生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした

T&T

23.刻まれた通り名

 マウントニアも復興の目途が立ち始めたため、1週間もすると僕達は神都へと帰還した。僕達が正体不明の魔獣を倒し、他の冒険者を救ったことはネロ達の耳にも入っていた。

「おぅ、聞いたぞ。大手柄だったじゃないか」

 シャルが淹れてくれたお茶を片手に、ネロは僕達に笑いかける。ここは冒険者ギルド本部の最上階、副代表ネロの部屋だ。

「でも、犠牲になった冒険者の方々もいました。私達がもう少し早く着いていれば……」
「過ぎたことを気にしてはいけないわ。冒険者は冒険の中で命を落とすのであれば、それは本望。あなた達が気にする必要はないのよ」

 シャルの言葉に、ネロもそうだそうだと相槌を打つ。

「それで、お前達が倒したあのドデカイ魔獣のことなんだが――」

 何かわかったのだろうか。マウントニアで正体不明とされた魔獣の死体は、神都の冒険者ギルド本部へと搬送され、僕達が帰還するよりも早くこの本部まで運ばれている。

「魔石がない魔獣。……これは、厄介なことになるかもしれないぞ」

 そう言いながらも、ネロは興奮しているようだ。厄介なのに楽しそうな顔をするなんて、ネロはそっち系なのだろうか。

「ドエm――」
「違う」

 まるで僕がそう言うことがわかっていたかのような反応速度だ。いつも誰かに言われているからなのか、それとも僕の心が読まれやすいのか。そんなことはお構いなしにネロは言葉を続ける。

「邪神の眷属……の可能性が高い」
「「邪神?」」

 リズも僕も声を一にする。邪神とはあれだろうか、この世界の神話である邪神戦争に出てくる邪神のことだろうか。ネロが僕達の声に頷く。

「魔獣は2種類に分かれる。魔石を持つ魔獣と持たない魔獣。今、この世界を占める魔獣は、圧倒的に魔石を持つ魔獣だ。一般には魔石を有する獣が魔獣と認識されている。魔石を持たない魔獣は、滅多にいない」
「じゃあ竜みたいな大型の新種の生物っていうことは?」
「竜だって魔法は使わない。その他にも50m級の大穴を開ける魔法を使う知能ある生物なんて聞いたことないぞ」

 ですよねぇ。

「だからこそ、邪神の眷属の可能性が高い。これは一般公開していない情報だが、魔石を持つ魔獣は邪神の眷属ではなく、古代魔法都市の魔法生物という説で確定なんだ」

 じゃあこの間討伐した魔狼の群れはやっぱり人の手で生み出されたものだったのか。でも、どうして確定と言い切れるのか? そんな表情を読み取られたのかネロは続ける。

「何故なら古代魔術書には、邪神の眷属を模して魔法生物を創り出したことが書かれている。だから、魔石のない魔獣というのは邪神の眷属の可能性が高い」

 邪神の眷属……やはりこの世界のことはまだわからないことが多すぎる。頭が痛くなってきた。

「前にご飯食べた時、私達にハイグレード依頼クエストのことを話してくれましたけど、魔族討伐ってあるんですよね? 魔族は邪神の眷属じゃないんですか?」
「あぁすまん、わかりづらい言い方をした。邪神の眷属というのは魔族のことだ。ただ、ハイグレード依頼クエストに魔族討伐なんていうのは滅多に上がってこない。来たとしてもはぐれ魔族を討伐する程度だ。我々を脅かす存在としては十二分な存在だが、大体が単体でいる下位魔族の討伐でベテラン冒険者であればそうそう遅れを取ることはない。話を聞く限り今回の魔獣は、魔族の中でも上位種だったのかもしれないな」
「でも、あれが邪神の眷属、上位魔族だったとしても、それなら今までどこにいたんでしょうか?邪神の眷属であれば、マウントニアの様に容赦無く襲われていた街は他にもあったはずです」
「それはわからん。ただ、可能性の1つとして、あの地中に封印でもされていたんじゃないかと思う。それが目覚め、地中から地上に向けて魔力を爆発させて大穴が開いた」

 穴の中に眠っていた。確かにその可能性は否定できない。僕はてっきりどこかからやって来てあの場所に穴を開けたのだと思っていた。でも、それならすぐ傍の村を狙うというのがより魔獣らしい。それをせずに敢えて村から少し外れた場所に開いた穴。その穴の中にいた、という可能性の方がよっぽど納得できる気がする。

「結局は何が真実なのかわからんがな」

 ネロもお手上げだと言わんばかりにソファにふんぞり返る。

「まぁ引き続き調べてみるさ。ところでだ」
「なんです?」

 ふんぞり返っていたネロは再び体を起こし、両肘を膝の上に乗せた前傾姿勢でニッと笑う。

「おめでとう、さっき言っていたハイグレード依頼クエストの受注権限が付与されたぞ。俺の知る限りこの制度になってからの最速のハイグレード依頼クエスト解禁者だよ」

 その言葉に僕もリズも頬が緩む。ハイグレード依頼クエストの受注権限の有無にはそこまで興味がないが、最速で自分達の功績が認められたというのは素直に嬉しい。

「今回の魔獣討伐が大きかった。あんな功績あげれば、誰も文句は言えないさ。お前達の存在は冒険者の中でも結構知られてきている。この間ベテラン冒険者達に会ったんだが、そのうち大地の鍛冶屋ブラックスミス深緑の守護者グリーンガーディアン血塗る夕暮れクリムゾンサンセット達も、お前達ルーキーの存在を気にしている」
「え、なんですかそのあからさまにかっこつけた名前の人達は?」

 あまりにも唐突にネロの口から紡がれた単語にざわついた僕は、うっかり横やりを入れてしまう。

「何言ってるのよユウ。それ、パーティ名ですよね?」

 リズが更に横やりを入れるとネロは苦笑しながら頷く。

「いや、わかってる、わかってるんだけど、突っ込まずにはいられなくて。自分達で名乗ってるのかと思うと、僕達もいつかはかっこいい名前を考えないといけないじゃない?」

 僕の言葉にリズもようやく事の重大性に気が付いたのかハッと目を見開く。

「確かに! それはとても大切なことだわ!」

 そう言って『なんて名前にしようかな~』などと一人自分の世界に入り込み始めるリズを見て、ネロが喋りにくそうに口を開く。

「あぁ~……楽しみを奪ってしまうようで申し訳ないんだが――」

 次の言葉を言ってしまっていいものかと悩んでいるようだった。見かねたシャルがその先の言葉を続ける。

「ベテラン達のパーティ名ってね、誰が言い始めたかわからなくて、自然と周りがそうやって呼び始めて定着しているの。むしろ自分達で名乗り始めた冒険者達のパーティ名って不思議とすぐに耳にしなくなるわ」

 その言葉を聞き、リズも僕もすぐに考えるのをやめた。危うく2人の前で恥ずかしい姿を見せるところだった。いや、すでにもう見せてしまったといっても過言ではないが。

「そしてお前らはすでにある呼び名で呼ばれ始めている」

 床を見つめていた頭を勢いよく上げる。 リズと同調シンクロした。

「ぼぼぼ僕らは……なななんて呼ばれているんですか?」

 心臓が口から飛び出るほどに興奮してきた。聞きたい。呼ばれ始めているその名前こそが、僕達3人を結ぶ大切な名前になる。

「まぁまぁその話はあとでいいじゃないか」
「「よくないです!!」」

 ネロの言葉に必死の剣幕で反抗する。 ネロもシャルも僕達の様子に驚きを隠せない。

「な、なんでそんなに必死なんだ?いや、さっきまでの流れからすごい拘っているのはわかるんだが」
「だって僕ら3人を合わせた通り名ですよ!僕らにとって通り名というのはこれからの人生を生きていくにあたってとても重要なことなんです!」
「私は別にいらない」

 即座にエリーが無関心に言葉を投げる。

「じゃあ僕とリズにとってはとても重要なんです!」
「ユウに同意します。何で重要なのか?と言われるとうまく説明はできないのですが、今まで欲しくて欲しくて仕方なかったけど、決して手に入るものではなかったし、手に入れようとするなら、先ほどのように自分達で名乗りをあげる他なかった。でも、今、それが手に入ろうとしている、いや、むしろ手に入っていることを教えられてしまいました。これが興奮せずにいられるでしょうか! いや、いられまい!」

 そう言って立ち上がり握りこぶし自身の胸に叩きつける。リズも興奮のあまりいつもと様子が変わっている。でも、それくらい僕達にとって、それは楽しみなことだった。この熱意が伝わったのか、ネロも申し訳なさそうに折れてくれた。

「すまなかった。お前達がそんなに通り名にご執心とは思わず焦らしてすまなかった。じゃあ言うぞ。……いいか?」
「「お願いします!」」

 ネロが一息ついて、僕達の目を交互に見つめる。

天翔ける竜スカイドラゴン、それがお前達が巷で呼ばれ始めている通り名だ」

 天翔ける竜スカイドラゴン……悪くない。むしろいい! リズも同じ気持ちだったのか、目を合わせるとお互いの腕をガッと合わせる。今日ここまでの流れが今までで一番、同調シンクロ率が高かったと思う。エリーはそんな僕達を見て『やれやれ』と言わんばかりに溜め息をついていた。

「さて、じゃあお前達を呼んだ本題を話そう」

 僕達の興奮など後回しだと言わんばかりにネロが話を切り替える。

「ひどい。もっと余韻に浸らせてくれてもいいじゃないか」
「大丈夫だ大丈夫だ、この話はまたあとでするから」

 そう言うとネロは真剣な眼差しになって、言葉を紡ぎ始めた。






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