異世界戦国記

鈴木颯手

第八十八話・加納口の戦い14

 時は少しさかのぼり、信秀が南に撤退を開始した頃、信康は岸信周との一騎打ちを続けていた。槍の中心に鉄の棒を仕込む独特の獲物を用いる信周の攻撃は一撃一撃が重く、信康の力と体力を徐々に削っていた。
 しかし、信康の方も負けてはおらず、織田家随一の実力者にふさわしい太刀捌きを見せ信周の体中に切り傷を作り上げていく。両者ともに決定打を与えるには至らずに強者同士の戦いが一時約二時間もの間続けられている。

「フハハハハハ! 流石は織田家随一の強者といわれるだけの事はあるな! ここまで決め手に欠けるとは思わなかったぞ!」
「それはこちらお台詞だ。俺もさっさと決着をつけたいのでね!」

 信康が刀を横なぎに払うと信周はそれを槍で防ぐ。そのお返しとばかりに槍で信康の心臓めがけて付けば紙一重の所で避けられる。それらの応酬が再び続く。しかし、そんな二人の一騎打ちも終わりの時が近づいてきていた。
 暗闇の中での戦いだった両軍の戦いは日が昇り始めたことで明るくなり、敵味方の区別がつくようになっていた。更に稲葉山城で山口教継や織田三位を襲っていた日根野弘就が撤退した彼らを追って稲葉山城から出てきたのである。当然味方の援護とより重要な存在である織田家の一門衆を倒すべく弘就は標的を変えた。

「あれは信秀の弟の信康の兵……。信周め、手こずっておるのか。者ども! 次の標的はあやつらだ! 岸の軍勢に加勢するぞ!」
「「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」」」

 岸信周が率いていた兵八百に加えて弘就の約五百の兵が加わり、信康の兵との兵力差が一転した。兵数がわずかとはいえ勝っていたからこそここまで持ちこたえていた信康軍だが弘就の横やりは兵を劣勢にさせるには十分すぎた。結果、信周と一騎打ちをしているせいで満足に指揮ができない信康軍はじりじりと押され始めた。

「信周が信康を抑えている間に兵を片付ける! 者ども! ここが正念場だ!」

 弘就は定期的に兵を鼓舞し、指揮官が不在となっていた信周の兵も指揮することで互いの差を明確にしていく。その様子を見た信周は嗤った。

「どうやら貴様は終わりのようだな」
「……」
「さすがに城門を破られたときは焦ったが蓋を開けてみれば織田家は劣勢となっている。ここでお前を討ち取れば織田家は終わりだな」
「……ふ」

 信周の言葉に信康は小さく笑う。彼の言う通り織田家は劣勢といえるだろう。信康は全体の状況がどうなっているのか把握できていない。後方にいる守るべき信秀が移動している事すら分かっていないだろう。だが、すでに戦の流れが自分達織田家にはないことは理解していた。
 だが、自分を打ち取れば織田家は終わりだという信周はとんだうつけだと信康は感じだのである。

「確かに俺は兄上や家臣達の中で一番強いという自負がある」

 兄である信秀は武勇には優れず、雑兵との1対1なら勝てるかもしれないが強者相手に勝つことは出来ない。

「だがな。兄上は俺にはない力がある。家をまとめ、親族を従え、恐れずに織田家を前に引っ張っていく。兄上がいたからこそ織田家は尾張を手中に収める事が出来たのだ!」
「だとしてもここで貴様を失えば織田家も相当の痛手を負うことに変わりはないだろう? 家中をまとめられる実力はあったとしても武勇で支えてきたのはお前なのだからな」

 実際、信康の武勇に関する功績は高い。彼がいなければ織田信秀がここまで勢力を延ばし、勢いづくこともなかっただろう。もしかしたら名古屋今川家との戦いで敗死していたかもしれない。

「さぁ、そろそろお互いに決着をつけようか。俺としてもそろそろほかの者たちの様子が気になるからな」
「気にする必要なんてないさ。お前はこの地で息絶え、我ら斎藤家の糧になるのだから、な!」

 そういうと信周は槍を振り上げ力の限り信康へと振り下ろした。信康もそれを迎え撃つように刀を振り上げた。互いに渾身の一撃を込めたそれらは思いを乗せてぶつかり合い、

鉄が砕ける音があたりに響き渡った。

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