不運なモブと無敵のヒロイン
2.夢の不具合
闇に沈み込んだ意識が徐々に再浮上を始める。玲雄自身、そろそろ目覚めるのだと理解する。身体は柔らかい布団の上。瞼の向こう側には明かりを感じた。目覚まし時計はまだ鳴っていない。
(……さっき目覚まし時計に起こされた時は、電気つけてなかったはずだけど)
そんなことを思いながら、今ほど見た夢を思い出す。星明りしかない森の中、血まみれの熊、吹っ飛ぶ右手。やけにリアルだった夢に、全身に鳥肌が立つ。
(冒険者になりたいだなんて、あんな夢を見たら軽々しく言えねぇな。俺TUEEEEできないファンタジーは、現代っ子には無理ゲーすぎる)
しかし、恐ろしいだけではなかった。今にも殺されそうだった玲雄を助けに現れたアーサー。アーサーと夢の世界で言葉を交わせたのは、今までで初めてだった。
「この想いが叶わぬものとはわかっちゃいるが……アーサー、俺はお前と一緒にいたいよ」
玲雄は長年の友との邂逅に浸りながら、友への想いを呟いた。そして身体を起こし、寝起きにも関わらず思いの外軽い瞼を開く。
「元気そうで何よりだ。しかし、開口一番、同性から自分を求められる発言を聞かされるというのは、何だか複雑な気分だね。僕もやはり、女性に惹かれる人間だから、申し訳ないけど君のその想いには応えることはできない、かな」
開いた瞼の先には、赤髪の青年が椅子に腰かけ、本を開き、その整った顔立ちを困り顔にして、玲雄を見つめていた。
玲雄は開いた口が塞がらない。
目覚めたはずだと思っていた。しかし、目の前にいる青年は間違いなく何度となく夢の中で見守ってきたアーサーで、周りを見渡してみれば、木の板で組まれた簡素な部屋で、どう見ても自分の部屋ではなかった。
まだ夢の続きなのか、玲雄はそう思うと、先ほどの自身の発言とアーサーの発言を思い出す。確かに、玲雄の言葉は求愛の言葉に聞こえなくもなかった。そしてアーサーは、その言葉を完全に求愛の言葉と受け止めているようだった。
「バッ、バカ! ちげーよ! そういう意味じゃねぇって!! 何で俺がお前に求愛しないといけないんだよ! お前のことは確かに好きだが、それは友人としてだ。決して異性に求めるものではないことを最初に誓う! だからお前も認識を改めろ!」
怒る玲雄はその怒りからか、それとも恥ずかしさからか、顔を赤くしてアーサーに怒鳴る。そんな姿を見てアーサーも安心したようにホッと息を吐き、その顔に笑みを浮かべる。
「よかったよ。あぁ、このよかったというのは、君が僕を友人として好いてくれていることが判明したということと、君の体調の回復が問題なさそうだということの二点の意味で、ね。右手についてはまだ痛むはずだ。僕の治癒魔法はたかが知れているから、くっつけるのがやっとだった。夜が明けたら治癒士のもとへ運ぼうと思っていたところだよ」
「右手?」
玲雄は吹き飛んだ右手を思い出し、右腕の先を見る。上着は着ていない。治療の時に脱がされたのだろう。むき出しの右腕の先には無事に右手がついていたが、その継ぎ目は痛々しく、凄惨な傷跡を残していた。指先を動かそうと試みると、動くには動いた。しかし、動かす度に、脳が焼かれる程の激痛が走る。
「くぅあっ! あぁっ!! 痛ぇっ――」
「動かすのはまだやめておいた方いい。それとも君がそういう性癖の持ち主であるならば止めたりはしないけど。ただ、僕は痛みに悶える人を見て喜ぶような性癖を持ち合わせていないから、できれば僕の目に届かぬ場所で一人で楽しんでほしい。何なら席を外そうか?」
「てっ、てめぇアーサー! 俺はMじゃねぇよ! てかお前、そんな冗談も言えるんだな」
「冗談? 僕はいつもこんな調子のつもりだけど」
痛みに乱れた息を整えながら、玲雄はアーサーの新たな一面に驚いていた。玲雄の知るアーサーは、品行方正で真面目なお坊ちゃんタイプ。しかし、その口から出てきた言葉は極めて俗物的な発言だった。
「まぁそれが普段のお前なら、そっちの方が一層、好ましいけどな」
「だから僕は君の気持ちには応えられないと――」
「そういう意味じゃねぇよっ!」
「ふふっ。わかっているよ、冗談さ」
一方的に長年の友と思っていたアーサーの友好的な態度に、玲雄の頬も緩み始める。ずっと思い描いていたアーサーとの談笑。くだらないやり取りであっても、玲雄は満たされる気分を味わっていた。目の前にアーサーがいる、であれば次に気になるのは彼らのことだ。
「なぁアーサー。他のみんなは? ドランやティナやミーシャは寝てるのか?」
その玲雄の言葉に、アーサーは本題を切り出す時だと感じたのか、開いていた本を閉じ、椅子に座りなおした。
「まず、聞いてほしい。今までの会話から、君が悪意のない人であることはわかっている。だから、今になってこういう話をするのは申し訳ないのだけれど……」
アーサーが気まずそうに、次の言葉を選んでいる。その発言から、玲雄は少し嫌な予感がした。アーサーは、会話が始まってからずっと玲雄のことを名前で呼んでいない。そして今ほどの発言は、玲雄のことを知らないということを匂わす発言だった。
「言葉を選ぶ必要はねぇ。何となくわかってっから、そのまま言えよ」
玲雄のその言葉にアーサーは頷き、言葉を続けた。
「君は僕を知っているようだけど、僕は、君が誰なのか知らない」
案の定だった。確かに、今まで見てきた夢の中で、玲雄とアーサーが共に何かをした、という場面は何もなかった。今見ている夢の、前の夢で、アーサーが自分に声を掛けてきたように感じた夢を見たが、それだけである。それ以外は、全て彼らの冒険を空気のように見守っていただけだ。アーサーの反応も頷ける。
「やっぱりな」
「すまない」
「いいよ。何となくそうだろうなぁと思ってたし」
申し訳なさそうに俯くアーサーに、玲雄は気にするなと声を掛ける。
しかし、続けてアーサーから発せられた言葉に、玲雄はその耳を疑った。
「それから、君がさっき言った他の人達のことも、僕には誰のことなのかわからない」
(……さっき目覚まし時計に起こされた時は、電気つけてなかったはずだけど)
そんなことを思いながら、今ほど見た夢を思い出す。星明りしかない森の中、血まみれの熊、吹っ飛ぶ右手。やけにリアルだった夢に、全身に鳥肌が立つ。
(冒険者になりたいだなんて、あんな夢を見たら軽々しく言えねぇな。俺TUEEEEできないファンタジーは、現代っ子には無理ゲーすぎる)
しかし、恐ろしいだけではなかった。今にも殺されそうだった玲雄を助けに現れたアーサー。アーサーと夢の世界で言葉を交わせたのは、今までで初めてだった。
「この想いが叶わぬものとはわかっちゃいるが……アーサー、俺はお前と一緒にいたいよ」
玲雄は長年の友との邂逅に浸りながら、友への想いを呟いた。そして身体を起こし、寝起きにも関わらず思いの外軽い瞼を開く。
「元気そうで何よりだ。しかし、開口一番、同性から自分を求められる発言を聞かされるというのは、何だか複雑な気分だね。僕もやはり、女性に惹かれる人間だから、申し訳ないけど君のその想いには応えることはできない、かな」
開いた瞼の先には、赤髪の青年が椅子に腰かけ、本を開き、その整った顔立ちを困り顔にして、玲雄を見つめていた。
玲雄は開いた口が塞がらない。
目覚めたはずだと思っていた。しかし、目の前にいる青年は間違いなく何度となく夢の中で見守ってきたアーサーで、周りを見渡してみれば、木の板で組まれた簡素な部屋で、どう見ても自分の部屋ではなかった。
まだ夢の続きなのか、玲雄はそう思うと、先ほどの自身の発言とアーサーの発言を思い出す。確かに、玲雄の言葉は求愛の言葉に聞こえなくもなかった。そしてアーサーは、その言葉を完全に求愛の言葉と受け止めているようだった。
「バッ、バカ! ちげーよ! そういう意味じゃねぇって!! 何で俺がお前に求愛しないといけないんだよ! お前のことは確かに好きだが、それは友人としてだ。決して異性に求めるものではないことを最初に誓う! だからお前も認識を改めろ!」
怒る玲雄はその怒りからか、それとも恥ずかしさからか、顔を赤くしてアーサーに怒鳴る。そんな姿を見てアーサーも安心したようにホッと息を吐き、その顔に笑みを浮かべる。
「よかったよ。あぁ、このよかったというのは、君が僕を友人として好いてくれていることが判明したということと、君の体調の回復が問題なさそうだということの二点の意味で、ね。右手についてはまだ痛むはずだ。僕の治癒魔法はたかが知れているから、くっつけるのがやっとだった。夜が明けたら治癒士のもとへ運ぼうと思っていたところだよ」
「右手?」
玲雄は吹き飛んだ右手を思い出し、右腕の先を見る。上着は着ていない。治療の時に脱がされたのだろう。むき出しの右腕の先には無事に右手がついていたが、その継ぎ目は痛々しく、凄惨な傷跡を残していた。指先を動かそうと試みると、動くには動いた。しかし、動かす度に、脳が焼かれる程の激痛が走る。
「くぅあっ! あぁっ!! 痛ぇっ――」
「動かすのはまだやめておいた方いい。それとも君がそういう性癖の持ち主であるならば止めたりはしないけど。ただ、僕は痛みに悶える人を見て喜ぶような性癖を持ち合わせていないから、できれば僕の目に届かぬ場所で一人で楽しんでほしい。何なら席を外そうか?」
「てっ、てめぇアーサー! 俺はMじゃねぇよ! てかお前、そんな冗談も言えるんだな」
「冗談? 僕はいつもこんな調子のつもりだけど」
痛みに乱れた息を整えながら、玲雄はアーサーの新たな一面に驚いていた。玲雄の知るアーサーは、品行方正で真面目なお坊ちゃんタイプ。しかし、その口から出てきた言葉は極めて俗物的な発言だった。
「まぁそれが普段のお前なら、そっちの方が一層、好ましいけどな」
「だから僕は君の気持ちには応えられないと――」
「そういう意味じゃねぇよっ!」
「ふふっ。わかっているよ、冗談さ」
一方的に長年の友と思っていたアーサーの友好的な態度に、玲雄の頬も緩み始める。ずっと思い描いていたアーサーとの談笑。くだらないやり取りであっても、玲雄は満たされる気分を味わっていた。目の前にアーサーがいる、であれば次に気になるのは彼らのことだ。
「なぁアーサー。他のみんなは? ドランやティナやミーシャは寝てるのか?」
その玲雄の言葉に、アーサーは本題を切り出す時だと感じたのか、開いていた本を閉じ、椅子に座りなおした。
「まず、聞いてほしい。今までの会話から、君が悪意のない人であることはわかっている。だから、今になってこういう話をするのは申し訳ないのだけれど……」
アーサーが気まずそうに、次の言葉を選んでいる。その発言から、玲雄は少し嫌な予感がした。アーサーは、会話が始まってからずっと玲雄のことを名前で呼んでいない。そして今ほどの発言は、玲雄のことを知らないということを匂わす発言だった。
「言葉を選ぶ必要はねぇ。何となくわかってっから、そのまま言えよ」
玲雄のその言葉にアーサーは頷き、言葉を続けた。
「君は僕を知っているようだけど、僕は、君が誰なのか知らない」
案の定だった。確かに、今まで見てきた夢の中で、玲雄とアーサーが共に何かをした、という場面は何もなかった。今見ている夢の、前の夢で、アーサーが自分に声を掛けてきたように感じた夢を見たが、それだけである。それ以外は、全て彼らの冒険を空気のように見守っていただけだ。アーサーの反応も頷ける。
「やっぱりな」
「すまない」
「いいよ。何となくそうだろうなぁと思ってたし」
申し訳なさそうに俯くアーサーに、玲雄は気にするなと声を掛ける。
しかし、続けてアーサーから発せられた言葉に、玲雄はその耳を疑った。
「それから、君がさっき言った他の人達のことも、僕には誰のことなのかわからない」
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