生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした

T&T

41.義に生きる少年


「ほらほら、ここなら誰も来ねぇからさぁ」

 繁華街の片隅の路地。そこで2人の男女が逢瀬をしている。男は明らかに女の客だろう。艶やかな化粧と露出の高い衣服を纏った女とは対照的に、その男の風貌はやたらと粗野であった。腰に携えている剣とその身なりからすると、傭兵か冒険者なのだろう。

「誰も来なくないからっ。絶対誰か見てるわよ。また今度ね」

 夜の商売であればこういう客は多々いるのだろう。迫る男を突き放すわけでもなく、女は慣れたようにその男の手を払う。しかし男は引き下がらない。

「また今度また今度って、いい加減いいじゃねぇか。俺は明日の昼にはダンジョン入りだ。今回のはやべぇらしい。生きて戻れるかもわからねぇんだ。その分報酬は比べもんにならねぇけどな。だから、なぁ、いいだろ?」

「こ、ここじゃダメだって。外はイヤよ。ほ、ほら、ダンジョンから帰ってきたら、ね?」

 普段なら最初の一言で退いていただろう男の反応が予想外だったのか、女の声は焦りを帯びる。

「だからマジで帰って来れるかわからねぇんだよ!お前とも、これで、最後かもしれねぇじゃねぇか!お前と何も出来ないまま俺は死ねねぇ!死にたくねぇ!」

 男はその女の常連客なのだろう。そしてだいぶ入れ込んだようだ。女と一回の営みを共にするために悲壮な表情で思いの丈を女へとぶちまける。

「それなら尚更できないでしょ。したら油断しちゃうわ。あなたなら大丈夫。絶対帰って来れるから。……ごめんね、私もう戻らないと」

「お前とできるなら今ここで死んでもいい!だからいいだろ!お前は俺の女なんだから戻るな!」

 その男の言葉に、女は顔を引きつらせ、大きく溜息を吐く。

「……そこまでの勘違いをするなら言ってあげる。お店の売り物は私達じゃないの。私達の売り物は淡い夢であって身体じゃない。あなた達に夢を見せてあげることが私達の仕事。その夢を現実とごっちゃにして身体を求めるなんて迷惑もいいところだわ!そんな勘違いしてるなら、もうお店には来なくていいわ」

 今までにない男のしつこさ、そして勘違いぶりにいい加減女は腹が立ったのか、その表情は言ってやったと言わんばかりのスカッとた表情へと変わる。しかしその女の言葉を聞くと、男も表情が変わった。

「…んな」

「え?」

「ふざっけんな!!」

「きゃ!」

 男は激昂し、女へと掴みかかる。

「どんだけ! どんだけ金を使わせんだ! それで挙げ句の果てには触らせねぇだぁ?ふざけんのも大概にしろよ! いい女だからと思って下手に出てりゃあズケズケと馬鹿にしやがって! 最初からこうしておけばよかったぜ!」

「いやっ! ちょっ! やめっ--」

「動くんじゃねぇよ」

 男は暴れる女を片手で拘束すると、空いている手で女の衣服を強引に剥ぎ取ろうと身体を弄り始める。

「いや! 誰かっ! 誰か助け--」

 助けを呼ぼうとする女の目の前に、男はその腰に携えていた剣を掲げる。

「死にたくねぇなら、黙ってることだな」

「っ!!」

 女は声を出せず、下卑た男の笑い声だけが響く路地でどうにも出来ず震えるしかない。
 露出が高く、布地の少ない衣服が剥ぎ取られようとしたまさにその時、誰もいないはずの路地の奥から、足音が響く。

「誰だ?!」

「僕が僕の大嫌いな行為を見逃すと思う? いや、見逃さない」

 奥から姿を現したのは青年と呼ぶには幾ばくか早い少年の姿。その腰には剣も見当たらず、簡易的な金属鎧を纏うだけの軽装でフードを被った少年。その両手には鉄なのか、金属で作られたと思われる手甲を纏っており、少年はその両手を合わせては手首をほぐすように捻っている。

「るせぇぞガキが。大人の事情に首突っ込んで痛い目見たくなけりゃぁ今すぐ何もかも忘れて消えろ」

「痛いからって義を貫くのをやめる? いや、貫く」

「は?」

「お前みたいなクズ野郎を許すと思う? いや、許さない」

「グダグダ何言ってやがる?!」

「飛び散れ、クズ」

 刹那、少年が男に向かって駆ける。
 男は女を路地の壁に向かって放り投げると、剣を容赦なく振り上げる。しかしその剣は振り下ろされることはなかった。

 ――解放――

 剣が振り下ろされる前に懐に入り込んだ少年の拳が男の顔を打ち抜くと、その頭は風船が割れるような音を立て、弾けて飛び散った。
 血の雨が降る。
 壁にもたれながら女は目の前の光景を理解するまでに数拍の時を必要とし、そして、理解するとともに叫び声を上げた。
 その血の雨を浴びて、少年は叫び声を上げる女を一瞥する。

「大丈夫?」

「ひっ!!」

 掛けられた少年の声に、女は怯えの声しか出てこない。その様子は少年にとっても見慣れたものであった。今まで旅をしながら、こうした場面を何度も同じように目にし、自分の行動が間違いなのか疑念を抱くこともあった。しかし、少年の想いはただ一つのものに支えられている。その支えがある限り、少年は少年のままであろうとした。

「……どんな目で見られようとも、僕は約束を守るよ、エリー」

 少女の名前を呟き、女の姿を悲しげに見つめると、少年は再び、夜の闇へと消えていった。





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