生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした

T&T

18.会食~マニアと秘書と竜族と~

「そうか、じゃあだいぶもう戦闘には慣れたんだな」

 ここ数日の依頼クエスト状況を話すと、宿自慢の骨つき肉にかぶりつき、麦酒エールを喉に流しこみながらネロは言う。 
 ここは宿屋『銀月』。冒険者ギルド本部の副代表がわざわざエリーに会いたいがために僕達の宿屋まで足を運んでくれている。約束通り、週に一度の会食である。
 魔術師ソーサラーとは思えないほどガッシリとした体躯の若々しい見た目以上に、その食べっぷりは十代の僕達ですら敵わないかもしれない。いや、一人だけ負けじと追随する者がいる。エリーだ。エリーも銀月の骨付き肉がこの数日ですっかりお気に入りになっている。ネロの目の前でバクバクと骨つき肉にむしゃぶりつく。

「マスター! この肉、じゃんじゃん出してくれ!こちらのお嬢様にもな! あと俺には麦酒エールも追加! この卓の代金は俺が払うから心配しないでくれ!」

 そう言って貨幣袋の口を少し緩め、中に金貨が詰まっていることを宿屋の主人に見せつける。 主人もそれを見て安心したように笑顔で給仕に指示を出す。

「なら、私はこちらで一番の葡萄酒をいただきます」

 シャルがさらっと便乗する。

「こらシャル、値段を一応聞きなさい」

 モゴモゴとしながらネロはシャルを窘めるが、

「何を言いますか。その金貨で払えなければ、どうせ請求書が私の元に届くのでしょう?なら同じじゃないですか」
「う……」

 毎度のことなのか、ネロはシャルに何も言い返せずにいた。 更にシャルがたたみかける。

「それに今日だって私は本当なら非番なのに、一人で来るのが寂しいからって私を呼んだのは副代表ですよ? まぁ私もこの子達と話したかったからいいんですけどね」

 ネロは骨つき肉で油ぎった両手を挙げて降伏宣言だ。

「わかった、わかった、すまなかった。好きなだけ飲んでくれ。そして外では副代表はやめてくれ。そして俺の情けない一面を晒すのはもっとやめてくれ」

 2人のやり取りに親近感が湧く。2人の絆が見えるようだった。非番とは言ってもシャルはちゃんと来る。シャルに対して気を遣わないネロ。ネロに対して気を遣わないシャル。

 シャルがネロに『隣でそんな油ぎった手を振り回すな』と濡れ布巾を渡しているやり取りさえも、見ていて頬が緩んでしまう。そんな2人の関係がとても素敵に見えた。ネロは渡された布巾で手と口元を拭きながら、シャルと同じ葡萄酒をエリーにも勧め、そして僕らを見る。

「飲まんのか?」

 リズと僕は顔を見合わせる。この世界は未成年という概念はないのだろうか。この様子では酒を飲んではいけない年齢とかは関係ないのかもしれない。何しろネロは僕達の年齢を知っているわけだから、立場もあるし、法に触れることはしないだろう。
「じゃ、じゃあ……麦酒エールをいただきます」
「ユウ?! 飲めるの?」
 リズが驚きの表情を向けて来る。
「飲んだことないよ? でも、飲んでもいい世界なら、せっかくだし飲んでみたいかな」
「そうだけど……じゃあ私も麦酒エールをお願いします」

 リズもやはり好奇心に負けたようだ。剣と魔法の世界が好きならば『麦酒エール』に惹かれないわけがない。僕達の世界でいうビールだが、ファンタジーの世界の麦酒エールは憧れである。僕は元々の世界のビールを知らないから比べようもないけれど。
 すぐに麦酒エールが3杯、葡萄酒が1本、グラスが2つ運ばれてきた。チーズと追加の骨つき肉もセットだ。

「ほい、じゃあ改めて、神話な出逢いに!」

 ネロが杯を掲げる。 カンカンカンッと杯をぶつけ合い、乾杯だ。この風習はこっちも同じらしい。

「……っん~美味しいっ!」

 リズが麦酒エールを一気にほとんど飲み干す。美味しい……のか? 少し苦みがあって、フルーツのような甘みも感じる。どうやっているのかわからないがよく冷えていてのどごしは気持ちいい。僕は今はまだ美味しいとは思えないけれど、悪くはなく、癖になりそうな感じだ。

「お! リズ、お前飲めるクチか! 飲め飲め、ガンガン飲んでいいからな!」

 酒が入っているからか、ネロもただの酒好きなおっさん化してきている。神の子よ……とか言ってひれ伏していたネロはもう見る影もない。まぁ僕も、今の方が見ていて悪い気はしない。

「リズ、ビールとどっちが美味しい?」

 向こうではリズは成人だった。ビールの味も知っているはずと思い、すでに2杯目をその手に取っているリズに尋ねると意気揚々と僕に答える。

「ん~どっちも美味しいけど、私はこっちの方が好きかな。味も濃くて、香り豊かで、あとはこの独特の雑味を取り切れていない感じがまたよくて、私が本を読んで妄想していた冒険者の飲むお酒!って感じがしてすごい好き!」

 2杯目を飲み干し、タンッ! と杯を卓に置くリズは、すでに酔い始めているのか顔が赤くなってきた。喋りも饒舌な気がする。これは嫌な予感がする。リズはお酒は好きだけど、すぐに酔って酒にのまれるタイプじゃなかろうか。
 ネロの隣ではエリーと共に葡萄酒とチーズを落ち着いた様子で楽しんでいるシャルがいる。僕の隣にいるリズは、ネロと共に麦酒エール祭りだ。

「そういえば、お前達、5回しか依頼クエスト受注してないのに、すでに評判いいぞ」

 さすがは副代表。ちゃんと情報交換っぽく軌道修正を図る。

「評判がいい、というのは?」

 隣でリズがそうですか~と調子よく笑っているのを横目に、その『評判』を掘り下げる。

「依頼主の連中がさ、ギルドの連絡員に言うんだよ。太陽と竜の紋章をつけている3人組の冒険者がすごく丁寧で次の依頼クエストも是非お願いしたいって。しかも、その5回の依頼クエスト全部でだぞ。こんなこと今まで聞いたことない」

 ネロは麦酒エールから蒸留酒に酒の注文を変え、飲むペースを下げ始めた。リズの親切心が、思わぬところで評判を呼んでいた。

「リズのおかげですかね。依頼クエストが終わる度に、依頼主に状況報告をしていましたから」
「かぁ~若いのによく出来てるねぇ。若くなくてもそんなことするやつぁあまり聞かねぇけどさ」
「あら、私達も冒険者時代は、同じことをしていたわよ? 確かにそんなことをする冒険者は、今はもう稀だけどね」

 お、この2人は冒険者仲間だったのか。シャルの職業は何だったんだろう。ネロが魔術師ソーサラーなら、戦士ファイター遊撃士レンジャー?でも、その静かな身のこなしから遊撃士レンジャーな気がする。

「そうだったか? 私達というか、それ、シャルがやってたんだろ?」
「えぇ、まぁ、そういうことね」

 シャルも酔ってきて熱くなってきたのか、顔を少し赤らめている。長い髪をかき上げて結い上げながら誇らしげにネロに笑みをこぼす。色っぽい。大人の色香というのは、こういうことなのか。

「イイ女だろ?」

 ネロが自慢げに僕に同意を求める。確かに。だが、イイ女ですね、なんて僕が口にするのも失礼だ。そんなこと言えない。そうして見惚れていると、急に頬をつねられる。

「ちょっとユウ~? 今、シャルさんに釘付けだったわよ?」

 ほら、やっぱりリズは酒にのまれるタイプだ。

「痛っ! 痛いって! いや、だってシャルさんが綺麗だったからつい」

 リズの手を振りほどこうとするが、頬のつねりは一層強くなる。

「痛い痛い痛い!」
「私は?!」
「へ?」
「私にも見惚れなさいよー!」

 いつも見惚れているのにリズは何を言っているのだろうか。リズが両手で僕の顔を掴み、前後左右にぶんぶん揺らす。剛力のリズに振り回されると成す術がない。かなり酔っぱらっているようだ。エリーに助けを求めようと視線を投げるが、一瞬目が合うと、何事もないかのようにまた食べ、飲み始める。あぁエリー。君は僕に対してはなんて無慈悲なんだ。
 そしてバフッ! とふかふかとした場所に納まると揺れはなくなった。 何だかいい匂いがする。

「いいですかシャルさん!」

 リズの声が頭の上から聞こえてくる。 どうやら僕は今、リズの胸に顔を埋めているようだ。

 ってマジか!!

 逃れようにも剛力なリズがガッシリと僕の頭を抱えていて全く動けない。そう、全く動けないのだ。僕の力が弱いせいで抜け出せないわけではなく、リズの剛力のせいで動けないのだ。決して僕が動こうとしていないわけではない!

「ユウはあげませんからね!」

 リズはシャルに訳の分からない啖呵を切っている。僕の頭はリズの胸のことで一杯だ。しかしせっかくの会食が喧嘩になっても嫌なので何とかリズの胸から名残惜しくも顔を抜き出す。その啖呵をシャルは気にする素振りもなく、優しく、しかし、からかうように笑う。

「なら、しっかり掴んでおきなさいね? じゃないと私がもらっちゃうかもよ?」

 その言葉に更にリズはヒートアップする。

「あなたにはネロさんがいるじゃないですか!」
「お! そうだ、言ってやれ、リズ。どうなんだシャル、俺は?」

 ネロはこの流れに便乗してシャルにちょっかいをかける。その問いかけにシャルも困ったのか、リズに詫びを入れるとともにリズの頭を撫でる。

「ごめんなさいね、もらっちゃうっていうのは嘘。でも、ちゃんと掴んでおきなさいっていうのは本心よ」
「何を言い争っていたのか理解しかねますが、大丈夫ですよ、僕はリズから離れませんから」

 僕のその言葉にネロとシャルも目をパチクリさせて『何の心配もいらないじゃないか』と呆れたように笑う。
 情報交換という名の会食は、無事和やかに終わりそうだ。十分に情報交換をしているわけではないが、これはこれでいい。ネロがどういう人なのか、シャルはどういう人なのか。こういう席での人柄こそ、その人の本心に近いものを感じられる気がする。2人とも、悪い人ではない。
 きっとこれから、この2人とは長い付き合いになるのだろう。確信があったわけではないが、僕はなんだか、そんな気がした。





「生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く