生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした
19.闇の足音
「よいしょっ……とっ!」
リズをベッドに寝かせると、エリーもその隣に飛び乗って横になる。
ネロ達との会食はあのあと、日を跨ぎそうな時刻まで続いた。その間、リズはずっと酒を飲み続け、案の定泥酔してしまった。エリーは食べ疲れか、いつも以上に無口になって眠たそうな眼をその手でこすっている。会計は宣言通りネロが持ってくれたが、金貨を結構な枚数出していたので相当な金額になっていたと思う。
『気にするな! 気にするな! 気にするなら、出世払いで返してくれよ!』
そう言って大笑いする太っ腹なネロ。そんなことを言いながらも彼は出世払いなど受け取るつもりもないのがわかる。世の中がこんな大人で溢れていたらいいのになと思った。そんなネロも、シャルに支えられながら店を出ていたので相当酔っぱらったのだと思われる。酒を沢山飲むと記憶をなくすとよく言うが、ネロにもリズにも今日の楽しかった会食のことを、ちゃんと覚えていてほしいと思う。
そんなことを考えながら、僕は自分のベッドに座って枕元の水差しとグラスを2つ手に取り、水を注ぐ。
「エリー、飲む?」
「大丈夫、もうお腹いっぱい。ありがとう」
お腹をさすりながら、エリーは大あくびをすると、そのまま寝息を立て始めた。
「リズ? 水飲める?」
「ん、んんっ」
かすかに保っている意識を途絶えさせまいと必死で抵抗しているのか、リズは返事をしながらその手で空を掴む。
「はいはい、ここだよ」
そのリズの手をとって、手のひらにグラスを当てる。
「ありあとぅ」
呂律も回っていない。いつもなら寝る前に風呂に入るリズだが、さすがに今日はそのまま寝た方がいいだろう。水が飲める程度に軽く身体を起こして、グラスの水を飲み干し、グラスを持ったまま、また横になる。
僕はリズの手からグラスをとると、自分が風呂に入るために浴室に向かう。今日はシャワーだけにしよう。衣服を脱ぎながら、ネロとの会話を思い出す。
5回目にして評判のいい冒険者。あとは実力だけギルドのお墨付きをもらえれば、一般公開していないハイレベルの依頼が受注できるらしい。ハイレベルの依頼の例としては、魔族の討伐や未探索の遺跡の安全確保などがある。どちらも冒険者としてはかなり気になる依頼だ。
問題はどれだけの実力でギルドのお墨付きをもらえるのかというところ。備え付けの鏡に写る自分の肉体を眺める。まだ成長途中のこの肉体は、それでも筋肉はそれなりであることが見て取れる。無駄な脂肪はついておらず、見られて恥ずかしいと思う身体ではない。まだ依頼が終わると多少の筋肉痛はあるが、それも最近はもう慣れてきた。それにしても、もう少し背が伸びないだろうか。リズよりも少し低いくらいの自分は、どうしてもリズよりも背が高くなりたい。これは、別に何か特別な理由があるわけではなく、僕個人の願望だ。
そんなことはさておき、ハイレベルな依頼というのが、自分達の旅の目的というわけではなさそうだ。今日のネロの話を聞いても、そんな風には聞こえなかった。僕達にとって依頼はあくまでも生計を立てるための手段であって、本来の目的はこの世界の闇を打ち払うこと。何も起きない、ということは、まだ僕らにとって時期ではない、ということなのだろうと思うが、伝承通りの神の子なのであれば、そろそろその宿命に立ち向かいたいところだ。
「瞬間乾燥」
シャワーを浴び終えた僕はタオルも使うことなく、全身の水分を飛ばす。新しい肌着を身に着け、浴室を出るとリズが身体を起こしていた。目の焦点は定まっていない。
「リズ? 大丈夫?」
リズの目の前で手を振ると、ゆっくりと僕の方を向く。眠そうで気怠そうな瞳が、いつものリズとはまた違った魅力を引き出している。
「置いていかないでね」
ん?
「誰のところにも、行かないでね」
シャルと喧嘩になりそうだった時のことかと思い出す。酒のせいか、熱を帯びた表情、潤んだ瞳で今日のリズはやたらそんなことを言う。もうこれは勘違いしても誰からも責められないんじゃないかっていうくらいの言い方だ。
「何度でも言うよ。僕はずっとリズと一緒にいるから。リズの望む幸せのために、僕はずっとここにいるよ」
そう言うと、リズは満足そうにまた横になるのだった。この言葉を別の意味で言えたら、どんなにすっきりするだろう。でも、それは僕のわがままだ。リズのために生きると誓った僕が、そんなことをしてはいけない。
ここ数日で、リズが自分のことを人として好いてくれているのはよくわかっているが、リズの言動にどうしても勘違いしてしまいそうになる自分がいる。リズのこの言動がなかったとしてもリズは十分魅力的なのだ。このままだと、僕の心の扉にかけた鎖は、じきに壊されてしまうことになるだろう。そうなった時、リズは僕を、それでも傍に置いてくれるだろうか。
考えるのはよそう――そして自分のベッドに潜り込むと、かすかな地響きを身体に感じた。
地震?
大きな揺れになることもなく、かすかに感じたその地響きは、そのまま静かに消えていった。
そして翌朝、僕は知ることになる。僕達が打ち払うべき闇の迫る足音が、その地響きだったということを。
リズをベッドに寝かせると、エリーもその隣に飛び乗って横になる。
ネロ達との会食はあのあと、日を跨ぎそうな時刻まで続いた。その間、リズはずっと酒を飲み続け、案の定泥酔してしまった。エリーは食べ疲れか、いつも以上に無口になって眠たそうな眼をその手でこすっている。会計は宣言通りネロが持ってくれたが、金貨を結構な枚数出していたので相当な金額になっていたと思う。
『気にするな! 気にするな! 気にするなら、出世払いで返してくれよ!』
そう言って大笑いする太っ腹なネロ。そんなことを言いながらも彼は出世払いなど受け取るつもりもないのがわかる。世の中がこんな大人で溢れていたらいいのになと思った。そんなネロも、シャルに支えられながら店を出ていたので相当酔っぱらったのだと思われる。酒を沢山飲むと記憶をなくすとよく言うが、ネロにもリズにも今日の楽しかった会食のことを、ちゃんと覚えていてほしいと思う。
そんなことを考えながら、僕は自分のベッドに座って枕元の水差しとグラスを2つ手に取り、水を注ぐ。
「エリー、飲む?」
「大丈夫、もうお腹いっぱい。ありがとう」
お腹をさすりながら、エリーは大あくびをすると、そのまま寝息を立て始めた。
「リズ? 水飲める?」
「ん、んんっ」
かすかに保っている意識を途絶えさせまいと必死で抵抗しているのか、リズは返事をしながらその手で空を掴む。
「はいはい、ここだよ」
そのリズの手をとって、手のひらにグラスを当てる。
「ありあとぅ」
呂律も回っていない。いつもなら寝る前に風呂に入るリズだが、さすがに今日はそのまま寝た方がいいだろう。水が飲める程度に軽く身体を起こして、グラスの水を飲み干し、グラスを持ったまま、また横になる。
僕はリズの手からグラスをとると、自分が風呂に入るために浴室に向かう。今日はシャワーだけにしよう。衣服を脱ぎながら、ネロとの会話を思い出す。
5回目にして評判のいい冒険者。あとは実力だけギルドのお墨付きをもらえれば、一般公開していないハイレベルの依頼が受注できるらしい。ハイレベルの依頼の例としては、魔族の討伐や未探索の遺跡の安全確保などがある。どちらも冒険者としてはかなり気になる依頼だ。
問題はどれだけの実力でギルドのお墨付きをもらえるのかというところ。備え付けの鏡に写る自分の肉体を眺める。まだ成長途中のこの肉体は、それでも筋肉はそれなりであることが見て取れる。無駄な脂肪はついておらず、見られて恥ずかしいと思う身体ではない。まだ依頼が終わると多少の筋肉痛はあるが、それも最近はもう慣れてきた。それにしても、もう少し背が伸びないだろうか。リズよりも少し低いくらいの自分は、どうしてもリズよりも背が高くなりたい。これは、別に何か特別な理由があるわけではなく、僕個人の願望だ。
そんなことはさておき、ハイレベルな依頼というのが、自分達の旅の目的というわけではなさそうだ。今日のネロの話を聞いても、そんな風には聞こえなかった。僕達にとって依頼はあくまでも生計を立てるための手段であって、本来の目的はこの世界の闇を打ち払うこと。何も起きない、ということは、まだ僕らにとって時期ではない、ということなのだろうと思うが、伝承通りの神の子なのであれば、そろそろその宿命に立ち向かいたいところだ。
「瞬間乾燥」
シャワーを浴び終えた僕はタオルも使うことなく、全身の水分を飛ばす。新しい肌着を身に着け、浴室を出るとリズが身体を起こしていた。目の焦点は定まっていない。
「リズ? 大丈夫?」
リズの目の前で手を振ると、ゆっくりと僕の方を向く。眠そうで気怠そうな瞳が、いつものリズとはまた違った魅力を引き出している。
「置いていかないでね」
ん?
「誰のところにも、行かないでね」
シャルと喧嘩になりそうだった時のことかと思い出す。酒のせいか、熱を帯びた表情、潤んだ瞳で今日のリズはやたらそんなことを言う。もうこれは勘違いしても誰からも責められないんじゃないかっていうくらいの言い方だ。
「何度でも言うよ。僕はずっとリズと一緒にいるから。リズの望む幸せのために、僕はずっとここにいるよ」
そう言うと、リズは満足そうにまた横になるのだった。この言葉を別の意味で言えたら、どんなにすっきりするだろう。でも、それは僕のわがままだ。リズのために生きると誓った僕が、そんなことをしてはいけない。
ここ数日で、リズが自分のことを人として好いてくれているのはよくわかっているが、リズの言動にどうしても勘違いしてしまいそうになる自分がいる。リズのこの言動がなかったとしてもリズは十分魅力的なのだ。このままだと、僕の心の扉にかけた鎖は、じきに壊されてしまうことになるだろう。そうなった時、リズは僕を、それでも傍に置いてくれるだろうか。
考えるのはよそう――そして自分のベッドに潜り込むと、かすかな地響きを身体に感じた。
地震?
大きな揺れになることもなく、かすかに感じたその地響きは、そのまま静かに消えていった。
そして翌朝、僕は知ることになる。僕達が打ち払うべき闇の迫る足音が、その地響きだったということを。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
75
-
-
63
-
-
1
-
-
4503
-
-
59
-
-
4
-
-
70810
-
-
516
-
-
1359
コメント