NON DEAD〜転生したら不老不死というユニークアビリティを授かったので異世界で無敵となった〜

英雄譚

第10話 募る想いは誤解となる

 
 見覚えのない少女の不意なアタックと、熱い告白によりキュリムは動揺を隠しきれなかった。 それも人生で一度も異性からの告白を貰ったことのない彼にとっては、愛の告白というのは迷宮よりも未知の領域並みに立ち入ることが難しいものである。

 ましてやもう80も歳を重ねている彼には、ブローより重々しい攻撃であり宙に体が一回転しそうな威力だ。

 だが彼女ドロシーの一言によりこの場の甘い空気が全て打ちひしがれる。

「グリムさん……!」

 嬉しそうに抱きつきながらあったかな息が当たる距離までに接近し耳元で名前を囁く。 だが惜しくもではなく彼はだ。心臓に喰らいつく趣味など一欠片も興味ない。

 嬉しそうに自身の胸に顔を押し付ける彼女の過ちを指摘すべきなのか、黙って時間を置いておくか。二択を迫られたが後からバレる嘘を付くワケにはいかない。

 真実を知ったらドロシーはきっと気持ち悪がりながらキュリムを殴りとばすのだろう。

 過去に聞いた話だが、一度も対面したことないのに文通をしあっていたブサイクな平民の男性と美人な箱入り娘がいたらしい。男性の送る手紙の内容のほとんどは自身の容姿を美化するような文章ばかりで箱入りの娘はそれを疑いもなく信じていたらしい。

 やり取りが数年も続いて、互いは結ばれることを強く望み合うようになった。文通ではなく逢うことを決意。ここから想像通りの悲劇が勃発するのだ。 手紙の内容と打って変わって、会ったときの男性の容姿が全然異なったものだと娘は気づいてしまったのだ。

 しかし、男性は深く謝罪をしながら娘をどれだけ愛しているのかを詩人の如くに訴えて結果、心に響いた娘は謝罪を受け入れた。

 だがその次の日、男性は首なし状態で見つかったらしいがその真相は未だに……解明されていない。信じるか信じないかは、貴方しだっ! !

「ちょっと! ちょっと待ちたまえ……!」

 彼女を突き離して一旦深呼吸をするキュリム。流石に告白からのハグはダメージが大きく彼も胸を押さえてしまう。まだ彼女の温もりが残っていてドキドキが止まらない。 しかし、真実をしっかり伝えなければ在らぬ結末を迎えてしまうかもしれない。

 不老不死だから死ぬことはない? それは置いといて、悲劇だけは勘弁だ。 冷静さを取り戻したキュリムは真顔を作り、モジモジとするドロシーに感情のない視線をむけてから咳払いをする。

「期待を裏切ってしまうようだけど、そのグリムってお方……ダレなの?」

 ドロシーは顔を強張らせて、身を引きながら強い衝撃を受けたように目を見開いてキュリムを凝視する。彼自身、こうなることは不本意であり望んだことではない。

 早く恋人を作りなさいよ! と女神にしょっちゅう言われる身で惜しいことをしてしまったようだが、仕方がないのだ。

「そうですか……やっぱりそうですよね」

 思ったより冷静な返答が返ってきた。 それよりも、何だが残念そうに彼女は俯くだけで罵声は飛んでこない。

 流石のキュリムもホッとして胸を撫で下ろした。

「急に失礼な行動をとってしまい、申し訳ありません……ドロシー反省してます」

 苦笑いをして帽子のつばでドロシーは恥ずかしそうに赤くなった自分の顔を隠してトボトボと謝った。 キュリムとしては別に気にすることではない、良い体験をしたと思っていて満足している。

「いや、別に謝ることはねぇ。ちょっぴし……嬉しかったよ」「ハイ? 何が、でしょうか? ドロシーは何かをしましたか?」「ウホホッと男性が喜びそうな展開を味わわせてくれたからな……おっと失敬失敬」「?」

 その気にはなっていないので、これ以上あのムードにする必要はない。 キュリムは可愛らしく自分を覗き込むドロシーの頭に手を置いて、目を合わせずに様子見に質問をした。

「それよりもだ。ここが何処だがわかるか?」「え、ハイ! 40階層ですよね?」「うん、正確に言うと45階層が俺ら二人の今いる現在地だ」

 驚きを隠しきれないドロシーは声を漏らした。

「45階層ですか!? ご冗談……ではないですよね?」「壁に刻まれた文字を目にしなかったか?」「いえ、無我夢中に脱出口を探していたので……エインズさんたちはご無事でしょうか」

 彼女の呼ぶ名前にキュリムは、下層で自分に捜索を依頼した3人組を思い出だした。

「もしかして、あの3人組の? エインズさんっつったらエルフの女性だろ」「ご存知なんですか!?」

 かなり焦ったように身を乗り出し、大きな瞳でキュリムは見つめられた。 コクリと頷く。

「ああ、なんせ逸れたキミの捜索を依頼したのはエインズさんって人だから、わざわざここまでキミを探しにきたんだよ」「ということは、3人はご無事なんですよね!? 居ましたか! ノトスさんにケルベルさんっも!」「ちょっと待て、冷静になれってば!」

 距離を詰めてくる落ち着きのないドロシーを制して、一旦リラックスしようと息を吐くようにキュリムは指示をする。 従い彼女はゆっくり息を吸い込んでから、大きく可愛らしい声とともに息を吐いた。

「……たびたび、すみません」「まあ気が参ってしまうのは仕方ないことさ。けど迷宮にいる以上はクールになれよ。私情によって一瞬の判断を鈍らせてしまうことがある、命取りも同然だ」「ハイ……」

 落ち着きを取り戻したように彼女は頷いてくれた。

「キミの仲間は無事だ、大丈夫。迷宮の入り口を入ってすぐの広間で遭遇した。体力は消耗したものの、全員目立った外傷はなかったぜ」「そうですか、良かったです……!」

 彼女はホッとして安心した様子で目を瞑って笑う。目を開けて、すぐそばの壁に立てかけられた自分の杖に気づく。 すぐに立ち上がって、よろけながら壁に立てかけられた杖をドロシーは手に取りギュッと握りしめた。

 立ち上がろうとするキュリムに振り返って、ドロシーは聞いた。

「魔物、こないようですが……」「ああ、それなら気にすることない」

 暗い通路の奥へとキュリムの指を差した方向には、魔物の死体が大量に山のように積み上げられていて、通路を塞いでいた。

「キャ!?」「おっと」

 腐敗した死体に後ずさったドロシーはつまずきそうになったが、背後で待機していたキュリムが彼女を見事にキャッチする。 バランスを崩してしまった彼女をしっかりと立たせるため両手で彼女の腕を鷲掴みにして、ちゃんとした姿勢に保たせる。

「あれは、なんですか……?」

 通路の先を見て、不安げに問うドロシーに対してどうってことないような真顔っぷりで武器を背負ってみせたキュリムはぶっきらぼうに答えた。

 数々、彼女がこの層に侵入してから逃げ惑った魔物の腐敗した性のない遺体が無造作に、通路の幅を埋めるほどに積まれて道を塞いでいた。

「倒した魔物の死体をバリゲードにして拠点を築きあげた。ちょっぴしヤバイ絵面だが、さすがに体力をこれ以上戦闘で消耗することはできない」

 呆気にとられたドロシーはキュリムを見上げてから、死体の山を震えた視線で再び見て口をポカンと開けてしまう。

「あれを、全部たった一人で……?」

 ここは45階層だ。出現するのはモンスターではなく、魔力を身に秘める強力で特殊な魔物の軍勢だけ。 ただでさえ下層でのモンスターは戦闘に特化したように構成された姿と知能で上級の冒険者であろうと苦しめてしまうほど手強い。なのに上階層にはそれを上回る魔物が待っている。 辿り着けば、なんらかの原理で魔力を阻害され安定した魔法も使えなくなってしまい難易度は増すばかりだ。 そんな状況にドロシーは魔法も使用できない、魔物から逃げることしか出来ない自身の無力さに完全なる絶望に落とされ諦めかけて死をも覚悟した。

 それなのに、自分を支えてくれたこの青年は平然と笑っていた。

 まるで……あの日での出来事のように再現されているかのように、ドロシーは何かを連想する。

「おかげで死体の臭いによって俺らの体臭がかき消されて、向かい側から訪れてくる魔物にも気づかれやしないし、魔物バリゲードも崩してこない。完全なる俺のプラン成功ってことよ! へへ!」

 自身満々の様子で胸を張って鼻を伸ばすキュリム。彼の姿を見て、頼り甲斐を感じだすドロシー。

 うん万人の一人しか選ばれない精霊魔術師という職業のドロシーでさせ、ここまでの戦闘技術を身につけた人物を知らない。

「あの、失礼だと思いますけど……貴方の名前、もう一度教えてもらってもよろしいでしすか……?」「ん? おう、別にかまいやしねぇさ」

 後ろでモジモジと恥ずかしそうにするドロシーの方を振りむいて、キュリムは腕を組みながら名乗った。

「都市クリスターエイルにて拠点を築きあげたじゃじゃ馬、我の主人の眷族であり、その下でコキ使われている悲劇の社畜。剣を極めし魔法は無知、まったくもって特徴がないであろう俺のこと……!」

 両手を広げて、片手を前方につきだして歌舞伎ポーズと渋い表情を強引に作るキュリム。 ドロシーはそれを不思議に思いながら眺める。

「皆はキュリムと呼ぶ! 性は無、ただのキュリムとは俺のことだぁ〜」

 デデテンと太鼓が何処かで叩かれるような気がして地面を踏みつけながらキュリムは派手な自己紹介を果たす。 なんと印象的な自己紹介であろうと受けたドロシーは笑みをこぼしてながら可愛らしくお腹に手を置いて笑った。

「ってことよ! 覚えてくれたか? ドロシー……さん? ドロシーちゃん? んん。ごめん、なんて呼べばいいんだ?」「フフ……是非ドロシーをドロシーとだけお呼びくださいキュリムさん。私は貴方に救われた身、相応の恩返しはします。キュリムさんが畏る必要はまったくないですよ」

 ドロシーは自分の杖を両手で握りしめ、片膝を地面につけて頭を下げた。

「ドロシーは一生キュリムさんのご恩を忘れたりはしません。たとえ遠く離れようと危機に陥った時は、この命を投げ打ってでもドロシーはキュリムさんの元に駆けつけて力になります!」

 顔を上げて、目上の者に向けるような眼差しでキュリムを見上げなからドロシーは彼に面と向かって誓ってみせた。 彼女にとってキュリムは手を差し伸べてくれた救世主だ。 しかしキュリムは黙ったままだ。何も言い返そうとしない。英雄の背中を安く預けたりしないのが、剣士での決まりごとだ。救った命を命で返させてもらうことこそが、相応の恩返しである。

「行こうか」

 それよりまず、今は果たすべき目的を達成しなければならない。 引き返す道はもうない、最深部に潜るという選択肢しか彼らにはない。 キュリムの怪訝した表情を読み取ったのか、ドロシーも同じように覚悟した表情で立ち上がった。

「キミもとっくに察していると思うが、引き返すことなんてもう出来ない。ただ1つ……ここから出るには」

 通路を塞ぐ死体の山に手をかざし、魔力を込めながらキュリムは無詠唱で赤い炎を手の平に灯した。

「迷宮の最深部、階層の守護神の打倒だけだ!」

 膨大な魔力によって生成した炎を鉛だまの如くに射出し、積められた魔物らの死体を焼き払いながら塞がれた通路に大きな道をこじ空ける。

 暗闇に潜みながら、赤い瞳をギラギラと鋭く輝く魔物らが二人を出迎え、唸り声を上げた。


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