つぎはぎの仮面で愛して

椎名


 僕が、彼の言葉の意味に気付いたのは中学生の頃だ。
 情けない話だが、僕は年を取るにつれ彼との思い出を自然と忘れようとしていた。それほど、初めての友人に拒絶されたショックは大きかったのだ。軽いトラウマだったのかもしれない。無意識に、忘却しようとしていた。
 けれども、出来る筈がない。ふとした瞬間に彼の欠片はそこかしこで姿を見せて、僕を締め付けるのだから。

 ある時、図書館でイギリスの詩集を見付けた。何の気なしに手に取って、パラパラと捲ってみる。
 ━━そして、その中のある単語に、手が止まった。

『Rose Cottage』
 ローズ・コテージ。直訳のまま、薔薇の別荘という意味だった。
 詩はこのように続く。


  ああ、神よ。
  わたしのかわいいあの子が向かった
  薔薇の別荘は冷たいのでしょう。
  棘は抜かれているのか
  そんな心配をしています。
  どうか安らかに。
  優しい薔薇に抱かれて
  あなたのもとへいけますように。
  あなたの手に抱かれれば
  あの子は幸せになれるのでしょう。


 タイトルは『かわいいあの子の棘を抜いて』だった。
 おそらく「あの子」には、意味合い的に「私の子供」と入るのだろう。直接的表現はされていなくとも。

「…………っ」

 ━━わかっていた。わかっていたんだ、本当は。
 子供の頃は本当にわからなくとも、十を越えたくらいで子供は理解に貪欲になる。
 出会った時から付きまとうトモの幻影は、確かに真実を伝えていた。

 寮から帰った日、珍しく休暇を取っていた父に僕は静かに話し掛けた。

「トモ、死んじゃったんだね」

 その言葉に、父はペンを握っていた手を止めると。

「読みなさい」

 書斎の一番下の棚から、一枚の封筒を取り出した。

「お前が全てに気付いた時、渡すようあの子から言われてたんだ。だから、あの日小児科医でもない私が彼の『退院』を伝えに来たんだよ」

 封筒を受け取り、部屋を後にする。
 これはひとりで読まなければならない。そう思った。
 自室へ帰って、必死に勉強したのか、それとも持ち前の賢さで覚えたのか、所々バランスのまるでなってない漢字が配置されたそれをゆっくりと開いた。

 大人のような子供だった友達の最期の言葉は、ひどく残酷なものだった。


『だいすきなみーくんへ。
 たぶんね、ぼく死んじゃうとおもう。
 だからね、みーくんにひどいこといいます。
 みーくん泣いちゃうとおもうし、きらいになってもいいよ。
 ぼくのことわすれてもいいよ。
 でもね、ぼくは
 みーくんをお嫁さんにしたいくらい好きでした。』


「……はは、」

 ぎゅうっと両手に入った力は、くしゃりと文面を歪ませた。そして、神にでも懺悔するように、額を紙面へと押し付けていた。

「あーあ、ほんと。……ひっどいなあ、トモは」

 クスクスと不思議な笑いが込み上げてくる。そのくせ、瞳からは止めどなく涙がこぼれ落ちて。手紙に、次々と染み込んだ。
 ━━まるで、トモが受け止めてくれているみたいに。

 大人みたいな不思議な子供は、最期の最後に残酷な呪いを残していった。
 今さらになって、自覚させるなんて。━━伝える相手もいないのに、愛を覚えさせるなんて。
 子供のままだったなら、友情で終われたのかもしれない。幼い思い出を大切に宝箱に閉まって、初めての友人との日々を時たま思い出し感傷に浸るような、そんな受け止め方ができたのかもしれない。
 けれど、もう違う。手紙を開いたみーくんは『子供』のみーくんじゃない。『トモよりも大人になってしまった』みーくんだ。
『好き』には友情以外の好きがあることを知ってしまっている。

 伝える相手のいない『好き』は、猛毒だ。吐き出せず蓄積して、溜まりに溜まったその重さに苦しむ。
 好きだからこそ憎くなり、好きだから、苦しくなる。
 猛毒の仕込まれていた手紙を見つめて、僕は満面の笑みを浮かべた。


「僕も、お嫁さんにしたいくらい好きだったよ。智之ともゆき

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