生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした

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81.竜の国〜記憶の断片〜

 
 猛々しく燃えているのだろう炎の影が自分を包んでいる。視線を影の出元へとスライドさせていくと、そこには間違いなく炎があった。

 ここはどこだ?

 辺りを見渡すと山々に囲まれており、そこが山間の砦であることがわかる。

 そうだ。自分は目が覚めた時には記憶がなく、ただ心を埋めていたのは行き場のない正体不明の憎しみという憤りだった。その正体が記憶に繋がる唯一の手掛かりだと感じたため、解明を求めてハイネストを渡り歩く旅をしていたのだ。
 旅の途中、憤りの原因は村々が賊の襲撃や魔獣の蹂躙に遭っていた場面に出くわしたことで判明した。

 憎かった。略奪行為が許せなかった。
 強き力を持ちながら弱者を嬲り殺すモノ達に止めどない殺意が湧き、すると手には槍が現れ、そして意識が飛んだ。
 再び気が付いた時には、目の前にはそれらの残骸が散らばっているだけだった。

 そんな日々が続き、やがて意識を保ったまま略奪者を誅することができるようになって、そして冒険者に出会った。いけ好かない奴らだ。汚れを知らない甘ったれ達だ。

 自分の行動に水を差し、止められた際は殺してやろうかと思ったが出来なかった。
 甘ったれの一人、金髪のあの女が自分の心に引っかかってならない。
 どこか懐かしいような、そして歯向かってはいけないような、そんな気持ちが自分に生まれた。
 理由はわからない。
 ただ、間違いなく自分の記憶に関係しているのだろうということだけはわかった。
 あの女と一緒にいれば、自分自身を取り戻せるかもしれない。

 しばらくはついて行くことにしよう。
 あの女に、自分が生きる理由を教えてもらえるかもしれないのだから。

 そう考えた途端、憎しみで満たされていたファレンの胸の内に再び懐かしさが沸き起こる。

 わからない。
 あの女を想うと今の自分が自分ではなくなる気がした。
 それが記憶を繋ぐために良い事なのかどうかすら定かではないが、何も変化が起こらないよりかはマシであった。
 しかし、同時にまたズキズキと脳が叫び声を上げ始める。

「くそっ。またかっ」

 手を額に当てて頭を振ると、目の前の炎に包まれた砦に違和感を覚える。
 騒ぎ声もしない砦。
 ただひたすらに燃え盛っている炎。

 あいつらはこういうのを放っておきそうにないはずなのに、一切の気配を感じない。
 既に動きがあった後なのか。
 自分はそれ程までに長時間眠っていたのかもしれない。

 そう思いながらゆっくりと砦の中へと歩を進めると広場があった。
 あの銀髪と蒼髪が騎士団と手合わせをしていた広場、そして子供達がその真似事をしていた広場だ。
 その中心に、横たわっている何かが見える。

 白金色の鎧を身に纏い、自分の槍を防いだ女。
 リズの姿がそこにあった。

「――っ?!」

 駆け寄って確かめるも、間違いなくそれはリズだった。
 たださっきまでの様子と違うのは、横たわっているリズの下には、おびただしい程の血の海が広がっていることだった。
 ファレンの全身に鳥肌が立つ。

「俺は……何を恐れていると言うんだ」

 別に目の前の女が死のうが関係ない。
 旅の途中で出会ったただの甘ったれだ。
 記憶に繋がるかもしれなかった女だったため失うのはもったいないが、ただそれだけのはずだ。

 それだけ……?
 違う。全然違う。

 今、自分は奪われようとしているのだ。
 自分の記憶に繋がる欠片を。
 それを『それだけ』で流していいわけがない。

「奪っていいのは……俺だけだ」

 渦巻く漆黒の怒りがファレンを包み込む。
 リズの半身を抱え起こすと、リズの瞳がゆっくりと開き、ファレンへと囁いた。

「生きて……ファレン――」

 その瞬間、全身に衝撃が駆け巡り、リズによく似た、しかし髪色はリズとは異なる女の顔がフラッシュバックした。

「姉……さん……!!」

 自分には姉さんがいた。姉さんが。
 何か・・に巻き込まれ、その姉さんを失ったのだ。
 今、自分の腕の中で息絶えようとしているのはリズのはずなのに、その姿が姉さんと重なる。

また失うのかっ!! また俺は何も出来ないのかっ!!

 姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん!!!!!!!

「あぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!!!!!」

 ファレンの慟哭が、燃え盛る砦に響き渡った。



 ◇◇◇



「ファレン! 大丈夫?! ファレン?!」

 リズがファレンを探しに砦周辺の森へ入ると、ファレンが木陰で眠っているのを見つけた。
 日が暮れるまではまだ当分時間があり、ファレンがとても安らかに寝息を立てていたこともあって、リズは隣へ腰を下ろすとその穏やかな寝顔を見守ることにした。

 しかし、しばらくするとファレンが唸り始める。
 魘されているのだ。
 汗を流し、呼吸すらも苦しそうなその尋常じゃない魘されぶりにリズは堪らず声を掛けたのだ。

「はぁ……はぁ……」

 息を荒げ、目を覚ましたファレンはここがどこかも分かっていないかのように朧げな表情で、そして虚ろな目をリズへと向けると、その虚ろな目は生気を宿し、そして呟くのだ。

「姉さん……よかった」
「えっ――」

 リズの驚きは、二つあった。
 一つはファレンが自分を見つめ、『姉さん』と言ったこと。
 そしてもう一つはファレンがとても優しく、リズを抱き締めたこと。

「ファ……ファレン?! ねぇちょっと!!」

 砦にいた時のファレンとはあまりに異なるその
 様子にリズもどう扱っていいのかわからずにその突然の抱擁を突き飛ばすことも出来ずにいた。

「よかった……姉さん……姉さん……」

 ファレンは泣いていた。
 その様子に、この抱擁は決して邪な意味のある抱擁ではないと悟る。
 そして同時に、リズは胸が締め付けられた。

 ファレンは今、自分を姉と勘違いしている。
 そのことは数瞬の間にファレン自身も気付くだろう。その時のファレンの気持ちを想うと胸が締め付けられるのだ。

 こんな真っ直ぐなファレンがどの道苦しむ想いをするのなら、今は少しでも幸せを感じさせてあげたい。
 リズはファレンを優しく抱き締め返すと、耳元で囁いた。

「大丈夫よ。もう、大丈夫だから」

 その言葉に、泣きじゃくるファレンもやがて落ち着きを取り戻して行く。
 そして、もういいだろうと抱擁を止めようとした時に、背後に気配を感じ、振り返る。

「リ……リズ……何してるの?」

 そこには絶望に満ちた表情のユウと、何となく察しているよと言わんばかりの表情のエリーとルカがいたのだった。







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