ねこと一緒に転生しちゃった!?

十六夜 九十九

038話 迫力が違う


 森の中を進み始めて、数時間が過ぎた。
 視界の悪さ、足場の不安定さ、環境の慣れなさで、移動するだけでも相当な疲労になっていた。気が滅入りそうになりつつある私達の耳に、時たまウルフの遠吠えや、冒険者の悲鳴が木霊する。
 初めは何ともなかった進行が、今では精神的にキツいものへと成り代わった。

 ハピネスラビットのみんなはそれぞれ、今の気分を態度に示しており、大変分かりやすい。
 女性陣は、少し前かがみになって、腕をだらんと垂らして疲れたという様な格好をしながら歩いていて、男性陣は悪態を着くか、もしくは疲労を顔に出している。
 流石に私もみんなと同じように疲労が溜まり始めている。

 このままでは万が一ウルフテンペスタに遭遇した時、即座に対応が出来ない可能性がある。何とかしなければ。私がそう思った時だった。

――グオォォオオッ!!

 森の奥、ここから少し行った所から体の芯を震わす程の雄叫びが聞こえてきた。
 私達の間に緊張が走る。先程までの態度など見る影もなく、先程の雄叫びが非常事態であることが分かる。

「おい、今って!」

「あぁ! ウルフテンペスタだ! 誰かが遭遇したようだ! 急ぐぞ!」

「俺様に着いてこい。これくらいの距離ならば俺様の耳だけで場所は特定出来る」

「そうか! ジン任せた!」

 私達はジンを先頭に先程の雄叫びの発生源へと急行する。邪魔な草木薙ぎ払い、足場の悪さを無理やり押して、一刻でも早く戦闘に参加するために。

「でも何故だ! 何故ウルフテンペスタと交戦してる奴がいるんだ! これは作戦にはないぞ!」

「そんなん戦ってる人達に聞いた方が早いやろ! そんな事よりも、早く行かな冒険者の犠牲が増えてまう!」

――ぁぁああああッッ!!!

「だ、誰かの悲鳴が……! 早く……早く助けてあげないと! ジン、もっと早く!」

「これでも全力で走っている! お前達が速すぎるのだ!」

「もうっ! 場所はどこ!?」

「この先をずっと直進だ!」

「分かった! 私は先に行く!」

「チッ! お前一人じゃ心配だ! 俺も着いていく! 他の奴らはジンと一緒に走って来い!」

「「「了解!」」」

 先行する二人は木々に隠れ、こちらからは姿を確認出来なくなった。

「あの二人、なんて速さなんだ」

「あん二人は特別早すぎやねん……うちらも特訓してここまで早くなったけど、二人は別格なんよ」

「あの足のせいで、俺等は逃げても必ず捕まる事になったんだしな」

「そうですね。僕なんて捕まる事が分かってたので逃げるのを諦めたくらいですし」

「それはお前がただ単に面倒だったからだろ。俺は知ってんだぞ」

「あはっ。そうとも言います」

 軽口を叩きながら走っている私以外の四人。元々、獣人は身体能力が高いため足が早く、ハピネスラビットの三人も機動力を売りとしたパーティなだけあって、速度だけなら獣人にも張り合う。
 ただ私だけは違う。
 私は魔法使いで、動く事なんて殆どしない。魔法を撃つ時はその場で立ち止まり、狙いを定める。動く事なんて、歩いて魔物を探す時くらいだ。
 そんな私が彼等の速さに着いて行くのはほぼ無理と言ってもいい。

 けれど今は辛うじて着いて行けている。息は切れているし、少しでも気を抜けば置いていかれそうだけれど、着いて行く事は出来ている。
 何故、無理なはずなのに、着いて行く事が出来るのか。それは、私が魔力を感じる事が出来るようになったという事が重要になる。

 走り初めてすぐに、獣人であるジンさんを抜いたみんなの魔力の流れを感じた。
 みんなの体内で渦を巻いていた魔力は、走り初めと共に足に流れ始め、一歩一歩地面を蹴る瞬間で魔力を少量だけ消費していた。
 これは――私の推測とイメージになるけれど――魔力を足の筋肉のエネルギーや力の増幅に使っているのではないかと考えた。
 どういう方法で力を増幅しているのか、そんな事は直接聞かなければ分からない。けれど、魔力を使うならば、イメージ次第でどうとでもなる。

 私は足の筋肉を魔力で覆い、魔力も筋肉の一部であり、何倍もの力を出す事が出来る様なイメージを強くした。すると、私の魔力は足へと流れ始め、魔力を消費しながら早く走る事が出来るようになっていた。
 ただ、欠点がありみんなに比べると魔力の消費が激しくなっているのだ。ウルフテンペスタと戦う前から魔力を大量に消費するのは得策では無い。なので、みんなに追いつけるギリギリの速さにセーブしている。

「フィーさん、きつそうやけど大丈夫?」

「はっはい! なんとか……!」

「お前達、もうすぐだ。前を見ろ。あそこにウルフテンペスタがいるはずだ」

「あん、光が漏れてる所に!?」

「そうだ。あいつら二人は既にあそこでさに着いているようだ。急ぐぞ」

「「「おう!」」」

 私達は光が漏れている所を目指して速度を少し上げた。そして、森を抜けて外へ出たと思った瞬間だった。

「えっ――」

 一体、何が起こっていたのか分からなかった。そのせいで、私は言葉を失ってしまったのだ。

 森を抜けて――否。そこへと出た時に私が見た光景は、広い範囲で木々が綺麗な断面で切り取られらており、その中心に悠然と立つウルフテンペスタと、原型を留めていないほどに細切れになった肉片が当たりに飛び散っている光景だった。

「遅かったっ! 私達遅かったよ……っ!」

 先に着いていた二人は、拳を強く握ったまま、その場に立ち尽くしていた。
 恐らく、私も同じ格好をしているだろう。みんなは無力さを痛感し、何も出来なかった事に悔しさを感じているだろう。無論、私も同じ気持ちだ。

「チッ。これはヤバいな。この強さは想定外だ。ジン、一度撤退だ。ラーウェイ支部長も時期にここへ到着するだろう。それまで待機だ」

「ああ、その方が良さそうだ。あいつには俺様達だけでは歯が立たん」

「行くぞみんな。ウルフテンペスタの気が変わらないうちに」

 私達は一度その場から撤退し、ラーウェイ支部長がここへ到着するまで待機することになった。
 みんな、先程の惨劇を目の当たりにしてから口を開こうとはしない。直接戦っていないはずなのに、みんなをここまでさせてしまうウルフテンペスタの脅威は計り知れない。

「前回とは迫力が違う……」

 あそこに悠然と立つウルフテンペスタを思い出して、口からこぼれるように私は呟いた。あの時のウルフテンペスタはここまでの迫力はなかった。
 もしかしたら、前回は不意を突かれてウルフ達を殺された事で、撤退することを予め決めていたのかもしれない。
 しかし今回は真っ向から勝負を仕掛けて来る。逃げも隠れもしないと。あの立ち姿からそう感じた。

「覚悟を決めた者が持つ独特の雰囲気がウルフテンペスタにはあった。あいつは手強いだろう」

「ぶっちゃけてしまうと、あれに僕達が勝てるビジョンが全く見えないですね。奇跡が起きない限り無理だと思うんですけど」

「はぁ……お前さ、ただでさえ低いテンションをさらに下げる様なこと言うなよ……」

「でも、みなさんも同じ事感じてるでしょう? こういうのは一度口に出して、現実を確認してから対策を練る方がいいんです」

「……それっぽいこと言ってるが、本音は?」

「まあ、奇跡っていう希望に縋る所を見てみたいな、と」

「お前本当悪ぃ奴だな! 俺ビビるわ!」

「あはっ。今更じゃないですかぁ〜」

 二人は軽口を叩いているように見える。しかし、頬には大粒の汗が流れ出ており、必死で気を紛らわしているようにしている事が分かる。

「フィーさん。お願いがあるんですが、ラーウェイ支部長がこの近くに来るまで魔力感知で、確認していて貰えませんか。もし、すれ違いでもしたら大変ですから」

「はい、分かりました。やってみます」

 私は言われたようにラーウェイ支部長の魔力を探り始めた。
 探り始めてから十数分後。通常の冒険者よりも強大な力を持った人が近付いて来ているのを感知した。恐らくこれがラーウェイ支部長だろう。
 ラーウェイ支部長はここよりやや東側から近付いて来ているのので、今から行けば充分に間に合う。
 私はそういう趣旨をみんなに説明をした。

 それからすぐさまラーウェイ支部長の元に向かう事になった。幸いな事にラーウェイ支部長は走っていないようで、すぐに会う事が出来た。

「よう、どうしたんだお前ら」

「それが、ウルフテンペスタと交戦した奴がいるようでして」

「……で、そいつらはどうなった?」

「……死にました。誰なのかも分からないくらいに切り刻まれて」

「そうか。この戦いが終わったら弔ってやらねぇとな」

「それなんですが、ウルフテンペスタの強さが想定以上でして、このまま戦うと犠牲者が出るだけになってしまいます。信じられないのなら、今のウルフテンペスタを見てもらえれば分かると思います」

「んじゃ、そのウルフテンペスタを一度見るしかねぇだろうな。どんな敵なのか把握しておかねぇと勝てるもんも勝てねぇしな」

 ラーウェイ支部長はそう言って先に進み始めた。私達もそのあとを追い、もう一度ウルフテンペスタの居た場所へ向かう。
 私達は一度見ているので、近づいていくにつれ緊張が高まる。ラーウェイ支部長もいつもの様なふざけている様子を一切見せずに、注意深く森の中を進んで行く。

 そしてウルフテンペスタの居る場所へ着いた私達は物陰に隠れながら、観察をする事になった。

「確かにお前らの言った通り、こいつァ一筋縄じゃいかねぇだろうな。ウルフテンペスタが本気出してやがる。それに開けてるせいで奇襲しても殆ど意味がねぇ。これは厄介だ」

 ラーウェイ支部長は一度見ただけでここまでの結論を導き出した。しかし、これは私達の方でも出ていた問題点だ。これからしなければならないのはその対策になる。

「しっかし、これじゃ真っ向から勝負をするしかねぇだろうな。あいつ、あそこから動く気なんてねぇみてぇだしよ」

「となると、冒険者達を集合させて、一気に叩くんですか?」

「まあ、それが一番はえぇだろ。つっても、ウルフテンペスタの風魔法をどうにかせにゃならんが……こうなったら一か八か、フィーさんの魔法で対抗してもらうしなねぇかもな」

「えっ、私ですか? 流石の私も上級以上の風魔法と対抗するのは魔法の相性も加味して考えても無理だと思いますけど……」

「そこは他の魔法使いも頼れば良い。問題は止めれるか止めれねぇかだ」

「見た事はないので確証はないですが、他の冒険者の力を借りる事が出来たら止めることは出来ると思います」

「んじゃ頼むわ。あと、今から作戦会議だ。これから始めるからみんな集まれ」

 その後、作戦会議をが終わる頃には冒険者達があらかた集まり、ウルフテンペスタに攻め入る準備が整った。
 そしてこれから激しい戦いが起こるのだけれど、今の誰もがそれを想像していなかった。



   ◇◆◇◆◇



「はいよ! 今日も親子仲良いな! こいつはおまけだ!」

「おっ、マジっすか。ありがとうございます」

「また贔屓にしてくれよな!」

 買い物と言う名の戦場……俺はそう思っていた。しかしどうだろう。俺とカヤが何もしなければ何も気付かれることもなく、追いかけ回されることも無い。
 初めて外に出て問題が起こっていなかった。

『カナタ、なんだが嬉しそう』

「そうか? そう見えるんだとしたら、こんなに平和な買い物が出来て嬉しいんだろうなー」

『へぇーそうなんだ』

「あ、それと、カヤとデートが出来るって言うのも嬉しいぞー」

『わたしもカナタとデート出来て嬉しい!』

 この時の俺は、あまりの嬉しさに監視されていることに全く気付かなかった。
 そのせいであんな事に巻き込まれるなんて想像もしなかった。それのお陰でこれからはあまり浮かれ過ぎないようにしよう、という教訓を得ることになった。

『にゃ……?』

「どうしたー?」

『なんでもない。次どこ?』

 俺とカヤがは監視されている事を知らないまま、で繋いで次の店へ向かうのだった。

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