げることで、僕達命あるものはみな、幸せになれると思います」

「過去の反省をすべきは、人族だ」

「僕の耳にした歴史、人族が他種族を排斥し、虐殺したという歴史が真実であれば、おっしゃる通りだと思います」

「真実だ。お主のその言葉が、真実だよ」

「であれば、僕の決意は一層、固くなるだけです」

「お主の決意とは?」

「僕は、この世界の在り方を変える」

「世界を……変える?」

 アーサーのその言葉に目を丸くしたのは長老達だけではなく、ティナもまた同じだった。レオとユキは胸を張って答えるアーサーを誇らしく思い、同じく胸を張って堂々と長老達を見据えていた。

「今のこの世界は、色々な種族が種族間に壁を感じています。僕達はみんなわかり合えるはずなのに、わかり合おうとする前に勝手に思い込み、諦め、切り捨ててしまっています。僕は、そんなこの世界を変えたいんです」

「何故わかり合えると言える?」

「僕の育った集落は、エルフ、ドワーフ、獣人、ハーフやクォーター、色々な種族がみな、笑顔で暮らしていました。だから僕は、種族の壁は越えられるものだと信じています」

「……どうやって変えるつもりなのだ」

「最も難しいのは、人族の意識の変革だと感じています。僕の知る限り、人族は傲慢で強欲で利己的です。この大陸の大半を占めるそんな人族の意識を変えるのは、その目に、記憶に、種族に囚われることの無意味さを、共に笑い合える喜びを、種族を越えてわかり合える幸せを刻み込むしかないと思っています」

「たかだか一人の人族でそれができるというのか?」

「一人じゃありません。仲間と共に、やります」

 そしてアーサーは、レオとユキ、そしてティナを見つめる。

「だからティナ、僕と共に来てほしい。共に喜びを、幸せを感じ、世界を変える瞬間を、共に見てほしい」

「え?!」

 アーサーの突然の申し出にティナも戸惑いを隠せない。今度は長老達が事の成り行きを、ティナの決断を黙って見つめ、待っている。しかし、レオは何の心配もしていなかった。レオを口説いた口説き文句。間接的にはユキも口説いた口説き文句だ。確かにこの場面でアーサーがティナを口説くとは思いもしなかったのでティナの驚きにも共感するが、この流れでティナも口説かれるに違いなかった。

「い、いや、そんな、突然言われても、無理よ……」

(えぇぇぇぇぇぇぇぇ?!)

 最高の決め台詞だったはずにも関わらず、それは見事に空振った。レオも当然快諾の返答が来るものだと思っていたため、そのあまりの衝撃にアーサーの顔を見ることができない。あのイケメンが渾身の申し出を断られ、どんな顔をしているのかと想像するだけでレオまで気まずくなってしまう。すると、隣でユキが肩を震わせていた。怒っているのか笑っているのか定かではない。しかし、それが笑いを堪えている震えだということがすぐにわかった。ユキが噴き出したのだ。

「ぷっ! あはははっ! アーサー、あなた、それじゃティナも断るに決まっているじゃない」

「え?! ど、どうしてだい?! 僕は何か、気に障るようなことを言ったかな?」

「あなた、何故、ティナと共に行きたいの? それを伝えないと、ティナだって納得できるはずないわ。ね、ティナ?」

 見ればティナは頬を赤らめている。先ほどのアーサーの言葉は、どうやら違った意味で効いてはいるようだ。しかし、それでも同様に足りなかった。ティナを頷かせるために一番重要なことが足りていなかった。それはユキの示す通り、何故ティナなのか、ということ。ダリアや長老達の誰かではなく、何故、他の誰でもないティナなのかというところ。ティナはユキのその言葉に、静かに頷いていた。話がまとまってからが少し面倒くさいことになりそうだと思いながらも、レオはひとまずこの場面では何も言わないことにする。

「すまない、確かにユキの言う通りだ。ティナ、僕は君の親友、ダリアを想う君の姿を見た時に、君と共に行きたいと思った。仲間を大切に想う優しさと、里の方針にも立ち向かうその勇気と信念に、僕は君じゃなきゃダメだと思った。だから僕は君と共に行きたい。共に、夢を叶えてほしい」

 どう見ても男が女を口説き倒しているようにしか見えない。仲間として共に行きたいという誘いなのだが、アーサーのその誘い方、さっきのプロポーズ的な誘い方も、美しきこの森のエルフを女性として口説いているようにしか見えなかった。ティナが頬を赤らめているのも、そう見せていることの要因の一つであろう。

「……少し、時間をもらってもいいかしら。考えさせて」

 ティナの答えが希望の持てる段階へとワンステップ上がった。先ほどは『無理』、そして今は『考えさせて』だ。これにはユキを褒めてやらねばならない。ユキがあの場でフォローをしなければ、アーサーは無残にも散っていたはずなのだから。

「あぁ、もちろん、構わない」

 ティナのその言葉に、落ち着きを取り戻したのか、アーサーは普段の様子でティナに返答する。しかし、今度は長老達が騒めき始めた。その様子にティナが先手を打つ。

「長老、2人でお話をしたいので、彼らとダリア達を私の家に帰してもいいでしょうか」

「……いいだろう」

「ダリア、彼らをうちに案内してもらってもいい? 私、このままここで話してから戻るから」

「え、えぇ、わかったわ……みなさん、私についてきてください」

 本当はもう少し長老達と話すことがあったレオ達だったが、今の空気ではこれ以上この場に留まることはできなさそうだったため、素直にダリアに続き、ティナの家へと案内されることにした。大樹にある長老の家を出ると、その木の階段の下には見張りと共にアリシアがおり、無垢な少女は笑顔でレオ達を出迎えた。






コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品