斜陽の帝国復興期

鈴木颯手

第十話 戦況

 ネーデルランド軍を撃退した事はあっという間に帝国中に広がった。更にフリードリヒ1世自ら指揮をして巨人族を倒した事に帝国民は歓喜し皇帝を崇め称え帝国と敵対する他国は恐れを抱いた。それほどまでに巨人族は恐れられていた。この出来事により混乱や逃亡しようとしている者が続出していた帝都やその他大都市ではその傾向が薄れ始めていた。
 しかし、未だにバルト公国、アンヴァール帝国から侵攻は受けておりノースウェン王国とも海を挟んでのにらみ合いがありいつ戦線が開いても可笑しくない状態であった。
 そんな状況の中フリードリヒ1世は花々と帝都ベルーナへと凱旋したが直ぐにブランデンブルク城に入り官僚たちを呼びつけた。理由は他の戦線の状態を聞くためであった。

「それでは報告させていただきます」

 宰相のマルクスがそう言うとフリードリヒ1世の前に帝国を中心とした地図を置き駒が置かれていく。他国の軍勢を示す駒が帝国領土に置かれていくたびにフリードリヒ1世の眉が顰められていく。

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「まずは北方についてです。北方はノースウェン王国と先端が開かれていますが現状はにらみ合いのみとなっております。大陸側ではヘルムート伯爵が自ら兵を率いて国境の防衛に当たっているのもありノースウェン王国の侵入はありません」

 マルクスの言う通りノースウェン王国を指す赤い駒は全て王国領内に置かれており少なくとも膠着状態にある事は確認できた。

「続いて東方ですが…」

 マルクスは一旦そこで口を閉じる。東方は北方や製法と比べ酷い有様であった。バルト公国を指す薄青の駒は東方直轄領深くまで入っておりアンヴァール帝国を指す茶色の駒はイェーガー辺境伯領の南部に浸食していた。

「御覧の通りバルト公国はカウナス近郊まで迫っております北部ではリガを拠点に沿岸部にまで迫る勢いです」

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「成程…。リガが落とされたのが痛いな。バルト公国を抑える要塞の一つだったからな」

 フリードリヒ1世はどうしようもないとばかりに肩をすくめて言うが頭では打開策を練ろうと必死に回転させていた。そんなフリードリヒ1世を見てマルクスは何を思ったのか突然このように言った。

「陛下。バルト公国の第一姫が攻めているそうです。どうでしょう? 第一姫を嫁として迎え入れバルト公国を取り込むと言うのは」
「…何?」

 マルクスの突然の提案に驚くがさらに続ける。

「東方直轄領などの割譲を条件にすれば彼らも納得するでしょう。そうすればバルト公爵も帝国に帰順し東方戦線の戦況は一気にこちらに傾きます」
「…成程」

 フリードリヒ1世はマルクスの言葉に納得するが同時に今講和すれば帝国がバルト公国に頭を下げたと思われ帝国の権威は地に落ちるだろう。更に割譲する東方直轄領も東半分は既に奪われている。彼らが納得するとは思えなかった。故にフリードリヒ1世はこう断言した。

「却下だ。大国たる我が国が一公国に頭を下げるような行為をする必要はない。それに奴らは帝国を裏切った卑怯者である。何故我らが譲歩する必要があろうか?」
「ですが、現状を考えればそれが一番です。なんとしても王妃に迎え入れなければ…」
「…なんだと?」

 フリードリヒ1世は殺意を込めてマルクスを睨む。濃厚な殺気に官僚たちが怯える中マルクスは堂々と言う。

「ええ、王妃です。第一姫は武勇に優れているだけでなく女性としての能力も高いと聞きます。彼女の方が王妃に相応しいと言えるでしょう」
「…ほう」

 マルクスの言動にフリードリヒ1世は青筋を立てると立ち上がる。フリードリヒ1世は体中から殺気を放っているため官僚たちは顔を悪して見守る事しか出来なかった。

「第一姫だか何だか知らんが所詮裏切り者の娘でしかない。そんな奴がいくら優れていようとベアトリスに勝るわけがない。いや、そもそも比べるのもおこがましい」
「…彼女は王妃に相応しくありません」
「しつこいぞ。いい加減にせよ」

 フリードリヒ1世は本気で怒り近くに武器があればマルクスに襲いかかっても可笑しくなかった。それほどまでフリードリヒ1世はベアトリスを愛し大切にしていた。ベアトリスがフリードリヒ1世の寵愛を受けていることを気に入らない者が多数いるのはフリードリヒ1世も知っていたが彼女以外の者と寝るつもりも婚約するつもりもなかった。
 フリードリヒ1世が帝国以外の為に命をささげている人物。それがベアトリスであった。尚、ベアトリスとフリードリヒ1世は未だに婚約者で止まっていた。前述の理由や帝国包囲網のせいで婚姻を上げる暇がなかったのである。

「この件については聞く事は無い。本題を続けよ」
「…御意に」

 マルクスは不服そうにしていたがフリードリヒ1世の言葉に渋々従い現在の戦況を話していく。

「アンヴァール帝国は東方辺境伯領南部を中心に進行しており全軍で六万になるそうです。東方辺境伯の部下たちが迎撃に出ておりますが状況は良くないそうです」
「他の貴族はどうしている?兵を出すように命令していたはずだが」
「貴族の殆どが出兵を出し渋り総勢でも六千ほどしか集まりませんでした。現在八千の兵と対峙しています」
「いつもの事か」

 フリードリヒ1世は貴族の非協力的な対応に苛立ちを覚えるが必死に心を落ち着かせる。今起こったところでどうにかなるわけではないのだから。

「最後に南方です」

 マルクスの言葉にフリードリヒ1世は反応する。帝国と一国のみで太刀打ちどころか滅ぼせる国力を有しているリエリア帝国がある南方についてだからだ。

「現在リエリア帝国に目立った動きはありませんが首都に兵が集まってきているようです。総数は不明なれど十万は超えると報告があります」
「…成程、異教徒の国と争いながらそれだけの兵を集められるのか。流石に偉大なる大帝国の名を名乗るだけの事はあるな」

 偉大なる大帝国は今から千年以上前に存在していた国家だ。圧倒的な国力を有し内海を庭としていた。その後は東西に分裂し西は百年ほどで滅びたが東は未だに生き残り神聖ゲルマニア帝国の脅威となっていた。

「南方直轄領には兵を集めさせておけ。ダキア帝国、セビア公国が間にある以上侵攻経路は限られるからな。十万の兵が雪崩れ込んでくる事は無いだろう」

 仮にそうなれば帝国など鎧袖一触であろう、とフリードリヒ1世は呟いたがマルクスや他の官僚には聞こえていなかった。
 神聖ゲルマニア帝国とリエリア帝国では兵の質に差がありすぎた。神聖ゲルマニア帝国の軍事力を50とすればリエリア帝国は65程あった。アンヴァール帝国も大体同等の軍事力を有しておりバルト公国に至っては75程あったが両国とは違い大国であるために数が桁違いであった。

「それとキリシアン教皇国から援軍要請が出ています。いかがなさいますか?」
「兵を出す…と、言いたいが現状では難しい。せめて西方辺境伯から兵を出してもらいたいが…」
「不可能でしょうな」

 フリードリヒ1世の言葉にマルクスは肯定した。西方辺境伯は代々エルフ王国から守っており帝国貴族では突出した実力を有していた。しかし、エルフ王国を相手取るとなると全軍で迎え撃つ必要があり兵を出す事は出来なかった。

「エルフ王国には使者を送り停戦なり同盟なり行わせようと考えている。使者の選定はマルクス、貴様に一任しよう」
「かしこまりました。これで戦況の報告は以上になります」

 マルクスの言葉を聞きフリードリヒ1世は軽く息を吐くと目の前の地図に目を通すと目を閉じて思考した。態度について小言を言ってきているマルクスやざわめく官僚たちの声も聞こえなくなり静寂な世界へと入っていく。フリードリヒ1世は改めて戦況を頭に描きそして東方戦線がいかに危うい状況なのか見ることが出来た。アンヴァール帝国も脅威だがバルト公国が現状尤も危険な国であった。東方直轄領の先には前回の反乱に加担していたコルド侯爵改めコルド伯爵が治める領土があり周りにも中小貴族が治める領土があった。もし、東方直轄領が奪われそのまま侵攻すれば周辺の貴族は寝返る可能性があった。そうなれば帝都に向かう事もイェーガー辺境伯領に入りアンヴァール帝国と合流する事だって可能であった。

「…ならば」

 フリードリヒ1世は考えを纏めると目を見開き玉座から立ち上がった。いきなり立ち上がったフリードリヒ1世に官僚は驚きのあまり声を出すがそれを咎める者はいなかった。

「マルクス、帝都は任せた」
「…? …! ま、まさか!?」

 マルクスは当初フリードリヒ1世の言葉の意味を分からなかったがやがてその意味の答えにたどり着き目を見開く。そんなマルクスにフリードリヒ1世は笑みを浮かべ歩き出した。

「東方直轄領に向かう。準備をせよ」

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