生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした

T&T

13.デートイベント発生


 定期的なリズムを刻む蹄の音と、頬を撫でる風が心地いい。
 僕達は今、領主からもらった白馬と黒馬で平原を駆け、神都へ向かっていた。

「ハイヨー! シルバー!」

 元ネタはラジオドラマだったらしいがさっぱり知らない。しかし一度は言ってみたかった言葉を僕は叫ぶ。

「なにユウ、それを言いたかったからその子の名前をシルバーにしたの?」

 そんな僕の姿を、隣を駆けるリズが笑って見ている。もちろんその背にはエリーがいて、がっしりとリズの腰に手を回している。僕が乗るのは黒馬。リズには金髪と色白の肌の美しさがより映えるように、白馬に乗ってもらうことにした。当然のことながらリズにはそんな理由は言っていない。だがリズも白馬を気に入った様子だったため、僕の願いは簡単に実現することとなったのだ。

「僕らもあの辺りで今日は休もう」

 ペイニア最速の馬とはいえ、全力で走らせるのはかわいそうだ。どちらにせよ1日で着けない距離ならば、野営ができる場所を見つけた時に休んだ方がいい。領主の屋敷を出て少し買い物をしたあと、その日のうちにペイニアを出発してから数刻経った夕暮れ時、いくつもの荷馬車が湖の畔に並び、その荷馬車の主と思われる人々がテントを張っているのが見えてきたため、僕はそこを野営地とすることを提案する。その場にいるのは、どうやら行商人達のようだった。
 先に野営の準備を始めていた行商人達に軽く挨拶をし、少し離れたところに自分達の馬をつなぐ。長距離を馬に揺られて疲れたのか、エリーが芝生に座り込み、行商人達のテントを物欲しそうに見ていた。

「そういえば私達、テント持ってないね」

 そのエリーを見て、思い出したようにリズが呟く。
 確かに。雨が降ったら野宿するのにテントは持っておきたいところだ。旅の準備としてペイニアで買い物をしていたにも関わらず重要なものを失念するあたり、まだこの世界に慣れていない証だった。

「この3か月、雨が降った時はどうしてたの?」
「ほとんど森の中を歩いていた生活だったからさ、小雨だったら木の下だったし、大雨なら洞窟とか大木の根の部分にある穴ぐらとか?」
「昨日の宿屋の環境で寝泊まりしても、まだ野宿は平気?」
「全然平気よ、だってそれが冒険の醍醐味でもあるじゃない?」

 嫌な顔ひとつせず、平気な顔をしてリズは言う。リズは元の世界の生活を知っているにも関わらず、そのような生活を続けて来れている。本当に剣と魔法の世界が好きでなければ音を上げてしまいそうな環境にも耐えていることから、リズのこの世界への想いが知れた。かくいう僕も最初は野宿に抵抗があったものの、転生したこの身体は野宿をしても平気な身体になっているらしく、酷く身体が痛んだりするようなことはなかった。雨風をしのげさえすれば野宿も全く問題ないと思う。

「あの人達にテントの売り物がないか聞いてくるよ」

 ペイニアを出る時に領主からもらった金貨のうち、金貨は50枚も持っていれば十分ひと月の生活ができると言われたのでほとんどを銀行に預けてきた。この世界の銀行はギルドの情報と同じように、銀行のあるところであれば魔法で出し入れが可能なのだそうだ。魔法って素晴らしい。この世界のお金の価値は未だによくわからないけど、これも勉強である。貨幣袋を持って僕は行商人達のもとへ向かう。

「あ、待って、私も行きたい。エリーはどうする?」
「待ってる」

 慣れない馬での移動によっぽど疲れたのか、珍しくリズの誘いを断り、エリーはじっと座っていた。

「うん、じゃあいってくるね」

 そんな会話が後ろから聞こえ、リズが自分のもとへ走り寄ってくる音が聞こえた。 買い物デートイベントの発生である……っておぃおぃ何を考えているんだ僕は。つい先日決意した自分がいとも容易く揺らいでいることに情けなさを抱く。

「そういえば、弓も買い忘れちゃったね。それもあるか聞く?」
「いや、いらないかな。実現リアライズが中距離武器の代わりになることもわかったし、買ったら買ったで荷物になるし」

 そう、街を出る時、結局買ったものは必要最低限の身の回り品だけで弓のことなど頭から抜け落ちていた。ペイニアに着く前の会話をリズは覚えてくれていたようだ。しかしながら実現リアライズが使えたことから弓の必要性を感じない。僕の言葉にリズも納得したように頷く。
 行商人達に声をかけると、喜んで商品のテントを我は我はと紹介してくれた。値段はたいてい銀貨20枚程度。水をよく弾く、中が仕切れる、丈夫、などなど、各々商品のオススメどころを教えてくれる。そんな中で金貨10枚という声があがった。

「バカかお前、金貨10枚のテントなんて買わんわ」

 金貨10枚のテントを勧めてきた若い商人が他の年配商人に責められている。テントに金貨10枚はよっぽどありえない高さなのだろう。確かに通常のテントが銀貨20枚程度となれば、その金額は法外な値段だ。

「いや、そうは言ってもですよ、お客さん、聞いてください。このテント――」

 どうやらそのテントは古代魔法都市の遺物、いわゆる魔法道具マジックアイテムらしい。畳まれたそれは手のひらサイズであり、本当にテントなのか疑わしい。加えてテントには魔除けの魔法が付与されており、テントを張ればテント周辺は敵意を持つ賊や野生動物や魔獣には認識されなくなり、近寄ってこなくなるとのこと。遠目ではテントが見えても、魔法の有効範囲に入れば、敵意を持って近づいてくる存在はそのテントの存在を忘れることになるらしい。大人4人までが入れるテント、そのオススメポイントは他に2つ。魔法の言葉で簡単に設置と片付けが可能であること、また、畳まれた時のサイズはなんと貨幣袋に入る程度の大きさとのこと。まさに今、目の前の手のひらの布が、テントの畳まれた状態ということだ。
 リズは『買おう、買おう』と僕の耳元で囁き、袖を引っ張ってくる。
 なんという買い物デートイベントだろうか……っておぃおぃだから違うから。戒めたはずの自分がとことん弱い意志の持ち主であることに愕然とする。でも、だって、可愛いんだからそうやって思うことくらいは許してほしい――などと誰に言い訳するでもない言い訳を頭の中に並べながら、確かにこれはすごいテントだと思った。
 問題は『本物であれば』だ。金額云々は別にして、この手のものは本物かどうかの判断がつかない。リズはすでに買う気満々である。折り畳めるオススメポイントは真実にしても、魔除けの証明はどうしたものか……。僕は一瞬迷った結果、あまり好ましくない手段を取った。

検知ディテクト

 誰にも聞かれないように言ったつもりだったが、リズがチラッと僕を見たのがわかった。

「あなたは実際にその機能を全て確認していますか?」
「もちろんですよ!」

 若い商人は真剣な眼差しで僕を見据え即座に答える。普通の人間であればきっと疑わないであろう真摯な素振り。しかし僕は実現リアライズを使ってやっと信じることができる。どうやらこの若い商人は嘘をついていない。であればすることは1つ。

「金貨5枚でどうですか?」

 値引き交渉だ。僕は若い商人にふっかける。交渉の鉄則である。いきなり半額を提示する僕に、他の行商人達がざわつく。

「9枚でお願いします」
「6枚。これ以上は生活が苦しくなります」
「8枚とはいきませんかねぇ?」

 若い商人も慣れたように苦笑いを浮かべている。そううまくはいかないか……諦めた素振りで大きな溜め息をつき、僕は周りにいる年配商人達に大きく声をかけ、最後の押しを試みる。

「すみません、どなたか銀貨20枚のテントを――」
「7枚! これ以上は無理です!」
「わかりました、そちらのテントを貰います」

 行商人達の間に、驚きの声があがる。リズはそのやり取りを終始無言でハラハラと見つめていた。欲しいものが手に入るのか心配だったのかもしれない。まぁ交渉に失敗していたらどの道、金貨10枚でも買うつもりだったんだけれど。予想外にイイものを手に入れ、リズと僕はエリーのもとに戻る。その途中、リズが声を掛けてくる。

「さっき、実現リアライズで何してたの?」

 やはり、リズは気づいていた。

「ごめん、嫌な気分にさせちゃったかな。あの人がちゃんとこのテントの、特に魔除けの性能を確かめたかどうかを、嘘をついていないか確認したんだ」
「あ~そういうこと。別にいいと思うよ? こういう魔法道具マジックアイテムならなおさらね。ユウのすることには理由があるっていうのもわかってるから嫌な気分にもなってないよ。あ、でも、私との会話でそれをされたら嫌だな~」

 リズが僕を信じてくれている。普段からそう感じてはいるのだけれど、やはりこうして言葉に出してもらえるのはありがたい。そんなリズだからこそ、僕は信じられるし、信じたいと強く想う。

「大丈夫だよ、リズには絶対に使わない。僕がリズを信じないなんてありえないから」
「うん、ありがとっ」

 僕がその言葉を言うことがわかっていたように、リズは間髪入れず満足気に答えた。

「それにしても、その年で随分と豪胆なのね。あんな風に値切るとは思わなかった。私だったら言い値で買わされてたよ」
「まぁ僕も、初めての値切り交渉だったんだけどね。こういう世界では値切るものかなって思ってやっただけなんだけど、思いの外よく値切れたと思うよ」
「ユウって結構、頭の回転早いよね~感心しちゃう」

 そんなリズを見て、デートイベントの僕の印象はまぁまぁだったかな、などと再びバカな想いを巡らせながらエリーのもとへ戻る。待っていたエリーにリズが嬉々として獲得してきた戦利品を説明し、実際に使用する。確かにあっという間にテントが出来上がった。エリーも心なしか喜んでいるように見える。笑顔のリズに手招かれ、僕たちは早速そのテントを使い、その日の旅を早々に終えた。
 金貨7枚のテントは予想以上に広く快適だった。





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