生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした
78.竜の国〜不審の主因〜
略奪者に襲撃された牧場の管理者達はちょうど牧場を訪れた商隊を匿うために避難しており事なきを得た。山一つ越えて辿り着いた牧場はザックの管理する牧場とは比べ物にならない程広く、管理者が複数いる牧場だった。
その管理者達は駆竜達を守るべきか牧場を訪れた商隊を守るべきかで葛藤した結果、身内である駆竜よりも来客として来た商隊を優先させたのだが、何頭かは牙や爪を無くすという駆竜にとっての死活問題が発生しており、管理者としての良心の呵責に苛まされていた。
もちろん、そこを黙って見過ごすこともなく、ユウはそれらを全て治してみせる。
その光景に管理者は感謝の言葉もなく、唯一出来る恩返しだろうということでザックの管理する駆竜達を預かり、国――特に騎士団に顔のきくザックを連れて王都ループスに向かうように指示したのだった。
「で、何でファレンはついてくるの?」
「ついてったらマズイことでもあるのか?」
「いや、特にないけど……敢えて言うならよく知らないし」
ユウの言葉に偽りはない。
素性の知らない者がついてくるのは仲間のことを想えば気になるのは当たり前である。
仲間達に牙を剥いてはいないが、簡単に人の命を奪った男だ。
無警戒でいられるわけがない。
「いいじゃないユウ。これから知っていけばいいのよ」
基本的に人を信じるリズ。さっきの出来事を忘れたわけではないだろうが、それにしても人が良すぎる。
頑強の超能があるにしても、無警戒すぎるとユウは思う。
それがリズの良さでもあるのだが、リズを想うユウからすれば心配でしかないのだ。
「あんた、リズっつったか?」
「そうよ、リズ・ハートだけど……?」
「……前にどこかで会ってないか?」
「「え?」」
ありきたりなナンパ台詞にユウは呆れてしまう。
リズはこの世界に転生してからユウと出会うまで基本的には賊としか出会っていない。
ファレンがその一連の賊の中にいなければ、会っているわけがないのだ。
「いえ……ごめんなさい、わからないわ」
「まぁそうだよな」
「いやはや、今日は災難だったが、目を見張る程の強者にこうして出会えたのは不幸中の幸いと言えるだろうな。ファレン殿の槍の一薙ぎも見てみたかったぞ! ファレン殿はハイネストの者だろう? 未来のハイネストも安泰だな!」
話の流れをぶった切り、ザックが二人の会話に首を突っ込む。
ファレンが略奪者達を一刀両断したことをユウ達から聞かされたザックは自分よりも遥かに若い者の実力に感化されて気分が高揚しているのは間違いなく、騎士団に志願しろと言わんばかりの勢いだった。
しかし、ファレンはそんなことに突っ込むこともせず、別のことを問い質す。
「何故俺がハイネストの出身だと?」
ファレンも冒険者である可能性はあるのだ。
だがザックはハイネストの出身であることを示した。その理由はユウ達もまた気になるところであった。
「簡単さ、先程の俺が連れていた駆竜達は君が傍にいても平気だったろう? 駆竜はハイネスト以外から来た者達の匂いに敏感なんだ。忠義に厚いところがあるから、守ってくれたルカ殿や傷を治してくれたユウ殿達を前に荒ぶることはなかったが、本来ならば唸り声もあげるし、近づくようなこともしないのさ」
ファレンは略奪者達から結果として駆竜を守っている。その影響ではないかとユウは思ったが、ザックの連れていた駆竜達はその現場を見ていない。
そのことからザックの言い分にも信憑性があった。
「そうか。俺はこの国の出身なのか……」
「そうかって、ファレンは自分の出身知らなかったの?……っておい!」
なるほど、とファレンはザックの言葉を耳にするとユウの問い掛けなど無視をして自分の世界に入り込んでいる。
やはり信用できない。
人の話を聞かないところやリズに言い寄るところを見てしまえば尚更である。
加えて自分の出身を知らないというのであれば何かしら訳ありにしか思えない。
むくれるユウの肩をまぁまぁと優しく叩くとリズが改めてファレンに声を掛ける。
「ねぇ、ファレン?」
「ん、なんだ?」
リズには返事するのかよっ!!
という突っ込み衝動を何とか押し留め、肩をすくめてリズに先を促した。
「ファレンは自分の出身を知らなかったの?」
「……あぁ。俺は自分がファレン・ルーザーであるということしか知らない」
その言葉に黙っていたユウも流石に声を上げる。
「えっ?! それってもしかして――」
「俺には記憶がないんだよ」
「そんな……」
「なんだよ。哀れみの目を向けるな、鬱陶しい」
ファレンの告白にユウ達は言葉を失う。
ファレンの不審な言動は、全てその記憶喪失が原因だったのかもしれない。
そう思うと、ユウはファレンに対して不適切な想いを一方的に抱いていた自分を恥じる。自分の情報を集めるために色々なことを一生懸命考えていたのかもしれない。
態度に気に入らない点はあるにしろ、思い込みで人を見極めてはいけないことを改めて自戒する。
そんな重い空気が漂う中、ザックが殊更明るく言葉を放った。
「よーし! ループスに着いたぞー!」
◇◇◇
ハイネスト王都ループスは、山間に居を構える難攻不落の要塞とも言える都だった。自然が作る谷は大きな外壁となり、外敵からの侵略を寄せ付けない。
外壁に辿り着いたとしても、ループス上空に舞う飛竜騎士達によって討たれるのが関の山だ。
ハイネストの竜は大きく分けて駆竜、飛竜、潜竜の三種類。
その内、戦に駆り出されるのは主に飛竜と駆竜だそうだ。
飛竜は特に難しい性格をしているらしく、飛竜を駆るためには飛竜に自らを認めさせなければならないという。
しかし、飛竜や駆竜を目にして思うのは思い描いていた竜――神竜に比べると遥かに小柄だということだ。
駆竜に比べれば飛竜は大きいが、それでも天災と言わしめるほどの脅威を感じはしない。
「竜と言っても、君達が思い描いている竜に比べるとまだまだ子供だからな。天災と言われるくらいの竜は数百年以上は生きている所謂古竜だよ」
「え、でも古代竜って、僕が聞いた話だと意思疎通が可能な穏やかな竜ってことなんですけど」
前にネロに聞いた話である。
「古代竜はな。古竜は古代竜と呼ばれる前の竜だ。長い時を生きる中で人々の戦乱や世界の動乱に嫌気がさすものがいるんだ。説得した過去の話もあるが、基本的には暴竜と化す。まぁバカなことを繰り返す人族への天罰なのかもしれないな」
古代竜と古竜はどうやら別物らしい。
その線引きの基準はわからなかったが、竜自体に明確な変化が見えるのかもしれない。
「竜のことを知りたければ、王立図書館にでも行ってみるといい。暇なんだろ?」
「いやいや、僕達、魔獣騒ぎを沈静化させるために来たんですけど」
「あっ。そうだったな! すまんすまん!」
ガハハと笑いながら、ザックは騎士団が居を構える山へと繋がる移動施設――飛竜航路へとユウ達を案内する。
ハイネストでは山間の移動は駆竜での移動か飛竜での移動がメインだ。
飛竜での移動の方が費用はかかるが、時間は圧倒的に駆竜に比べれば早い。
加えてザックは騎士団にいたこともあって顔パスだ。
ただの旅人の場合は相応の費用を払わねばならなかったところ、少し申し訳ない気持ちになる。
「気にするな。君達は俺や駆竜達を守ってくれたんだ。俺の名誉のためにも来賓として迎えることくらいさせてくれ」
その言葉にユウ達の罪悪感は軽くなり、素直に甘えることにしたのだった。
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