不運なモブと無敵のヒロイン

T&T

8.旅の支度と行先と……

「おかえり、よく似合ってるよ、ユキ。僕がまだ小さかった時の服を残しておいてよかった。レオ、何か怒鳴り声のようなものが聞こえたけど、ユキと喧嘩しなかったかい?」

「お前はお父さんかよっ。なんだその言い方は」

「いいじゃない、アーサーの人の良さがよくわかるわ」

「……喧嘩はしてねぇけど、狼が出て危なかった。何が獣は出ないはず、だよ」

「え、それはすまない。日中に獣に出会うことなんて今までなかったものだから。ユキ、大丈夫だった?」

「えぇ、問題ないわ」

「問題なくなんかイデデデデデッ?!」

「問題ないわ」

 レオの脇腹を抓りながら、同じ言葉を繰り返すユキ。あの時のことは言うな、という意思表示に他ならない。血の跡も残っていないこの状況では、首を噛み千切られたなんて言っても、信じてもらえるわけもなかった。
 そんな2人の様子を見て笑うアーサーは、その手に別の衣服を手に取る。

「レオも着替えるかい? それともマントにそのズボンでいい?」

「この辺でこういう服装っておかしかったりするか?」

「まぁ……マントで隠しているとは言え、上半身裸っていうのはおかしいとしか言えないよね。その格好が気に入っているのかと思って敢えて何も言わなかったのだけれど」

「上半身……裸っ?!」

 アーサーの言葉にユキは汚物を見るような目でキッとレオを見る。

「いや、待て、俺だって別に好き好んで上半身裸なんじゃねぇよ。昨晩着てたジャージは破れてるし血だらけだし着れねぇだろ、アーサーだってマント貸してくれるだけで服のことは何も言わなかったから治療に上半身裸の必要があるのかなとか、何か意味があるのかと思って何も言わなかったんだよ」

「すまない、レオ。服を貸さなかったのは、僕の気が利かなかっただけだ」

「んだよっ!  じゃあ本当に俺ただのヘンタイスタイルじゃねぇかっ!」

「即刻着替えなさい、モブオ。私の前に貧弱で汚いカラダを晒すんじゃないわよ」

「こう見えて俺はそれなりに鍛えてたんでな。見られて恥ずかしいカラダじゃねぇよ。確かめるか?」

「――」

 呼び方がモブオに戻っていることに少しだけ気楽さを感じて油断したレオ。言いながらマントの前を開けようとするや否や、ユキは机に置いてある剣を手に取ろうとする。

「ってウソだよバカ! やめろっ!」

 アーサーはそのやり取りがもはや当たり前のように感じているのか動じることなく、その手に持つ衣服をレオに差し出した。

「はい、レオ、君もひとまず僕の古着で我慢してくれ。2人の装備は集落で買おう。僕もみんなに挨拶くらいはしたいしね。服も装備も、ギフティアに着いたらちゃんとしたものを買おう」

「ギフティア? そこって、冒険者の都だっけか?」

 レオも今までの夢の中で見たことがある。幾度となく、アーサー達が滞在していた都の名前だった。レオがアーサーの発言で気になったのは都の名前。しかし、ユキは違った。

「アーサー、買おうって……あなた、お金、私達の分まで出すつもりなの?」

「ダメかい?」

「いいえ、とてもありがたい申し出よ。でも、申し訳ないわ」

 都の話に気が向いたレオは自身の図々しさに顔が熱くなるのを感じる。アーサーを気遣うユキの態度には、悔しいけれど見習うべき配慮があった。確かに、お金の問題は深刻だった。

「そうだな。お前だって、そんなに稼ぎねぇんだろ?」

「まぁ森で暮らしていればそんなにお金は必要ないしね。でも、集落のみんなにとって負担になること、例えば厄介な猛獣退治とかをやって、その報酬として今まで稼いでいる分はあるから。2人分程度の装備なら買えるよ」

「そうは言っても、さすがに悪い」

「じゃあ聞くけど、手ぶらで僕の目の前に現れた君達は、お金を持っているのかい?」

「「……」」

「そういうことさ。気にしないでいいよ、僕達、仲間なんだろ?」

「そうだけど、親しき仲にも礼儀ありって言葉があってだな――」

「モブオ、私の分まで稼いでアーサーにちゃんと返金するのよ」

「俺がお前の分まで稼ぐのっ?!」

「当たり前じゃない、あんた、私を守ってくれるんでしょ? ならそれくらいしなさいよ」

「守るとは断言してねぇ!」

「じゃあ見捨てるの?」

「見捨てねぇよ!」

「じゃあ守るってことじゃない」

「守るのとお前の分まで金払うのは別問題だろ!」

「お金がアーサーに返せない、アーサーに対して申し訳ない気持ちになる、アーサーと気まずくなる、私の心が病む、私が私じゃなくなる、私が死ぬ。守ってくれないの?」

「……それは暴論だろ」

 守ってくれないの?などと小首をかしげて斜め45度の上目遣いで攻めてくるヒロインなんてズルいだろうと思いながら、レオはそのあざとさに丸め込まれてしまう。

(ふざけんな、わざとやってるってわかってんだよ。可愛いは正義だとでも思ってんのか? 可愛すぎて超正義じゃねぇか)

 ユキのあざとい可愛さにわずかな苛立ちを感じ抵抗を試みようとは思いながらも、その可愛さに結局打ち勝てないレオは更に苛立ちを覚える。

「くそ……ったく、面倒くせぇヒロインだな」

「ふふっ、やはり仲がいいね。羨ましいことだ」

「「どこがっ?!」」

「そういうところが」

 屈託のない爽やかな笑顔を振りまくアーサーを前にしても、またもや同調シンクロしてしまったことが嫌だったのかユキが小さく舌打ちをする。結局、最初は穏やかにアーサーと接しようと試みていたユキも第一印象から失敗したこともあってか、レオに対するその悪辣な素振りをもはや隠そうとはしていなかった。レオに対する態度に比べれば、アーサーとマンツーマンで会話する場合のユキの態度はひどくお淑やかな女性のものであることに間違いはなかったが、その間にレオが存在するだけでその淑女ぶりは崩壊していた。

「話は戻るが、森の中で生活しているのに、集落のみんなもお金って使うのか?」

「まぁね。森で手に入らないものを売りに来てくれる行商も、少なからずいるみたいでさ。ルーデンハイムではこの森でしか手に入らない薬草のおかげで集落でも貨幣文化は存在しているよ」

「なるほどね」

「さぁ、昼前にはもう一度集落に向けて出ようか。集落で食事をして、装備を整えて、ギフティアに向けて旅立とう」

「ギフティアって近いのか?」

「ここからルーデンハイムの都に行くことに比べたら、その倍は遠いかな。ルーデンハイムまでは徒歩で半月、ギフティアまではひと月はかかると思ってほしい。でも、申し訳ないがルーデンハイムに行くことは今はまだ避けたい。野宿の日々になるが、そこは容赦してほしい」

「一か月も野宿……マジかよ。でもまぁ言ってもしゃあねぇわな。少し不安もあるけど、そのうち慣れんだろ。高飛車姫には荷が重いか?」

「バカなこと言わないで。今まで何もできなかった日々に比べたら、野宿なんて最高に面白い日々だわ」

 何もできなかった日々、という部分が引っ掛かったレオだったが、夢を通して見ているだけしかできなかった日々と解釈する。そう言った点ではレオも同じである。夢見続けていた世界の冒険を前に、立ち止まることなどもったいないにも程があるというのがレオの想いだ。

「ひと月の旅が辛いようなら……『彷徨いの森』を越えれば10日もかからずにつけるはずなんだけれど……」

「名前からしてなんとなくわかるが、その道を選べない問題ってなんだよ」

「入ったら出られない的な森かしら?」

「そうだね。昔は狩人達が森で狩った獲物を運ぶために使っていた道らしいんだ。でも、いつからかその道を通る人達は行方不明になるようになった。その噂が広まり、その道は使われなくなり、今も立ち入ろうとする人はいない。どうする?」

「アーサー的に、その森がそうなった理由は何だと思っているんだ?」

「僕がどう思うか、というよりも、定説として言われていることがあるよ?」

「それでいいわ、聞かせて」

「……彷徨いの森と言われ始めたのは数百年前。人族と他種族に壁ができた亜人戦争終結の時期に重なるらしい。それから推測すると、彷徨いの森というのはエルフ族の結界なんじゃないかっていうのが定説だよ。迷い込んだ人族は、きっと、問答無用で殺されたはずだ」

「……人を殺すエルフっていうのが、何だかイメージ湧かねぇんだけど」

「そこにはモブオに同意するわ。気高い種族が、そんなことするかしら」

「エルフ族は確かに高潔な種族だったと聞いているけど、人族は亜人戦争で他種族を虐殺したらしいから……エルフ族が仲間のために人族を殺すことがあっても不思議じゃないよ」

「まぁそりゃそうだな。にしても、絵に描いたようなわかりやすい展開だな」

「ん?」

「なんでもない、こっちの話だ」

 エルフと言われて思い浮かぶのはただ1人の存在。白金色の髪に翠眼を持つ美しいエルフ族、ティナ。その存在に思い至ったのはユキも同じだったようで、ユキを見ればユキもまた、レオを見つめていた。

「2人の表情で答えはわかっているつもりなんだけど、今の話を聞いてどうするのか聞いてもいいかい?」

「行くに決まってんだろ、彷徨いの森」

「そうね」

「はぁ……そう言うと思ったよ」

 命がけの旅になることが確定したことにアーサーは呆れたような素振りを見せながらも、どこか楽し気に笑うのだった。

「お前も何でそんな楽しそうな顔なんだ? 殺されるかもしれねぇんだろ?」

「僕の夢は朝話した通り、種族の垣根を超えた世界に変えたいということ。彷徨いの森が本当にエルフ族の心の壁の象徴ならば、それを取り除くことも、僕の夢に必要なことさ」

「何か策はあるのかしら?」

「それはむしろ、行くことを決めた君達に僕が聞きたいよ」

「策なんてないわ。ただ、会えるかもしれない仲間がいるから行きたいだけよ」

 その言葉を聞き、アーサーはレオを見る。

「こいつの言う通りだ。俺も特に策なんてない。さて、それでもお前が落ち着いていられる理由はなんだ?」

「僕の方の根拠は簡単さ。未来から君達が来ていて、その未来の君達は僕を知っている。なら、僕はここでは死なない。そういうことだろ?」

 言っていることはわからなくもないが、分岐する未来の可能性を全く考慮していないアーサー。その瞳はただ、レオとユキを信じているということだけを主張していた。
 ユキにしてもアーサーにしても、自分は死なないとか宣うあたり、レオは先が思いやられた。

「……本当、そんな簡単に俺らを信じられるお前も、相当ぶっ飛んでるよ」

「僕はね、仲間のことだけは疑わないというのが信念なんだよ」

「そんなに素直じゃ、すぐに背中から刺されるわよ」

「その時はレオが守ってくれるんだろ?」

「俺への信頼度が高すぎてびっくりだぜ。まぁ守れるかは別にして、全力は尽くすがな」

「ほら、だから安心して僕は前を向いていられる」

「はぁ……まぁいいわ、真っ直ぐ生きるのがアーサーだし、私達はそれを見守るだけよ」

「ここは『支える』とか、ただの『守る』が正解だな」

「うるさいモブオ、私は見守るでいいのよ」

「へいへい、そうですね、守るのはワタクシメでごぜぇますよ、お姫様」

「ふんっ、わかっているならいいわ」

 守る、とは言ってもレオにはその手段はない。剣道をやっていたわけでもないしその他の武道も、格闘技も、何も経験していない。剣と魔法の世界は昔から好きで、剣を握ることに憧れて若かりし頃、ちょうどこの世界での今くらいの年齢だったか、1つ5kgのダンベルを両手に持って振り回す筋トレをしていたくらいでしかない。剣のレプリカにも憧れて買おうとしたこともあったが、結局のところそれも実現できないまま、この世界にやってきている。
 この世界に転移してきて、何か特別な能力に目醒めたというわけでもなさそうだった。この世界に来てやったことと言えば、右手を吹っ飛ばしたことくらいだ。そんな自分の意に反したロケットパンチは、能力などと言えるわけがない。

(くそ……俺TUEEEEできなくてもいいってあの時は思ったものの、やっぱりいざこうなると、俺TUEEEEできるくらいの力がほしかったな)

 それに比べ、ユキに何かしらの能力があることをレオは自身の目で確認済みだ。二度と見たくない能力だし、どういう発動条件でどういう効果なのかもよくわかっていない。加えて次も同じように元通りになるという保証もないが、ユキには間違いなく何かしらの能力が付与されていた。まぁあの可愛さなら神様が贔屓したくなるのもわかるから仕方ないと割り切ることにする。

「なぁアーサー、今のお前ってどれくらい強いの? とりあえず熊よりも強くてユキの不意打ちにも大して動じないくらい強いってことは、わかっているけど」

「う~ん……自分の強さか……今まで考えたこともなかった。でも、あの集落では、一番のはずだよ。あの熊も、みんなを困らせていたから退治してほしいとの依頼が僕に来たんだ。僕以外にもできる人がいるなら、そっちに依頼がいっているはず」

「……もしかしてあの熊が血だらけだったのって、お前が退治途中だったから?」

「そういうことだね」

「俺が怪我したのって、お前が退治してる途中で取り逃したから?」

「それはレオが弱かったからじゃないかな」

「てんめぇっコラ! これでも自覚してんだよ! これ以上俺を凹ますな!」

「ごめんごめん、冗談だって。あの時はすまなかったと思っている。でも、無事で本当によかったよ」

「ったく。まぁ確かに命は無事だったし、手もこの通り元通りだし、お前にも会えたからいいけどさ」

 釈然としない想いを抱えながらも、レオはアーサーがまとめた荷物を背負い、出発の準備を整える。一番大きな荷物を持つのはレオ。そしてアーサーがそれよりも少し小さい荷物。ユキは当たり前かのように、手ぶらである。

「ティナ達が合流するまでは、お姫様気分に浸らせてもらうわ」

 レオの視線に気づいたのか、先手を打ってユキが宣言する。いくら可愛かろうとも、こんなわがままで図々しいのであれば、絶対にヒロインになんてなれない。断固としてユキヒロイン説を認めたくないレオは、そう思うのであった。






コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品