生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした

T&T

10.旅の目的


『世界が闇に包まれしとき、神は子のつがいをこの世界に遣わさん。神の子、世界に転生せし時、神の寵愛の証たる武具と能力スキルを得、その武具、能力スキルをもって世界の闇を打ち払い光を灯さんがため、世界を巡り流離さすらわん。しるべなき子のしるべとなるべく、我ら竜族、子に相見あいまみえし時、手となり足となり、その子らを導かん』

 ベッドの上に立ち、目をつむり両手を広げて天を仰ぎ、朗々と竜族の伝承をエリーは満足気に謡う。これが、リズが聞きたかったという神の子の宿命ということだ。難しいけど、簡単に言い換えれば、世界が不穏になった時に神の子の男女が転生してきて平穏を保つ、ただ神の子はどこに向かえばいいかもわからないから、竜族はその道標として共に旅をする、ということだろう。

「何で竜族が神の子の手足となって導く伝承なんだろう? 神と竜族って何か関係があるの?」

 ふとした疑問をエリーにぶつける。

「昔、神の側近に竜がいた。その遺骸は今も竜族の里に神竜として祀られている。神は友であり、主人であり、最も敬愛した存在だったみたい。竜族はその神竜の子孫であり神の眷属と言われている。だから、神竜の子孫である私達竜族は、神が残した言葉を受けた神竜の話を伝承として語り継ぎ、神が遣わせし子を守り導くことを使命としている」

 ん? 遺骸?

「竜族の里に、まだ遺骸があるの?」
「ある」
「この世界にも神話ってあるの?」
「ある」
「その神話の神って、エリーの里の神竜の友であり主人なの?」
「そう」

 頭が追い付かない。神話の登場人物の遺骸が今も存在しているなんて。神というのは、まさかあの神のことなのだろうか。あの神は、この世界で生きていた?

 お風呂上りの身体に赤みを帯びながら髪の毛を備え付けの櫛で梳くリズはその手を止め、同様に呆気にとられた顔をしている。リズも理解するのに苦労しているようだ。僕は必死にない頭を回転させながら、思い浮かぶ疑問をエリーに投げかける。

「この世界には竜がいるってことだよね?」
「そう」
「その竜も神竜と同じような存在なの?」
「竜はいる。しかし、生物としての存在であり、竜族とは無関係。ただの動物と言っても支障ない。神と共に生きた竜は、里の神竜だけのはず」

 疑問はいくらでも湧いてくるが、これ以上は頭が追い付かない。細かいことは旅をしていくうちに少しずつ教えてもらおう。そして僕は考えるのをやめた。

「はぁ…蔓延る闇を打ち払え的な伝承も興味をそそられるのだけど、そんなことよりも神様と共に生きた竜の遺骸が今もあるってことにびっくりよ」

 溜息と共にようやくリズが口を開いた。『伝承』を『そんなことよりも』と言われてしまったことが響いたのか、エリーは心なしかしょぼくれている。

「あ、ごめん、違うのエリー。神竜様の話の方がインパクトが強かったっていうだけだからね? 伝承、というか私達の宿命はとても素敵なことだと思う。私達がこれからどこに行けばいいのかは、エリーが道標になってくれるんでしょ? エリーとユウとずっと一緒にいられるってことでしょ? とても素敵で幸せな運命だわ!」

 しょぼくれた少女は抱きしめられると、リズの形の整った胸に顔を埋める。そして嬉しそうに、リズを見つめて微笑むのだった。羨ましいなどとは思っていな……いる。
 しかし、それよりも『ユウとずっと一緒にいられる』という言葉を聞いて胸が高鳴った。僕はずっと一緒にいてもいいのだ。勝手にこの世界に追ってきて、押しつけがましく自分の勝手な敬愛の想いをぶつけていたから、街に着いたら別行動を切り出されることも可能性の1つとしては頭にあった。このストーカーめ! となじられることすら考えたが、その可能性は限りなく低くなったと受け止めてもいいのだろう。笑い合うリズとエリーを見つめ、僕も頬が緩む。

「いったん、私達の旅の目的は、この世界各地で発生するトラブルを解決しながら冒険していくってことでOK?」

 エリーをその胸に抱きしめながら、リズが僕に声をかけてくれる。伝承の中で言われていた宿命、旅の目的を改めて共有しておきたいということだろう。

「もちろん、構わないよ」
「その旅の中でエリーの里にも行ってみたいね!」
「里は少し遠いところにあるから、時が来れば案内する」

 竜族の里。この旅の目的地の1つとして、必ず行ってみたい場所となったのは言うまでもない。

「よし、じゃあ明日からは正式な冒険者として名乗りましょう。午前中は、この宿屋の隣にあった冒険者ギルドに行って冒険者登録しましょうね! 領主様のお屋敷に顔を出したあとは、エリーの思し召しに従いましょ!」
「特に何も思いつかないけど、旅をするなら神都に向かった方がいい。この大陸の中心にあるから、どこに行くにも便利な場所って聞く。私も行ってみたかった」

 神都……? 神の都?

「決定っ! よし、それじゃ今日はもう寝ましょ!」

 神都という響きをリズは特に気にしていない。まぁ行けばわかるし、話がひと段落したここで敢えてそのことを深掘りする必要もないだろう。目先の旅の目的が明確になったからか、リズはこれから始まる冒険に期待を膨らませているようだった。

 本格的な使命を帯びた冒険者生活が始まる。
 それは僕にとっても、未知の世界へ踏み出す一歩として、確かに心弾む出来事だった。






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