生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした
33.愛しさと、切なさと、もどかしさと
いい匂いがする。
爽やかに、そして甘い香り……何だろう。
耳に入るのは地面を踏みしめる砂利の音。
頭は重く、身体は言うことを聞かない。
「それにしてもユウさんは幸せ者ですね」
突然、ウィルの声が聞こえる。
確かに僕は幸せ者だけど、どうして唐突にその言葉がウィルの口から出てくるのか。
「何故です?」
リズのその声がとても近くから発せられたことに驚きながらもリズがちゃんと無事に回復したことを確認できて僕は暗闇の中で安堵した。
そして声の発せられた近さ、身体の揺れから、僕はリズに背負われていることを悟る。
ということはこのいい匂いはリズの匂い……深呼吸をしないと!
って待て待てお座りステイステイ。何を考えているんだ僕は。
危うく変態に成り下がるところだった。これはきっと意識喪失による精神崩壊の始まりに違いない。うん、間違いない。
などということは置いておいて、今は山を降りているところだろうか。
馬に乗っていないことを考えると、戦場となった採掘場を出てまだ間もないのだろう。
起きなければ。もう少しこの芳しい香りに包まれていたいが、リズに背負われているなんてカッコ悪いにも程があるし何よりこれ以上変態化するわけにはいかない。
しかし依然として全身は怠く、頭は重く、瞼も開く気配がなかった。
「何故ですって、こんなにも美しい方に大切に想われていたら、これ以上ない幸せですよ?」
「な……そんなこと、ユウは思って……くれているかしら」
リズの声が少し恥じらいを帯びる。
あぁくそ、絶対に今リズは可愛い顔をしているはずだ。
何故僕は意識喪失になって身体の自由がきかないのだろうか。
いや、それはリズを助けたからだ。後悔はない。
が、今のリズの顔を見ることができないことも相当な後悔に値する。
「絶対に思ってますよ。ユウさんにも見せてあげたかった。リズさんのさっきの『私の大切な人なので』って言った時の表情。あの『誰にも渡さない!』っていう強い想い、私も痺れてしまいましたよ」
「やっ……やめてください、恥ずかしい」
な、なんだって?
リズはそんなことを言ってくれたの?
「何を恥ずかしがることがあるんです?大切な人を一途に愛する、素敵なことじゃないですか。想いが通じ合っているのならば、なおさらです。私から見たら、お二人はとても眩しく、お似合いですよ」
ウィル、何を言っている?
僕はその想いを封じ込めているんだ。
そんな素振り、ウィルの前で見せてないはず。
それにその言い方だと、リズが僕を異性として好いているかのようじゃないか。
「え?! そんな風に通じ合ってなんていませんよ?!」
その大きな否定の言葉は、僕の胸に大杭として突き刺さる。
わかってはいたけれど、やはりリズは僕に人としての好意を寄せてくれているだけだった。
それは全くもって想定内の反応だったし、全然構わないのだけれど、実際に直接リズの口からそうした言葉を聞いてみれば、思いの外その衝撃は大きかった。
どこかで僕は期待していたのかもしれない。リズと恋仲になれるような日々を。
重い頭が一層重くなる。
これ以上意識を保っていられない……いや、今はもう保っていたくない、限界だ。
エリーの大きな溜め息を聞きながら、僕は現実逃避するかのように、また暗闇の中へと引きずりこまれていった。
◇◇◇
「え? そうなんですか?」
ウィルは驚きに目を見開いている。
「私の片想い……なんですよ」
自分で口にして切なくなる。
自分の中に芽生えている想いは、今ではもう間違いなく恋であることを私はわかっている。
でも、その気持ちは一方通行でしかない。
「それはつまり、リズさんはユウさんを異性として愛しているけれども、ユウさんはリズさんを異性として見ていない、そういうことですか?」
自分の中で導き出している答えをこうして人に言葉にして突きつけられると、想像以上に辛かった。
「え? いやいやいや。それ、本気でおっしゃってます?」
紳士なウィルが呆れ顔で私を見つめてくる。
「本気で言っていますけど?」
ウィルがその戸惑いをエリーに向ける。
「言ってあげて。見ているともどかしいのは、私も同じ。そろそろ限界」
「よかった、私の感覚がおかしいのかと思いましたよ」
エリーとウィルは2人で勝手に何か通じ合っている。
そしてウィルの眼差しがベリルの街で今回の事件を私達に話した時と同じくらい真剣になる。
「いいですか、リズさん」
「は……はい、なんでしょう?」
「ユウさんは間違いなく、いえ、これは私が言うことではありませんね。リズさんは、ユウさんの想いを直接確かめたのですか?」
「えぇ、直接ですね。私のために生きる、と常々言ってくれていますが、それは最初に出会った時からずっとです。最初に出会った時から、ユウは私を異性として見ていません。私の人としての生き様がユウにそう言わせていると、ユウからは直接そう言われています」
「ね? 重症でしょ?」
エリーがウィルを見上げて呟く。
「確かに。エリカ様のご苦労、お察しします」
「何よ、2人して。私、変なこと言ってる?」
2人は顔を見合わせて溜め息を吐く。
一体なんだというのだ。
「リズさん、私から一つ、提案です」
「な、なんでしょう?」
「ユウさんの体調が戻られたら、イーストエンド王都へ、王城にお越しください。事件解決の祝宴を開きますので」
「え? でも、私達、極秘任務なんですよね?」
「私があなた達と出会い、ここまで案内したところまでが極秘です。あの場に着いてからは、たまたまイーストエンド国内を旅していた天翔ける竜が魔族を討ち取ったというだけのことです。そしてその冒険者に、監視役として見ていた我々が声をかけ、王城に招いた。何もおかしくないでしょう?」
確かに元々、流浪の冒険者が偶然この事件に絡んで貢献するという手筈だったし……違和感はない。
「行こう、リズ。私も美味しいもの食べたい」
エリーが私の腰袋を引っ張る。
美味しいものと言われたら、私も気になってしまう。
「……わかりました。お言葉に甘えます」
そう言うとウィルは満面の笑顔になる。
「舞踏会も開きます、ドレスもご用意しますので、存分に楽しんでくださいね」
「えっ、いや、私、ダンスなんて……そんな教養ないので」
舞踏会で出来もしないダンスを踊るなんて恥をかくだけだ。できれば遠慮したい。
「踊らなくても構いません。会場にいるだけで構いませんので。誘いの声は、かかるかもしれませんが」
「そのダンスのお誘いは、断ってもいいものなんですか?」
舞踏会でせっかくダンスに誘ってくれた人を断るのはマナー違反ではないだろうか。
でも、私は踊りなんてできない。
「断っても構いませんよ。天翔ける竜の皆様のための祝宴です。ご本人達が楽しめないものを開くつもりはありません。念のため、ダンスに誘わないように根回しもしておきますので安心してください」
「それなら、わかりました。変に目立つのは嫌ですよ? 信じてますからね?」
「任せてください」
そう言って笑うウィルは、何か企んでいるのだろうか?
エリーと顔を合わせると、腕をぶつけて喜ぶのだった。
◇◇◇
目が覚めると、見慣れぬ天井がそこにはあった。ベリルの宿屋の部屋だ。
窓の外を見ると、まだ夜は深く月が煌々と天高く座していた。
「どれくらい気を失ってたんだろう?」
リズがしてくれたのだろう、僕の身体からは革鎧が脱がされていた。
枕元の水差しとコップを手に取り、水を一杯飲み干すと胃に痛みを覚えて咳き込む。
咳の音を抑えようと口もとを手で押さえるとその手には血がついていた。
解毒をしたあと、回復せぬまま意識を失ったことを思い出し、小声で治癒を唱え、そしてその身に鳥肌が立っていることに気づく。
危なかった。邪淫の魔神との戦いは時間にして僅か数瞬の出来事だったけれど、思い返すとその瞬間は非常に長かったように感じる。
一歩間違えていれば、僕達はここには戻って来れなかっただろう。
隣のベッドを見ると、安らかな寝息を立てているリズとエリーがいる。本当に無事でよかった。
その安堵も束の間、リズの顔を見て、少しだけ意識を取り戻した時のことを思い出してしまう。
『そんな風に通じ合ってなんていませんよ?!』
リズの否定の言葉。胸が痛い。これほどまでに心苦しいのは初めてかもしれない。
友達に裏切られた絶望とはまた違った痛み。胸を抉られるようなこの痛みを表す言葉が『失恋』なのだと、僕は初めて思い至った。
仕方ない。どうしようもないことだ。こればっかりは、自分ではどうにもできないことだ。
想いを向ける相手に、その想いを受け止めてもらえない苦しみ。しかし、この想いを無理やり押し付けることはリズの幸せには繋がらない。リズの幸せに繋がらないということは、僕の幸せにも繋がらないということだ。想いの押し付けは僕がここにいる理由とは反する行為であって、絶対にしてはいけないこと。
むしろリズにこの想いを知られないうちに、こうなってよかったと思う。万が一にでも自身の想いを抑えきれずにリズにぶつけてしまったら、優しいリズはきっと困ったことだろう。
今まで共に歩んできた旅の思い出を壊してしまい兼ねない。これから共に歩める未来すらも壊してしまい兼ねない。それならば、何も問題を起こさずに現状維持で構わない。リズの傍にいてリズの幸せのために生きる。当初の目的から何も変わることはないのだ。
それがいつの間にか、欲張りになっていた。共に暮らし、共に戦い、共に笑い、そんな幸せの積み重ねの中で、リズに愛されたいと、更なる幸せを願ってしまった。
人は強欲である。現状を当たり前と感じれば現状の幸福を忘れ、更なる幸福を求めてしまう。そんなことをしてはキリがない。待っているのは満たされない想い、不満の蓄積だ。
リズと共にいられるだけで幸せだったはずなのに、その幸せを当たり前と受け止めてしまうようになっていたのだろう。だからこそ、きっと神は僕に、この世界に転生した理由を思い出させてくれたのだ。
この胸に抱いた愛しさと切なさともどかしさを忘れなければならない。改めて初心にかえろう。目覚めたら、リズにいつもの僕を見せられるように。
この世界に来た時の純粋な想いを、再びリズに向けられるように……
爽やかに、そして甘い香り……何だろう。
耳に入るのは地面を踏みしめる砂利の音。
頭は重く、身体は言うことを聞かない。
「それにしてもユウさんは幸せ者ですね」
突然、ウィルの声が聞こえる。
確かに僕は幸せ者だけど、どうして唐突にその言葉がウィルの口から出てくるのか。
「何故です?」
リズのその声がとても近くから発せられたことに驚きながらもリズがちゃんと無事に回復したことを確認できて僕は暗闇の中で安堵した。
そして声の発せられた近さ、身体の揺れから、僕はリズに背負われていることを悟る。
ということはこのいい匂いはリズの匂い……深呼吸をしないと!
って待て待てお座りステイステイ。何を考えているんだ僕は。
危うく変態に成り下がるところだった。これはきっと意識喪失による精神崩壊の始まりに違いない。うん、間違いない。
などということは置いておいて、今は山を降りているところだろうか。
馬に乗っていないことを考えると、戦場となった採掘場を出てまだ間もないのだろう。
起きなければ。もう少しこの芳しい香りに包まれていたいが、リズに背負われているなんてカッコ悪いにも程があるし何よりこれ以上変態化するわけにはいかない。
しかし依然として全身は怠く、頭は重く、瞼も開く気配がなかった。
「何故ですって、こんなにも美しい方に大切に想われていたら、これ以上ない幸せですよ?」
「な……そんなこと、ユウは思って……くれているかしら」
リズの声が少し恥じらいを帯びる。
あぁくそ、絶対に今リズは可愛い顔をしているはずだ。
何故僕は意識喪失になって身体の自由がきかないのだろうか。
いや、それはリズを助けたからだ。後悔はない。
が、今のリズの顔を見ることができないことも相当な後悔に値する。
「絶対に思ってますよ。ユウさんにも見せてあげたかった。リズさんのさっきの『私の大切な人なので』って言った時の表情。あの『誰にも渡さない!』っていう強い想い、私も痺れてしまいましたよ」
「やっ……やめてください、恥ずかしい」
な、なんだって?
リズはそんなことを言ってくれたの?
「何を恥ずかしがることがあるんです?大切な人を一途に愛する、素敵なことじゃないですか。想いが通じ合っているのならば、なおさらです。私から見たら、お二人はとても眩しく、お似合いですよ」
ウィル、何を言っている?
僕はその想いを封じ込めているんだ。
そんな素振り、ウィルの前で見せてないはず。
それにその言い方だと、リズが僕を異性として好いているかのようじゃないか。
「え?! そんな風に通じ合ってなんていませんよ?!」
その大きな否定の言葉は、僕の胸に大杭として突き刺さる。
わかってはいたけれど、やはりリズは僕に人としての好意を寄せてくれているだけだった。
それは全くもって想定内の反応だったし、全然構わないのだけれど、実際に直接リズの口からそうした言葉を聞いてみれば、思いの外その衝撃は大きかった。
どこかで僕は期待していたのかもしれない。リズと恋仲になれるような日々を。
重い頭が一層重くなる。
これ以上意識を保っていられない……いや、今はもう保っていたくない、限界だ。
エリーの大きな溜め息を聞きながら、僕は現実逃避するかのように、また暗闇の中へと引きずりこまれていった。
◇◇◇
「え? そうなんですか?」
ウィルは驚きに目を見開いている。
「私の片想い……なんですよ」
自分で口にして切なくなる。
自分の中に芽生えている想いは、今ではもう間違いなく恋であることを私はわかっている。
でも、その気持ちは一方通行でしかない。
「それはつまり、リズさんはユウさんを異性として愛しているけれども、ユウさんはリズさんを異性として見ていない、そういうことですか?」
自分の中で導き出している答えをこうして人に言葉にして突きつけられると、想像以上に辛かった。
「え? いやいやいや。それ、本気でおっしゃってます?」
紳士なウィルが呆れ顔で私を見つめてくる。
「本気で言っていますけど?」
ウィルがその戸惑いをエリーに向ける。
「言ってあげて。見ているともどかしいのは、私も同じ。そろそろ限界」
「よかった、私の感覚がおかしいのかと思いましたよ」
エリーとウィルは2人で勝手に何か通じ合っている。
そしてウィルの眼差しがベリルの街で今回の事件を私達に話した時と同じくらい真剣になる。
「いいですか、リズさん」
「は……はい、なんでしょう?」
「ユウさんは間違いなく、いえ、これは私が言うことではありませんね。リズさんは、ユウさんの想いを直接確かめたのですか?」
「えぇ、直接ですね。私のために生きる、と常々言ってくれていますが、それは最初に出会った時からずっとです。最初に出会った時から、ユウは私を異性として見ていません。私の人としての生き様がユウにそう言わせていると、ユウからは直接そう言われています」
「ね? 重症でしょ?」
エリーがウィルを見上げて呟く。
「確かに。エリカ様のご苦労、お察しします」
「何よ、2人して。私、変なこと言ってる?」
2人は顔を見合わせて溜め息を吐く。
一体なんだというのだ。
「リズさん、私から一つ、提案です」
「な、なんでしょう?」
「ユウさんの体調が戻られたら、イーストエンド王都へ、王城にお越しください。事件解決の祝宴を開きますので」
「え? でも、私達、極秘任務なんですよね?」
「私があなた達と出会い、ここまで案内したところまでが極秘です。あの場に着いてからは、たまたまイーストエンド国内を旅していた天翔ける竜が魔族を討ち取ったというだけのことです。そしてその冒険者に、監視役として見ていた我々が声をかけ、王城に招いた。何もおかしくないでしょう?」
確かに元々、流浪の冒険者が偶然この事件に絡んで貢献するという手筈だったし……違和感はない。
「行こう、リズ。私も美味しいもの食べたい」
エリーが私の腰袋を引っ張る。
美味しいものと言われたら、私も気になってしまう。
「……わかりました。お言葉に甘えます」
そう言うとウィルは満面の笑顔になる。
「舞踏会も開きます、ドレスもご用意しますので、存分に楽しんでくださいね」
「えっ、いや、私、ダンスなんて……そんな教養ないので」
舞踏会で出来もしないダンスを踊るなんて恥をかくだけだ。できれば遠慮したい。
「踊らなくても構いません。会場にいるだけで構いませんので。誘いの声は、かかるかもしれませんが」
「そのダンスのお誘いは、断ってもいいものなんですか?」
舞踏会でせっかくダンスに誘ってくれた人を断るのはマナー違反ではないだろうか。
でも、私は踊りなんてできない。
「断っても構いませんよ。天翔ける竜の皆様のための祝宴です。ご本人達が楽しめないものを開くつもりはありません。念のため、ダンスに誘わないように根回しもしておきますので安心してください」
「それなら、わかりました。変に目立つのは嫌ですよ? 信じてますからね?」
「任せてください」
そう言って笑うウィルは、何か企んでいるのだろうか?
エリーと顔を合わせると、腕をぶつけて喜ぶのだった。
◇◇◇
目が覚めると、見慣れぬ天井がそこにはあった。ベリルの宿屋の部屋だ。
窓の外を見ると、まだ夜は深く月が煌々と天高く座していた。
「どれくらい気を失ってたんだろう?」
リズがしてくれたのだろう、僕の身体からは革鎧が脱がされていた。
枕元の水差しとコップを手に取り、水を一杯飲み干すと胃に痛みを覚えて咳き込む。
咳の音を抑えようと口もとを手で押さえるとその手には血がついていた。
解毒をしたあと、回復せぬまま意識を失ったことを思い出し、小声で治癒を唱え、そしてその身に鳥肌が立っていることに気づく。
危なかった。邪淫の魔神との戦いは時間にして僅か数瞬の出来事だったけれど、思い返すとその瞬間は非常に長かったように感じる。
一歩間違えていれば、僕達はここには戻って来れなかっただろう。
隣のベッドを見ると、安らかな寝息を立てているリズとエリーがいる。本当に無事でよかった。
その安堵も束の間、リズの顔を見て、少しだけ意識を取り戻した時のことを思い出してしまう。
『そんな風に通じ合ってなんていませんよ?!』
リズの否定の言葉。胸が痛い。これほどまでに心苦しいのは初めてかもしれない。
友達に裏切られた絶望とはまた違った痛み。胸を抉られるようなこの痛みを表す言葉が『失恋』なのだと、僕は初めて思い至った。
仕方ない。どうしようもないことだ。こればっかりは、自分ではどうにもできないことだ。
想いを向ける相手に、その想いを受け止めてもらえない苦しみ。しかし、この想いを無理やり押し付けることはリズの幸せには繋がらない。リズの幸せに繋がらないということは、僕の幸せにも繋がらないということだ。想いの押し付けは僕がここにいる理由とは反する行為であって、絶対にしてはいけないこと。
むしろリズにこの想いを知られないうちに、こうなってよかったと思う。万が一にでも自身の想いを抑えきれずにリズにぶつけてしまったら、優しいリズはきっと困ったことだろう。
今まで共に歩んできた旅の思い出を壊してしまい兼ねない。これから共に歩める未来すらも壊してしまい兼ねない。それならば、何も問題を起こさずに現状維持で構わない。リズの傍にいてリズの幸せのために生きる。当初の目的から何も変わることはないのだ。
それがいつの間にか、欲張りになっていた。共に暮らし、共に戦い、共に笑い、そんな幸せの積み重ねの中で、リズに愛されたいと、更なる幸せを願ってしまった。
人は強欲である。現状を当たり前と感じれば現状の幸福を忘れ、更なる幸福を求めてしまう。そんなことをしてはキリがない。待っているのは満たされない想い、不満の蓄積だ。
リズと共にいられるだけで幸せだったはずなのに、その幸せを当たり前と受け止めてしまうようになっていたのだろう。だからこそ、きっと神は僕に、この世界に転生した理由を思い出させてくれたのだ。
この胸に抱いた愛しさと切なさともどかしさを忘れなければならない。改めて初心にかえろう。目覚めたら、リズにいつもの僕を見せられるように。
この世界に来た時の純粋な想いを、再びリズに向けられるように……
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