生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした

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36.生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした

「リズ……」

 聞かれてしまった。ずっと隠し通そうと思っていた僕の想いを。
 瞬間、頭が真っ白になったが、こうなってしまったら最早仕方がない。
 別れを切り出されようが何だろうが構わない。ピエロにだってなってやる。

「少し、歩こっか?」

 予想外に優しい声音に、僕は拍子抜けする。しかし、これも嵐の前の静けさかもしれない。
 思いやり溢れるリズにとって、これから発言しなくてはならない言葉が決して軽くはないことはわかっている。
 僕達はテラスから中庭へと続く階段に向かって歩いて行った。

 会話のないこの空気が重い。リズは今、何を思っているのだろうか。
 階段までたどり着くと、なんとか明るくしようと僕はおどけて振る舞った。

「どうぞ、お手をお取りくださいマイプリンセス」

 階段に差し掛かったところで、僕はその手をリズに差し出す。

「なぁにそれ。でも、ありがとう」

 リズは片手でドレスの裾を持ち、片手で僕の手を受け入れる。
 階段を下りる間も、会話は生まれない。
 処刑台に上がる死刑囚の気持ちはこういうものなのだろうか。
 といっても僕は今、処刑台となる中庭に向かってその階段を下りているのだが。

 中庭はその中心に噴水、周辺に石のベンチがいくつか設置されていた。
 そのうちの一つに僕はハンカチを敷くと、リズに座るよう促す。

「どうしちゃったの? すごい紳士じゃない?」

「いや、まぁ、その、気分? リズもドレス着ているし、お姫様みたいだし」

「さっきのコの方がお姫様だったんじゃない?」

「あの子、王様の姪っ子だってさ。リアルお姫様なんて初めて見たよ」

「いいの? そんなお姫様のプロポーズを断っちゃって」

 リズはベンチに腰掛けると、いきなり核心を突いてくる。
 少し離れただけなのに2階の会場に響いていた笑い声はほとんど聞こえない。
 中庭ではフクロウの声だけがその静寂を装飾していた。

「……どこから聞いてた?」

「あのコが、ユウのお嫁さんになりたいって言ったところから、かな」

 ………大事なところを、全て聞かれていたということだ。
 僕は言い逃れできない状況を改めて思い知らされ、自らの額を手で覆い、項垂れる。

「ユウ、座って」

 リズに言われるがまま、リズの隣に僕は腰を下ろす。
 死刑宣告が近い。鼓動が早くなるのがわかる。冷や汗も出てきた。

「最初にね、ちゃんと聞かせてほしいの」

「……何?」

「ユウは私のこと、好き? あ、もちろんこの好きは異性としてってことね。もっと言うなら、恋愛対象としてってことね」

 リズにはバッチリ逃げ道をなくされてしまった。
 これで『好きだよ人として』なんていうことは言えなくなってしまう。

 どう答えるべきかと逡巡したが、ここまで来てリズに嘘をつくことなどできない。
 僕は大きく息を吸って覚悟を決める。
 リズのつぶらな碧眼を見つめ、ずっと、ずっと伝えかった言葉を紡ぐ。

「好きだよ。大好きだ。リズのためなら何だってできる。僕の一生を捧げて君の幸せを支えたいって思っている。人をこんなにも愛したことがないってくらい愛してるよ」

 僕がそう言うと、自分で聞いてきておきながらリズは頬を赤らめ目を逸らした。

「ちょ、ちょっとそんな……そこまで言わなくてもいいから!」

「えぇ?! というか、そんな恥ずかしがられると僕も照れるんですが」

「ご、ごめん」

 再び2人の間に静寂が訪れる。
 あれ……もしかしてさっきの『ごめん』は、僕の気持ちに対する『ごめん』だったのだろうか?
 だとしたらもうすでに死刑宣告はされてしまったということ?
 などと思考を巡らせていると、リズがコホンと咳払いして口火をきる。

「あのね、私もね……ユウのこと大好きだよ。何か誤解しているみたいだけど、私にさっき言ってくれた言葉と同じように、私もユウを愛してる」

 知ってます。人として、ね。

「ちゃんと、異性としてね?」

 うん、異性として、ね。ん?!

「え?!」

 リズの顔を見ると、顔を真っ赤にして俯いている。
 何だろうか、超絶可愛いこの生き物は。
 って違う。そこじゃない。

「リズ、異性としてって、意味わかってる?! 男女として、恋する相手として好きなんだよ? 触れたいとか抱きしめたいとかキスしたいとか思うんだよ?!」

 僕は何を口走っているのだろうか。バカなのだろうか。
 しかしこんな僕のバカみたいな発言にも、リズはその真っ赤な顔でただ頷く。

 いや…でも待て、リズの今のこの発言が真実とするならば、僕が失恋したあの山道のリズの発言はどういうことだったのだろうか?
 自分の中で考えたところでこれの答えは出ない。目の前に本人がいるのだから確認しよう。

「この間、邪淫の魔神ルードネスを倒したあと、山を降りてた時にさ、ウィルさんに『そんな風に通じ合ってない』って言ってたよね?! あれって異性として見てないってことじゃなかったの?!」

「え?! あの時起きてたの?! ならなんで、さっき、一方通行なんて言ったの? あの時起きてたなら、私、あの時ユウへの気持ちを喋っちゃってたのに」

 どこかで何かがこんがらがっている。
 ただでさえリズが僕を愛していると言ってくれたことで頭が回らないのに何が何だかわからない。

「ちょっと、整理しようか」

 僕は深く息を吸い込み、脳内に酸素をしっかりと送り込むと、二酸化炭素をゆっくりと吐き出した。



 ◇◇◇



 こんがらがった想いのすれ違いを紐解くのは、今の僕達にはとても簡単だった。
 まず、お互い異性として想われていなかったというのはお互いの思い込み。
 で、僕が失恋したと思った時のリズの発言は、僕に異性として想われていないという視点に立った時の『通じ合っていない』ということ。
 そこだけ聞いて、僕が再び意識を失ってしまったことで僕が勝手な勘違いをしたということだった。

「いつからそんな風に私を想ってくれてたの?」

「もうだいぶ前だよ。って言っても僕がこの世界に来てからそんなに経ってないけど、ペイニアにいた時には、もう惹かれてたかな。」

「なんだ、じゃあほとんど同時にお互い惹かれてたんだ。なんだか、運命的じゃない?」

「そうだけど……何だか今この瞬間が夢のようで信じられないや」

 実感の湧かない僕に、リズは変わらぬ笑顔で話し始めた。

「私ね、この世界に転生してきて楽しかった。旅の始まりは毎日毎日、野宿の連続だったけど、思い描いた世界がここにはあって、とても楽しかったの」

「うん」

「でも、楽しかっただけ。どこか物足りなくて、心にぽっかり穴が開いて満たされない感じだった。転生前に、私の死後の世界を見ちゃったからかな。誰にも必要とされていなかった自分の存在を、誰かに必要としてほしかったのかもしれない。そして、ユウに出会った。こんなにも真っ直ぐに私を見てくれる人がいることが嬉しかった。ここじゃないどこかを新たに選べる人生だったのに、私を追いかけてきてくれたことがすごい嬉しかった」

「ご、ごめんね、ストーカーで」

 僕はずっと自分の中で気になっていた言葉を吐き出し、リズの様子を窺う。

「ふふっ、何言ってるの。そんなこと、全然思ってないよ」

 リズは軽く笑ってそんな僕の言葉をあっけらかんと否定してくれた。

「だからね、私の異世界転生はユウが来てくれたことで、とても色鮮やかに彩られたの」

 そう言うと、リズは僕の手を握る。

「私に生きる喜びを教えてくれたのは、この異世界に転生してくれたユウ、あなたなの」

「それは僕だって」

 一緒だ、とはリズは言わせてくれなかった。
 僕の唇に指を置いて僕を黙らせると、リズは僕に口づけをする。
 何が起きたのか理解できなかった。

「……信じてくれた? 私がユウを愛してるって」

 瞳を潤ませ、頬を赤く染め、上目遣いに僕に問いかけるリズ。こんなに可愛いものを見たことがない。例えそれが恋愛補正と言われようが、言い過ぎと言われようが関係ない。
 目の前にいるリズは今、間違いなく、世界で、いや、宇宙で一番可愛い。判断基準は僕だ。
 そんな可愛い存在が、僕に口づけをして愛していると?そんなこと、そう簡単に信じられるわけがない。

「まだ信じられない。もう1回しないと、信じられない」

「もうっ、なにそれ」

 そう言いながらもリズはその瞳を閉じる。
 ずっと想い焦がれていた瞬間だった。

 君に惹かれているこの想いに気づき、封じ込め、封じ込めきれず、悩んで、勘違いして、勝手に傷ついて、でもどうしようもなく大好きで。大好きで、大好きで、大好きで。
 その想いが今、報われている。
 口づけを交わす僕達は、同じことを思っていた。

 生きる喜びを教えてくれたのは、異世界に転生した君でした。

 同じ想いを抱ける幸せに包まれ、至上の喜びを噛みしめる。
 僕達のその姿を見守るのは、イーストエンドの夜空に輝く美しい星々と、どこまでも優しい静寂だけだった……

 と思っていたのは僕達だけであり、イケメン紳士と竜族の少女にも見守られていたことを、僕達はまだ知らない。






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