生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした

T&T

60.闘技大会~休憩~

「あ、来た来た。ウィルさん、こっちこっち……え?」

 約束通り黄昏時に銀月の扉をくぐって姿を現したウィルに手を振って声を掛ける。しかしウィルに続いて入って来た同伴者を見て、ユウは次に紡ぐ言葉を失う。その同伴者にリズもエリーも、驚きの表情を隠せなかった。
 唯一ルカだけがそんな3人の表情を見て訝しむ顔をする。それもそのはず、ルカがその人を見るのは初めてだ。しかしユウ達3人にはとても縁ある人だった。

「メル……様?」
「ご無沙汰しております、皆様」

 恭しくこうべを垂れる可憐な少女は、ユウとリズを図らずもくっつけた立役者の1人であり、イーストエンドの王族の娘、メル・レインだった。イーストエンドで見たような高貴なドレス姿などではなく、銀灰色の胸当てと腰鎧を身に纏い、見るからに王族の様相でないことは明らかだった。そしてリズに負けずとも劣らない美しく輝く金髪を一束にまとめ背におろしている――所謂いわゆるポニーテールだ。

「な、何故、どうしてこんなところにメル様が?」
「あら、わたくしがいては楽しめませんか?」
「いえ、そんなっ! そういうことではなくて――」
「大丈夫ですよ、ユウ様。もうあんなことしませんから」

 メルのその言葉にユウも何と返せばよいかわからず黙ってしまう。するとメルはリズを見やると、同じくリズにも一声かけるのだった。

「リズ様も、ご心配なく」
「えっ?! あ、えっと、心配は……してない……かな?」
「あら、少し会わない間に随分と仲を深められたのですね。会場でユウ様を必死に応援するリズ様を見ても思いましたが、妬けてしまいますわ」
「あっ、ごっ、ごめんなさい」

 メルのつつき方にリズもあたふたと慌ててしまう。想い人ユウにアプローチしていた人が再びこうして目の前に現れる場面に出くわすことなど想像もしなかったために、リズもどう返していいのかわからなかった。
 メルと一悶着あったユウもそのやり取りに少しの気まずさを感じたもののメルの人柄が真っ直ぐであることはわかっている。そして落ち込んでいた自分の背中を押してくれた優しい人でもある。
 このやり取りが悪意もって行われたわけではないというのは、その悪戯な笑みを見ればすぐにわかった。

「ふふっ、お二人共相変わらずお素敵ですね。こうしてお会いできて本当によかった。わたくし、今はウィルにお守りをしてもらいながらこの世界を旅しているのですよ」
「旅って……貴女のような王ぞ――」

 王族と言い切る前に、ユウの唇を人差し指で軽く押さえるメル。その言葉は言ってくれるなと言う意思表示だ。

「外の世界への憧れは前々から持っていたのですが、皆様を見てからその憧れが一層強くなりました。ご存知の通り、私にはもう親もおりません。それならと叔父様に思い切って申し出てみたのです」
「よく……お許しが出ましたね」

 2人を席に座るよう促しながらユウは驚嘆の溜息をつく。想像しても許可を得られるイメージが湧かなかった。王の姪という立場のメルが国を出て旅をすることなどそう簡単にはできないだろうということは、国政に疎いユウでも容易に想像ができる。

「本当大変でしたよ。メル様が旅をしたいと騒ぎ始めた時は皆が肝を冷やしましたからね。それでまぁ騒ぎを丸くおさめるために、護衛として私に白羽の矢が立ったというわけです」
 やれやれとウィルも溜息まじりに当時のことを思い出しているようだ。
「あら、ウィルも嬉しそうだったくせにその言い方はないんじゃないの?」
 ウィルにとっても予想外の出来事であったのは間違いない。しかしメルの目には、ウィルにとって決して受け入れ難い出来事だったわけではなく、むしろ歓迎しているように映っていた。

「もしかして、ウィルさんの主って――」
「そうです、メル様が今の私の主ですよ」
「じゃあ大会に出るようにという命は――」
「はい、メル様のご命令です。私の強さをちゃんと見たいとか、イベント参加は旅の醍醐味だとか、路銀の確保をしてこいとか色々無茶を言われましてね」
「そのような言い方ではわたくしのただのワガママみたいじゃない」
「はい、ワガママなお姫様ですね」
「まぁ! なんて不敬な従者なのかしら!」

 ウィルは相変わらず紳士的な優しい笑みを浮かべながらも、王族であるメルを容赦なくからかう。メルも頰を膨らませて怒っているように見えるものの、その様子はとても楽しそうに見えた。
 どうやらイーストエンドで見た儚く散りそうな程に元気のなかった少女は、旅の中で英気を養い美しく強い華へと成長しつつあるようだった。

「でも『精霊に愛されし者』と名高いウィルがいなければ、わたくしのこの旅は実現できませんでした。ありがとう、ウィル。……バルト卿にも悪いことをしました。大切な右腕の貴方をこうして連れ出してしまって――」
「やめてください。バルト卿もメル様のお付きであればと喜んで送り出してくださいましたし、メル様が気にされることなどありませんよ」

 バルト卿というのは、ウィルの以前の主でありイーストエンドの宰相だ。ウィルが忠を捧げていたことからも人格者なのだと窺える。ウィルの頼みで魔神を撃ち倒したあとのパーティーを開いてくれたのも、そのバルト卿とウィルの関係がきっと良好だったからに違いない。ユウ達もイーストエンド滞在時は深い会話は出来なかったが、あの恰幅の良さから滲み出る人柄の良さは何となくわかった。
 それにしても――

「ウィルさんってイーストエンドで有名なんですか?」

 先程メルが口にした『精霊に愛されし者』というのが気になってユウは2人の会話に首を突っ込む。するとメルが嬉しそうにウィルのことを紹介し始めた。

「えぇ。とても。七精霊の声を聞ける精霊士なんて、イーストエンドではウィルだけですもの。顔は知られていなくても七精霊士の存在はみな知っていますよ」
「七精霊って……全ての精霊の声を聞けるってことですか?!」

 メルの言葉にユウ達も耳を疑う。魔法の属性数は全部で8つ。その内1つは無属性だ。精霊も同様に基本的には無属性以外の7つの精霊が存在する。ウィルはその全ての声を聞き、力を借りることができるらしい。
 神の子である自分達であれば特殊な能力でそういうものがあるならあるで簡単に受け入れられるが、ウィルはこの世界の人族のはずだ。この世界の人族で全ての精霊の声を聞ける人など、所謂天才でしかない。

「顔も良くて性格も良くて才能もあって立場もあって……ウィルさん、貴方、妬まれませんか?」
「その辺りはまぁそれなりに……というのは食事しながらでも話しましょうよ。ご主人、今晩のお代は全てこちらで支払いますので、ユウさん達にご馳走を。内容はお任せします」

 カウンターの奥からユウ達にいつ話しかけようかと様子を窺っていた銀月の主人に向かってウィルは爽やかな笑顔で声を掛ける。その言葉に主人も待ってましたと言わんばかりにまずは酒を運んできた。料理の方も何も言わずともユウ達の好みのものは把握しているので問題ない。しかし――

「お代は――」
「ダメです、優勝・準優勝祝いですよ」

 ウィルは笑顔ながらもユウ達がお代を払おうとすることは断固として許さないという圧力があった。それはメルを見ても同じだった。

「明日の前祝いも兼ねてますからね。イーストエンド救国の英雄と、ギフティアの神剣と鬼人。わたくし達としては、大恩ある救国の英雄の勝利しか見えませんから」

 メルの目が笑っていないのは気のせいだと思いたい。しかし、とても大きな期待がユウとリズの肩に掛かっていることを思い知らされ、身が引き締まった。

「勝とうね、リズ」
「もちろん、全力の許可は出ているしね」

 優勝・準優勝の表彰後、ユウ達はネロから祝福の言葉と共に、明日の特別試合について『全力を出して構わない』と言われていた。それはつまり、ユウは相手に直接作用する攻撃的な実現リアライズの使用が可能となり、リズは相手の命の心配をせずに力をぶつけていいということだ。
 逆を言えば、今のユウとリズがそこまでしてもシルフィとマルスは死ぬことはないということをあのネロが保証しているということである。ただそれだけでも、その2人がとてつもなく強敵ということがわかった。

 運ばれてきた酒を取る手に力が入ったが、そんなユウの頰はツンツンとつつかれる。隣を見れば愛しいリズが笑ってユウを見つめていた。

「ほら、優勝者さん、せっかくの祝勝パーティーよ、笑って?」
「……うん、ありがとう」

 こうしたちょっとしたことでも、常々リズに支えられていると感じる。
 その度にユウの心には愛しい想いが溢れるのだった。

 みなそれぞれ並べられた酒から好きなものを取り、そして杯を掲げる。
 再会と、優勝と、準優勝と、明日の特別試合の勝利を乞う宴は、旅を始めてから初めての知人との宴に興奮したメルが眠気に襲われるまで、数時間もの間続いたのだった。





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