ねこと一緒に転生しちゃった!?

十六夜 九十九

039話 命をかけた勝負を


 作戦を考えていた間、ウルフテンペスタはこちらを攻めて来ようとはしなかった。むしろ、挑発をしている様にも見え、奴には絶対的な自信があることが伺えた。ただ、それのお陰で作戦を考える時間が出来たのだから結果的には良かった。

 そして、作戦を練り終わり、他の冒険者に伝え終わった後のこと。薄暗い森の中で冒険者達が一ヶ所に集まり、みなが同じ方向を向いている。彼等が見ているのはたった一人の人。ラーウェイ支部長だ。
 ラーウェイ支部長は冒険者達の前に出て、気合を入れると意気込んでいた。今からそれを実行に移すらしい。

「諸君。今、我々の前には最大の脅威である敵が立ちはだかっている。その敵の魔の手により、既に数十名という仲間が殺されている。その中には諸君等の仲間や恋仲だったものがいるだろう」

 半分以上の冒険者が、俯いて拳を強く握っていた。近くにいたジンさんも、亡くなった仲間を思い出しているのか、目を閉じたままで動く気配がない。

「諸君等の中には、これを復讐の好機とみる者や、隣にいる大切な者を守る為に戦う者、それぞれいるだろう。しかし、それは戦いに私情を挟まない冒険者としてはあってはならない感情だ」

 ラーウェイ支部長は小さく静かにそう言った。だが、小さかったにも関わらずはっきりと私達の耳に届いた。
 こんな事、聞きたくなかった者が多くいたはずだ。ラーウェイ支部長はそれを知っているはずだと言うのに、躊躇いなく続ける。

「冒険者の鉄則! その一、常に冷静に! その二、私情を捨てよ! その三、仲間は気にするな! 諸君等には難しいかもしれないが、この鉄則は守って貰う。しかし! 心の内にはそれぞれの想いを秘め、それを自らの力の源としてもらう!」

 最後に言われた一言を徐々に理解し、ラーウェイ支部長を見つめ始める冒険者達。その目には様々な想いが宿っているように思えた。

「もう一度言う! 想いを秘めて力とせよ!」

「うおぉぉおお!!」

「作戦は先程伝えた通りだ! 諸君等の戦いに期待している! いざ、突撃だッ!」

――わあぁぁぁああ!!

 冒険者達が雄叫びを上げながらウルフテンペスタへ突撃を開始した。

 作戦はこの時から既に始まっている。
 ウルフテンペスタの攻撃で一番注意しなければならないのは、やはり風魔法だろう。風魔法には鉄や鋼の金属以外なら切ることが出来る呪文がある。
 現状で分かり易く言えば、人くらいなら風魔法を使えば簡単に切断出来るという事だ。私達が現場に来た時に見た肉片は風魔法で切り刻まれた人だった者で間違いないはず。
 もし、対策もなしに闇雲に突撃したらどうなるか。そんなのは明白で、風魔法で切り刻まれて終わりだ。

 では、これにどのようにして対抗するのか。簡単な話が、ウルフテンペスタを土魔法で作った土で覆う方法を取ることだ。けれど、これには欠点があり、土魔法を扱える魔法使いがいなければ意味が無い。
 現状、ここにいる冒険者で土魔法が使える者が一人いた。けれども一人ではウルフテンペスタを覆うことなど出来ないと言う事になり却下された。

 そして次の案が魔法の相殺。相手が使ってくる魔法を同じ威力、同じ範囲で、同時に放つというものだ。これはかなりリスクが高く、失敗した時点でこの戦いは負ける事になる。
 普通ならばこんな案はすぐに却下するだろう。ラーウェイ支部長も、話し合いの途中で何度も唸り、中々決めかねていた。
 しかし、私がやらせてくださいと言うと、納得はしていなかったけれど、これしか方法がないからと言って渋々承諾してくれた。

 もし、魔法を相殺出来た場合、ウルフテンペスタが次に魔法を撃ってくる前に仕留めるなければならない。そこは、みんな全力で戦うしかないとラーウェイ支部長も、言っていた。

――グルルルッ!

 ウルフテンペスタの攻撃範囲内に入り、奴が唸り声を上げ始める。それでも尚、止まらず一心不乱に進み始め続ける冒険者達。

――グオッ!

 その様子を見てか、ウルフテンペスタが魔法を発動させる予兆を見せた。
 今、私はウルフテンペスタの魔力の遷移がどうなっているのかを観察し、それと同じ量、同じ質を使い、同じ魔法を発動させるための準備に入った。

 魔力の感知が使えるようになった事で可能になった技だと言っても良い。少しずつだけれど成長していると実感が出てくる。

「任せたぞ、フィーさん!」

「はい!」

 私はウルフテンペスタの魔力の流れを注視し、いつ魔法を撃たれてもいいように、こちらも同等の力を溜めたまま待機する。

――グオォォオオッ!!

 待機し始めて数秒。ウルフテンペスタが雄叫びを上げ、魔力の放出を確認した。
 その瞬間、私はウルフテンペスタの魔法に衝突するように魔法を発動させ、周りの冒険者を守ることに専念する。

「うぐっ……」

「グオオオオッ!!」

 私は風魔法を使えると言っても、炎魔法のように得意というわけではない。しかし、ウルフテンペスタは風魔法を主に使っている事から、風魔法を得意としているということが予測できていた。
 同程度の威力を出したつもりでも、魔法では得意不得意から優劣が決まる。
 今の私は、劣勢だった。咄嗟に使う魔力を増やしたものの、ウルフテンペスタにはそれはバレているだろう。それだけで、奴には魔法使いとして相手が格下だという印象を与えただろう。
 現に今の私は拮抗状態を維持するので精一杯だ。

「グオォォオオッ!!」

「くぅ……」

 更に魔法の威力を上げられ、対抗するのにも限界が来ていた時だった。

「フィーさん一人に任せられねぇ! 俺達も魔法使いの意地見せてやろうぜ!」

「「「おぅ!」」」

 他の魔法を使える冒険者が、私に加勢をしてくれ始めた。みんなが使えるそれぞれの魔法をウルフテンペスタに向けて放ち始める。

「おらおら!」

「くたばれぇ!」

「みなさん……」

「フィーさんよ、俺達も同じ仲間だぜ! 存分に頼ってくれや! おら気張れてめぇら!」

 多人数の魔法の支援を受けて、こちらが優勢に傾き始めた。ウルフテンペスタはその事を瞬時に理解したのか、魔法を放つのを止めて後ろに飛び退き、こちらを警戒し始めた。

「よっしゃナイスだ! 接近戦は俺達に任せておけ!」

 ラーウェイ支部長が先頭に立ち、ウルフテンペスタへと接近戦を仕掛ける。
 ウルフテンペスタは四足で立っているにも関わらず、私達人間よりも大きな体躯をしている。そんな化け物みたいな魔物に一切臆することなく攻めて行けるラーウェイ支部長を見ると、やはりこの人は強いんだなと感じる。
 そして、ラーウェイ支部長のすぐ後ろには、ハピネスラビットのみんなやジンさんが着いており、既に剣を抜いていた。

「フィーさん達、魔法使いが見せてくれたんだ! 俺等の接近戦だってやってやろうじゃねぇか!」

「「「おぅ!」」」

「グオォォ」

 ラーウェイ支部長を初めとした接近戦組の気迫にウルフテンペスタは一歩後退りした。それを見たラーウェイ支部長はニヤリと笑い、ウルフテンペスタの目を見つめた。

「お前、今恐怖を感じたな? へっ、お前の程度が知れたぜ。もう、お前は俺達には勝てねぇ」

「グルルルッ!!」

 ラーウェイ支部長の挑発が通じたのかは定かではないが、ウルフテンペスタは唸り声を上げ怒りを顕にした。
 その直後、ウルフテンペスタの左右から鬼気迫る勢いでジンさん、ハピネスラビットのみんなが四肢を狙って襲いかかった。
 ウルフテンペスタの方も即座に察知し、回避行動を取り始める。

「俺様が逃がすとでも思っているのか」

 みんなの攻撃が届かなかったと思われた瞬間、ジンさんの攻撃だけがウルフテンペスタの足を切り裂き、右の前足から血が流れ出していた。

「グウゥ……ッ!!」

 唸るほどの足の痛みで満足に立てないはずなのに、ウルフテンペスタは攻撃を回避してなおその場に立っていた。

「なんや……なんでこんな頑張るん……?」

「あいつにも守るものがあんだろうよ。大方、配下のウルフってところだろうな。この場にウルフ達がいねぇのはこいつが時間稼ぎをしてウルフ達を逃がしてっからじゃねぇか?」

「それじゃあ、ウルフテンペスタは自ら捨て駒になったってことなん?」

「ウルフってやつは個の存続よりも種の存続を優先する珍しい魔物だしな。死ぬ気は無くても食い止めるためにはウルフテンペスタ自身が出て来ないと無理だって事だろうよ」

 私が魔法を放っていた後方から前衛の方に走って来た時にラーウェイ支部長達が話していた事が私の耳に入り、そして納得した。
 ウルフテンペスタの覚悟とは一体なんなのか。それが仲間を守る為に戦うという覚悟だから、これ程の強さを持っているのだと。
 だが、誰かの為に戦っているのはウルフテンペスタだけじゃない。私やハピネスラビットのみんな、ジンさんやラーウェイ支部長を初めとした冒険者達、それぞれが誰かの為に戦っている。

「グオォォオオッ!!」

「こいつ……! どこからこんな力が!」

 今もなお、多数の冒険者の攻撃が四方八方から飛んで来ているにも関わらず、それをあしらい反撃までするウルフテンペスタは、死ぬまで徹底こうせんを続けるという事を物語っていた。

「私達も行くよー! やられっぱなしじゃ納得いかない! せめて一太刀入れないと!」

「おいコラ! これは遊びじゃないんだ! 真面目にやれ!」

「はーい。じゃとりあえず――みんな行くよ」

 ハピネスラビットのみんなは一糸乱れぬ動きでウルフテンペスタとの間を詰める。
 丁度ウルフテンペスタの攻撃範囲へと入ったみんなは一斉に飛び上がり、背中や頭へと飛び乗った。それと同時に、みんなは手に持っていた剣を突き刺していた。

「これだけ深い傷を負えば、ウルフテンペスタと言えど、動けないと思うんですけど何か嫌な予感がしますので、僕は一足先に逃げますね」

「お前、俺を置いてくな! お前の嫌な予感は大抵当たるんだからよ!」

「俺達も早く逃げよう。あいつじゃないが、俺も嫌な予感がする」

「グワァ……」

 その時、ウルフテンペスタの中から大きな魔力の流れを感知した。これは魔法を放つというレベルのものじゃない。

「これはっ! みなさんっ! 早く退避して下さい! ウルフテンペスタが自爆する気です!」

「なんだって!?」

 最も近くにいたラーウェイ支部長が驚きの声を上げ、私に真偽を問うてきた。けれど、この感じは紛れもなく自爆をする気だ。この事を手短に伝えると、ラーウェイ支部長は分かったと一言だけ言って、冒険者達の方を向いた。そして、大きく息を吸い込み叫んだ。

「お前らーッ!! ここから逃げねぇと死ぬぞーッ!! とりあえずどっか遠くに逃げろぉーッ!!」

 空気が震える程の大きな声は、全ての冒険者に行き届いたようで、ウルフテンペスタから離れるように逃げ惑う冒険者達が私の目に映った。

「フィーさん、あんたも逃げねぇと」

「私はまだやる事が残ってますから。仲間を守る為に戦うウルフテンペスタとはちょっと違いますけど、私も守りたいものがあるので」

「けどよ、命を落としたら元も子もねぇぞ?」

「そうですね……けど敵であるウルフテンペスタが命を掛けてまで戦ってるのに、ここから逃げたらなんか負けた気がして仕方がなくなると思います。私は勝負には負けたくないんです」

「そこまで言うならもう止めねぇよ。だがちゃんと勝負とやらに勝ってこいよ」

「もちろんですよ」

 そしてラーウェイ支部長は全力尽くしてウルフテンペスタから距離を取っていく。

 今ここにいるのは、死にかけのウルフテンペスタと私だけ。ウルフテンペスタの方は動く事すらままならないようで、ただ私を睨んでいるだけだった。

「私にも守りたいものがある。あなた程じゃないけど今ここにいる冒険者達だったり、カヤとの約束だったり。だから、どっちの信念が強いかの勝負をしよう」

「…………」

「まあ、何言っても無駄な事は分かってる。けど、負けたままって言うのも癪だから」

 私は一度目の侵攻でウルフテンペスタに魔法を防がれている。今回の開始直後にあった魔法の相殺だって、他の魔法使いの支援がなければ押し負けていた。

「私って思ったよりも負けず嫌いみたい……じゃ、やろう。命をかけた勝負を」

 ウルフテンペスタの自爆までもう時間がない。
 この自爆の被害は相当なものになるだろう。今逃げている冒険者達にも被害が及ぶ可能性は充分にある。
 だから、まずはこの自爆で起きる衝撃を全て遮断する必要があることは分かる。そして、その勝負を遮断する為に質量のあるものが必要な事が分かる。
 しかし、私の扱える魔法は炎と風だけ。とても衝撃を遮断出来るとは言えない。

 けれど、それすらも魔法のイメージでどうにかなるのなら。質量を持った炎や風が作れるのなら。私の勝ちは固いものになるだろう。

 私はイメージをする。かつて未だ見た事も聞いた事もないものを私の頭の中だけで組み上げる。

「グワァ……」

 ウルフテンペスタの魔力が目で見て分かるくらいに光輝き始めた。自爆の兆候だ。これからすぐに自爆が始まる。
 けれども私はイメージを続ける。質量のある炎。質量のある風。それがどうしても組み上げる事ができない。
 どうすれば良いのか。少しずつ焦りが募る。無意識に足や手が動く。こんなんじゃ無理かもしれない。

 そう思った瞬間。不意にカナタさんの顔が私の頭を過ぎった。そして、今まで勉強をしてきた事を思い出した。
 カナタさんは空気中には分子があると言っていた。それを集めて壁になるだけの質量を持たせれば。この時の私はこれがどれだけ無謀な事なのか知らなかった。けれど、今はこの方法しかないと思っていた。

「はぁっ!」

 私は炎魔法と風魔法を複合して、下が尖るようにした大きな円錐を作った。その尖っている部分にはウルフテンペスタを囲んでおり、上部は開けている。
 徐々に硬さを増していく円錐と、段々光が強くなっていくウルフテンペスタ。

 ――そしてその時は来た。

「クゥ――」

 ウルフテンペスタの小さな呟きと共に大きな爆風が発生し、質量を持った円錐が軋む。予定通りに、開けていた上部から抜けていく。
 しかし、あまりの爆風の強さに円錐が崩壊しそうになり、私は咄嗟に補強する為の魔力を増やした。

 そして、ほんの数秒後。

 私の目の前にいたはずのウルフテンペスタはどこにも見当たらず、ただウルフテンペスタのいた場所の地面が深く抉れているだけだった。
 私は勝負に勝った。勝つ事ができた。今まで負けてきた分を返せた。だから嬉しいはずなのに、何故か喜べなかった。

 私は抉れた地面をみつめたまま、ラーウェイ支部長達が戻って来るまで、一歩も動く事は無かった。

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