斜陽の帝国復興期

鈴木颯手

第二話 計算された反乱鎮圧1

「俺を一度が裏切ったやつらが今更何を言うんだか」
ウィンドボナに向かっている帝国軍十万の軍勢は現在ベルーナ・ウィンドボナのちょうど中間地点にて休息を取っていた。しかし、本来ならもう少し進んだ時にとる筈だったが予想外の出来事が起こり停止せざる負えなかった。コルド侯爵、カルネウス辺境伯を含めた反乱軍から離脱した貴族たちが合流したからである。彼らは改めて忠誠を誓うと言ったがフリードリヒ1世はそれを渋々受け入れた。
フリードリヒ1世は夜営の準備を兵にさせると将校を呼び会議を開いていた。しかし、フリードリヒ1世はいきなりヨウルたちへの不満から始まった。そんなフリードリヒ1世に将軍のリーンハイドは窘める。
「陛下、いくら何でも一度裏切った程度で…」
「ネーデルランド、バルト、ノースウェン。これらは一度の裏切りで帝国に逆らい続けているぞ?」
「それらとは規模が全然違います。この程度で起こるはずなど…」
リーンハイドの言葉にフリードリヒ1世は深くため息を吐いた。ハインリヒ3世の反乱軍の力を過小評価しているからだ。
「…リーンハイドよ。確かに今回の反乱は俺が起こした。だが、敵の規模は我らが負ければ帝国を二分する危険もあるのだ」
反乱軍の勢力は一枚岩ではないとはいえ帝国の三分の一にも及ぶ。もしフリードリヒ1世が鎮圧に失敗すれば帝国は更に三分の一もの領土を失い最悪の場合滅亡すら考えられた。尤も、フリードリヒ1世はそうならないように準備を行ってきたため万に一つの可能性もなかったが。
「っ!?そうでした。どうやら浮かれていたようです」
「敵は我らよりも少ないがそれでも五万近くは有している。気を抜くな」
「はっ!」
「…さて、コルド侯爵らは不本意だが爵位の降格、領土の割譲で許す。それ加えてウィンドボナ攻略の第一陣を任せる。いいな?」
フリードリヒ1世は会議を行っている場所の端で縮こまっているコルド侯爵らに声をかける。声をかけられたコルド侯爵らは若干怯えながら頭を下げた。
「裏切ったにもかかわらずありがとうございます。必ずや第一陣としての役目を全うして見せます」
コルド侯爵の言葉にフリードリヒ1世は頷くとウィンドボナ攻略の作戦を本格的に練っていくのであった。





☆★☆★☆それからは何も問題なくウィンドボナ周辺まで進軍することが出来た。ウィンドボナの前には二つの要塞と自然を利用した三つの防壁が存在していた。
しかし、反乱軍は孤立するのを恐れ二つの要塞を放棄し三つの防壁の内一番端のオットーの防壁まで後退した。フリードリヒ1世はメルク要塞に後方支援様にに三万置き残りの九万五千の兵を前線基地となるウィー要塞に置いた。そして防壁への攻撃が開始されたのは要塞に入ってから翌日の事であった。
「押せ!押しまくれ!反乱兵どもを駆逐するのだ!」
一万五千を要塞に残し八万という大軍で攻撃する様は圧巻で反乱軍の兵たちは皆一様に恐怖で顔を歪めていた。しかしそれでも反乱軍の兵は逃げずに立ち向かっていく。ここで逃げても許されるとは思っていなかったからだ。その為結束力はそれなりに高かったが八万の兵を相手にするには不十分であった。
「おい!こちらに増援を送ってくれ!」
「矢が尽きたぞ!このままじゃ突破される!」
「くそっ!敵が全然減らない…!」
防壁に梯子をかけ登ってくる兵士を反乱軍は矢を浴びせたり槍で突いて落としたりしていくがそれでも敵の数に各所で登りきられ拠点をつくられつつあった。
「全く、明らかに劣勢なのになぜあそこまで抵抗するのかねぇ」
五千の兵士を束ね前線で指揮を執っているクラウス・フォン・イェーガーは小ばかにしたように肩をすくめて呟いた。彼はフリードリヒ1世お抱えの将で南東に存在するセビア公国出身であった。しかし、セビア公国は永世中立国を宣言してからは必要最低限の軍備しか持たず中々出世が厳しい状態であった。そんな状態のセビア公国を抜け出し神聖ゲルマニア帝国に向かいクラウスはフリードリヒ1世に拾われたのであった。
「イェーガー様!拠点の確保に成功しました!既に五百以上の兵が入っています!」
「分かった。なら更に兵を送りこみ後ろから門を開けろ。そうすれば第一の防壁は攻略した様なもんだ」
「はっ!」
クラウスの言葉に兵士は威勢よく返事をするとそのまま前線に戻っていく。クラウスが担当している場所の他でも優勢になっており防壁の攻略は間近と思われていた。
しかし、このように次第に劣勢になっていく中突如としてそれは起こった。最初は防壁の右端からであった。
「右が押されつつあるぞ!何をしている!?」
後方から指揮を行っているリーンハイドは怒鳴るように叫び立て直しを図るがリーンハイドのいる場所からでも右側の劣勢は良く見えた。そして果てには拠点に立てられていた帝国旗が倒され反乱軍の旗が再び建てられてしまう。右側は完全に取り戻されていた。
「右軍は何をしている!?早く取り返せ!」
リーンハイドは右軍の状況に悲鳴を上げるように叫んだ。ここに至るまで帝国軍は常に優勢でありフリードリヒ1世の思惑通りに進んでいた。しかし、ここで手間取るようならそれはフリードリヒ1世の思惑から外れてしまうとリーンハイドは考えていた。
「(落とせなければそれを指揮していた私の責任でもある!ここで失態を犯せば良くて将軍を辞めさせられる。最悪の場合死罪すら考えられる!それだけは避けなくては!)右軍に兵を送り続けろ!なんとしても取り返すのだ!」
焦ったリーンハイドは兵を右側に送り始める。しかし、
「…ぐぁ!」
登った兵達は圧倒いう間に殺され新たに登ってきている兵に落とされてしまう。更にその兵が落下する事で防壁の下にいる兵たちに落石の様に降り注ぎ少なくない被害を与えていた。その様子を本陣から見ているフリードリヒ1世はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「…獣人、ですか?」
「そうだ。それしか考えられないだろう」
獣人とはアフェリカに多く住んでいる獣の特徴を持った人間の事で高い身体能力を有していた。彼らはそれぞれの部族ごとに分かれ生活していたがかつてのリエリア帝国が共和制を名乗っていた時に三回に渡り侵略を行い大量の獣人は奴隷として大陸に移住してきた。神聖ゲルマニア帝国内でも獣人の地位は奴隷の次に低く獣人たちは毎日を必死の思いで生き延びていた。
「恐らく反乱軍は獣人の地位向上を条件に参加させているのだろう。獣人は一人で十人以上の兵の働きをする。故にその力を恐れあらゆる国で迫害されてきた。その辺はエルフと同じだが奴らはそれをよしとはせず自ら国を作った。自ら行動しない獣人とは大違いだ」
「しかしながら現状を打破しようとする者が現れたからこそ反乱に参加したのでは?」
側近の言葉にフリードリヒ1世は「そうかもな」と呟くと戦場を改めてみる。獣人が登場しても尚フリードリヒ1世は余裕を崩す事は無かった。全ては己が描いた通りであるために。





☆★☆★☆
「不味いな。段々劣勢になってきているぞ」
反乱軍の獣人たちによって拠点がほぼ潰された右側を見たクラウスは神妙な顔でそう言った。クラウスが担当している場所は右寄りの中央であるが今のところクラウスの場所まで獣人は来てはいなかった。
「獣人はこれで全部か?予備選力を残している?いや、それなら一気に出した方がいい。連中何を考えている?…獣人を引き入れたのが右側にいる貴族だけだった、か?それなら納得できるな」
クラウスはそこまで考えるとにやりと笑みを浮かべた。
「敵さんはここに来てまでプライドを誇示しているのか。砂上の城とはまさにこの事だな。そうなると…おい」
クラウスは指示を出すべく近くの兵士を呼ぶ。
「少し試したいことがある。今から更に千の兵を順次送り込み攻勢を強めろ。もし獣人が現れたなら直ぐにひかせろ」
「了解しました」
兵はそう返事をすると前線へと指示を出す為にその場を離れた。暫くするとクラウスの指示通りに千の兵が防壁上に上がり扉を開けるために敵を突破しようとする。防壁には何十倍もの兵がいたがたやすく突破しつつあった。
この動きに対し獣人は…何もせずに見送るのみであった。
それを確認したクラウスは今日一番の笑みを浮かべ立ち上がると叫ぶ。
「本陣以外の兵は全て防壁に登れ!獣人は動かないぞ!」
その叫びに味方の兵は半信半疑なれど順次防壁に上がっていく。対する反乱軍はこれ以上登らせまいと矢を射るが防壁の帝国軍側はほぼ奪われているため大した効果がなく兵が続々と昇っていく。
しかし、獣人も動けないなりに自分の行動範囲にいる帝国兵を次々に屠り右側の防壁上に大量の帝国兵による死体の山を築き上げていった。既に獣人によって一万近くの兵が殺されており帝国兵、反乱軍の兵構わず獣人の実力に恐怖を抱いたがそれでも全体を見れば反乱軍は劣勢であった。ほぼ奪い返した右側であるが中央から左側にかけては完全に帝国軍の優勢となっており獣人以上に反乱軍の兵を殺していた。それにより防壁の上は血の海が広がり鼻が曲がるような血の匂いと生肉の匂いが入り交じり両軍の鼻を破壊していた。兵の誰もが無我夢中に戦っていた。ここで正気になればあまりの惨状に精神は崩壊しそのまま死に繋がる事を無意識ながら感じ取っていた。そうでない者は既にこの世にはいない。
しかし、血が飛び交う防壁上での戦いにも終止符が撃たれようとしていた。遂にある部隊が敵の突破に成功。防壁を降りて扉の方へ向かい始めた。それを皮切りに続々と兵が降りてきていた。それをさせまいと防壁の裏側にいる兵が矢を射たり盾を構えて防御の構えを取っていくが勢いに乗った帝国兵の前には時間稼ぎ程度の効果しかなく少しづつ扉に近づいて行った。
「扉を開けろ!そうすればこの防壁は我らの物だ!」
扉近くまで来た兵を束ねている隊長がそう叫んだ時であった。
「行け!行け、ぇええぇ?」
隊長は突然視線が空中を映し回っているのが確認できた。何が起きた確認する前にべちゃっ!という音とともに地面が映し出されそこには鼻から上を消失した自分の姿があった。隊長はそれを確認すると同時に意識を失い死亡した。
「…蹂躙せよ」
隊長の命を刈り取った獣人、人狼族のバスクは部下である獣人にそう告げる。すると扉に近づいていた帝国兵をどこからともなく現れた獣人たちが現れ殺戮を行っていく。指揮官を失いいきなり現れた、帝国兵には悪魔としか言いようがない獣人に成すすべなく殺されていく哀れな帝国兵達。獣人を目にし恐怖を浮かべ体が硬直する者、絶望しその場に座り込む者、勇敢に立ち向かう者等しく獣人の前に死体と化していく。
そして降りてきた帝国兵を皆殺しにした獣人たちは防壁の上から恐怖の表情を浮かべる帝国兵を一瞥すると反乱軍の兵の中に消えていった。
扉の攻略がほぼ不可能になった瞬間であった。

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