NON DEAD〜転生したら不老不死というユニークアビリティを授かったので異世界で無敵となった〜

英雄譚

第12話 熱い死線

 
 トレントにより形成された枝の刃は、キュリムの想像を絶するほどの鋭さと重々しさが同時に重ね合って、彼は軽々しく弾き飛ばされてしまった。

 自分より倍もデカさがある巨大になぎ飛ばされ、キュリムはボス部屋の見たこともない模様で浮き彫りにされた石造りの地面を転がりながら、地面を蹴った場所に戻ってきてしまった。

 背後で待機してたドロシーは咄嗟の判断だったのか、自分の小さくて貧弱な体で吹っ飛んでくるキュリムの胴体を支えるために自らぶつかりにきて勢いを殺す。

 ドロシーの靴底が地面により削られ穴が空いてしまう。しかしキュリムを受け止めることに成功したドロシーは頭の汗を拭う。

「すまないドロシー。助かったぜ」「もう! 危うく背後の壁に衝突するところでしたよ? キュリムさん急に走り出していったから、ドロシーどうすれば良かったのか判断できませんでしたよ」

 キュリムを支えて立ち上がらせながら不機嫌にドロシーはキュリムに向かって頰を膨らませた。 すぐそばで肩を貸してもらっているキュリムは彼女の表情に気がつき、気まずそうに俯く。

「まずは冷静に指示をお願い致しますわ。ドロシーを囮にするならそう言ってくださいませ。ドロシーは決して首を振って断りはしません」

 しろよ! とキュリムは不安にそう内心でツッコんだが、彼女の真剣で生を求めようと抗う瞳を見てキュリムの中の何かが灯された。

「そうだな……それじゃまず」「ハイ!」

 指示を出す前に活気よく返事してしまったドロシーに言葉を遮られてしまった。 しかしキュリムは構わずに頷きながら、ドロシーの組んだ肩を解いて守護神の前に立ちはだかった。

「……とにかく逃げるんだ。 死にそうになっても逃げろ! 死んでも逃げ続けろ!! 生きるために逃げるんじゃない、戦うために逃げてみせるんだドロシー!!」

 彼の予想だにしない指示により、言葉にこもった物理的な想いにドロシーは目を見開いて驚いた。

( 逃げろって……そんな、ドロシーは役に…… )

 しかし、キュリムの想いを蔑ろに出来るはずもない彼女は大きく頷き、枯れそうな声量で叫んだ。

「任せてください!!!」

 ドロシーは地面を踏み込んで、キュリムの向く逆の方向へと走り出した。 決して振り返らず、トレントと睨み合いながらキュリムは満面の笑みを浮かべて唇を舐めまわした。

 彼は気づいたのだ、背後で走り出す誰かを。 逃げてくれている誰かを。

 だからこそ通すワケには行かないのだ、これから先の生存領域に。

「ここから先、俺がてめぇの相手だ。シンプルなこと、どっちが先にくたばるまでの怠慢をはろうじゃねぇか」

 剣先を向けてトレントを挑発する。 ニヤニヤとした表情で余裕をみせ通用するかは疑問だが、できる限りドロシーの存在をヤツから逸らさなければならない。 キュリムはそんなことを思いながら、手をクロスさせて両腕についているアームプロテクターを外した。

 それを纏めて適当にそこらへんに投げ捨てて、キュリムは準備万端の姿勢で再びトレントと睨み合う。

 守護神のトレントは思ったよりキュリムの予測通りに行動を開始させる。 咆哮を放ち、枝で形成した鋭い刃をキュリムにめがけて伸ばす。

(よし! その調子で来やがれ!)

 すぐそこまで接近した枝の刃に瞬時に反応したキュリムは、地面を蹴って跳躍した。

 スレスレのところで枝はキュリムの足元を通り抜けて地面を粉砕。砂埃が舞いあがり視界をさまたげる。それでもキュリムは狙いを正確に定めてみせる。

 地面を粉砕させ突き刺さってしまったトレントの枝の刃にめがけて、宙から落下する勢いを利用してスパッ!! と斬り取ってみせた。

 形成された鋭くギラつく茶色の刃は形を崩し元の枝へと姿を戻した。 トレントに直接的なダメージは通っていないようだが、迎ってくるトレントの凶器を全て無力化できれば、逃走中のドロシーに対しての回避不可能な攻撃を処理できる。

「おっしゃ、まずは一本目だ!!」

 喜びも束の間、斬り取った枝を放置して、キュリムは砂埃に紛れながらトレントの死角に向かって走って次の段階のために移動を開始させた。

 一方、砂埃を鬱陶しそうにトレントは幹に付いている自身の口を大きく開けて、周囲の空気を吸い込み始めた。

 砂埃がトレントの驚きの吸引力に抵抗できず吸われていき、砂埃に冒されていた視界が段々と鮮明にその姿を取り戻していく。

 砂埃が消えた場所からヂリヂリと燃えるような音が聞こえ、トレントはおそるおそると視線を移動させ、音のする方へと標準を合わせた。 その先には炎を手に、大きな魔力を込めているキュリムが佇んでいた。

「チッ……! もう少し時間が欲しかったけど、一か八かだ!」

 トレントは目を大きく見開き、足元の根っこをウネウネと動かしながら後ずさった。

 この場で炎魔法を得意とする人物はキュリムだけだ。既に準備を終えたかのように詠唱により灯された炎を両手で包みこんで攻撃姿勢に彼は入っていた。

「「灼熱に導かれし業火よ、射れ!!」」

 キュリムから強力な熱量が手の平から放たれ、トレントの全身を飲み込むほどの火力がもれなく炸裂してみせた。

 発動してからすぐさま後ろに向かってバックステップで距離をとり、キュリムは「どうだ?」と険しい表情で炎の渦によって焼かれていくトレントの様子を確認する。

 トレントは炎の渦をも幹に生えた口で思いっきり吸い込み、消火活動を熱心に行っていた。
「………っ!?」

 トレントにあまりに注目していたせいか、左の死角から鋭い枝が接近していることに気がつかずキュリムの腹部が横から突然、斬り裂かれてしまった。

「あっ、キュリムさん!!!」

 側面から観戦していたドロシーが叫ぶ。 杖をがっしりと握りしめながら、キュリムの元へとすぐさま駆けつけようとしたドロシーは足を止めた。

 腹を抑えながらキュリムは手で彼女を制していた。

「来るんじゃねぇ。 たかが擦り傷ていどで大したことはねぇよ! そこにいてくれ!!」

 と言うものの、擦り傷では済まされない。 完全にスッパリと腹は切られてしまっている。 しかしキュリムはドロシーに余計な心配事を掛けさせて、危険な行動を行わせない為にもここはスマートに真実をタブーする。

「いえ、そういうことじゃなくて、この空間でどうして魔法を発動出来たのですか!!? 未だに魔力が安定しませんよ!」

 えっ、ソッチ? いやそうじゃなくて、うっかりしていた。 キュリムは切れたところから臓器が垂れてこないように腹部を抑えながら、唇をへの字に曲げた。

『弱体化アンチ』スキルはあらゆる弱体の効果を相殺する。 魔力の弱体も同様だ。

 なのでキュリムが今さっき膨大な魔法を炸裂させられたのも、このスキルのおかげである。

「……言わなきゃアカン、でしょうか?」

 ニヤッと唇を歪ませながら勿体ぶるかのようにキュリムは聞いてみた。

「あたり前じゃないですか!」

 少しキレ気味に叫んだドロシー。 まあ、そうなるわなとキュリムは彼女の感情を否定はしない。

 そんなことを思っていると、人間キュリムより切り替えをすでに済ませているトレントが攻撃態勢に突入していた。 しかも、魔法攻撃を食らったばかりのクセ、何事もなかったようにピンピンしてやがる。

( おっかしいなぁ。 かなりフルマジックパワーを食らわせたつもりだったけど外傷もおろか、疲れた様子をなに1つ見せていないって、バケモンだろうがぁ )

 属性といったら火が有利なので、高火力である風魔法をあえて使用するのではなく相性的に炎魔法をチョイスしたキュリムだったが、効かないとなると絶望的だ。

 気配を消すように天井を支える大柱の裏で身を潜めているドロシーの方にとキュリムは視線を向けた。

( けど元々魔法にあまり適正がない俺じゃ仕方ねぇか。けど、上階層でも生き延びられたドロシーならどうだ? )

 魔法を専門とする魔道士なら、魔石をはめた杖を所有しているドロシーが最適だろう。 キュリムよりもなん10倍の高火力を秘めた魔法を使えたりするかもしれない。

「ってサボっている場合か! だよな!」

 トレントの攻撃が頰をかすめ、そこから血が垂れ、地面へと溢れ落ちる。 痛みはないとキュリムは頰を拭い、手を離すと傷は瞬時に消えていた。

「俺の魔法攻撃が通用しないなら、斬撃ならどうだ!」

 重々しい効果音がキュリムの足元から鳴り出し、彼はその場から姿を消していた。

 めりこむように地面に深く足跡が残っていた。

「ドリャアアアアアアアアアア!!!!!」

 気がつけばキュリムはトレントとの間合いを数メートルにも満たさない距離に詰めて、炎に包まれている剣を引っ張っていた。 そして宙へと跳んだ。

 渾身の斬撃、トレントの胴体とも言える幹にキュリムは雄叫びとともに本気ともいえる力で剣を振り下ろした。

「なっ!」

 スパッ! と斬った手応えのある感覚はなかった。

( 弾かれただと!? 出発前までには研いでやったばかりのハズだぞ! )

 振り下ろした剣の刃は確かにトレントの胴体に命中したハズ。 しかしトレントは木という見た目の概念を捨てたかのように、剣はダイヤモンドを斬ろうとしたような手応えで無論、通らず弾かれてしまった。

 そして左手の刻印から小さな文字が浮かび上がり、キュリムの目に止まる。

『急所物理無効』

 冷えた汗がキュリムの額から流れた。かつて女神から聞いたことがある。打撃と斬撃を受け付けなくなる聖級職者でしか習得できない難関能力だ。 口が震え、すぐ正面にいるトレントと目が合う。 笑えない状況だとキュリムは強力な突進をトレントにお見舞いされてしまい、吹っ飛ばされながらそう思った。

( 勝てない……のか? )

 絶望的な思考がキュリムの脳に流れ込む。

 今まで敵わないと思った相手は数知れずに何人もいたハズだ。 武器と武器、拳と拳、魔法と魔法、知力と技量、フェアで戦うなら敗北感だけで済む。

 けどこれはアンフェアだ。緊張感が湧いてこない。 たった1つの能力だけで戦場が左右され、不平等極まりない戦いが繰り広げられてしまうだけだ。

 キュリムも同様。不老不死の能力を持つ者を大将に戦場へと送り出せば永久に死ぬことなく相手が降参するまで待ち続ければいいのだ。 これこそアンフェアの仲間入りだ。

 けど今回は違う。 魔法耐性はなくとも火力不足により守護神にダメージすら蓄積されない。 さらに剣で魔法が通じないのをカバーして対策したところで『急所物理無効』により対処されてしまう。

 扉も閉まってしまい、開けられないだろうか。

「あれ……おかしいな。ハハ……いくら何でも鬼畜すぎるだろうが……な」

 マジックアンチ鉱石によって魔法を得意とする魔道士の除外、加えて魔法を得意としない騎士や剣士の攻撃を無効化する能力。

 このフィールドで降臨する守護神は永久無敵かつ完全な不死も同然。 勝ちめなどない、自殺を志願する者の為だけに存在するフィールドだ。


 を使わない限り。

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