つぎはぎの仮面で愛して

椎名


 頭を撫でられ、背を擦られ、傷付いた子供として存分に甘やかされた僕は、気が付くと我が家の自室で眠っていた。泣き疲れてそのまま母か父……いや、忙しい両親にそんな時間はないだろうから、使用人の誰かの手でここまで運ばれてきたのだろう。
 もそもそと柔らかい布団を頭まですっぽり被り、まん丸に身を丸めた。
 ━━きらいだ。トモなんて、もうきらいだ。謝ってきたって許すもんか。
 再びじわりと涙が浮かんでくる。
 それは、子供の意地だった。本当に嫌いになったわけじゃない。許さないわけがない。きっと一言、あの甘い声で「ごめんね、みーくん」と困ったような顔をして囁かれたならば、僕はその場で頷いて笑顔を見せていたことだろう。子供の些細な喧嘩は、そこで収束する。そんな単純なものなのだ。そして単純だからこそ、時間が経てば経つ程、意地はどんどんと強固なものになっていく。

 トモと顔を合わせなくなって三日が経った。トモの病室を避けたのではなく、あれ程通っていた病院自体に行かなくなったのだ。そんな気分ではなかった。
 けれども、そうして寂しい家の中でただひとり布団にくるまっているだけの時間は、思考すらもまともに回せないほど退屈なものだった。
 常に襲い来る、何かを忘れているかのような焦燥感。トモとの時間は、生活習慣とも言えるくらいに、僕の日常に入り込み根を張っていたのだ。
 どれ程無意味に時間が経っただろうか。知らぬ間に一週間ほど、堕落しきった生活を送っていたかもしれない。しかしそれを注意できる立場の人間は両親以外におらず、僕の甘ったれた生活に終止符を打ったのは、久々に帰ってきた父の一言だった。

「お前は、あー、小児科の五二五の子と仲が良かったな」

 布団の中ですっかりふて腐れみのむし状態になっていた僕に、声を掛けた父はひどく気まずそうに言い淀んでいた。あの厳格な父が。珍しいなんてものではない。

「……トモがなに? なにか言ってた?」

 その時の僕は、ほの暗い期待を懐いていた。きっと、謝ってくれたんだ。お父さんにごめんね、て、伝言してくれたんだ。と。
 けれど。

「あ、いや、な、父さんもあんまり話せたわけじゃなかったんだが、あの子な、退院したんだ。行き先は誰も聞いていなくてね、━━だから、もう会えないかもしれない」

 その言葉に僕は、「ああ、なんだ、そのことか」と白けてしまった。何故ならそれは、何日も前にトモ自身から聞いた話であり、大人の彼等が知らないトモの居場所だって知っていたのだから。

「……おれ、知ってるよ。トモが、どこ行ったか。トモ、ばらのべっそうに行くって言ってたよ。そこにいるんだよ」

 父さんたちはトモに教えてもらえなかったんだ。なんて呆れながら父に伝えると、父は、大きく目を開いて。

「━━そう、言ったのか。あの子が。……そうか。知って、いたのか」

 苦しそうに、僕の知っている完璧な『大人』であった父の顔が歪む。
 子供は、周囲の感情に敏感だ。学校など子供がより多く集まる場所で混乱が起きれば、それは瞬く間に伝染し集団パニックを引き起こすし、大人が不安になれば、それを感じ取った子供の不安感はさらに倍増する。

「な、に? トモ、なにかあったの?」

 半分だけ出していた顔を、完全に布団を取っ払って父を見つめた。

「……いや、そういえばそう言っていたような気もするな、て。はは、父さんもすっかり忘れっぽくなったな」
「なにそれ。お父さんおいしゃさんなのにそれでだいじょうぶなの」

 父が困ったように笑う。それが尚更トモを思い出させて、ドクドクと心臓が音を立てた。

 ━━おそらく、“わかって”いたのだろう。理屈ではなく、本能的に。
 ヒントは、揃っていたのだから。
 たった一人の病室。外の世界を知らない子供。けれど、賢い子供。外に行きたいとは一度だって言わなくて、それでも興味には溢れていて、そしてそんな『病気の治らない』子供が薔薇の別荘に移ると告げた言葉。好きと、ごめんねと、さよなら。
 パズルは、とうの昔に完成していた。

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