不運なモブと無敵のヒロイン

T&T

11.彷徨いの森

「それで、どういうことか聞いてもいいかしら?」

 ティナは名を呼んだレオを訝しく思いながらも、ちゃんとレオを治癒してくれた。おかげさまでレオの右腕は元通り。ティナが現れなければここまで完璧には治してもらえなかったはずだ。
 そんなティナは今、少女と母親をその背に匿い、レオ達を品定めしている。改めて見ると、その背に隠れている親子の耳も尖っていた。

「あ、あのね、ティナ、ち、違うの。この人達、あたしとお母さんを助けてくれたの。ね、そうだよね、お母さん?」

「えぇ、そうよ。ティナ、間違いないわ」

「それはわかっているわ。オークも転がってるしね。そっちの状況というより、私が聞きたいのは、あなた達が、ここがどこかわかってるのかってことよ」

「彷徨いの森の近く、だろ?」

「近くじゃないわ、もう、中よ」

「お、着いたんだな」

「早かったわね」

「本当君達、動じないよね。まぁそう言う僕もだけど」

「その赤髪の言う通りよ。ここがどういう場所かわかっていて、どうしてそんなに落ち着いていられるの?」

「ティナがいるから」

 レオは臆することなく伝える。ティナはレオのこともユキのこともアーサーのことすら知らない。だからその発言はティナに変な風に思われ兼ねない発言だったが、出会い頭にティナの名を呼んでしまっていることもあるし、何よりもそれが唯一の真実なのだから隠すこともなかった。
そしてティナが、少し怪しいヤツらというだけで僕達の話を聞かなくなるほど器の小さい人ではないこともわかっている。

「……ごめんなさい。少し会話が難しすぎるわ。私にも理解できるように教えてくれるかしら? 何故、あなた達は私の名前を知っているの? 私、人族の知り合いなんていないわよ?」

 エルフ族と言えば高潔で、悪く言えば時には高圧的な態度と言われることもある印象だったが、やはりティナはレオ達の知るティナだった。人族のレオ達の話を聞く姿勢、話し手を尊重する態度。そんな誠意ある姿勢を見て、いつまでも冗談っぽく話すわけにはいかない。

「ここからは、きっと僕が話した方がいいかな」

 そう言って一歩前に出るアーサー。ティナがアーサーのような真面目で誠実な人柄に好印象を抱くことはレオもユキも知っている。そのためアーサーに任せることにした。

「はじめまして、ティナ。僕はアーサー、アーサー・ロレンスだ。よろしく」

「――」

「警戒する気持ちもわかるが、まずは提案がある。もうすぐ日が暮れる。夜になる前にその親子を集落に帰してあげることを優先したいのだけど、いいかい?」

「……いいわ」

 そのティナの言葉に、母親の女性は首を振る。

「ティナ! ダメよ! 私達は里には帰れない!」

「里のみんながダメだと言っても、私の家に泊まったらいいわ。絶対に私が説得するから安心して、ダリア」

「でも――」

「でもじゃない。せっかく帰ってきた私の親友を追い出すなんて、本当、里の頑固者達、許せないわ」

「込み入った事情があるみたいだけど、歩きながらでもいいかな?」

「……そうね、ごめんなさい、行きましょ。ほら、ダリアとアリシアも」

「ごめん、ごめんね、ティナ、ありがとう」

 その瞳に涙を浮かべ、ダリアと呼ばれたエルフの女性は娘であるアリシアの手を取り、ティナやレオ達の後を追うように歩き始める。

「それで? アーサーの名前はわかったわ。あなた達は?」

「私はユキ・ヒナタ、よろしくティナ」

「俺はレオ・ナルド、さっきは助かったぜ。ありがとな、ティナ・セルフィス」

 レオはティナにフルネームを名乗られる前に先手を打つ。アーサーの時もそうだったが、これでこの後のレオ達の説明にも真実味が増す。

「よろしく、と言いたいところだけど、私の名前を知っているなんて、本当不思議なんだけど」

「じゃあ、話そうか」

 アーサーがやっと自分の出番だと言わんばかりに笑顔になって、ティナにレオ達のことを話し始めた。



◇◇◇



 アーサーがここ三日間の出来事をティナに話し終えると、ティナは溜息をつき、首を横に振った。

「悪いけど、私にはそう簡単には信じられない。今の話では、アーサーが騙されやすい人ってことしかわからなかったわ」

「ほらな、アーサー。普通はこうなんだよ。お前、簡単に信じすぎ」

「いや、でも、ティナに出会ったことでレオ達の話が真実であることを僕はもう疑う余地がないのだけれど」

「まぁそうだろうな。ただ、ティナにお前くらいまで信じてもらうには、中々難しそうだ」

「僕が話し下手なせいかもしれない、ごめんよ、レオ。君に話してもらった方がよかったかもしれない」

「いいよ、むしろ信じてもらえない方が普通だ。気にすんな」

「仲良いのね、あなた達。あなた達が悪い人族じゃないっていうことは見ていてもよくわかったわ。だから先に謝っておくわね、ごめんなさい」

「何がだ?」

「そろそろ里に着くけど、きっと相当嫌な想いをするから、それでごめんなさい」

「あぁ、人族への恨み的な話か。なぁティナ、教えてくれ。この森に入った人族は殺されるのか? 俺らはティナがこの森にいることに賭けてこの森に入った。ティナが俺らを殺すとは思ってないけど、里の連中が俺らを殺そうとするなら止めて欲しいし、それが出来ないなら、俺らは逃げないといけない」

「この森に入った人族を殺していたのは、私が生まれるずっとずっと前の話よ。今はもう、そんなことしていないわ。そもそも人族が入ってくるのだって、私が生まれてからそんなにないんじゃないかしら」

 レオもアーサーも胸を撫で下ろす。ユキはこの会話に入っておらず、いつの間にかレオ達の後ろでダリア親子と並んで歩いており、アリシアと手を繋いでいる。だいぶ仲良くなったようだ。

「殺されないのなら、別に憎しみや嫌悪感を向けられるくらいは構わないよ。人族が他種族にした仕打ちを思えば当然のことだろうし、エルフ族にはまだ、その時から生きている人達もいるのだろう?」

「そうね、いるわよ。それがさっき私が言った頑固者達よ。今の人族は、当時の人族の何世代も後の人族なのに、目の敵にする理由が本当に理解できないわ」

「なるほどな。どこの世界にも老害はいるもんだな」

「レオ、言い過ぎだよ」

「あ、あぁ。悪い」

「いいわよ。その気持ちには、私も全く同感だから。……さぁ、見えてきたわ、心の準備はいい?」

「確認せずとも大丈夫だ、俺ら3人、そんなにヤワじゃない、はず」

「レオ、そこは言い切ろうよ」

「悪かったな、ビビりで。あ、ティナ、里に着く前にあとちょっとだけ教えてくれ」

「何?」

「彷徨いの森って呼ばれるのは、エルフ族が結界を張ってっからだよな? 外からは入れるってことは人族を逃がさないように内から外へは出られない仕様なんだと思うんだが、俺らって出られるよな?」

「出られる方法は3つよ。1つは結界自体を解除すること。2つ目は、結界の影響を受けない人族以外の種族と共に外に出ること。3つ目は、自らの意思で外に出ること。でも、3つ目はそれをした瞬間、森に入っている間と入る前の過去1週間の記憶がなくなるわ」

「なるほどな、全く問題ねぇわ。教えてくれてありがとな」

 3つ目の記憶が1週間分なくなるというのは困るが、レオ達の手段は基本的には2つ目、ティナと共に出るという選択肢。理想的な目標は1つ目だが、これはティナに頑固者と言われる古参の存在を考えると難しいかもしれない。

「アーサー、ここからはお前の想いの強さが試される戦いだぞ」

「大丈夫、わかってるよ。僕ももちろん、負けるつもりはサラサラない」

「オーケー、楽しみにしてるぜ、リーダー」

 拳を肩の高さに掲げ、レオとアーサーは互いの拳を軽く打ち合わせる。
 後ろからその姿を見ていたユキは、そんな二人を羨ましそうに見つめていた。






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