生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした

T&T

37.冷やかしという優しさに包まれて

「やりましたね」

「やっと、という感じだけど。でも、よかった」

 幸せそうなリズの顔を見て嬉しくなる。
 長かった。わかっていた結末なのに、常に傍にいたというのに、よくもまぁこんなに時間をかけられたものだ。
 いくら寿命の長い竜族と言えども、2人のこの件に関しては、首を長くして待つなどということはできなかった。そもそも当該の2人の寿命の方が短いのだ。さっさとくっついて幸せな時間を過ごすべきなのだ。

「ウィルも、お疲れ様」

 隣に佇み、私と共に中庭の2人を見下ろしている今回の立役者のウィルに労いの言葉をかける。
 彼がいなければ、彼がこの祝宴の場を作ろうとしなければ、きっと2人はまだグズグズとしていただろう。
 普段とは違う姿のリズを見せるのが目的で、本当はここまで狙ってはいなかったかもしれないけれど。

「何がです? 私は何もしていませんよ。むしろエリカ様に、そのお言葉をお返しいたします。今まで、本当にお疲れ様でした」

「でも、意外。こんな覗き見みたいな真似、ウィルがするとは思わなかった」

「覗き見というのは心外ですね。私はただ、エリカ様にこのテラスから見える王都エスタスの夜景を見てほしいと思っただけですよ。そうしたら、中庭に下りるお二人がいた。それだけの話です」

 悪びれる様子もなく切れ長の細い目を一層細めて微笑むウィルは、案外腹黒いのかもしれない。

「さて、私達はどうしましょうか。お二人が戻ってくる前に、中に戻りますか?それとも、ここで祝福しますか?」

 私としては、これからの旅の中で2人に変に気遣いをされるのは居心地が悪い。きっとあの2人は恥ずかしさから想いが通じ合ったことを周りに隠すだろう。それはそれでまた面倒くさい。どの道、覗き見していたことを打ち明けねば私もスッキリしない。であれば……

「ここで迎える」

 それしか選択肢はなかった。



 ◇◇◇



「も……もどろっか?」

 どれだけの時が過ぎただろう。
 長い時をこの場で過ごしたような気がするし、あっという間だったような気もする。
 リズの躊躇いがちなその発言は、この瞬間が名残惜しいという想いの表れであるようにも感じた。

「そ、そうだね。僕達主賓だし、主賓不在はまずいよね」

 立ち上がり、2階の会場へと再び歩き出す。
 階段に差し掛かると、再び僕はリズの手を取ろうと自身の手を伸ばす。

「なんだか、さっきよりも恥ずかしくなっちゃうのが不思議」

「それは僕も一緒だよ。でも、恥ずかしい以上に幸せ……かな」

「うん。それは私も」

 そう言うとリズは僕が一段、階段に足をかけたところで、急に僕を抱きしめた。
 思いがけない行動に、急激に顔が熱くなる。

「ちょ、ちょ、ちょっとリズ、不意打ちはズルいってっ」

「だって、上に戻ったらしばらく触れられないもの。充電よ」

「充電って……」

 階段のおかげで、ちょうど僕の胸にリズが収まっている。
 リズとの身長差を少しばかり残念に思う。僕は改めて、早くこの自身の身長を伸ばすために努力をしようと決意した。

 階段を上りきると、テラスに人影が見える。
 近づくとそれが慣れ親しんだ顔であることがわかった。

「おめでとう、リズ、ユウ」

「おめでとうございます。お二人とも、とてもお似合いですよ」

 その言葉に、僕達は瞬時に見られていたことを悟る。
 思わぬ伏兵にリズは衝撃のあまり声が出ないようだった。

「あ、ありがとう。えっと、どのあたりから僕達のこと見てたの?」

 あまり聞きたくないことだったが、これは確認しておかなければならない。
 見られていた瞬間によっては、僕は元の世界でも未経験なファーストキスという人生に一度きりしかない想い出に、この2人もセットにして刻むことになってしまう。

「階段を下りるときにユウがリズに手を差し出したところ」

 そこからかぃっ!!

「……全部見られたってこと?」

「肝心なところは木々の枝で見えていないから安心して」

「それって肝心なところが何かわかって言ってるよね?!」

「まぁまぁユウさん、落ち着いて。確かに肝心なところが何かはわかっていますが、この国を救った英雄の逢瀬の想い出に踏み込むことは致しません。ただ、祝福をさせてください」

 イケメン紳士で甘いマスクのウィルの顔がひどく悪っぽく見えたのは気のせいと思いたい。
 リズは僕の肩にしがみついて必死に恥ずかしさに耐えている。
 これはこれで貴重な想い出になりそうだ。

「さぁ中に戻りましょう。私達だけにしかわからない祝杯をあげますよ?」

 今までになく溌剌な笑顔を見せつけ、ウィルは僕達を再び会場の中へと誘導する。
 そうだ。中に戻り、僕にはまだすることがあった。

「リズ、ちょっとお姫様と話してくるね。」

 その言葉だけで僕の真意が伝わったのか、リズは頷いて僕の腕からそっと手を放す。
 ウィル達にもすぐ戻ると伝えると、会場の中にいるであろうメルの姿を探した。

 程なくして、会場の壁に佇む一輪の華を見つける。
 近づく僕に気が付くと、その人は寂しげに笑った。

「ほら、そうやってお優しい姿をこうして見せつける」

 頬を膨らまし、口を尖らせ、私怒ってますとその表情が物語る。
 しかし、先ほどの鬼気迫るメルとは印象が違い、年頃の女性らしい感情豊かな表情になっていた。

「リズ様と、ちゃんと話せましたか?」

「はい。おかげさまで。」

 彼女にこんなことを言うのはきっと、酷いことなのだ。
 振った相手に再び顔を見せ、更にその人のおかげだと言う。
 でも、ちゃんと伝えたい。この人には、ちゃんと幸せを掴んでほしい。
 この想いはきっと僕のただの自己満足なのだ。御礼を言いたい、幸せになってほしいという自己満足。メルはきっと、そのようなことは望んでいないとわかっている。
 しかし、それをここで喉の奥に押し込めるには、僕はまだ乙女心というものを理解できていなかった。

「ありがとうございました。メル様のお気持ちのおかげで、僕はリズと向き合うことができました」

「やめてください。振られた人に感謝されるほど、惨めなことはありませんわ」

「申し訳ございません。ただ、これだけは伝えておきたくて……」

 そう言って、彼女の目を真っ直ぐに見つめる。

「真っ直ぐな想いを抱けるメル様には、幸せになっていただきたい。そして、そんなメル様なら間違いなく、幸せになれます。メル様はとても、とても魅力的な女性です。どうか、どうかお幸せに」

「そんな言葉、聞きたくありません。私をこれ以上更に辱めるというのですか?」

 涙ぐむ彼女を見て、僕は無神経な言葉でしか自分の想いを伝えられないこと、それによって彼女を更に傷つけてしまったことを悔やむ。
 彼女を傷つけたかったわけではなかった。でも、これ以上、自分が彼女に伝えられることは何もない。これ以上、彼女を苦しめるわけにはいかなかった。
 深々と謝罪と感謝の意を込めて頭を下げ、僕は踵を返しリズ達の元へと戻る。

「そんな誠実なあなたに……ずっと幸せが続きますように」

 背後から聞こえた気がする呟きは、とても優しい調べを奏でていた。



 ◇◇◇



 お姫様と話すユウの背中を見て、お姫様には申し訳ない気持ちで一杯だった。
 だからといって、ユウを譲れるわけでもない。
 私に出来ることは、2人の姿をこの場から見守ることだけ。ユウと共にお姫様のもとに向かおうものなら、お姫様に対する当てつけのようになってしまう。それだけは、絶対にしてはならないことだ。

 お姫様にお辞儀をして、ユウがこちらに戻ってくる。
 寂しげに、しかし優しく微笑むお姫様がユウの肩越しに見える。
 すると、微かな風を感じると同時、聞こえるはずのないお姫様の声が聞こえた。

『リズ様も、ユウ様とお幸せに』

 驚きに戸惑っていると、ウィルにもその声が聞こえたのか、この事象の正体を教えてくれる。

「メル様は、風の精霊使いでもあらせられるのです。風の精霊の力で、この距離でも声を届けることができるのですよ」

「そう、なんだ」

 今の状況が理解できれば、することは一つだ。
 こちらに小さく手を振って笑う彼女に、私も頭を下げる。
 そして同じように、小さく手を振って返すと、彼女は満足そうに会場を後にする。
 彼女が会場から見えなくなると、ちょうどユウが手を伸ばせば届く距離まで戻って来ていた。

「おかえり」

「ただいま」

「とても素敵なお姫様ね」

「そうだね……」

「後悔してる?」

「まさか。メル様には申し訳ないことをしたと思うけど、メル様が好きになってくれた僕自身は、リズがいたからこその僕だから。リズがいなければ、メル様にこうしてプロポーズされることもなかった。だから後悔なんてないよ。」

 ユウのこの真っ直ぐさは、やはり見る人が見ればわかるのだ。
 きっと今後も、こんな魅力的なユウに惹かれる人は出てくるだろう。でも、それは仕方のないことだ。人の気持ちに他人が介入してどうこうするのは間違っている。ただ、私はユウの気持ちが離れないようには生きたいと思う。

「ねぇ、ユウ」

「ん、何?」

『私のどこが好き?どんな私でいたらいい?』なんて聞くのは、面倒くさい女だと思われるだろうか。いや、間違いなく思われると思う。それは嫌われるタイプの女性の言動だと周囲で盛り上がっていた過去の人達の話題が脳裏をよぎる。相手がそれを望むタイプの人であれば事なきを得るのであろうが、ユウがそうかはわからない。
 今まで『実際こんなこと言う人なんていない』などと思っていたが、まさか自分がそんな風になるとは思わなかった。人は恋をすると周りが見えなくなるとよく言うけれど、危うく自分もそうなるところだった。

「ごめん、なんでもない」

「……特に気ぃ遣わずに、そのままのリズでいいと思うよ?」

 その言葉に驚き、私はきっと間抜けな顔でユウを見つめてしまっていただろう。

「なんで?!私、声に出してた?」

「いや、出てなかったけど、なんとな~く今までの流れから、リズの表情が暗くなることって言ったら、これくらいかなって。ほら、リズ甘えんぼだし、何気に寂しがり屋な気がするし、不安なのかなって」

 よくわかってる。よくわかってくれている。
 甘えんぼというのはきっとさっきの『充電』でバレたのだろう。恥ずかしいけど、こんな風に自分を理解してくれる人に出会えた幸せで胸が満たされ、思わずユウの手を握ってしまう。
 しかしまぁよくそんなところまで気がつくものだ。読心術でもマスターしているのかと思ってしまう。

「あの~盛り上がってるところ恐縮なのですが、そろそろ乾杯してもよろしいですか?」

「うん。イチャつくならあとで部屋で存分にイチャつけばいい。私、今夜は一人で大丈夫」

「わっ、あっ、ごめんなさい!そうね、乾杯しましょ!」

 2人を置いてけぼりにしてしまっていたことを詫びながら、改めて私達は杯を掲げ、2人から祝福を受ける。
 さっきのエリーの発言に困ったような照れたような表情を見せているユウが、ひどく愛おしかった。







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