つぎはぎの仮面で愛して

椎名


「わかんない……っ」
「ごめんね」
「なんであやまるんだよ」
「いつか、わかっちゃうから。今しかごめんねが言えないの」
「いつかってなんだよ! 今、わかんないって言ってるだろ!」
「うん。でも、みーくんはやさしいから」

 わけがわからなかった。くしゃっと顔を歪めてトモを睨み付ける僕を、トモは嬉しそうに、幸せそうに笑って撫でる。

「いつかね、むかえに行くから」
「え?」
「ぼくはみーくんが大好きだから、ぼくがむかえに行く。だからね、それまで、来ちゃだめなの」
「仲間はずれってこと?」
「ちがうよ。でも、まだ、つれていかない」

 それは、手酷い裏切りに思えた。
 どうして、いじめるのだろう。トモは僕が嫌いになってしまったのだろうか。だから、いじわるをするのだろうか。
 そんな言葉が悲しみや憤りと共に喉元まで競り上がるが、飲み込む以外に僕に選択肢はなかった。
 ━━あまりにも、優しく触れるから。指先が、好きだと伝えてくれているから。余計に、どうしようもなくなって。

「みーくん」

 俯く僕の髪を、ヴェールを払うように、指がすかす。金糸が揺れる。

「ほんとは、みーくんがむかえに来てくれたんだと思ったんだ」
「え?」
「みーくんは、天使だから」

 室内はあたたかい筈なのに、ひんやりと冷たい指が頬を撫でた。

「みーくん、すき。だいすき」
「あ、え? う、うん。おれも、すき」
「ずっとずっと、だいすきだよ」
「っおれも、おれも、すきだよ! トモがずっと好き!」

 馬鹿みたいに、幼い指先で、触れる体温で、好きだと告げ合う。
 つたない告白は、やっぱり子供で、その言葉にどれほど残酷な意味があるかもわからないで、無責任に、子供たちは傷つけ合う。

「さよならしよう、みーくん」
「え、な、なんで」
「ぼくはみーくんにいじわるをするから。今から、みーくんをきずつけるから、だから、もう、みーくんに会わないの」
「え、や、やだ。いやだよ。トモ」
「もう、来ないでね」
「なんでそんなこと言うんだよっ! トモっ!」
「来たら、ゆるさない。みーくんの顔も、みたくない。ぜったいに、ゆるさない」

 ゆるさないと、唇が笑って。来ないでと、声が歌って。
 わからない。わからない。ひどい言葉ばかりをぶつけるのに、━━どうして、優しい顔をしているの。

「おれ、なにか、した? トモ、おこってる? おれ、あやまるから。トモがいやなことしたなら、あやまるから」
「ぼく、ねむくなってきちゃった。もう出てって? みーくん。少しねむるから」
「むしすんなよ! トモ!」
「つかれたんだって。ねかせてよ、みーくん」
「やだっ! こんなのやだ!」
「出てって、てば」
「トモ!」

「━━出てってッ!」

「━━っ」

 初めて聞いた、トモの怒鳴り声。後にも先にも、僕がトモの感情を荒らした声を聞いたのはこれが初めてだった。

 涙が止まらなかった。それをトモは拭ってくれない。トモが、慰めてくれない。
 幼い僕は、大好きな友人が『友人』でなくなったのかと、友人の身体を別の何かが奪って、操っているのではないかと途方もない恐怖を覚えていた。
 衝動のままに病室を飛び出す。「廊下は走っちゃ駄目よー」なんて看護師の声がひどく遠く聞こえて、現実と僕との間に一枚膜が張ってある気がした。体が重くて、視界は涙で歪んでいて、まるで、抵抗の強い水の中を走っているみたいだった。
 どうして。トモ。トモ。混乱した頭は感情の制御なんて出来やしない。大好きな友人に拒絶されたショックは計り知れなかった。
 無意識に向かっていた屋上。今日ものんびりと日向ぼっこを楽しんでいた飴をくれるおばあさんの胸へと勢いよく飛び込んだ。

「あら、あらあら、みいちゃん? どうしたの?」

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃの僕の顔を、優しいおばあさんはゆっくりと拭ってくれる。

「トモっ、トモ、があ、うえっ、ひっく、うわぁぁんっ」
「あらあらあら」

 本来、患者であるのはおばあさんの方だというのに、『親』に縋る方法も知らない子供の僕は、温かく抱き締めてくれる彼女の胸でわんわん泣き喚くことしかできなかった。

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