生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした

T&T

26.買い物

「どこか行きたいところある?」

 ネロからの呼び出しがあるまで私達は休息期間。
 いつ呼び出しがあるかもわからないから、依頼クエストを受けるのもやめて本当に休息することにした。
 過去数回の依頼クエストでそれなりの金貨は手に入れているから預金を下ろさずともその金貨で生活することに問題は生じていない。
 ということで今日はユウとエリーと街をじっくりと散策している。

 中世を思わせる石造りに魔法の技術が詰め込まれた街並み。
 中世と未来が同じ時代に存在しているような感覚だ。

 そんな中、街を歩きながらユウがふと行き先の希望について確認して来た。
 きっとユウは、どこか行きたいところがあるのだ。

「う~ん……私は特にないかな。どこにどんなお店がある、っていうのを知れたら私は満足。ユウはどこか行きたいところあるんでしょ?」

 聞いておきながら、ふとそれがどこなのかわかった気がした。

「前にテントを売ってくれたランドって人のお店に行こうと思うんだけど、いい?」

 やっぱりそうだ。
 ギフティアに来る前の野営の時に一緒になった魔法道具マジックアイテムを扱う行商人のお店だ。
 むしろ私達にとって目的地となり得るお店の当てはそれくらいしかないのだけれど。

「もちろん。エリーもいいでしょ?」

「うん。魔法道具マジックアイテム見てみたいし行ってみたい」

 隣を歩くエリーは珍しく前向きな反応をする。

「よかった。実はギルドまでの道の途中にあるお店なんだよね。偶然見つけちゃってさ」

「あ、じゃあ聞き込みせずに辿り着けるね。何か欲しい魔法道具マジックアイテムでもあるの?」

「うん、ただ、僕の欲しいものが魔法道具マジックアイテムとして存在するかはわからないんだけどね」

「なかったら実現リアライズで作っちゃえば?」

「それがさ……多分、イメージが複雑すぎちゃうからなんだろうけど、作れなかったんだよ」

 実現リアライズで作れない? 相当複雑なものなのかな?

「ユウ、もしかして相当すごいもの欲しがってる?? お金はあるけど、使っていいのは金貨50枚までね!」

 魔法道具マジックアイテムは相当高い。それは前回購入したテントでよくわかっている。前回のテントはまだ安いようだったし。金貨50枚は覚悟しておく。

「えぇ?! むしろそんなに使っていいの?!」

 金貨50枚は、ひと月を少し贅沢して生活することができるくらいの金額だ。ギフティアに来てから稼いだ金額はもっとあるし、魔法道具マジックアイテムであることからもそれくらいかなって思ったんだけど。

「え、そう?じゃあ30枚まで!」

 特に根拠はないけど、ユウが50枚にすごい反応を示したから少しだけ下げておく。

 ユウは『いや、いいじゃん、50枚で!』と言ってくるが、30枚でおさまるならそれに越したことはない。

「何買うの?」

「それは行ってからのお楽しみ。絶対リズも欲しがると思うよ」

「じゃあモノを見てからかなぁ。モノによっては上限は50枚ってことで!」

「むぅ……それならまぁ仕方ない」

 ユウもさすがにモノが何かを知らせずに50枚という数字を獲得するのは無理があると思ったのだろう。納得したようだったが、その顔は絶対に財布の紐が50枚まで緩くなることを確信しているようにも見える。

 そんな話をしていると、どうやら着いたようだった。

「あ、ここだよここ」

 そう言ってお店の扉を開けるとカランコロンと来客を知らせるドアベルが鳴った。
 店内はモノに溢れて窓からの陽光もあまり入らず、薄暗かった。
 店員の歓迎の声は聞こえなかったが、一拍おいて、店の奥から声がする。

「はーい、いらっしゃいませー!」

 元気な女性の声だ。
 そう行ってパタパタと店の奥から走ってきた小柄な可愛らしい店員さんは、背は私より低いものの、年齢自体は私より少し年上に見えた。

「あ、あの、ここってランドさんのお店で合っていますよね?」

 店員が予想とは違い女性だったことにユウは少し戸惑っている。

「合ってますよー、ランドは私の旦那ですっ! ランちゃんのお知り合いですか?」

 奥さんでしたか。
 商品なのかゴミなのかと言っては失礼だけど、何なのかよくわからない物が積み上げられているこの薄暗い店内に不釣り合いなほど元気で明るく愛嬌のある人だ。
 ご主人をランちゃんと呼んでるということからも夫婦仲の良さが知れる。微笑ましい。

「知り合い、というか、以前、テントを売っていただきまして。それで今日は他にも魔法道具マジックアイテムで欲しいものがあったので取り扱ってるか確認したかったんです」

「あらら! お客様なのですね! 失礼致しました! きっとご希望のものは取り扱っていますよ! うちはこう見えてもギフティア1の魔法道具屋なのです! すぐに主人を呼んで参りますね!」

 元気な奥さんはそう言うとすぐに踵を返し、店の奥へと入っていく。
 ご主人の店をギフティア1と言い切れる自信。ご主人は頑張り屋で奥さんにもその腕前を認められているようだ。

「ラーンちゃーん! お客様ー! 今日はちゃんとしたお客様だよー!」

「おー! 今行くー!」

 会話がだだ漏れである。
 今日は、っていうことは普段は客じゃない来訪者が多いのだろうか。
 そして売り場に顔を出したランドは、確かにあの時の行商人だった。

「おや、お客さん達、前にテント買ってくれましたよね?」

 私達の顔を見るとランドは即座にそう言った。すぐに思い出すあたり、商売人の鑑である。私達のことをちゃんと、一度きりのお客じゃない、と思って商売をしていた証だ。

「どうも、その節はありがとうございました。僕達の馬の鞍にランドさんのお店の名刺? があったので、来てみました」

 ユウはそう言ってその時の名刺らしきものを腰袋から取り出す。

「ありがとうございます。大抵の人はその場で捨てちゃうもんなんですけど、お客さん達はとても素敵な方達のようですね。それで、今日は何をお探しで?」

「そもそもこんな魔法道具マジックアイテムがあるかもわからないんですが、無限にしまえて、取り出したい時に取り出したい物を取り出せる荷袋ってないですか?」

 それがユウの欲しかったものなんだ。
 確かに、そんなものがあるなら私も欲しいと思っちゃう。これで上限が金貨50枚までは決定になってしまった。まぁ、元々そのつもりだったからいいんだけど。

「ありますよ」

 あるの?!

「あるんですか?!」

 ユウも同じ反応である。
 そして私を見る。上限はどう?という視線なのだろう。

「いいよ」

 私のその言葉にユウが笑顔になる。
 本当にモノによっては上限が30枚になると思っていたようだ。
 そう思うと、なんだか騙しているような気がして悪いことをしたような気分になる。
 ごめんね、ユウ。ただ、あなたとの会話を楽しみたかっただけなの。

「ちょっと待っててくださいね~」

 そう言うとランドは店内の物をガサゴソと漁り始めるのだった。

「すごいね、ユウ、あるんだね」

「ね、僕もこんなあっさりありますよって言われるとは思ってなかったよ」

 ユウが求めていた魔法の荷袋がいとも簡単に見つかり、私が想像する魔法道具もあったりするのかな?と考える。空飛ぶ絨毯とか。あっても高そう。
 妄想に思いを巡らせているとその手にいくつかの袋を持ち、ランドは他にも商品を探しながらこちらに声を掛けてくる。

「冒険者の方々には重宝されているんですよ。長旅するには荷物もかさばりますしね。古代魔法都市の人達もきっと同じ気持ちだったんじゃないですかね。結構この手の荷袋は沢山見つかっていて、世の中にも出回ってるんですよ」

 その言葉を聞いて『もっと早く来るんだった~』とユウは嘆いている。

「あの、出回ってるっていうことは、そんなに高くないんですか?」

 そう言うと、ランドは私を見てニヤリと笑う。
 あ、商売人の目だ。

「よしっ……と。高いか高くないかは、お客さんがどう思うか次第ですかね」

 そう言って、ランドは私達の前に4つの荷袋と1つの貨幣袋を置く。
 彼の説明によると、全て、入れる量は無限の袋らしいがオプション機能が異なるらしい。

 1つ目は普通のタイプ。
 いくらでも入るが、重さは入れた分だけ重くなる袋。
 最も出回っているタイプ。金貨5枚。

 2つ目は重力無視タイプ。
 入れた分の重さを感じない袋。金貨20枚。

 3つ目は時間停止タイプ。
 袋に入れた物の時間を止める袋。
 果実や生肉を運ぶのに適している。重さは感じる。金貨20枚。

 4つ目は重力無視&時間停止タイプ。
 2つ目と3つ目の機能を併せ持つ。金貨40枚。

 最後の貨幣袋は重力無視タイプ。
 加えて魔力を袋に注ぐと、幾ら貨幣袋に入っているのかがわかる。金貨15枚。

「さぁ、いかがでしょう?」

「2つ目以降が魅力的ね」

「そうでしょう! そうでしょう!」

 ユウを見ると、すごい困った顔をしている。
 私が50枚という制限をかけてしまったからだろう。

「ランドさん」

 そしてランドに話しかける。値引き交渉だろうか。
 今回は前回のように実現リアライズを使ってどうこうする素振りはない。
 ユウが自ら変わろうとしている姿勢を感じて、何だか嬉しくなる。
 別に私自身は最初に会ったままのユウでいてくれて全然構わない。でも、ユウがもし自分自身を好きになれないでいるならば、自分自身を好きになるために変わろうとしているならば、そのユウを見守りたいと思う。

「4つ目と、その貨幣袋が2つほしいんですが、正直、幾らまで値引きが可能な代物なのか想像がつきません。だから、相談です」

 4つ目と貨幣袋2つ、合わせて金貨70枚。
 予算オーバーだ。

「はい、何でしょう?」

 ユウの『相談』という言葉に、顔を少し強張らせながらランドは聞き返す。

「僕達が、別の店の常連になると困りますか?」

「それはもちろんです。せっかく街の外で出会った方が、わざわざ私の店まで足を運んでくれている。そんな風に出会いを大切にしてくれるお客さんが、別の店に取られて嬉しいわけがありません。でも、これだけの品を他の店が用意できるとも、私は思っていません。それだけの自信があります」

 奥さんと同じようなことを言っている。
 その言葉に嘘はないように見えた。

「僕達はこれから色々な場所を冒険します。その中には古代魔法都市の遺跡もあると思います。今後、僕達が入手した魔法道具マジックアイテムは、ランドさんの所に持ち込んで安値で提供することを誓います。なので、限界まで割り引いてもらうことはできませんか?」

 その言葉にランドは面を喰らったようだ。
 これは本当に、『交渉』ではなく、『相談』だった。

「いやいやお客さん、それはつまり、お客さんを信じて待て、ということですよね?それでお客さんが嘘をついていたら、私は大損ということですよね?そりゃ~ちょっと厳しい相談じゃないですかね?私がお客さん達を信じることができる要素は、現時点何もないんですよ?」

 そうなる。当然の反応だ。
 ユウはどうしちゃったんだろうか。
 でもこういう場はユウに任せようと私は決めているので黙って見守る。

「エリー、他に何か気になるものはあったかい?」

 急にユウは店内を物色していたエリーに声をかける。
 するとエリーは棚の上の結晶を取ろうとその手を伸ばす。するとフードがパサッとその背に落ちる。

「りゅ……竜族?」

 エリーの頭の角を見て、ランドは驚きの声を漏らす。そして何かを思い出したかのようにハッとしてユウの装備を確認する。
 満足すると、次は私の全身をじっと見つめてくる。

「あ、あの、な、何ですか?」

 そのおかしな行動を問いただすと、ランドは溜め息をつき、ユウに話しかける。

「お客さん、どうして言ってくれなかったんですか?」

 その声に先ほどの不信感はない。
 どういうこと?

「いや、僕もどれだけ知られているのかわからなかったから、何も言わなかったんですよ。自分で言うほどのことでもありませんし。自分で言ったら、余計怪しいじゃないですか」

「確かに」

 何やらユウとランドは2人だけで会話を成立させて笑っている。

「あの、どういうことですか?」

 私がランドに尋ねると、ランドは商売人として目を輝かせながら答える。

「先ほどおっしゃった件、承知しましたということです。荷袋1つと貨幣袋2つ、それらを限界まで割引した金額は金貨50枚。それで売ります。天翔ける竜スカイドラゴンの皆さんは我々商売人の中でもすでに噂が流れているんですよ。今時珍しい、真摯で信頼に足る、しかも強い冒険者達だって。普通、耳に入る噂は悪い噂なんですけどね。そんなイイ噂の当事者がまさかあなた達だったなんて驚きです。しかもそんなあなた達が私の店の常連になってくれるとなれば、こちらもいい宣伝になります」

 パーティ名が思わぬところで役に立った。
 だからユウと私の装備を確認していたのだ。

 金貨50枚を用意しながら、私は考えを巡らす。
 ユウは元々こうなることを想定して会話を進めていたのだろうか?
 だとしたらどこから? さっきのエリーに声を掛けたのも、ユウの手の内?
 本当に、私には出来ないことをサッとやってしまうユウを尊敬してしまう。

 するとエリーが先ほど取ろうとしていた結晶を2つその手に持って来る。

「これも欲しい」

「あ、エリーごめん、リズに言われていた予算は上限金貨50枚だから……それは買えないや」

 ユウのその言葉にエリーはショボくれた顔を私に向ける。
 そんな顔をされたら予算なんて言ってられないじゃない。
 買いますと言おうと口を開きかけたその時、ランドが先に口を開いた。

「いいですよ。それは私からのサービスです。効果範囲が30m程度の結晶話ですし、今日の再会を祝ってプレゼントしますよ」

「え?! いいんですか? 買いますよ?」

 貨幣袋を手に取り、追加の金貨を出そうとする私をランドは制止する。

「ちゃんと、お返し待ってますからね?」

 その言葉に、ユウも私も感謝の言葉を紡ぐことしかできなかった。
 ランドは根っからの商売人だが、この人も悪い人ではないことがわかる。
 まぁそれは、あの奥さんとのやり取りを見ていればわかることなんだけど。

「わかりました、任せてください。約束は守ります」

「あ、お名前伺ってもいいですか。私はランド・ノーマン。さっきの店員は私の妻でメリッサです」

 ユウに手を差し出しながらランドは自分と奥さんの名前を名乗る。

「ユウ・ソウルです。彼女はリズ・ハート、この子はエリカ・アイナです」
「よろしくお願いします」
「よろしく」

「よろしく、天翔ける竜スカイドラゴンの皆さん」

 握られた手に出会いの大切さを感じ、その大切さを噛みしめながら、私達は銀月への帰途へ着いた。






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