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異世界で鬼になりました。

鈴木颯手

第一話

「ゴホゴホ!」
昼間にも関わらずカーテンを締め切り暗くなった室内で引き込む音が響き渡る。
机やテーブル等生活感に溢れる部屋の隅に置かれたベッドの上でこの部屋の主 ― 酒田拓也はりんごのように真っ赤に染まった顔に触れる。
「くそ、夜更かしなんてするもんじゃないな」
拓也は力のない声でそうぼやきつつ昨日の夜を思い出す。
日頃から早寝早起きを徹底していた拓也は珍しく日付が変わるまで起きていたのだが翌朝目を覚ませば視界が歪むほどの高熱を出していたのだ。
当然高校は休むこととなり拓也は先程まで眠っていたのだ。
「…冷却シートを交換するか」
夜更かしを後悔しつつすっかり暖まってしまった冷却シートを交換するために起き上がる。
母と父は仕事に出掛けており看病してくれるものはいない。そのため拓也は自力で冷却シートを交換する。その動作だけでもかなり辛いが冷却シートを張っていた方が楽にはなるので我慢して交換する。
冷却シートを交換し終えた拓也は倒れるように仰向けに横になるがすぐには眠れなかった。
「…皆はどうしているかな?」
うまく働かない頭で委員長を中心に個性の強いクラスメイトの事を思う。高校生活も後一年と少しと言うところまで来ておりもうすぐ修学旅行が始まろうとしていた。
今日は修学旅行の日程などの発表があったと思う。後で聞けるとはいえ皆と聞けないのは少し残念であった。
「…トイレ、行くか」
考えても仕方ないと無理矢理思考を中断してトイレに向かうために再び体を起き上がらせるが突如として魔方陣がベッドの下に現れた。
「…え?」
拓也は驚くも魔方陣は一気に輝き拓也を飲み込んでいった。
「な、なんだこれ!?」
突如として感じる浮遊感と落下するような感覚。回りを見渡せば古い時計の中に迷い混んだような歯車がたくさん存在していた。
「え?うわ!?ちょ、」
青い膜に包まれ運ばれていると感じた頃には数分が経過していた。落ち着きを取り戻した拓也は改めて回りを見ようとするが今度は拓也を包んでいた膜が弾けるように消滅し一気に落下し始めたのである。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」
悲鳴をあげる拓也は歯車にぶつかることなく落ちていきやがて見えなくなった。

























時間は戻り拓也が魔方陣に包まれる少し前。拓也が所属するクラスではちょっとした騒ぎが起きていた。いや、このクラスだけでなく他の同学年のクラスは大体同じだった。騒ぐ理由は一つしかない。
「修学旅行は沖縄だ!」
修学旅行である。
三泊四日の旅行の日程を三校時に発表されたばかりなのだ。
「沖縄行ったら何する?」
「国際通り行ってみたい!」
「水着持っていこうかな?」
「いろいろ喰わないと」
四校時になった今でもこのような状態のため先生は気を聞かせて四校時を自習にして今は職員室に戻っている。
「明日香、楽しみだな」
拓也の所属するクラス、C組の委員長葉山良太が一人の女性に声をかけた。
「そうだね」
その女性、御岳明日香は良太の言葉に短くも肯定を示す。
「俺沖縄行くの初めてだからさ!もう今から楽しみだよ!」
「はしゃぎすぎて前日に風邪引きました、なんて事にならないようにね」
小学生のようにはしゃぐ良太を明日香は宥めてるがふと、今日は珍しく、と言うよりも初めて学校を休んだ幼馴染みを思い浮かべた。
「拓也は今何してるんだろうね?」
「拓也?きっと真面目なあいつのことだから大人しく寝てるんじゃないか?」
良太は拓也の真面目な性格を考えて答える。実際拓也は中身は違うが現在進行形でベッドで安静にしていた。
「まぁ、こんな大事な日に休むとは思わなかったけどな」
「それを言うならまず拓也が休むなんて思わなかった」
それもそうだな、と良太が相づちを打った瞬間だった。
突如として教室に魔方陣が浮かび上がったのだ。
「え?」
良太が行動を移そうとした瞬間には魔方陣は消えて見知らぬ場所にいた。
どうやらどこかの広間のようで全体的に石で出来ており正面には何やらよくわからない石像が建っておりその間に通路が存在していた。
「え?ここなに?」
「何かのドッキリ?」
「どうなってるの?」
ふと声がした方を見ればそこには良太と同じく困惑の表情を浮かべるクラスメイトの姿があった。咄嗟に数えてみれば欠席して教室にいなかった拓也を除きクラスメイトが全員揃っていた。
「良太…」
明日香は不安を隠しきれずに良太にしがみつくがそこへ正面の通路から人が現れた。ファンタジーに登場しそうな神官のような服装をしたものたちが五人。そのなかでも一番きらびやかな衣装を着込んだ男が手を広げて言う。
「ようこそ勇者様。我らに答えてくださりありがとうございます」
いきなりの男の言葉に良太を含めたクラスメイトは困惑の表情を浮かべる。クラスメイトの反応に気がついていないのか男はさらに続けた。
「どうやら今回は大勢で要らしてくださったようなので多少時間はかかりますが直ぐに宿の準備をさせます。それまでの間装備をお渡ししますので我々に付いてきてください」
そう言うと男は踵をかえして戻ろうとするが慌てて良太が引き留めた。
「ちょ、ちょっと待ってください!いきなりここに連れてこられて勇者だの訳の分からないことを言って」
良太の叫びに男は振り向くが表情には疑問符が出ていた。
「何を仰っているのですか?勇者様は勇者様。それ以外の何者でもありますまい」
「だからその勇者って…」
良太の言葉に男はため息をついて少々イラつきぎみに言う。
「勇者様。今エンデクラウス王国は危機に貧しています。このような戯れ言を言う時間はないのですよ?」
「だから!俺達はあんたが言う勇者ってやつじゃないんですよ!」
「はぁ、今度の勇者様は冗談がお好きのようだ」
良太の必死の思いも男は冗談と捉えてしまう。
それでも良太は誤解を解こうと試みた。
「まず貴方に答えた覚えなどないです。それに一体教室からここまでつれてきたのですか?これ犯罪ですよ?」
「…ではお主はエルガロムの者ではないのか?」
男は弱冠焦りを覚えて良太に聞いてくる。
「エルガロムって何ですか?そんな名前のやつはここにはいませんよ」
良太の言葉に男はかなり驚愕しているようだ。持っていた杖を落としてしまう。
「…つまり我々は術式を間違えて関係ないものたちを呼び出してしまったと言うことか」
「あ、あの?」
「と、とにかく今後のことも話さないといけないから国王様のもとにいかなくては!お主たちも来てくれ」
男は良太の返事を聞かずに先にいってしまう。良太は取り合えずクラスメイトを集合させた。
「皆、何が起きているかわからないけど今はあの人たちに従っていた方がいいだろう」
良太の言葉にクラスメイトは頷きぞろぞろと、広間を後にした。

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