斜陽の帝国復興期

鈴木颯手

第七話 帝国包囲網

「…」

フリードリヒ1世はあまりの事に頭を抱えたくなるのを必死でこらえる。頭はガンガン響く頭痛で上手く考えがまとまらず座っているも辛いほどだ。僅か数時間前のフリードリヒ1世とは全く別人の用であった。

それもそのはずである。伝令兵が伝えた後立て続けに報告を受けた。それも最大級の凶報を。

「ノースウェン王国が北方半島の領地に侵攻してきています!」

「バルト公国が東方直轄領に侵攻してきています!更にアンヴァール帝国が東方辺境伯領に侵攻中!」

「リエリア帝国が我が国に宣戦布告を行ってきました!今のところ主だった動きはありませんが兵を募っているとの事です!」

現在神聖ゲルマニア帝国は六か国に同時に攻められようとしていた。帝国史上初の出来事である。これまで同盟国家を助けるために二、三カ国と同時に戦ったことはあれどその倍にも及ぶ国との争いは未経験であった。

しかし、いつまでも茫然としている訳にはいかないとフリードリヒ1世は体に鞭をうち指示を出していく。

「ノースウェン王国については徹底的に叩け。奴らの国力ならその位容易いからな。だが、深追いはせずに防衛に努めろ」

「はっ!」

「バルト公国についてはもはやどうしようもない。あれと拮抗する実力を持つ軍団は数少ない。焦土作戦を実行し敵の足を止めろ。最悪東方直轄領はくれやっても構わん。アンヴァール帝国についてはクラウスの部下たちが優秀な事を祈るしかない。周りの貴族に兵を出すように命じろ。敵が辺境伯領を超えたら相手してやれ」

「了解しました!」

「リエリア帝国については仕方ないがセビア公国、ダキア帝国が間にあるためそう簡単に攻めては来ないだろう。だが、念のために南方直轄領は何時でも動けるようにしておけ。最悪一番の激戦区となるだろう」

「分かりました!」

「ネーデルランドについては余自ら赴く。ここには七万の兵が待機している。治安維持と防衛に二万を置き残りの五万で救援に向かうぞ」

「はっ!」

そう言うとフリードリヒ1世は立ち上がり戦争の準備を始めるために謁見の間を出て自室へと向かう。自室の扉を開け中に入ると婚約者であるベアトリスが部屋の中央に立って、舞っていた。

「…どうした?」

「様々な国が侵略してきていると聞きました」

ベアトリスの言葉にフリードリヒ1世は「そうだ」と軽く答えベアトリスの元へ行き抱き寄せる。

「俺は今から敵を倒す為に西に向かう事にした」

「…陛下、どうしても陛下がいかなければならないのでしょうか?」

ベアトリスは悲しそうな表情でフリードリヒ1世の胸に体を預ける。フリードリヒ1世も離すまいとばかりに腕を背中に回して抱きしめる。暫く二人はそのまま抱き合い続けやがてフリードリヒ1世の方が口を開き答えた。

「どうしても、と言われれば別に俺が行かなくても大丈夫だろう」

「なら!」

「だが、確実を期すためだ。西が一番ここに近い」

「…陛下」

ベアトリスは目に涙を貯めつつもフリードリヒ1世から離れ佇まいを治す。

「…陛下の無事の帰還を心より祈っております」

「…安心しろ。お前を一人にはさせない。だから、お前も待っていてくれ。必ず、ここに戻ってくる」

「…はいっ」

フリードリヒ1世の言葉にベアトリスは無理矢理笑みを作りフリードリヒ1世の無事を祈った。





☆★☆★☆
フリードリヒ1世の出陣準備が進む中予定先であるネーデルランド・イングラッド連合軍はクラウスの軍勢と戦っていた。
 
イングラッド義勇軍の巨人の迫力こそあったものの直ぐに冷静さを取り戻した帝国兵は巨人への攻撃を開始した。その隙を付くように側面から現れたネーデルランド軍は別働隊を作り対応にあたらせた。

「帝国の領地を踏みにじる敵を殺せ!」

「帝国万歳!皇帝陛下万歳!」

帝国兵は次々と帝国や皇帝を称えながら巨人やネーデルランド軍に襲いかかる。それを巨人は手に持った棍棒でネーデルランド軍は守備の構えを取って迎撃したり防いでいく。

「神は我らを見捨てたりはしない!忌まわしき帝国に鉄槌を降し地獄に落としてやれ!」

ネーデルランド軍の将軍が唄う様に叫び味方を鼓舞していく。劇的な変化こそないがネーデルランドの兵達の表情に真剣みが帯びていった。

「ウォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!」

「ガァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」

巨人たちは大地を震わす叫びをあげて棍棒を振り下ろす。まるで隕石が落ちて来たかのような衝撃を与え振り下ろされた近くにいる帝国兵を吹き飛ばしていく。その様子はまるで人が歩くたびに舞う埃のようであった。

巨人たちは帝国兵を埃や塵の如く吹き飛ばしながら囲んでいく。クラウスも囲ませまいと兵を出すが吹き飛ばされ時間稼ぎにすらならなかった。

やがて巨人たちは帝国兵を半包囲すると一斉に襲いかかってきた。巨人は十五体いるがそれ以外は千に満たない兵であったためクラウスはネーデルランド軍の方に兵の大半を向かわせていたため巨人と対峙していた兵は一万五千しかおらずあっという間に数を減らされていった。
 
「巨人がここまでの戦力になるとはな…」

クラウスは自分の予想を超える巨人の力に顔を歪める。今も尚クラウスの目の前で巨人が振り回す棍棒によって帝国兵が宙を舞っていく。中には巨人の頭と同じ高さまで吹き飛ぶ兵もいた。更に飛ばされた兵が帝国兵の頭上に降り注ぐことで二次被害を起こしていた。既に前衛は全滅し中衛に襲いかかっていた。その様子にクラウスは決断する。

「撤退する!別働隊にも知らせを出せ!現有戦力では巨人を相手にする事は出来ない!」

クラウスは全滅しないうちに撤退命令を出すが巨人の一人が帝国兵を持ち上げるとクラウスの方に思いっ切り投げてくる。

「っ!?全員、伏せろ!」

クラウスは物陰に隠れながらそのように命令を出すが言い終わると同時に本陣に凄まじい衝撃が走る。物陰に隠れていたクラウスもその衝撃により少し吹き飛ばされた。幸い本陣にそれほど被害はなかったが投げられた兵士は体を粉々にして死亡していた。その肉片が本陣の中に飛び散り悲惨な状況となっていた。中には肉片を体中に浴びて顔を真っ青にしている者もいた。あまりの惨状に本陣は暫く時が止まったかのような時間が流れていた。

しかし、そうしている内に周りから聞こえてくる衝撃は段々大きくなっていき本陣にいる者たちを巨大な影が覆った。本陣の兵達が上空をみてみれば巨人たちがこちらを窺うように覗いていた。本陣の兵達は自分が今箱庭にいるような気分になっていた。

しかし、その終わりは突然来た。巨人たちは棍棒を一斉に振り上げると一斉に振り下ろした。本陣の兵達は悲鳴すら上げる間もなく潰されたり衝撃で吹き飛び絶命していった。中には衝撃すら免れた兵もいるがそれはごく少数でほとんどの兵はたった一撃で天に召されていった。

「…ちっ!」

しかし、運よく攻撃を避ける事がクラウスは巨人の隙を付いて本陣を脱出し一人逃げ延びていた。既に本体は壊滅し残す別働隊も今からでは撤退すら出来ないであろう。クラウスは五万の兵を預かっておきながらそのほとんどを失ってしまったことに悔しさを覚えていた。

クラウスは自分の流れ出る気持ちを抑えながら別働隊に襲いかかる巨人族の雄たけびと別働隊の悲鳴を後方から感じながら戦線を離脱していくのであった。





☆★☆★☆
キリシアン教皇国は大陸で一般的な宗教であるキリシアン教の教皇自らが治めている国である。領土自体はリエリア半島の中央部に少し存在するだけであるが代々神聖ゲルマニア帝国の庇護を受けているため領土は安定していた。

そんな国の首都レームにあるキリシアン大教会にて教皇ウルバルス6世は日課である神への祈りを行っていた。周りには同じように祈りをささげる者以外は誰もいない。大教会はキリシアン教の総本山であり毎日のように祈りをささげるために各地からくる人が後を絶たなかった。

「主よ、今日も心地よい目覚めをお与えになった事に感謝いたします。人々が領地を奪い合う中平和に過ごせますことを心より感謝いたします」

ウルバルス6世は祈りの態勢のまま主を称える言葉を呟く。その状態のまま暫く祈りをささげていると静かな教会に扉が開く音が聞こえる。祈りの邪魔にならないようにゆっくり開けようとしたようだが誰もいないような静寂の中であったために音は響いてしまった。

しかし、それを咎めようとする者はいない。確かに祈りの時間ではあったが別に出入りをしてはならないという決まりはない。ウルバルス6世は寛大な心持で扉の件は直ぐに頭の片隅へと追いやった。更に暫くしてから祈りが終わると教会で祈りをささげていた者たちが教皇に挨拶をして出ていく。教皇は誰もいなくなった後に教会を出る。扉の前で白いローブを羽織った一人の男性が直立不動で待機していた。キリシアン教皇国を守る聖近衛騎士団の団長である。

「教皇様、お耳に入れたいことが…」

団長は武人らしい真剣な表情で呟く。ウルバルス6世は団長の言葉に頷くと教会を出る。神聖な神への祈りの場で話す事ではないと察したからだ。

「…それで?何かありましたか?」

ウルバルス6世は優しい声量で話す。穏やかな表情を浮かべる彼は教皇としてふさわしく見えた。団長は直立不動のまま告げた。

「神聖ゲルマニア帝国に六か国が一斉に侵攻しています」

団長の言葉に教皇は目を見開いて驚く。長年生きてきた教皇でも一斉に攻められるという事は初めて聞いたからだ。

「それは本当ですか?」

「本当の様です。中には帝国を捨ててここに逃げて来る者もおります」

「…それは、困ったことになりましたね」

ウルバルス6世は眉をひそめて困ったように呟く。現在キリシアン教皇国はリエリア帝国からの圧迫を受けていた。リエリア帝国は異教徒の帝国に一時期押されていた。キリシアン教皇国はその時に誕生したが時と共に勢力を取り戻し始めたリエリア帝国はキリシアン教皇国に帰順するように警告をしていた。その度にリエリア帝国内の熱心な信徒や神聖ゲルマニア帝国の仲裁により独立を保っていた。

しかし、凡そ百年以上前にリエリア帝国が武力による併合を行おうとした時は神聖ゲルマニア帝国の援軍により事なきを終えていた。

「リエリア帝国も神聖ゲルマニア帝国に攻め込んでいるのですか?」

「いえ、今のところ、宣戦布告のみして兵を集めているようです」

ウルバルス6世の言いたいことが分かった団長は若干歯を食いしばりながら言う。その言葉にウルバルス6世は息を吐くと空を見上げ呟いた。

「…神聖ゲルマニア帝国は五か国の相手で我々に構う余裕はないでしょう。そうなればリエリア帝国はここへと、攻めて来るでしょう…。団長、防げますか?」

「…残念ながら」

ウルバルス6世の言葉に団長は悔しそうに首を振った。リエリア帝国は圧倒的国力を有する大国家。たかだかリエリア半島の中央部を有する程度のキリシアン教皇国では国力に圧倒的な違いがあった。

「…今は祈りましょう。神は我らをお見捨てにはなりません」

ウルバルス6世は悲しげにそう呟くのであった。

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