生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした

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63.天空都市〜再訪〜

 古代魔法文明は栄華を極めていた。
 神と邪神との戦い、所謂いわゆる邪神戦争以後、魔法文明を脅かしていた魔力を糧として生きる『魔族』の出現頻度が極少化したことで、安寧の内に研究に研究を重ねられた魔法はやがて、都市を空へと誘った。
 そして空への旅立ちは魔族と完全に交わることのない道となり、魔法文明は生物の極致へと向かっていることを誰もが疑わずにいた。
 空を漂う都市こそが、魔法文明の栄華の象徴だった。

 天空の都市では無限に水が湧き、天空の都市で賄えない食糧はなく、天候は自由自在に操られ万年爽やかで穏やかな気候を保ち、移動には自身の足を使う必要のない環境が整っていた。
 地上のように貧困に喘ぐものもなく、格差なく誰もが魔法文明の恩恵を受け、その幸せを享受していた。

 しかし、それも長くは続かない。魔法都市の民もまた人である。人は強欲だ。今ある幸せに慣れてしまえば、更なる幸せを求めるのが人の性。
 1つの国家として統制され始めた魔法文明は、人の止まることを知らぬ欲望――その強欲によって破綻を迎えることとなる。

 そして地上の人々から羨望の眼差しで見上げられていた数多の天空の都市は、文字通り地に堕ちたのだった。



 ◇◇◇



「何でそんなことになっちゃったのかしらね。欲張らなければみんな幸せだったのに……」
「みんながみんな、リズのように奥ゆかしくはないんだよ。それはリズも嫌なほどわかってるでしょ?」
「自分が奥ゆかしいとは思ってないけど……利己的な人が多いのはわかる気がするわ」

 ネロとシャルと共に、ユウ達は数ヶ月前に発見した地下魔法都市遺跡に向かっている。復興隊による遺跡の復興に目処が立ったという報が入り、それは腰を据えて転移装置の解析が出来る状態になったことを指す。発見からわずか3ヶ月程度のことだった。
 このわずかな期間で復興の目処が立つというのがユウ達にしてみれば半信半疑でしかない。しかしその報告を受けたネロはと言えば『思ったより遅かったな』などと言うものだから疑う余地はないのだろう。
 落ち着き払ったその様子からも、環境が整ったのは間違いなさそうだった。

 遺跡のあった森が見えてきたと思えば、遺跡周辺の森は伐採されており、そこには街とは言えないまでも村と呼べる規模の集落が出来上がっていた。その村の入り口とは正反対の端に、地下へと続く大穴が口を開いており、荷馬車が並んで5台は通れるほどの大きな道が緩やかな斜面に沿って整備されている。
 地下へと続く坂道の上方には、元の森がそのまま残されていた。伐採されたのは平原と遺跡の入り口を繋げるまでの一部の森であり、遺跡の上部に位置する森には何も手を加えていないようだった。

 復興隊の隊員にギルの居場所を確認し、その地下へと続く斜面を馬に乗ったまま下りていく。中は以前に魔力源を復活させた時と変わりなく魔力の光があちこちで遺跡を照らしていたが、その光景は最早遺跡というには整備され過ぎていた。時が巻き戻ったのではないかと感じる程に、遺跡の面影を残す美しい街並みがユウ達の眼前に広がっていた。

「3ヶ月でここまで……」

 ユウ達が感嘆の声を上げるが、ネロもシャルも街並みの美しさに感動はしているものの、復興の速度には全く動じている様子はない。

「言っただろ? 各ギルドの超精鋭だって」
「精鋭過ぎですよ。これ……この遺跡、もう普通に街として機能しますよね?」
「しますよ。懸念だった水源と水路の補修は完了してますしね」
「わっ?!」

 突如背後から響く声の方に向き直ってみれば、そこには出会った時と変わらぬギルの姿があった。
 ユウ達を驚かせてしまったことを詫びているギルに、ネロは労いの言葉を掛ける。

「お疲れさん、ギル」
「全くだ。だが、ここからはお前にも疲れてもらうぞ」
「ぬ……俺も俺で闘技大会大変だったんだぞ?」
「だろうな。神都の精鋭をこっちに回してたんだ、想像つくよ。まぁ疲れてもらうというのは冗談さ。転移装置はやはり復興隊の中の魔術士に理解できるものはいなかった。というか、古代語をマスターしてる者がいなかった、というのが正しいかな」
「ほぉ。そりゃ望むところだな」

 鼻息荒く、ネロはこれから訪れる魔法文明装置の解析に胸を躍らせている。
 解析にどれほどの時間がかかるのかはわからなかったが、それまでは地上で野営となるのだろう。遺跡は街と呼べる状態だが、どうやら宿屋等はまだないらしい。街として使うかどうかは、ギフティアにいる各ギルドの代表者会議で審議してからということのようだった。
 魔除けのテントがあればこの森に近い場所での野営も安心かとユウがそう思っていると、ギルが宿泊場所を提供してくれた。

「転移装置に一番近い邸宅を整備してある。そこを使ってくれ。恐らくこの都市の領主の邸宅だ。上にも泊まれる場所もなくはないが、下まで来る時間も勿体ない。ユウさん達も、一緒に泊まれるほどの広さですから、もしよろしければ」
「あ、ありがとうございます。お言葉に甘えて泊まらせてもらいます」

 この都市の領主ということはゲラードとイザベラの邸宅、フェルトバッハ邸である。ならば是非ともお邪魔したいと思い、ユウは即座にその言葉に従うが、その様子にネロが冗談っぽく口を挟む。

「俺とシャルの許可はとらないのな」
「え?! だってダメって言わないですよね?」

 思わぬネロの発言に驚きながらも、図々しく食い下がるユウ。ネロに断られるとは思っていない。
 それはユウのネロへの信頼の証でもあり、ネロもユウのその無遠慮さが逆に快かった。

「まぁ言うつもりはさらさらない……ないんだがな……」
「あ、ネロさん、シャルさんと2人がよかったんだ?」

 歯切れの悪いネロを見て、リズが悪戯に笑う。それを見て、シャルも便乗した。

「何? 私と2人がよかったの?」
「いや、家屋の中だとどうしてもリラックスしてしまうだろ? 寛いでいる時のだらしない姿をこいつらに見られるのはなんつーか……恥ずかしくないか?」
「あら、私にそんな姿を見られるのは恥ずかしくないと?」
「お前にはもうどんな姿を見られても恥ずかしくないさ。俺の全てを知ってるのはお前くらいなんだから」

 ネロはいつも通りの表情でそう言うが、その言葉を受けたシャルはと言うと、口元が少し緩み頰を赤らめていた。ネロのその言葉は『シャルだけは特別』とも受け取れる。それがシャルの胸を躍らせたのだ。

 その甘酸っぱい空気をニヤニヤと見つめるのはギルとリズとエリーだ。ユウとルカは特段気づいた様子もない。天翔ける竜スカイドラゴンの男性陣は、女性の表情を読むのが下手だった。

 ユウもルカも、何故リズとエリーにダメ出しをされているのか理解できないまま今日の宿泊場所であるフェルトバッハ邸と思われる建物へと向かうのだった。





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