つぎはぎの仮面で愛して

椎名


 人を観察するのが癖になった。
 きっかけは、驚くほど簡単で単純なこと。

 初めから、ピースは揃っていた。


 暇だった。病院内は殆ど僕の庭で、父も母も冷めているわけではないけれど、俗に言う『放任主義』な親達だったので、
 ペタペタと小学生低学年程の子供がひとり廊下を彷徨うろついていようと、誰も注意をする者はいなかった。
 それもそうだ。いくら何もわからない子供といえども、相手は院長の一人息子。下手をすれば跡取りなのだから。
 むしろ、何もわからない子供だからこそ、自身への評価がどんなきっかけで悪意なく院長の耳に入ってしまうかわからない。
 そんな、腫れ物のような扱いを受けていた。
 ━━そう、今でこそわかるが、当時は名の通り『子供』だったので、呑気に院内をつまらない城のように思って闊歩していた。

 学校はつまらなかった。小さな体躯とこの日本人離れした容姿の所為で、子供たちの常識という名の強固な仲間意識から僕はあっさりと異物判定されてしまったのだ。
 けれど病院もつまらなかった。病院は白い大人たちのお城だから、当然、必要としない子供に居場所なんてない。
 けれども。無邪気に無意識下で自身を排除しようとする子供の無法地帯よりも、清潔で消毒液の臭いのする何もかもを拒絶するような白の空間の方が、当時の僕には余程心地好かったのだ。━━無論、拒絶されているように感じたのは僕が『健康体』であったが故なのだろうが。

 その日の僕は、鬱々とした気分を晴らそうと屋上へ向かっていた。
 屋上には入院やリハビリ途中の患者が数人いて、大抵の人間が僕に優しくしてくれる。飴をくれたり面白い話を聞かせてくれたり。
 だから、今日も僕は『子供』であることを武器に、退屈を紛らわそうと小さな外の世界へ進んでいた。━━そんな時、彼と出会った。

「けふっ、こほ」

 くぐもったような、咳き込む声が聞こえた。五二五号室。小児科病棟の角部屋だった。プレートには一人の名前しかなくて、それが気になった。
 けほっ。けほっ。小さな咳は続く。それ以外の音がない。
 大人が誰もついていないのか。……誰も、中に入る子供の背を撫でてはくれないのか。
 そう思うと、たまらなくなった。少し前、一人きりで眠った発熱の夜を思い出したのだ。
 僕は、子供らしい無責任さで戸を開いた。

「だいじょうぶ?」

 中にいたのは、柔らかそうな黒髪を持った少年だった。肌は病的に白く、瞳は息苦しさからか、涙がこぼれ落ちんばかりに溜まっていた。

「水、のむか? おれ、買ってくるよ」

 起き上がり、クリーム色のカーディガンのかかった背を丸めてヒューヒューと息をこぼす彼の姿に、慌てて踵を返そうとしたその時。

「まって。大丈夫。せんせいも、呼ばないで」
「でも」
「おねがい」

 弱い力で呼び掛けられるそれを、僕は振り払えなかった。

 彼はトモと名乗った。歳は奇遇にも当時の僕と同じで、━━僕にとっては初めての、同い年の『友達』だった。
 トモの発作が収まった頃、僕たちは長く長く話をした。これまで出会えなかった時間を埋めるように、溢れる感情をつたない言葉で懸命に声へと変えた。
 時間は瞬きの間に驚くほど過ぎていて、けれどちっとも気にならなかった。屋上へ行く当初の予定など、頭からすっかり抜けていた。それほど、トモとの時間は楽しかったのだ。

「みーくん。また来てくれる?」

 舌っ足らずな甘い声。トモは、当時、背の順で並ばされれば必ず前列に配置される僕よりも、小柄で幼く見えた。それなのに、ときたま飛び出る一言はこわいくらいに真理を得ていて。まるで、彼は何でも知っている『大人』のようだった。
 大人みたいな子供の小さな甘えに、僕は一も二もなく頷いた。

 ━━この日、僕は、最初で最後の友人を得たのだ。

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