つぎはぎの仮面で愛して

椎名


「ぼく、退院するんだ」
「たいいん?」

 その日はやけに窓に霜が貼り付いていて、今ならおかしな落書きをしても明日にまで残っていそうだ。なんてぼんやりと考えていたことを覚えている。
 病院内の空調設備は完璧だ。当然、患者がただ一人の五二五号室だって例に漏れない。だというのに、窓から伺える雪景色は、どこかから隙間風を寄越すようにうっすらとした寒さを僕に伝えていた。

「退院してね、別荘にうつるの」
「べっそう?」
「そう。ばらの、別荘。いつかはわからないけど、きっと、近いうちに」

 薔薇の別荘。そう、彼は告げた。
 不思議には思わなかった。彼の親は、彼にこれほど長く個室を与えられる程度には財力があるのだ。別荘くらい訳無いように思えた。

「びょーき、なおるのか?」

 石鹸の匂いのするシーツに肘をついて、ふわりと笑う彼を見上げた。

「なおらないよ」

 柔らかい、笑みだった。

 ━━じたくちりょう、てやつか。
 そう、僕は子供ながらに大人ぶって納得した。言葉の意味を理解していた訳ではない。彼の言葉に理解ができた『フリ』をしたのだ。そんな自分を大人なのだと、子供らしい錯覚に酔った。

「じゃあ、もうびょういん、来ねーの?」

 それは、否定を得るためにこぼれた言葉で。

「こないよ」

 隙間風が、一層強く吹き抜けた。

「なんで。なおらないのに、来ないの?」
「こないよ」
「なんで」
「なおらないからだよ」
「なおらないなら、来いよ!」
「むりだよ」
「なんで!」

 無性に、叫びたい気持ちだった。トモがいじわるをしている。そう思った。

「なら、おれもそこ行く!」
「だめ」
「なんでだよ! 友だちじゃないのかよ!」
「友だちだよ。だから、だめ」
「わかんない!」

 とうとう、混乱は癇癪に変わった。
 いじわる。トモが、いじわるだ。あの優しいトモが。ちっぽけでよわいトモが、おれにいじわるをする。

 悲しくて仕方がなかった。目の前にいるのはトモなのに。僕の大好きなトモなのに。そんなトモが、駄目だという。優しく笑って、僕を拒絶する。

「みーくん、好きだよ」

 そのくせ、小さな手は慈しむように僕に触れるのだ。
 駄目だと言って、拒絶したばかりの舌で、好きだと告げるのだ。

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